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かねてから予定のウエルカムパーティに参加しました。
これは、町内の小中高の英語講師がアメリカから来ていて、その内の2人の親御さんが昨日見えられたので、開催されたのです。
呼びかけ人は、町内の石油店の女性社長で、6年前にご主人を亡くされているのですが前向きな方で、県教委も当地に来る外国人の講師には、この社長を尋ねれば良いとか?のようです。
3人の講師は昨年末に我が家の自家用石窯でのピザを食べに来ていて、一応知り合いです。
一人は、隣町のT高校との掛け持ちしている女性講師で、母親がデトロイトから来られました。その人の母親は既になくなられているとか、日本人で仙台の出身で先に仙台に行かれて、当地に来られました。
もう一人は24歳の青年で、こちらは両親がオハイオから来られ、お母さんは、小か中の心理カウンセラーをされていて、アメリカでは全学校に心理カウンセラーが配置されているそうです。
お父さんは、恰幅がよく背も高くて素敵な紳士でしたが、こちらも800人の生徒がいる高校の先生で、教頭先生が2人いてその1人だそうです。
迎える側は、備前伊部の有名な備前焼作家ご夫妻(かの地には松が枯れてなくなり、当地に窯を築かれている)、地元のシルバー人材センター事務局長夫妻、同級生の奥さんで学校の教師をされていた人、役場の支所長夫妻、お寺の奥様と子供、近所でボランティアをしている方々、警察官の親子、私たち夫婦等々総勢24名でした。
午後6時から午後10時までそれは楽しい時間を過ごすことができました。
今度の日曜日には帰国されるということで、今朝全員の集合写真をプリントアウトして、社長さんのところにもって行きましたが、昨夜3人がとても喜んでくれて、良かったとのこと。
親は誰でもそうだが、子供が遠く離れた言語の違う国に行き、しかも典型的な過疎の町で、どう暮らしているのだろうかと、ご心配だったことは想像に難くない。
まあ、最後には、歓待に感激の余り涙を見せていられ、こちらもやり甲斐があった思い。
何よりもこの国際交流は良かった。
蛇足ですが、同級生の元小学校長は、現在広島市長と一緒に核兵器廃絶のために、米国へ行っていて、このパーティには出席しませんでした。
彼は、昨年ピースボートで、県の論文審査に合格し、タダで世界を一周してこの正月に帰ったばかり。
今回もその延長線上で参加したとか。
いくらか日米交流が出来ました。
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