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大日本帝国海軍軽巡洋艦大淀 基準排水量:8,146トン 全長:16.6m 機関:ロ号艦本式重油専焼水管缶6基 艦本式オールギヤードタービン4基4軸 最大速力:35.5ノット 航続距離:18ノットで8,700海里 乗員:730名 兵装:三年式15.5cm(60口径)三連装砲2基 九八式10cm(65口径)連装高角砲2基 九六式25mm(60口径)連装機銃6基 (新造時) <戦歴> 大淀は、1943年(昭和十八年)2月28日に竣工した。艦名は宮崎県下の最大河川である大淀川に由来する。大日本帝国海軍最後の連合艦隊旗艦でもある。昭和十四年度に着手された第四次軍備充実計画(通称マル4計画)により乙巡(阿賀野型軽巡洋艦)と共に丙巡として建造された。竣工した「大淀」は、搭載される予定であった水上偵察機紫雲が期待されたほどの性能を発揮できず不調に終わり、潜水艦部隊による敵艦隊の漸減という戦局もなく、潜水戦隊旗艦としての能力は無意味となった。 「大淀」は、1943年(昭和18年)7月9日に宇品を出港してトラック泊地へ向かい、南海第四守備隊をラバウルへ輸送した。 7月26日にトラックへ戻り、10月17日にクェゼリン環礁へ進出、10日ほど警備したあとトラックに戻った。 12月26日、「大淀」は戦艦「大和」に横付けし、同艦が日本本土から輸送してきた宇都宮編成陸軍独立混成第一連隊と軍需品を移乗させた。 12月29日、戊三号輸送部隊第二部隊として、軽巡洋艦「能代」、駆逐艦「秋月」、「山雲」と共にカビエンへ向かう。1月1日、カビエンで物資揚陸作業完了直後、米軍機約100機に襲撃される。1時間にわたる対空戦闘により「大淀」は規定対空用主砲弾300発を撃ち尽くし、煙突近くに50kg爆弾1発が命中(不発)、至近弾と機銃掃射より2名が戦死した。 1944年(昭和19年)3月6日、「大淀」を連合艦隊旗艦とする改装がはじまる。海軍は潜水戦隊旗艦用として設計された「大淀」の通信能力に着目し、大型射出機を撤去して従来型の射出機と水上偵察機を搭載、格納庫を改装して司令部施設に変更、連合艦隊の旗艦とした。5月1日に工事完了、5月3日に豊田副武連合艦隊司令長官を迎えて将旗をあげた。 改装後の初任務はマリアナ沖海戦での柱島(あ号作戦発令は木更津沖、5月23日より柱島)からの直接指揮だった。 その後、レイテ沖海戦、北号作戦等に参加した。終戦直前に江田島沖で空爆により大破、転覆した。 以上wikipediaより抜粋(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%B7%80_(%E8%BB%BD%E5%B7%A1%E6%B4%8B%E8%89%A6)) <製作ポイント> 出来がいいので、それ程修正点はありません。1943年次と1944年次の違いを意識して製作したり、各部にディティールUPパーツを使うだけで良いと思います。 1. ウインチの位置が、1943年次と、1944年次で異なるため修正する。(左舷と右舷で位置が若干異なるので注意) 2. 飛行機格納庫天蓋、構造物追加 3. 飛行機格納庫側壁 構造物追加 4. 艦橋のディティールUP <完成写真>
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ハセガワの赤城の方が、サンプルを見た印象ではプロポーションが良さそうなので期待しています。
CV-6の方も楽しみにしています。



とりあえず、大淀を更新しました。次回作は、できれば制作記も付けてやりたいですね(〃^∇^)
2012/11/11(日) 午後 10:29