[1] http://blogs.yahoo.co.jp/eishintradejp/23867535.html からの続きです。http://ec3.images-amazon.com/images/I/61myrbUC70L._SL500_AA240_.jpg http://www.amazon.co.jp/gp/product/410115211X 羽柴藤吉郎による鳥取城包囲戦の話です。 とにかく、藤吉郎は鳥取城を攻めおとさなければならない。
が、なにぶん山陰有数の堅城であり、力攻めすれば、損害ははかり知れぬであろう。 ということで、兵糧攻め、というわけです。 (敵に、飢饉(ききん)を与えることである)
それを主題とし、その主題をつらぬくためのあらゆる方法を考案し、用い、主題以外の方法はすてることにした。 ↑国の借金大変だ教の「経済学者」様に決定的に足りないのは、このような主題でありますまいか? いまは、雪で鳥取までゆけない。
しかしこの時期になすべき飢饉作戦の一方法がある。 米を買いしめることであった。 ということで、秀吉は商人上がりの小西行長らに命じ、若狭(福井県)あたりから船を差し回して鳥取あたりの米を買い占めさせました。 「北陸はたいそうな飢饉じゃ、米でもよい、麦でもよい、大豆でもよい、この土地の値段の二倍で買おう」
とさかんに吹聴したから、百姓どももあらそって売った。 籠城中の山名家の諸将も、 ――兵糧を売って軍資金の足しにしよう。 とし、むやみに持ちだしては売った。 城内には金銀がつみあげられて行ったが、兵糧はとぼしくなった。 はい、 カネはあっても食糧が無い というパターンのいっちょ上がりというわけです。 そんな中、 山名家諸将から請われて毛利家から派遣されて入城した 吉川経家 は、城の兵糧が空っぽになっていることに、驚きあきれてしまいましたが… しかしあれほど景気よく買いに来た若狭船がじつは織田家の兵卒だったことは因幡(いなば。現在の鳥取県)人はおろか、経家も気づかなかった。
そのようなことが兵法であるとは、先人の経験にもなく、兵書軍書にも書かれていないのである。 雪解けを待って秀吉は二万の兵を引き連れ、 兵糧のほとんどない鳥取城の周囲に包囲のための堅固な城郭を築き、 蟻の這い出る隙間も無いように厳重に包囲します。 さて、籠城四ヶ月。 城内は地獄であった。
この地獄のなかで、かろうじて山名衆を統率できたのは吉川経家の徳望であったといえるであろう。 … 四月目には、紙や草など咀嚼できるものはすべて食いつくし、馬も、乗り替え馬や荷駄の馬はすべて食いつくし、 ついに一部のあいだで餓死者の肉を食う者が出てきた。 古来、人肉を食った例は、残されている資料ではこの鳥取城の場合しかない。 … さすがに士分のあいだではそれほどの事象はみられなかったが、 足軽以下には名誉心がとぼしく、容赦なく屍肉を食い、 死体をあさるために夜間柵のそばまで忍びよって味方の戦死者の足をひきずろうとする者も出、 それが羽柴方の哨兵に撃ちころされるや、その男を他の味方が食ってしまうというありさまになった。 さらには生きている者さえ殺され、仲間に食われた。 このような日本史上稀にみる悲惨な事態になるとは、 当の秀吉にとっても予想外の事態だったのですが、 城方のこのような状況を知るに至り、 殺生は好まないので、 ・城さえ明け渡してくれれば、城兵の命は全て助ける ・但し、 「勝敗のあかしだけはせねばならぬ」ので、 「城方の重だつ者、指名はせぬゆえだれでも、一、二人自殺してもらえばよい」 という非常に寛大な条件を出し、城方もこれを受けることにしました。 秀吉は 落城の責任などまるで無い「被害者」としか思えない上、人物としても優れている吉川経家を本音では助けたかったのですが、 責任感の強い経家は自決してしまいます。 本当の意味での破綻というのは、これくらいの そこかしこに死体が転がっている というような事態です。 「破綻破綻」と騒いでいる破綻教の「経済学者」様には、よくよくこの事例について深く深く考えてみていただきたいと思います。 あなた方は、 あなた方が「国の借金が大変だ」と騒いでいるせいで備えが間に合わず、日本全体が鳥取城のような極度の食糧難の状況になったとして、 吉川経家公のように立派に振舞えるや否や、是非とも御自らの胸に聞いてみて頂きたい。 このように思う今日この頃であります。 「国民が100年後も1000年後も生存を続けること」、「それを主題とし、その主題をつらぬくためのあらゆる方法を考案し、用い、主題以外の方法はすてる」こと以外に一体何が重要なのか、破綻教の「経済学者」様には是非とも明確で現実的な代替案を出して欲しい!!!(たぶん、全くノーアイデアだろうけど) と思われた方は、↓下のリンクのクリックをお願いいたしますm(_ _)mhttps://blog.with2.net/in.php?751771ブログランキングに参加しております。ご協力、ありがとうございます! |
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2010年01月16日
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その来たらざるを恃(たの)むことなく、われの以って待つあるを恃む 「孫子」九変篇 非常事態が起こらないという前提に立ってそれに依存するのでは無く、 非常事態に能動的に備えておくことに依存すべきである というような意味です。 ラテン(つまりローマ人)のことわざにも 賢者とは平時から有事に備える者のことである
というのがあります。 日本のことわざで言えば、「備えあれば憂いなし」というやつです。 ここで、 国の借金大変だ教の「経済学者」様に是非お聞きしたいのは、 上記のようなことに備えるための財政出動によって 現在の需要不足と将来の供給不足の解消を図る という以外に、あなた方には将来にわたって国民を飢え死にさせないための代替プランがありますか? という問いです。 国の借金(というか政府の負債)を含めたあらゆる負債とその相手方である金融資産というものは、国民に物資を効率的に行き渡らせるための手段でしかありません。 そして、 金融資産から負債を差し引くとゼロになります(日銀「資金循環統計」のように、株式を便宜上、時価で発行主体の負債とした場合ですが)。 昔は物々交換でも国民生活は成り立っていましたが、その場合、金融資産も負債もゼロであり、ゼロからゼロを引けばやはりゼロです。 つまり、 金融資産から負債を差し引けばゼロというのは、現代の貨幣価値経済でも昔の物々交換経済でも何ら変わりません。 カネ、金融資産、負債、国債…、こういったものは道具に過ぎません。 うまく使いこなすことだけ考えれば良いのです。 あくまでも主人は人間様であり、人間様はカネ、金融資産、負債、国債といったものの奴隷などでは決してありません。 さて、 カネがあっても食糧がない という状況がどのようなものか端的に示す 日本史上でも悲惨極まりない状況に陥った籠城戦の話をします。 羽柴秀吉に包囲された鳥取城の話です。 以下、司馬遼太郎「新史 太閤記」文庫版下巻p.35あたりからの引用を交えながら書いてゆきます。 |
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