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			<title>旅旅どうも</title>
			<description>旅の記憶をたよりにああだこうだと、諸々思うこと。
日常の雑感。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/eka5465</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>旅旅どうも</title>
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			<description>旅の記憶をたよりにああだこうだと、諸々思うこと。
日常の雑感。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/eka5465</link>
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		<item>
			<title>ロンスエンのたこ焼き・ベトナム⑬</title>
			<description>&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;　――十八年。&lt;br /&gt;
「私ならできるか」或いは、「その当時自分は何を…」などと、自分に置き換えて考えることなど、意味もないけれどもついつい定石に思考は流れる。元来飽きっぽい性というのもあるけれど、「ずっと変わらない景色」というものに耐えられるか。&lt;br /&gt;
ここなら大丈夫かもしれない――などと、この町の心地よさにどっぷり漬かっていれば、「もう一日滞在を伸ばしたい」と簡単に思ってしまうけれども、それは「去る」ことが分かっているからこその、後ろ髪。「ここ」が楽しくて仕方が無いのは、まさに旅行者だからの、無責任な感情に過ぎないのだろう。&lt;br /&gt;
　生きるために働く。生きるために、今を生きる。彼らがここで続けるのは、周囲との「触れ合い」とか「馴れ合い」とかいう心地よさ、というものの前に、それがやりこなしていかねばならない必然のモノゴトだからである。「飽きた」などといって、気まぐれに休むことは、そのまま収入に反映するという当たり前の現実があるから、人は働くのである。「ここ」に固執したい甘ったれた感情を吐くのは、余裕が出てからのことだ、と、一蹴されるかもしれない。&lt;br /&gt;
住処を、職を、変わりたくても変われない「止むを得ず」な状況が、お姉さんにとっての一八年であった可能性もなきにしもあらず。――そして、これからも。&lt;br /&gt;
「これからもずっとここにいて、変わって欲しくない」と漏らすのは、お姉さん、そしてフンさんにとって、未来を抱くなということを意味するだろうか…？&lt;br /&gt;
熱を受け続け、もはや一枚の頑丈な「壁」となった、「ついたて」。&lt;br /&gt;
だが、その華奢な腕で…などと、「哀れみの目」を向けるはしかし、「コレ」というものに生涯をかけ、そして「ココ」で生きると決めたこともない人間の、マッタク立ち位置の違いから生ずる誤解だろう。…って誤解というよりも、推測さえも容易にできるもんじゃない。&lt;br /&gt;
強いられようと選ぼうと、やり続けたからこその一八年は、彼女の人生の一部としてドッカリと居座っている。哀れむなんて侮辱もいいところであり、「どのようだった」とそのありようを並べられるのは、それをやりこなす自身以外にありえないのである。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;「この町」にすがり付いているわけではない――けれども、彼らの巡り合わせは、「ここ」だからこそ展開し得た。それは事実であり、それぞれの日常の、ないがしろにできない要素であろうと思う。やはり。&lt;br /&gt;
あたかも収穫した直後であるかのような、山と転がるキャベツの中に毎日埋もれるのが仕事、の兄ちゃんは、用もないのに（コーヒー飲むわけじゃないのに）やってきては、フンさんと、私の会話本を挟んで何かを大声で喋り上げる。幼馴染みだろうか、ノリが夫婦漫才のようだな…と思っていると、ホントの奥さんが「ここで店番サボんじゃねぇ！」と、ツノをキンキンにとんがらせて乗り込んでくるのだが、今度は自分がダンナと入れ替わって「お茶」に腰を落ち着かせる。女将は「冷静のフリ」の顔をして、その目の前に、ブラック色のコーヒーをコトリ…と置く。&lt;br /&gt;
　ベトナム戦争時代に覚えたらしい英語を、アメリカ人さながらの大げさな笑顔でまくしたてる、女将の「兄貴」が今日も現れて、兵士時代のことをなにやらペラペラ・大声で喋る。聞き慣れないその英語に、通り行く人さえもこちらを向き、…ちょっと恥ずかしいから小さい声で喋って欲しいんだけれども、「三年前、この辺にあったカフェ屋親子のこと、知らない？」という質問はしかし、ダメである。通じない。…要するに、喋りたいだけ喋って「バァイ！」と去ってゆくオッサンであり、呆気に取られすぎて笑えてくるのだが、…「人の話を聞く」勉強は、せんかったんかい…。&lt;br /&gt;
今日も、母親と小さな姉妹がやってきて、ここに座り、今日の朝食は「麺」である。周囲のドタバタに時々笑みをこぼしながらも、お母さんが「ちゃんと全部食べなさい」と、妹の方に言い聞かせる。&lt;br /&gt;
スグ前で「チャーカー」を揚げる娘さんの笑顔が、今日もすんごくカワイイ。朝日に照らされて、「これは絵になる」と、そのべっぴんな表情が真ん中にくるようカメラを向けたら、お母さんが「私を忘れるな」と娘の背中にぴっとり貼りついて、ポーズをとった。&lt;br /&gt;
やはり甘ったれた、能天気な感想でしかないのだが、――なんて、穏やかなところなんだろうか。&lt;br /&gt;
聞こえてくる船のエンジン音、そして時々強く拭かれる潮騒…じゃないけれども、日陰を通り過ぎる涼しい風に吹かれながら、まるで思い出の中の日々に酔うように、いまのこの幸せの中にウットリとしてしまう。「彼らがいる」その紛れもない現実が、ただ、うれしいのである。&lt;br /&gt;
　――会えなかった、三年前の母子。&lt;br /&gt;
　彼女らに会いたかった。彼女らの存在込み、の、私にとっての「ロンスエン」だったのである。&lt;br /&gt;
あの親子がやっていたカフェ屋から、そう遠くない「この場所」を、前回もきっと私は通りかかっていたはずである。汗まみれになりながらカチャカチャと焼き上げ、チャッチャッと皿を洗っているお姉さんやフンさんの横を、まるで草原に咲く、珍しくもないシロツメクサを横目で流し見するように、「たこ焼き」があるのだな、とただ思いながら、「素通り」したに違いないのだ。&lt;br /&gt;
もし、「彼ら」がコーヒー屋をし続けていたならば、私は当然毎日そこに通い、時の流れを実感し懐かしみながら、あーよかったよかったと再会に満足したに違いない。――が、しかし、今回「素通り」しなくてよかった、ラッキーだった、と思う。素直に。&lt;br /&gt;
「今」がよければそれでいいのか。「かつての彼ら」のことはもうどうでもよくなったのか――などと、深く自問自答の底へ堕ちていってしまうのはまぁ避けられないのだけれども、単なる旅人であると開き直れば、「この現実は、私を喜ばすためにあるのではない」いう当ったり前の現実にハッと立ち返り、旅に出た以上、私は、今あるこの目の前の場面も、やはり見たい。&lt;br /&gt;
もちろん、親子を探し出すという選択肢もある。それはそれで、また忘れえぬ別のストーリーが生まれよう。&lt;br /&gt;
　だが彼女らに固執していては、…という言い方は少々語弊があるだろうが、この人たちとの出会いはなかった。「彼ら」と会えなくなってしまったのは残念でならないけれども、今できることはただ「彼ら」の幸せを祈るのみであり、問題なのは、「いま」出会えるはずの景色、そして人々が見えなくなってしまうことだった。そうなってしまうことこそ、フンさん達に出会った「今」となっては、私にとって現実感の無いことなのである。&lt;br /&gt;
素通りしては分からなかった、「たこやき」の妙・その奥深さである。偶然というものに対する不思議さを、改めて思うが――しかし。&lt;br /&gt;
「新市場」が建設中である現在、この「今の風景」も、「親子」同様いなくなってしまうのだろうか。&lt;br /&gt;
この中に、もうこれで最後となる人がいるのだろうか。いや、丸ごとスッポリ、なくなってしまうのかもしれない。これまで何度か遭遇したように。&lt;br /&gt;
　――ならば、次回訪れた時、この胸に悲壮感がまた生じるのは避けられないだろう。&lt;br /&gt;
　正直、「怖い」。&lt;br /&gt;
「体育館」の立派な屋根に、忌々しさえ感じるけれども、やはり私には為す術がなく、「忘れない」――できるのはそれしかないのである。今、確かにあったこの「ロンスエンの日常」を、「たこ焼き」のなかに紛れ込ませながら、彼らの幸せを祈るしかないのだ。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;「泊まりにくるんだよ」何度目か聞いたその言葉を、最後にやはり耳にして、私は去った。&lt;br /&gt;
メコンの幸・魚市場を今一度目に焼き付けようと足を向けると、この長居していた間にピークは過ぎたのか、ひしめいていたタライの中の魚はチラホラとなり、だいぶんおとなしくなったような気がする。&lt;br /&gt;
代わりに気を引くのは、おとなしいながらもその鮮やかな、緑や赤の、野菜の「色」である。「お嬢さん」といってもいいだろう、菅笠かぶった若いお母さんが、生まれて数日にしか見えない赤ん坊を抱きかかえ、紫芋を「量り売り」していた。…スゴく、たくましい。&lt;br /&gt;
人間何でも出来るだろ、と、私も洗顔で「湯が出ない」とブツクサ言っている場合ではないのである。&lt;br /&gt;
　――と、「アラこんなところで何やってんの」。&lt;br /&gt;
今しがた、最大級に別れを惜しんだフンさんと、再会してしまったではないか。「おぉ、」と電車の中で知り合いにでも再会したような反応をお互いして、その手元を見れば、「たこ焼き」が載った皿である。出前しているのだ。&lt;br /&gt;
ロンスエンは、「たこ焼き」の町だ。&lt;br /&gt;
町の印象が、出会う人によってその色を変わってゆく。いや、変わるのではなく、一枚の絵に重ね塗りをするように、様々な場面を積み、重層的な記憶を作り上げてゆくのか。&lt;br /&gt;
だがそれは「これからも」であり、最終的に私がこの町をどう振り返るのか――なんて、一枚の絵を眺めるようには見るということは、それこそ死に際でしかできないことだろう。――それはどんな場所でも、いえることである。&lt;br /&gt;
ただ、塗り重なれば重なるほど、この町に、故郷に似た強い愛着が染み付く。忘れがたい場所として、自分の中に刻みつく、複雑にからまった思いだけが出来上がる。だからこそ、変わって欲しくないという、だだっこのようなどうしようもない叫びも生まれてしまうのだ。&lt;br /&gt;
「ナニ、知り合い？」と、その皿を受け取った、これまた菅笠を被ったおばさんが、私とフンさんを交互に見た。&lt;br /&gt;
「親戚。親戚。」&lt;br /&gt;
　フンさんはそう言って、私と腕を組んで見せると、おばさんは「へぇ…」と少々疑問符付きの顔だったが、頷いた。&lt;br /&gt;
そうして、まるで明日にでも会えるような感じで、二人、その手をバイバイしたのである。&lt;br /&gt;
私は果たして次回、「今は今」などと割り切れるだろうか。――会えなかったなら。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;　あ、そうだ…。&lt;br /&gt;
　川辺の方を振り返れば、まだ花の詰まれた船が見えた。途方も無い量の黄金色が、まだ波の上で揺れている。運び去られる「一掴みずつ」に、動じなかったような大群の黄金色は、確かに、着実に「動いた」のであり、その板張りの床がかなり肌を現し始めている。「やっぱり普通の船だった」のである。&lt;br /&gt;
全部、売り切ってしまう時というものが、いつかやってくるのだろうか。&lt;br /&gt;
　ソレを見届けられないのが寂しくもあり、――ホッとするようでもある。&lt;br /&gt;
&lt;div class=&quot;alignCenter&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-e9-4b/eka5465/folder/1603837/48/51543248/img_0?1291417410&quot; width=&quot;560&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; class=&quot;popup_img_640_480&quot;&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/eka5465/51543248.html</link>
			<pubDate>Sat, 04 Dec 2010 08:03:30 +0900</pubDate>
			<category>アジア</category>
		</item>
		<item>
			<title>メコンの朝・３～ロンスエンのたこ焼き・ベトナム⑫</title>
			<description>　既に「彼ら」は仕事の真っ最中であり、お姉さんは背中を向けた体勢にあった。&lt;br /&gt;
フンさんが、皿を持ってどこかから帰ってくると、「来たね」という感じでニヤリとした。と、気付いたお姉さんも後ろを振り向き、唇を引いて笑みをくれる。&lt;br /&gt;
たこやき屋専用カウンターはほぼ埋まり、止まり木の鳥のように、一列に並んだお客がそれぞれ、下をうつむいて黙々と食んでいる。小さな子供と分け合い、食べさせいるお母さん。菅笠をかぶったままの人。&lt;br /&gt;
私としては組み合わせよう気にはならなないけれども、「たこやき」と「コーヒー」をセットにする人も結構いる。なにぶんお隣であるから視覚に入り込むのは簡単で、コーヒーだけを飲みに来た人でも、「アラ、」焼いているワ。ちょっと小腹がすいてきたワ。美味しそうだワ――「食べてみよう」と、心が傾いてゆくのかも知れない。簡単に腹一杯になるもんじゃないからこそ、気軽につまんでみようとも思うだろう。&lt;br /&gt;
　人が集まる「コーヒー屋」の近くに店を構える方が、その集客にあやかれるというか、立ち止まって目に止まり易くてお得、ということではないか…とか他人事のように分析などしてみるが、私もその例に漏れないのであり、…ほんっとにモウ、よかった。コーヒー好きで。フンさんたち姉妹に出会えたのはその嗜好のゆえであり、彼女らが「ここ」で商売をしてくれていたがためである。ありがとう、「偶然」。&lt;br /&gt;
やはり、たこ焼きのメインは、「朝」――この時の混みようは、これ以降の時間・つまりスッカリ日が昇りきった昼とは比較にならない。&lt;br /&gt;
タイなどのように、アイスクリームやケーキと同様「お菓子」の分類に属するならば、「売れ行き」は、人々の「小腹がすいたな」「甘いモノでも食べたいな」という気まぐれに因るといえる。デパート地下のクッキー売り場が、常に繁盛していないのと同様に、閑古鳥になる「間」というものがあってもさもあらん、と思う。&lt;br /&gt;
が、ここでのお姉さんのその忙しさは、朝にやはり大繁盛・大忙しの、ベトナム定番「麺屋台」と大差無い。ここで「たこ焼き」とは、朝食の一種として認知されているものであると実感するのである。&lt;br /&gt;
だが「ベトナムでは」というよりも、ロンスエンでは特に、なのではなかろうか。&lt;br /&gt;
他の町ではどうだったかというと、「食い物」には特に目を光らせて歩いているつもりの私でも、これを朝食にする光景を見た覚えがないのである。&lt;br /&gt;
もちろんここ・ロンスエンでも、「麺」に比べれば少数派、ではある。市場だけにとどまっておれば、「この町での「たこ焼き」って、姉さんが一手に引き受けているのではないか」と思われるぐらいに、そう頻繁に見かけるものでもない。だが、これだけ当たり前に人がここで腰を下ろす姿を目にすれば、たこ焼きとは「朝食の代名詞」の一員といってもいい存在だろうよ。&lt;br /&gt;
フンさん姉妹は人々の「朝メシ」を支えている。…のけれども、フンさんがその手の皿の上にあるのは、「麺」である。&lt;br /&gt;
お客で混みあう最中にお姉さんはともかく、フンさんは手が空いたんだろう、「よく眠れたかい？」と私の隣のイスを引きながら、持っていた皿をテーブルの上へ置いた。&lt;br /&gt;
　「麺」だ。素麺よりも細いんではないか、細い細い麺の上に、ハムの短冊切りと、葱のような香草が申し訳程度に少々降りかかっている。市場内のどこかで買ってきたのだろう。&lt;br /&gt;
腰をかけ、脇に抱えていた小さなビニール袋の結び目を開き、その中身をポンと、皿の上からひっくり返す。と、出てきたのは同じく「麺」だ。増量分か。「麺売り場」から別に買ったのだろうか。&lt;br /&gt;
湯がいて放置しておいた素麺のように、くっついて「塊」となっているのを箸でぐりぐりとほぐし、皿の中全体を上下にひっくり返す。底の方に「タレ」が溜まっているのがチラと見えるから、それが行き渡るように、豪快に。ハムやネギは散り散りになり、麺を足したのもあって全体量からすると「あって無いようなモン」・単なる「彩」になっている。&lt;br /&gt;
ともあれ、フニャフニャ柔らかいその麺は、確かに胃にスルッと入り易そうだから即「寝ぼけた朝に最適」と思いがちだけれども、だからといって必ずしも食欲が無いわけではない。「キッチリと量は食う」というのが頼もしい。&lt;br /&gt;
へぇ…と感心していると、フンさんは「食べてみてよ」と、麺のてっぺんの部分を少々千切りとって、くれた。&lt;br /&gt;
　…なんとなく、「酸味」を感じる。ベトナムの「朝の麺」として定番中の定番・「ブン」という、太さとしては冷麦のような麺は、これ自体を作る際（トコロテンのように、米粉を水で溶いた「米粉液」を押し出て作る）、米粉液を少々発酵させておく工程があるために、出来上がりに少々酸味を帯びるのが特徴である――とどこかで読んだことがあるが、この超極細麺もその類であることが想像された。&lt;br /&gt;
それを、パクつく。――彼女の朝食である。&lt;br /&gt;
昼は昼で、「たこ焼き」を昼食とみなしている私の横でしっかりと食んでいたのは、家から持ってきた「弁当」であり、その内容はやはり「ご飯」であったし、そういえば昨日の朝だって、姉妹ともども「バインミー」・フランスパンのような細長い棒パンを齧っていた。&lt;br /&gt;
「たこ焼き」を作っても、ソレを食べない――って、商売なんであり、「商品」を自分で食いつぶしてはいかんのだろうけれども。&lt;br /&gt;
小さな町の、いつもの市場の賑わい。「ほぼ知り合い」といっていい人々に提供するその充実感は「作ること」で既に完遂してしまい、「自分が食べて楽しむ」など、もはや疲れきってどうでもよくなってしまうのだろうか。&lt;br /&gt;
　丁寧にココナッツを絞って下準備をこなし、あんなに汗を掻きつつ、上手く焼き上げた「たこ焼き」は努力の結晶である。…のに、自分達の三食の内に入らないのは、なんかモッタイナイなぁ、作っていないこっちが「お願い食べて」といいたくもなってくるが、作り手としては、「気が向いたらつまむ」程度で十分・もう毎日毎日で飽き飽きしているのだろうか。私も昔は「カレーパン」に焦がれたが、自分が油の前に立つ立場になったら、いっさい手にしなくなったように。（油にむせた）。&lt;br /&gt;
　他の人々の胃袋を満たすために働く彼女らは、自分の胃袋を、また「他の台所」で作ったもので満たす。&lt;br /&gt;
――今日は和え麺を。そして明日は汁麺・ブンを。その次は具を変えたヤツを。ときどきバインミーを片手で齧りながら。&lt;br /&gt;
　そうやってチョコチョコ、胃を支え、支えられしながら、網目状に&amp;#32363;がっている市場の彼ら、ということか。そして、昼はお母さんの作った「ご飯」を持ってきて、自分の、変わることのない「基本の味」をその胃に収める。&lt;br /&gt;
それが、「サイクル」。&lt;br /&gt;
　</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/eka5465/51543235.html</link>
			<pubDate>Sat, 04 Dec 2010 07:59:40 +0900</pubDate>
			<category>アジア</category>
		</item>
		<item>
			<title>メコンの朝・２～ロンスエンのたこ焼き・ベトナム⑪</title>
			<description>&lt;p class=&quot;img&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-e9-4b/eka5465/folder/1603837/68/51516768/img_0?1292997146&quot; width=&quot;560&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; class=&quot;popup_img_640_480&quot;&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;　私の「拠点」となっている、場所。&lt;br /&gt;
　目の垂れたカワイイおばさんが、「チャーカー」（魚のすり身揚げ）を作っているその生業の写真も、ここに座ったまま撮ることができる。フライドポテトのごとく、ビニールいっぱいの「揚げたて」をご馳走してもらいながら、私はコーヒーを飲む――それが当たり前になってしまった。&lt;br /&gt;
コーヒー屋は私にとって、「彼ら」の中に入り込む起点である。&lt;br /&gt;
まず朝一番、その場に姿を現した私は、「口実」としてコーヒーを頼む。いや、もちろんコーヒーは「日課」であるはずなのだが――そう思えてならない。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;　現在ベトナムは「コーヒー豆輸出国」の中でも上位を占めている、とのももちろんだろうが、「ベトナムコーヒー」というワンフレーズがよく知られるのは、その「スタイル」が独特であるからだろう。&lt;br /&gt;
それ自体がコーヒーカップのような「コーヒーフィルター」は、お土産にもリストアップされる独特な形のものである。それを使ってコーヒーを淹れるシルエットもさることながら、「練乳を加えて飲む」というのが、これを飲む「典型」である。ここを観光地として訪れる外国人の中に、普段「コーヒーにミルクを入れる」といって「練乳」を即思い浮かべる人が、どれだけいるだろうか。容器はガラスコップなので、粘性ある練乳とコーヒーの、二層に分かれている図が、目新しい印象をますます与えるだろう。&lt;br /&gt;
練乳入りを、「カフェ・スア」という。「スア」が練乳。割合は、たいていの店で１：２で、もちろん練乳の方が１であるけれども、なかには同割り、というところもある。初めてなら特に、「白い方」のその深さにぎょっとするかもしれない。一人分に注がれる「コーヒー液」自体が非常に微量であるとはいえ（お冷のグラス、二・三センチ程度）、あのクソ甘ったるい練乳を、ソレに匹敵するほどの量入れる、ということに。&lt;br /&gt;
「甘さ＝体重の増加」と直結させる人の多いイマドキ、であるが、しかし、ならばそれをノンシュガー・ノンミルクの「ブラック」で試してみていただきたい。――そこまで入れないと濃くて飲めたモンじゃないベトナムコーヒー、というのが分かってもらえるのではないかと思う。だったらコーヒーを「薄く」すればいいじゃん、というと、搾乳文化のなかったここ、かつ保存の問題で発達したのがコンデンスミルクであり、ソレにつりあうほどのストロングなコーヒーであれ、ということ。…なのかどうか。&lt;br /&gt;
ちなみにベトナム中部の高原地帯など、コーヒー豆の産地におけるコーヒーほど「濃い」傾向があるようで、練乳という「白いもの」を混入させても、ちょっとやそっとじゃ濁らないぐらいに頑固である。&lt;br /&gt;
「アマアマ」は太る――私も普段、できるだけ「砂糖レス」を心掛けてはいるが、しかしこの地域の旅に入ってしまえば一転、そんな健康志向なぞバカバカしくなってしまうのである。甘いコーヒーってやっぱりウマイのだ。&lt;br /&gt;
　頭でっかちにならず、心の欲求に素直に従うというのは結構快感で、ストレスを解消する為の手がかりが見えたような気にもなってくる。その代わりあとで体重に乗った時の、大後悔の海に底に沈むような憂鬱はまたやり切れんのだが、ともあれ、旅では一日たりともソレを外すことができず、激アマコーヒー中毒患者と化しているのである。&lt;br /&gt;
手でかち割った氷（これもまた風情があるのだ）の入った「アイス」より、「ホット」で頼んだ方が、その香り、味ともによく感じられるようでホントは好きだ――が、この地域はもちろんのこと、ベトナムの中部以南・特に海沿いの町で、たとえ朝っぱらとはいえ…そうですねぇ、朝六時に起きてたんじゃあ、「ホットを飲む」なんてもうムリである。まぁ時期にもよろうが、六時では既にピーカン天気であり、市場にたどり着く頃には既に、「冷たいものが欲しい…」と喉が喚いてどうしようもない。そんな中でワザワザ「ホット」を飲むのは、「氷はお腹を壊すかもしれないっていうから…」と心配している、ガイドブックを握り締めた外国人観光客ぐらいなもんだろう。&lt;br /&gt;
練乳コーヒーの「アイス」は、「カフェ・スア・ダー」という。「ダー」が「氷」。&lt;br /&gt;
氷はタダではなく、やはりそれが入る分だけ値段は高くなる。もちろんコップはそのぶん大きいもので供され、ビールジョッキに似た形が多い。&lt;br /&gt;
　私はアイスでもホットでも、「練乳入り」を飲みたい、というのが基本であるが、前述したように、練乳が入ると少々高くなるし、アイスだとさらに氷代が加算されるから、ケチりたい時、或いは「油モノいっぱいたべたなぁ」と気分的にスッキリしたい時（あくまで「気分的に」である）、そして初めてのコーヒー屋で飲む時などは、「ブラック」を選ぶ。&lt;br /&gt;
「ブラック」・つまり色はブラックだけど砂糖いっぱい、のアイスコーヒーは、「スア」（ミルク）という語をすっ飛ばして「カフェ・ダー」で通じる。「あれ？お客さん、『ダー』っていっても「ミルク入り」なの？それとも「無し」？」などと聞き返されることはあまりない。ちなみその砂糖の量とは、ラーメンに振りかける山盛りの葱、の勢いである。&lt;br /&gt;
　コーヒーは「市場で働く人々」にとっての滋養強壮剤でもある。店の主人は、ガンガンとやってくる注文に対し、氷をガンガン叩いて砕き、コーヒーを注いでは、ハイハイと配達に立ち回る。売れ行きは、どっちかというと「カフェ・ダー」・つまりブラックが多いようだ。苦さで自分を鞭打ち、気合いを入れるための朝の一服となるのだろうか（しつこいけど、これもクソ甘い。）、それぞれ持ち場で、時々ジョッキを片手にしては、チューチュー、差し込まれているストローを吸っている。&lt;br /&gt;
　私は、ここでもやはり素直に「練乳入り」へと流れた。&lt;br /&gt;
産地に比べればずいぶんカワイらしいというか、紙パック入りの甘ったるい「コーヒー牛乳」といっていい、優しい甘さである。かつて出会ったミーアンが、「ブラックは嫌いだけど、これなら飲める」と言っていたように、誰にでもとっつきやすい飲みやすさがある。氷入りだから、時間が経てばそれが溶けてますます薄まり、色も、キャラメル色よりも薄い「ベージュ色」となる。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;　それぞれの朝の「ヤマ場」を過ぎ、日が完全に高くなり気だるい時間がやってきても、コーヒー屋には誰かしら溜まっていた。暇つぶしにおしゃべりをする場――それがここ、である。&lt;br /&gt;
たった一つのテーブルと、数個のイス…に入りきらずとも、台や荷物箱・カバンの上などに腰を下ろし、ああだこうだギャンギャンと、居合わせたモン同士で井戸端会議を展開させる。「コーヒーを飲む」・つまりここの客であるから溜まっているのではなくとも、単にそこら辺の人がベンチ代わりに座っているだけだったりするのだが、もちろんそんな中に「お客」が現れたならイスから直ちに離れ、荷物箱の上に「ちょっと詰めて」と、電柱のスズメのように並び、おしゃべりを止めない。自分の店の帳簿かなにかを持ち込んで書き入れたりしながら、「会議」に参加する人も少なくない。&lt;br /&gt;
溶けた氷で中身が薄まったコップを前に、のんびりといつまでも続く、その面白おかしい噂話…かなにかしらないけれども、それら諸々はカフェ屋の女主人の耳に入っているだろう。だが、時に話の輪に入っているような・いないような…の微笑みを浮かべるだけで、時々思い出したようにやってくる注文に応じて氷をかち割り、カフェとお茶（ベトナム茶。コーヒーを頼めば自動的に着くが、これだけ別注もできる）を注ぐ。この人こそ「噂通」ではあろうが、そんなそぶりなどマッタク見せない冷静な表情を通しているところが、肝の据わった「女将」というか、いや、「お母さん」というか――って、三十八歳独身の「お姉さん」である。ちなみに、晩婚化は日本だけじゃないのか・フンさん姉妹、そして私が友人となった多くのベトナム人女性にも、三十代独身は多い。…類は友を呼ぶ、のだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;　ともあれ、市場という彼らの「庭」で、カフェ屋は彼らの「台所」とでもいうべきスペースとなっている。モチロン、買い物客も一服してゆくわけだから、ここはいろんな人が集まる交差点となり、マッタクの部外者・つまり私のような旅行者が、地元の人々と接しようとするならば、まさに、そのきっかけになりうる場所だ。&lt;br /&gt;
氷の詰まった「カフェ」がテーブルの上にやってきてどれくらいも経たないうちに、会話本を囲みながらああだこうだと「輪」ができる。次第に、そこにいた彼らとの間にかかっていたテープが破れてゆき、そこら辺一帯の方々と大交流的騒ぎとなれば、旅行者としては本望というか、その旅の中で、忘れ難い場面として筆頭に上がるものとなろう。かくて気を良くした旅行者（＝ワタシ）は、毎日足を踏み入れるわけだ。&lt;br /&gt;
　が、「当然のごとく」やってくる・そのずうずうしさがなんとなく気恥ずかしいので、一応「コーヒー飲みに来ている」という正当な理由を掲げている――そんな気がする。&lt;br /&gt;
欠かせないから飲むのだけれども、コーヒーとは、ここに居場所を得たいが為の手段になっている、ような気がするのである。――この町では。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;「テーブル」についたまま、「たこやき屋」を見学する、日々。&lt;br /&gt;
カフェの女将に「練乳入り」を頼むと、ほどなく優しい色のジョッキを、コトリ。&lt;br /&gt;
水滴をにじみ出したガラスの肌と、キラキラと浮き上がった氷山は、ため息が出るくらいに涼しげだ。ひと口――あぁ。この、自分が幼児化してしまう甘みが、朝にはすんごく心地イイ。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/eka5465/51516768.html</link>
			<pubDate>Sat, 27 Nov 2010 07:52:55 +0900</pubDate>
			<category>アジア</category>
		</item>
		<item>
			<title>メコンの朝～ロンスエンのたこ焼き・ベトナム⑩</title>
			<description>&lt;p class=&quot;img&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-e9-4b/eka5465/folder/1603837/01/51489501/img_0?1290219648&quot; width=&quot;560&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; class=&quot;popup_img_640_480&quot;&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;　――それは「光」、だろうか？&lt;br /&gt;
　近づくにつれ漏れてくる、キラキラと水面に反射する朝日の中に、なにか別の「輝き」が混じっている気がする。&lt;br /&gt;
いつものように、川面を拝みに船着き場へと向かう。近づくにつれ、ドッドッという船のエンジン音がリアルに耳に響き、人の群れの合間からチラホラと目に入るようになった「ソレ」は、光ではなくて、実体ある「色」であることに気付く。&lt;br /&gt;
そして川のまん前まで来た時、ハッキリと、それが何であるかをようやく理解した。&lt;br /&gt;
　――立ち尽くした。&lt;br /&gt;
　うわぁ…と、空いた口が塞がらなかった。&lt;br /&gt;
　花ざかりだ――黄金色である。&lt;br /&gt;
岸辺に到着した何艘かの小船が、いっぱいに「花」を抱えていた。なんというか、船が花で飾られている…というよりも、船自体がまるで、ひと塊の花畑のようだ。船から花が生えているようなのだ。&lt;br /&gt;
マリーゴールド的な黄色と、オレンジ色の二種。「マリー…」よりは、その花びらはもう二まわりぐらい大きいが、見た感じはあのように、花びらが重なり合って丸っこく、ポンポンしている。茎は、菊のようにスッとまっすぐ伸びて、長い。花に詳しい父に見せたら、おそらくスッとその名前は出てくるだろうが。&lt;br /&gt;
　その「大群」が朝一番の光を受けて、まさに燃え上がっている。涙で目がかすんでいるのだろうか、と思い違うほど、二種の色が溶け合い、鮮やかな黄金色となって光り輝いている。&lt;br /&gt;
　なんて綺麗なんだろう…。&lt;br /&gt;
　この町を離れる日だ。こんな景色を見られるとは――なんてったって「誕生日」であり、またとない天からのプレゼント、などという戯言を、一人心の中でつぶやくぐらいバチは当たらないだろう。&lt;br /&gt;
まだ、向こうから「花畑」が何艘かやってくるのが見える。&lt;br /&gt;
花満載の船と、川。絵になるじゃないか…と、我に返ってカメラをカバンから取り出し、何枚もシャッターを押してしまう。&lt;br /&gt;
　何か行事でもあるのか、と思わずにはいられない花の量だ。こちらでは「旧正月」に花で家を飾る習慣があるらしいのだが、いま（十一月）はそういう時期でもない。ザッとネットで検索してみても引っかからなかったが。もしかしたらこの地方独特に、なにか行事があるのだろうか。&lt;br /&gt;
気持ちのいいほど両手一杯に「花」を抱え、人々は少しずつ、バケツリレーをしながら岸辺へとそれを移してゆく。どれだけ人がガッポリ抱えたつもりでも、その花の大群の中では、ほんの一掴みだ。&lt;br /&gt;
岸へと抱えられた花は、地上に敷かれたビニールシートの上に寝かされる。と同時に、待ちわびていたのだろうか、早速お客がやってきて、商売が始まった。&lt;br /&gt;
酔ってしまうほどの、美しい花――これにも「ふっかけ」「値切り」といったやりとりが、やはり適用されるモンなのだろうか。私は買わないから、ウットリと遠い目をしてソレを見守るに過ぎないが、「当事者」になれば、情緒などに浸っていては足元を見られるのかもしれない。&lt;br /&gt;
陸に上がったものが売れてから、また積み下ろしてゆくのだろうか。ほかにも商売人が立ち並ぶ中、陸の開いたスペースに、とても全ては並べきれないだろう。船にはまだまだ・大半がワサワサと生えたままだが、――しかしこのままの方が、眺めとしては面白い。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　キラキラと日の光に反射する、メコン。&lt;br /&gt;
特に、朝日の昇る時の輝き・その澄みわたる美しさは、脳天を突き抜けるような感動があって、ボーっと何時間でも立ち尽くしてしまえた。&lt;br /&gt;
川はどこからやってきて、どこへいくのか――って、中国チベットあたりの山中から沸いて、そして南シナ海へ流れ込んでいくのだけれども、そんな来し方・行き先という冷静なる事実も浮かばなければ、イメージなど沸かない。いまこの目の前にデンと存在する大海原…ではなくって大河は、「大きい」そのこと自体が不思議なのであり、宇宙の起源・そのナゾに思いを馳せる時のように、浸るに十分な存在なのである。&lt;br /&gt;
　そんな中で遠くに漂っている船は、まるで「絵」の構成要素であり、現実感がない。だが次第に「岸」に近づいてくるのをじっと、ずっと眺めていると、そんな心もとない幅で大丈夫なのか、という中いっぱいに詰まれているのは、バナナやキャベツ、そしてタマネギ、あるいは魚の入ったたらい――そう、「市場」がすぐソコにあるからなぁ。…というか、市場が川に沿って広がるのはそのためなのだろうか、と、川が主要な交通の場である地域の道理を、勝手に納得する。&lt;br /&gt;
トクトクトクトク…と、エンジン音が響く。そういえば、「川」に船が何艘もあるという景色は、「渓流下り」などの観光船の類は別にして、日本でほとんどお目にかかったことがない。小さなエンジンを、裸で端っこにチョッとつけた「木造の渡し船」から、漁船、そしてフェリーのような大型船までが悠々と行き交う様は、やはり私としては「海」というイメージを抱かずにはいられない。&lt;br /&gt;
デカイ。&lt;br /&gt;
あまりに、スケールがデカすぎて偉大すぎて、…ソレを見ているだけで、ナゼだか涙が出てくる。景色の立場としては「ただここに在るだけなんスけど」に他ならないのだろうが、意味もなく感動してしまうのである。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;――マリーゴールドを前にしたまま、いつしか日が高く昇っていた。しばらく離れられなかったその景色に「暑さ」というものが割り込み、それがどうにもならなくなった頃、私は背後の「市場」へと足を進めた。&lt;br /&gt;
朝一番であがったのだろうか、朝日にピカピカと光る魚のウロコを見ていると、私自身も肌がピチピチしてくるようだ。ナマズの頭を撥ねてその内蔵を抜く、見事な包丁裁きに釘付けになって幾度も立ち止まりながら、ブラブラと歩き進めるその辿り着く先にあるのが、いつもの場所である。&lt;br /&gt;
「コーヒー屋」であり、彼らのいる場所。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/eka5465/51489501.html</link>
			<pubDate>Sat, 20 Nov 2010 11:18:37 +0900</pubDate>
			<category>アジア</category>
		</item>
		<item>
			<title>姉妹宅訪問　～ロンスエンのたこ焼き・ベトナム⑨</title>
			<description>「ウチにおいでよ」&lt;br /&gt;
ということで、夜の八時に待ち合わせ、バイクに乗せてもらって十五分――いや、二十分以上は経つのではないか。バイクなのに。&lt;br /&gt;
　…遠い。&lt;br /&gt;
　往復だと四十分である。バイク一つに乗車できるのは二人だから、フンさんは私をお家へ送り届けたのち、次はお姉さんを迎えに、再び市場のある町の中心部へとトンボ帰りしなければならない。…それまで町で待っているお姉さんの方も、時間つぶしは大丈夫なんだろうか。&lt;br /&gt;
ガソリンも食うし、なんだか申し訳ない気分で一杯になってくる。&lt;br /&gt;
こんな遠いところ、絶対自分では歩いて来られなかった道であり、ワクワク…は、まぁするけれども。脇には「ＫＡＲＡＯＫＥ」の電光看板が続き、通り行くのは、同じようにバイクを運転している人たちだけ。まぁ、「暗い」というのもあるのだが、いったん降り立ったらたちまち世界から取り残されてしまいそうな、ひっそりした道である。食べ物屋台も、肉まんが並んだガラスケースの載った荷台を一つ通り過ぎた、それだけだったように思う。&lt;br /&gt;
――当たり前なのだが、自分の慣れている「ロンスエン」とは、ほんの一握りであるのだな、と思う。&lt;br /&gt;
中心部は「中心」ではあるけれども所詮は町の一部でしかなく、人々の生活の拠点は、それ以外の場所千々と広がっている。こういう長い距離を行き来などしながら、人は「ロンスエン」に生きている、のである。「ロンスエンに行った」なんて一言でポッと言ってしまうのは、あまりに安易であるように思えてきた。&lt;br /&gt;
やっと――ある地点でスピードが緩まり、くねくねと小さな路地に入り込んだ。門らしき敷居を潜った先が、辿りついた「おうち」である。&lt;br /&gt;
「ここだよ」とフンさんは頷き、バイクを止めた。ヘルメットをとり、降り立つと、建物の戸をサカサカと開く。一日の仕事を終えた「疲れ」などどこかに忘れたような、あっけらかんとした表情がたのもし　い。&lt;br /&gt;
　中に入ってスグの部屋に、「お母さん」はいた。「あぁ帰ったの？」と、先に連絡がいっていたのだろうか、訪問に特に驚く様子もなく、吊り下がっているハンモックに腰をかけたまま、余裕の笑みである。「いらっしゃい」。&lt;br /&gt;
一言二言、おそらく「今日も暑かったよ。」などという類のことを言い合うと、すぐにフンさんは「ここに座っててね。」と、ヘルメットを被って再びバイクへと翻り、ブウゥン…と唸らせて立ち去る。あぁ、スンマセン、いってらっしゃい…。心の中としては、頭をかきながらペコペコと謝る私の図、である。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
水色の壁。&lt;br /&gt;
この奥に、部屋はそういくつもなさそうな――おそらく台所や洗面所があるぐらいではないかと思うが、そっちの方からも、人の気配というものはまったく感じられない。お母さん、一人なのだろう。&lt;br /&gt;
八畳、いやもう少しだけ広いだろうか。人がくつろぐのには唯一の部屋っぽいこの中で、なによりまず目に付くのは、壁際の棚の上の、年配の男性の写真である。それはおそらく「お父さん」ではないか、と想像してしまうのに難くない。亡くなった…のだな。&lt;br /&gt;
ドア近くの壁にたてかけてある「網」には、各種の小物が吊るされている。試供品にもらうような、小袋入りのシャンプーや洗剤、或いは袋に入ったスナック菓子など。買ったものだろうか…にしては、同じパッケージのものが何個もぶらさがり、ニ、三個あるプラスチック瓶の中には飴玉が詰まり、積み木のように重なるトイレットペーパーや、インスタント麺の袋も、四、五個。まさに雑多なものが、インテリアのようにお母さんの背景となっているのである。…って、もしかして「店」なのではないか。&lt;br /&gt;
「そう。これを売っているの」。&lt;br /&gt;
この、戸を開けた玄関先で、それらの品々を広げるらしい。網に引っかかっているものは、網ごと持ち出して、そのまま晒すのだろう・そういう並べ方、である。&lt;br /&gt;
たしかに「店」と連想しなくもない品揃えではあるが、しかし、縁日の屋台といっていい、あまりに小規模な雑貨屋さんである。この路地にどれだけの人が通るのか…、などと、市場の人通りとつい比較してしまうけれども、ご近所さんにとっては、たまたまシャンプー切らしたときに、遠い市場に出向く必要もなく便利、なのだろうか。子供の頃の私にも、チョコやらアイスやらを買いに五十円や百円玉を握りしめ、自分の足でたどり着ける「行きつけ」の小さなオアシスがあった。――そんな存在、だろうか。&lt;br /&gt;
ハンモックに腰をかけている姿がサマになっている。戸を開け放したら、商品はここから目が届くのだろうか。ずっとここでブラブラ・「ゴメンください」と声がかかるのを待っている、そんな姿が目に浮かぶ。&lt;br /&gt;
お母さんと二人っきり。フンさん姉妹が帰ってくるまで、間がもつだろうか…という心配はしかし杞憂であり、二人が戻るまでの時間が「長い」などと感じることはなかった。&lt;br /&gt;
というのも、私にとって「カンボジアには行ったの？」程度の会話のやりとりが、大仕事なのだ。お母さんは、私が理解し易いように、「言い方」をああだこうだと変え、私はその一語一語をヒントにして、みかんなどをいただきながら本のページをめくり、その「語彙」を探す。…からして、まぁそれは時間がかかるのである。&lt;br /&gt;
だからこそいいのかな、とも思う。流暢に言葉を理解していれば、いろんなことを聞けるし、知ることのできる情報量も増すだろう。だが正直、気の利いた話が簡単に口を突いて出るほど、私は普段から饒舌な方ではマッタクない。いわんや初対面・しかも難解な外国語の世界をや――がしかし、言葉が通じない困難さがあるからこそ、それをどうにかしようとする努力が、かえって初対面であることの緊張や、異文化で生きてきたことによる壁をほぐすウォーミングアップとなってゆくようにも思えるのである。どうにかコミュニケーションをとろうとする・そのこと自体に一生懸命になって集中するから、まるで、共同で何かをやり遂げようとしている連帯感があるのだ。&lt;br /&gt;
…というか、これって、結構「遊び」になる。お母さんは、上手くいかない「やりとり」に時々カッカと笑い、えぇと…と、次の言葉を考える。それはまるでパズルにでも挑むかのようであり、こっちも実際、オモシロイ。&lt;br /&gt;
ロンスエンに生まれ、ロンスエンで暮らしてきたという。そこそこふくよかな体格で、外見からの想像通りに、歳は六十五。あぁ、うちの母と同じですね、と、そういえばフンさんとも同い年であることの偶然に、思わず笑った。母へのお土産に、ハンモックいいなぁ…と思うが、ウチには引っ掛ける場所がない。ヘタに取り付けて、落っこちて腰殴打・骨折なんてされてもイカンしなぁ…か。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そうこうしている間に、二人から「もうスグ着くよ」の携帯コールである。&lt;br /&gt;
小銭入れのような巾着袋にまるで「お守り」のように、お母さんはそれを大切にしまってから、ほどなく、二人は「やぁやぁ」とメットを脱ぎながら入ってきた。照明を全部点けたというか、一気に部屋が満たされた、という感じである。&lt;br /&gt;
「どうよ？我が家は」と床に座り、ハンモックのお母さんを軸に、三人が横に並んだ。&lt;br /&gt;
　三人っきり、のようである。&lt;br /&gt;
写真の男性・「お父さん」が他界されたのは六年前。三人、写真を見つめるその表情は同じで、それほど経っていない年月というものを感じられる。「六年」など、家族にとってはまだ「この間」であろう。そりゃあ。&lt;br /&gt;
東南アジアを旅しているとき、「小家族」というイメージは、これまであまりなかった。…というか、たとえ訪れた友人宅が「小家族」ではあっても、親類や近所の人が勝手気ままにそこに出入りし、あたかも大家族であるかのような賑やかな光景が展開されていたことが多かったように思う。&lt;br /&gt;
まぁ、いまは夜・それも九時も回った時間帯である。朝が早い姉妹にとっては、そろそろお休み体勢に入ってもいいぐらいなのかもしれない。日が昇って明るくなり、ここにしばらく居座っていれば、人の行き交う様子も見えてくるのかもしれない。が、いま、親子水入らずをハタから見た印象としては「ひっそり」している。&lt;br /&gt;
キャアキャアとフンさん姉妹は話しかけてくれるから、「寂しいだろうか」などと思わせない明るさがここにはある。三人いれば誰かがポツリとつぶやき、そのつぶやきにまた誰かが反応すれば、会話は広がる。寂しさなど連想しない「オモシロおかしい、女の園」という雰囲気がこの中にはあるけれども、三人揃って写真を見つめる「シン」とした空気の支配する瞬間が、時々、やってくる。会話の「サイクル」が止まった時の、ピンと張り詰めたその瞬間、脆く儚いモノが、三人の中から顔を覗かせているような気がするのだ。&lt;br /&gt;
　どっちか・お姉さんでも、フンさんでも……という言い方は非常に失礼か。だが、どちらかに（モチロン両方でも）、誰か「支えとなる人」・ムコにやってこないだろうか――などと、私は「親の気持ちが、いまわかった」ような気がするが。目のクリクリがキュートなお姉さんは、「諦める」にはまだカワイすぎるし、フンさんのその明るさに魅了されなどする男性は、いくらでもいるんではないのか。&lt;br /&gt;
彼女らは、お父さんの写真でもって、支えられいる――こちらの世界だけでは、「柱」が確かに欠けている、などという気がしてならないのである。&lt;br /&gt;
そして、もうこれ以上誰かが欠けてもやっていけないという「最小限の輪」になってしまった寂寥感、とでもいうものを思わずにはいられないのである。&lt;br /&gt;
とはいえど、しかし。&lt;br /&gt;
「肩を寄せ合って暮らしている」などという、弱弱しいイメージを当てるべきではないだろう。…きっと。　&lt;br /&gt;
二人の子供を抱えてベトナム戦争を潜り抜けてきた両親と、そして荒野を駆けた記憶はあるだろうか・お姉さんとフンさんは、「生きる」ために、日常の生活を手を取り合って回転させてきた。その時代を経験してきたんだから、たくましいのだ……などと能天気に言ってのけられるのはまさに部外者だからであり、そんなに簡単な状況ではなかったろう。&lt;br /&gt;
戦後、まだ復興ままならない中にフンさんは生まれ、同じ時期に生まれた私は、環境の違いにもかかわらず、こうしてヒヒヒと学校の友人のように彼女と喋りあえる、ということが嬉しくあり、また不思議でもあるのだが、遭遇した光景・そして背負ってきたものの重みの差は歴然としているはずである。平和のフリをした世界に漬かり、甘ったれて何気に時間を過ごしてきた私のような人間に、彼らの乗り越えたものを推し量ることなど、天を仰ぐようなものだろう。&lt;br /&gt;
おそらく、彼らは強い。辛さというものも十分経験し、知っている彼らにとって、私なんかによる心配など話にならないぐらいに「甘っちょろいこと」に違いない。元気いっぱい、これからの日々を生きてゆくに違いないのだ。&lt;br /&gt;
――違いないけれども、いやしかし、だ。&lt;br /&gt;
三人いて成り立つ、この、お手玉のように受け渡す言葉の循環が止まった時にふと感じる物寂しさに載せられて、安易にモノを言うとするならば、どうかこの日常のサイクルが崩れませんように、この母と姉妹が将来離れて暮らすことになるなどということがありませんように――と、願ってしまう。&lt;br /&gt;
「家族の絆」など他人からどうこう推察されるまでもない。不変なのだ。&lt;br /&gt;
…と分かってはいるのだが。「部外者」としては見てわかりやすく、ずっとくっついていてくれる方が嬉しいのである。安心なのである。ただ私の、勝手な想いである。&lt;br /&gt;
　お母さん、いつまでも元気にしていてください。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
話は私の旅へと移り、「次にロンスエンに戻ってくるときは、絶対ここに泊まっていけ」と念を何度も押してくれるもんだから、荷物を担いでここにたどり着けるのかな、バスターミナルからどうやって…などと、「マ」に受けて悩んでしまうではないか。こういう申し出をされて浮かれ、ホントにうかがってみると、本人はその約束をマッタク覚えていなかった、などということが往々にしてあるのだが（歓迎はしてくれるが）、…まぁ、ありがたい・嬉しいお言葉には違いない。&lt;br /&gt;
その気持ちだけで、十分です…と、弱い人間は弱い人間らしく、ホロっときておけばいいのである。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/eka5465/51461030.html</link>
			<pubDate>Sat, 13 Nov 2010 07:50:34 +0900</pubDate>
			<category>アジア</category>
		</item>
		<item>
			<title>仕込み場のお姉さん・2～ロンスエンのたこ焼き・ベトナム⑧</title>
			<description>&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;　さて、「後入れ」のネギ生地で「穴」を満たしたら、再びフタをして、蒸し焼き。&lt;br /&gt;
カチャカチャと音はするが、それは三つあるからであり、アクかゴミかをとる以外、そう頻繁にフタの中の様子を窺っているわけではない。…というか、無駄に開けない。イチイチ確認せずとも、生地の変化具合・焼け具合というものを、知り抜いているような感がある。&lt;br /&gt;
そして、もうこちらとしては「いったいどれが最初に生地を流した鉄板だったのか」と分からなくなってきそうなのだが、おそらくソレであろうヤツ・一つのフタを、パッと開いた。&lt;br /&gt;
焼き上がりである。&lt;br /&gt;
　ネギの青みが、火が通ったことで一層鮮やかに立っている。&lt;br /&gt;
右手でスプーンを握り、穴の側面から、グリっとくりぬくようにして、一つをすくい取った。丁寧に塗ってあった油のせいか、結構簡単に剥がれるようである。&lt;br /&gt;
それを、左掌にのせた、青い線模様のある皿の上へ。&lt;br /&gt;
底の球面はもちろんだが、上部もちゃんと固まり、流れ出ない。少量といえど、粉が入っているのは伊達じゃない。&lt;br /&gt;
　八つを、皿に花を咲かせるよう盛ったら、カラになった鉄板に、すかさず棒で消毒…ではなくて油を再び塗り、白い生地を流し込んでおく。次の、「焼き」に入っておくのだ。&lt;br /&gt;
そうして、隣のフタもオープンし、皿の上に次々とあけてゆく。&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;indent&#039;&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;
　焼き上げると同時に、お客が来るのか。お客が来るのを知っているから、焼いているのか。&lt;br /&gt;
「作り置き」かな、と、八個を過ぎ、九、十個…と一人分以上の個数が、少々大きめの皿に溜まってゆく…と思いきや、間を置かずにお客がきて「ソレ頂戴」と買ってゆく。「大輪の花」ができそうで、できない。「お客」と「焼く」のと、どちらが先なのか分からないが、常に「アツアツ」がゲットできる具合になっているのだ。&lt;br /&gt;
　――それにしても、ナメていたものである。&lt;br /&gt;
　シンプルな材料に、その見た目。「玉」にすべくひっくり返すコツなんて知る必要もなく、「今日はお母さんが病気だから」と、十歳の娘が「一日店主」を勤めることも可能だろう――などと、この「ココナッツたこ焼き」とは正直、ダレにでもできるモンとみなしていたように思う。&lt;br /&gt;
　だが、「見るのとやるのとではゼンゼン違う」とか、「見ているだけじゃ分からないそのタイヘンさ」という決まり文句はよくあるけれども、そもそも、火加減がつまみ一つで調整できるような、機械仕掛けの熱源でもないのである。いくら日陰で、川からの風に吹かれながらの仕事…といったって、ピーカン天気で気温上昇真っ只中の日中、火の前に座り続けるのは、結構どころではない持久力が要る。&lt;br /&gt;
そして少ない粉で「生」じゃない程度に仕上げる、絶妙な火の通り加減・焼き時間の峻別なる見極め。それに集中する神経は並大抵なものではないのではないか。&lt;br /&gt;
　この人がやるからこそ出来上がったこの賜物、なのであり、「やってみてはじめて分かるその苦労」などということ自体、実におこがましい限りだろう。ちょっと体験したぐらいで理解できる技ではあるまい。生地の手触りで配合を見極め、薪でパンを焼き上げるパン職人となんら変わりなく、その職人技を称えさせていただきたいと思う。「歩き食い」「楊枝で刺して食う」なんていう、ながら行為で胃に収めるのは勿体ない・畏れ多い。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;　十八年やっている、という。&lt;br /&gt;
…ということはフンさんもだろうか。子供は、「子供だから」とちやほやされっぱなしではなく、家族の一員として、大人顔負けにガンガンと働くのがベトナムでは当たり前の光景である。それとも巷でよく聞くように「サイゴンに働きに出ていたが、今はたまたまウチに戻り、アルバイト的に家業を手伝っている」から、せめてできる「下準備」に徹しているということだろうか……にしては、よく気が付くからこそできる、手際の良さ、だった。&lt;br /&gt;
　こんなことも「聞きゃあ良かった」のであるのだが、…もう遅い。&lt;br /&gt;
火と熱をガッチリとガードする「ついたて」の表面は炭色で、ボロボロ・ボコボコになっている。それだけ熱を受けた時間を物語っているのだが、それはつまり、お姉さんが肌で感じてきた歴史を意味する。常に「後ろ姿」を見るこちらからは、その汗まみれの顔面というのを想像するしかない。&lt;br /&gt;
　お姉さんが時々口に含む、水分補給に置いてある「コーヒー」が、だいぶん「氷」で薄まっている。&lt;br /&gt;
隣がコーヒー屋だから、注文しやすくてよかろうな…と、私もいったん「テーブル」に戻って腰を落ち着けた。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/eka5465/51440647.html</link>
			<pubDate>Mon, 08 Nov 2010 05:25:00 +0900</pubDate>
			<category>アジア</category>
		</item>
		<item>
			<title>仕込み場のお姉さん・１～ロンスエンのたこ焼き・ベトナム⑦</title>
			<description>&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;「主導権」はお姉さんに帰するもの、としているのか。&lt;br /&gt;
　フンさんは、生地を「たこ焼き」とならしめる・つまり「焼く」ことは決してしなかった。彼女の役割は、もっぱら早朝とお昼・一日二回の「下ごしらえ」であり、いまちょうど現れたお姉さんは、フンさんがやっていたこの間、「昼ご飯」を家に食べに帰っていたそうである。と、ここで準備に勤しんでいた妹の、弁当も持ってくる。&lt;br /&gt;
　ちなみに、「屋台」というものの多さが目に付いて、タイなどのように、ベトナムは外食が一般的な世界であるように見えるのだが、どうも、それは基本的に「朝食」に限るのではないかと思っている。つまり、米粉を加工した「麺」など、「ご飯」以外の姿のものを食べるとき。&lt;br /&gt;
誰にとっても調理可能な「ごはん粒」を食べるとき・つまり朝食以外の食事では、家庭でそれを炊き、それに付随するオカズも家で料理するのが、「基本」。――とはいえもちろん、仕事で家を離れ、それが難しい人も当たり前にいるから食堂というものが存在するし、それはそれで賑わっているが、これまで出会った友人達の生活スタイルを見てきて、そして巷でも弁当をぶらさげている光景をよく見ることから（…って、買ったヤツを詰めているかもしれないのだが、）、「軸」はどうやらそちら（家）ではないか、という印象を受けているのだが、どうだろうか。&lt;br /&gt;
夕食となるとさらに「家」の比重は高く、外食はタマにする、ハレ的なイベント。つまり「ご馳走を食べに行く」感覚であり、その目当ても、家で炊ける「ご飯とオカズ」ではなくて、「麺」だったりする。私のような旅行者が、夜に「普通の家庭料理的なものが食べたい」（つまりご飯とオカズ）と思っても、そのような惣菜屋を見つけたこと、一度あったぐらい、ではなかったか。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;　話を戻そう。&lt;br /&gt;
　仕事上の二人の関係は、師匠と弟子のようなモンなのだろうか。師匠は「基本」を弟子に任せ、その間はうたた寝さえできる――などとは、呑気な言い方甚だしい。&lt;br /&gt;
「あと」が長いのだ。…と思えるのはやはり部外者だからであり、「火」の前に居座る時間というものは、本人にとっては、早いだろうか、それとも遅いのだろうか――「あっ」という間かもしれないし、「時間」という感覚はもしかすると、ないのかもしれない。&lt;br /&gt;
さて、お姉ちゃんの番である。&lt;br /&gt;
地べたに置いてある三つの火鉢。それにつり合う低さの風呂イスに、腰をかける。&lt;br /&gt;
火鉢の上には「たこ焼き」鉄板がのせられており、その向こう側ぐるりと、断熱のためのついたてが置かれている。カフェ屋のスグ隣り、ではあるけれども、まるで一枚の壁に遮られているように、隔絶感がある。&lt;br /&gt;
　その壁に、鉄板を斜めに立てかけ、火鉢の中が見えるよう、オープンにする。&lt;br /&gt;
炭火が詰まっている…とてっきり思っていたのだが、次々と放り込んでゆくのは、茶色い毛糸玉の破片・ココナッツの実の「皮」だ。&lt;br /&gt;
　ホウ…。&lt;br /&gt;
そういえば、ヒンドゥー教寺院で、ココナッツの果実丸ごと一個を持って地面に叩きつけて割り、焚き火の中に放ってなにやらトランス状態に陥りそうな儀式が進行されているのを眺めていたことがあるかの宗教で、ココナツは神に備える最も聖なる果物らしいと知ったのは最近のことだが、そのときの私は「果実を燃やす」そのこと自体が驚きで、そのようなことをする儀式に正直異様さを感じていた。&lt;br /&gt;
だがよくよく考えれば、確かに燃料としてうってつけなのだろう。たとえ果肉を頂戴した跡の「使用済み」であっても、まだ皮には「脂肪分」がこびりついているに違いない。ネット調べて見れば、皮を燃料として利用するのは、生産地ではごく当たり前なことであるという。あますとこなく、ということだ。&lt;br /&gt;
&lt;div class=&quot;alignCenter&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-e9-4b/eka5465/folder/1603837/72/51422672/img_0?1288760534&quot; width=&quot;560&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; class=&quot;popup_img_1600_1200&quot;&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
　ここのはモチロン、背後のココナッツ屋から譲り受けた「使用済み」である。豆腐屋が毎日、大量のおからを出すように、必ず生じるカスの処分を引き受けている、ということか。&lt;br /&gt;
大まかに割ってあるソレを火鉢の中へ、一つ一つ放り込み、トングでほじったりしながらうまく突っ込んでゆくと、火はみるみる、エネルギーを吸収するかのごとく成長した。煙は立つが、ゲホゴホとくるほどに濛々、というわけではない。&lt;br /&gt;
　火が落ち着いたら、たこ焼き鉄板を上に載せて固定させ、そのくぼみに油を塗る。棒に（箸か？）くくりつけた布で、消毒するような感じで、丁寧に。&lt;br /&gt;
　で、「焼く」。&lt;br /&gt;
これからしばらくの、当座の量だろう。バケツから、洗面器のようなたらいに取り分けられている生地は――「二種類」ある。見た目で一目瞭然、ネギが入るものと、「無し」の真っ白な液体だ。…「ネギ無し」のたこ焼きなんて、やってたっけ？食べている人、いただろうか？&lt;br /&gt;
　まず、真っ白い液体が入ったたらいに巨大スプーンを突っ込んで、濃度が均一になるようかき混ぜてから、すくい、そろそろ十分に熱されたはずのくぼみの中に、八分目ぐらい流し込む。生地が触れたとたん、ジュウゥゥ…と、予想通りの唸りを上げる。&lt;br /&gt;
一穴一穴、であり、窪み以外の場所に垂らしたりしない。他愛のない動作・「慣れているから」にしても、集中力はモチロン必要だろう、平らな鉄板部分には一滴も落とさない。スープを飲む時にボトボトと雫を垂らすワタシならば、餃子のように「羽根つき」たこ焼きになってしまうだろう。&lt;br /&gt;
穴・八つを満たしたら、アルミ製のフタをする。コレ用に売っているわけではないと思うが、丸い鉄板面を丁度覆う、いい大きさである。なかったことのように「白い丸」を隠したら、隣の二つの火鉢それぞれに載った鉄板にも同様、白い生地を注ぎ込む。&lt;br /&gt;
　暫くしたらフタを取り、表面をスプーンでサッと撫でる。&lt;br /&gt;
アクでもあるのだろうか…というか、白い液なだけに、ふとした瞬間に混入した燃えカス等のゴミが目立つのかもしれない。そしてまた、カチャっとフタを被せる。&lt;br /&gt;
隣の鉄板も同じように、素早く。カチャカチャと鳴らせているその音は、中華料理屋に響く、カンカンコンコン・お玉と鍋の衝突のようなキレのよさがある。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　フンさんが、合間に来る客とやりとりしながら、ニタニタとしょっちゅうこちらを向いて「これがね…」等と一応、説明らしきもの、そしてジョークらしきものを加えてくれるのに対し（…って、私は「会話本無し」ではとてもベトナム語の理解は不可能である）、お姉さんは、いったん鉄板と向き合ったら目線はずっとソレ、そして手元であり、ブレない。燃料（ココナツ）を放る時にはまだ残っていた、太陽のような笑顔と、そういう「血」なのか・話の輪に入るときのユーモアっぽさは、いまはない。風呂イスに腰をかけているのは、無口な頑固職人なのであり、こちらには、その後頭部や耳元しか見せなくなっている。&lt;br /&gt;
　暫くしたら、…ってどのくらいか・二分そこらであったろうか。何回かカチャカチャ、フタを開けては少々アクすくいを繰り返した後、一つの鉄板のフタをめくる。&lt;br /&gt;
そして、もう一つのたらい・つまり「ネギ入り」の液の中にスプーンを突っ込んで、ぐるぐると均一になるようにやはりかき混ぜたあと、それを、いま鉄板の窪みの中で焼かれている「白い」ヤツの上から、タラ…っとやはり丁寧に、落とした。&lt;br /&gt;
もちろん、平らな部分にはみ出さない程度に、であり、最初に入れた「真っ白」が八割だから、あと「二割」という僅かな量だ。それを全部のくぼみに、チョッチョッと、同じようにスプーンで垂らしてゆく。&lt;br /&gt;
「ん…？」&lt;br /&gt;
ええと、…とよくよく思い出してみると、この二つの生地の違いは、ネギが入るか、入らないかであり、要するにモトは同じである。&lt;br /&gt;
　どこの世界にも「ネギ嫌い」がいるのかな――ネギ無しと、ネギ入りの、「二種類」が出来上がるのだろうか、などと考えていたのだが、なんだ、やっぱり結局「ネギ入り」である。&lt;br /&gt;
だったら最初からネギ入りの生地を流せばいいのでは…、などという単純な意見に「うん、そうだね」とはいかないから、やっているのであろう。&lt;br /&gt;
「なんで（ネギ入りを）後入れするの？」――もしネギ入りの生地ひとバケツしかない、と想像してみるならば、窪みに入るだけの生地・僅かな量をスプーンですくい上げるその中に平均にネギが入っくれるとは限らず、ちゃんと入るように…と全体のネギと液のバランスに気を遣いながらすくいとらなくてはならないのではないか。…まぁ、ネギは微塵といっていいほどにカットされているから「マッタク入らない」ことはないだろうが、これまたネギが「塊」となって入っても困るだろう。主役はネギではなくあくまでココナッツ生地なのであり、どーんと前にしゃしゃり出るほどの「ネギ臭」満々もねぇ…。&lt;br /&gt;
　ネギは、「色み」としての役割を担ってくれればいいのである。だから確実に「チョロッとの青み」で済むような、窪みを埋めるまでの「あと二割」を、ネギ入り生地で満たす。二つに液分けることで、ネギの配分が簡単になるということではないだろうか。&lt;br /&gt;
…ならば、タイのそれや、日本の「たこ焼き」一般の焼き方のように、まず「生地のみ」を窪みに流してしまって、あとからネギをパラパラと振りまけばいいのではないか――というと、白い液の中にネギが没してしまい、せっかくのコントラストがなかったことになってしまうからか。よって、「時間差」なのか。&lt;br /&gt;
最初に入れた八分目の生地が少々固まった頃に入れれば、「ネギ入り」は沈んでいかないに違いない。――じゃあ生地が固まった、最後の方にネギを振りまけば…というと、手が湿っていたならば、「濡れ手に粟」というか、「濡れ手にネギ」・手にぴっとりひっついて、鬱陶しそうである。パラパラこぼれたりたりなんかして、狭い場所でせっかくがんばって切ったのにモッタイナイではないか。じゃあスプーンで振りまけば…、というのも手間だろう。鉄板の平らな面に落ちたら、焦げて汚れてしまうだろうし。――などと、小姑のようにイチイチつついていると「…そんなん知るかよ」とさじを投げたくなってくる。&lt;br /&gt;
　もしかしたら。&lt;br /&gt;
　…ネギに着目するのもまぁいいけれども、生地を流すその「時間差」が、この醍醐味、を作り上げているのではないか。&lt;br /&gt;
　要するに、「ふるふる・トロトロ」となるコツ、である。「はい？」と、その存在を疑いたくなるほどの粉の少なさもさることながら、あの食感は、この「後入れ生地」であるがゆえに出来上がるもんなのではないか。&lt;br /&gt;
つまり、鉄板に生地が触れる球面部分・底面をまず焼き固めて「個体」になるための基盤を作ってから、半熟で堪能できる部分を後で加える、ということではないのだろうか。――と浮かんだのは、同様「時間差」をコツとする、親子丼がちょうど食べたいな、と思ったからである。卵を半熟で仕上げたいならば、まず火の通り難い、鍋の中心部分に卵液を流し入れ、一呼吸置いた後、周辺部分に流し入れる。火の通りすぎを恐れるあまり、「ほとんどナマ」のまま食べるハメになることが実に多いのだが、まぁ、いい。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;　ともあれ、このような疑問は「聞けばいい」のだけれども、「見るだけ見て、考えるのはあと」というのが私のスタンス――と言い切るまでの確固たる意志も主義があるわけではなく、「どうして時間差でいれるの？」という「言い方」を、会話本に目を移してページを繰って探していては、その間に作業が進んでしまうからである。ただ座って、ボーっと見ているだけであることには変わりないのだが、ボーっとはボーっとでも、一応は集中して目を光らせた「ボーっ」なのであり、一応、私は精神的には忙しいのである。&lt;br /&gt;
だから「あと」で聞こう、とは考えているのだが、その「あと」になったらなったで、その時点から始まる会話の理解度を深めるためのページめくり、に追われ、結局沸いていたハズの「ギモン」などいつしか忘れ去り、こうやってパソコンを打っている「いま」、気まぐれに思い出すハメとなるのだ。聞きたいことがあるならば、それを言い出す文を「予習」していくことが必須だろう。…とは分かっていて、たいてい出来ていないモンである。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/eka5465/51422672.html</link>
			<pubDate>Wed, 03 Nov 2010 14:02:14 +0900</pubDate>
			<category>アジア</category>
		</item>
		<item>
			<title>仕込み場のフンさん～ロンスエンのたこ焼き・ベトナム⑥</title>
			<description>&lt;p class=&quot;img&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-e9-4b/eka5465/folder/1603837/08/51409208/img_0?1289161076&quot; width=&quot;560&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; class=&quot;popup_img_1600_1200&quot;&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;　昼も過ぎれば、朝の活気というものは「いったいいつ時代だったか」。商売道具は「肩から下げたカゴと、その中に入っている野菜のみ」とかいう、とくに「定位置」など無い売り人たちはとっくに退散し、ずいぶん市場はガランとした感じになっている。まだ残っている人々のたいていは「お疲れモード」でぐったり・顔を物置台に伏せたり、イスに座ったまま、頭を下に垂らしてジッとしていたり。&lt;br /&gt;
そんな中で、「普通に元気そう」なフンさんが、なんか際立って見えるようだ。&lt;br /&gt;
　ずっと、「火」の前に座っているお姉さんに対し、フンさんの役目は、その鉄板に流し入れる生地作りや下ごしらえ、整理整頓である。いまは休憩中なのか、火鉢は静かで稼動しておらず、お姉さんはいない。&lt;br /&gt;
タレと、紅白ナマスが、それぞれの瓶・その口まで一杯に詰まっていた。&lt;br /&gt;
朝にバイバイと別れたときには、確か中身は半分以下の高さにしかなかったから、いま補充したばかり、だろうか。もう少し早く来ればよかったのかなぁ…って、日本で食うナマスとそう違わない、想像できる甘酢の配合ではあるのだが、「全部見たい」欲求が基本である。ヒマなんだし。&lt;br /&gt;
　フンさんは白いフキンをギュウゥッと絞っていた。その捩れた布から滴り落ちているのは、ミルク色の液体であり、牛乳でもぶちまけたのだろうか。&lt;br /&gt;
「ナニやってんの？」と近づき、それを受けているバケツの中を覗き込んでみれば、「あぁそうか」。匂いで分かった。――「ココナッツミルク」だ。しわしわになったフキンの中を開けば、細かい糸状に削られたココナッツの果肉が、ぎゅっと一塊になっていた。&lt;br /&gt;
殻の内側にある白い果肉部分を削ったココナッツに、水を加え、ザルやフキンで絞って漉せば、「ココナッツミルク」は抽出できる。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　東南アジアの各地の市場で、オランウータンのように毛の生えたココナッツボール（実）を山と盛った売り場では、「ココナッツ削り機」を備えており、その殻の内側に厚くこびりついている白い果肉を削ってくれる。お菓子や料理の見栄えに振りかける為の少々の飾りつけにするなら別だが、この辺りでたいてい必要とされるのは、削ったそのものよりも、その先の「ミルク」である。&lt;br /&gt;
最初に絞った「一番ダシ」が最も成分が濃く、豊富に含まれる脂肪分のせいか（ココナッツミルクは脂質に富む）ドロッと粘って香りも強い。これが最も上等とみなされ、「ココナッツクリーム」と呼ばれる。さらに二度目、三度目…と水を加えて絞るにつれ、当然成分は薄くなるが、日本でいうカツオだしのように、調理目的によってそれぞれは使い分けられる。仕上げにちょっと垂らすとか（一番）、煮込む（二番以降）とか。&lt;br /&gt;
　市場で購入する際、削ってもらい、さらに「絞る」まで（機械で）店側がやってくれ、お客は「液体」を手にすることも普通ではあるが、「削る」までやってもらって、それから先は自分で絞る、という「手動」の光景も健在である。「時間をかけて液を抽出するのと機械でパッとやるのとでは、味が違う」とかいう意識があるとかいう話は聞かなかったけれども、私が一回抽出したコーヒーに再び湯を加えて「白湯代わり」に飲むように、ダシガラにしつこく水を加えて、心ゆくまで、未練たらしく利用することができるからだろうか……などというケチくい発想ではなく、自在に「その濃さ」を調整できるからかもしれない。また、都市部かそうでないかにもよるのだろう。ラオスの小さな村では、電気事情もあろうが、削るとこから「手動」であったし。&lt;br /&gt;
　しかし「東南アジア」と括ってしまったが、全てが全て、コレを料理に多用する地域に相当する、というわけではない。…ってよくよく思い出してみれば、このベトナムで「ココナッツミルク」というもの、「チェー」（具沢山かき氷）等の「お菓子」の類で目にするぐらいではなかったか。料理には、「ミルク」ではなく、ココナッツの果実を割ったときに出る水・「ココナッツジュース」なら使用することはあるのだが、タイやカンボジア・そしてマレーシア等のように使われることは滅多になかったように思われる。その使用頻度のせいなのか、私がベトナムで「絞る場面」を見る機会に遭遇するのは、今回が初めてであることに気付く。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　ともあれここ・フンさんのたこ焼き屋では、これがなくては始まらないメイン食材である以上、「これに手にかけないで何に手をかけるか」という、職人気質的なこだわりが存在するのか、どうか。ウィーンと簡単に粉砕してもらえる店が、すぐもすぐ、ちょっと振り向いて凝視しただけで、店番のオバサンが「ん？」と即座にこっちに気付いて反応できるぐらい近くにあるから、そこから得た「削りたて」を、丁寧に丁寧に、絞る。&lt;br /&gt;
これを主役に味わうモンであるからして、特に一番も二番も特に分けることなく混ざり合った、成分まるごとのエキスのようである。ただ、ココナッツ直球・それが主役である、ということは、（絞るために）どこまで加水するか、というのがカギであるといえるのだろうか。粉末コーンスープやコーヒーミックス（砂糖もミルクも一緒になった、甘いやつ）を、たくさん飲みたくて、裏に印字されている分量よりもついつい多く湯を注いでしまうような私では、そのケチくささが先に立ってダメかもしれない。&lt;br /&gt;
そこにあるバケツ・八分目の量の白いミルクを溜めたら、「砂糖」と「塩」を加える。いくら「あからさまな甘さはない」などといっても、ソレ相当の量が入らんわけはない…か。パン作りで小麦粉を計量するように、砂糖を、パンパンに詰まっているビニールごと持ち上げて、バケツの中に（テキトーに）ザァァッと注ぎ入れた。やはり「お菓子」と分類できるのか、と思い直したいくらいに。&lt;br /&gt;
塩はソレに対して、ぜんざいの「甘さを引き立てる一つまみの塩」のごとく、スプーン一杯程度・ちょこっとである。それを巨大なスプーンで上下とかき混ぜ、溶かす。&lt;br /&gt;
　　さらにもう一袋、別のビニールを、台の下から取り出した。&lt;br /&gt;
「白い粉」。それをスプーンで二、三杯、小振りなお茶碗に入れ、バケツの「白い液」を少々注いでかき混ぜて、溶かす。そして、それをバケツの中に戻し入れ、全体を大きくかき混ぜた。&lt;br /&gt;
中華の「水溶き片栗粉」を容易に連想したが、おそらくこの粉は片栗粉ではなく、ご飯の国の人だもの・「米粉」ではないだろうか。米を挽いた米粉は、麺だけでなく、料理や菓子・スナック類の材料として、ベトナムだけでなく周辺地域一帯でよく使われるものである。だが、これは塩や砂糖同様、「調味料か」と思えるぐらいに、「入れる前」と「入れた後」では、見た目にその違いがまるで分からない。&lt;br /&gt;
「粉」は生地を固める役を担い、おそらくコレも、それを狙って入れられているハズだが、果たしてこんなもんで務まるのだろうか――液に対するその割合はあまりに少量で、「入れる意味があるのだろうか」などと、どシロウトとしては思わずにはいられない。だが、あのトロっした、なんともいえない柔らかさのポイントは、もしかするとこの量だからこそ、なのではないか。&lt;br /&gt;
　「葱」を切る。&lt;br /&gt;
　この市場のどこか、で仕入れたであろう根っこ付きの束は、青い部分がシャキンと張り、ピンピンしている。根っこ部分が、脂っこい肉料理には非常にいい薬味となってスキなのだが、今必要なのは「葉」の方であり、強い香味ではない。&lt;br /&gt;
　顔面よりちょっと広い程度の、丸い、切り株型まな板の上で、それを小口切りにする。ままごと用のようにコンパクトなまな板は、取り出し・片付けには便利だが、面が狭いし、しかも小刀のような包丁だからやりにくかろうとは思うけれども、フンさんは冷静にトントンと、こぼすことなく刻んでゆく。道具のせいにするのは、言い訳か。&lt;br /&gt;
　それを、――アラ、もう既に、バケツ一杯分のココナッツミルクを絞っていたのだな・ネギの入ったたらいの下に置かれていたのは、今絞った液が入ったのとは別の画ケツだ。コレ全部を雑巾絞りしたの？と、関節リウマチの私としては、手首が疼いてくるようである。&lt;br /&gt;
やはり並々と満たされていたその白い液の中に、今切ったばかりのまな板の上のネギ・三つかみ程度を、全部滑り込ませた。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　一人でやりこなす場面に密着していると、安易に「大変だねぇ」と口に出してしまいそうになる。&lt;br /&gt;
下をうつむいてモクモクと作業を進めている様は、ただ真面目だ。ニカニカしている時には覘けない、これが自分の仕事である、という表情がある。「どんな男性がタイプなの？」とか、ついちょっかい出したくなるのをガマンして、ただ私はその手元を、近くでジッと見させてもらうのみ、だ。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/eka5465/51409208.html</link>
			<pubDate>Sun, 31 Oct 2010 06:03:07 +0900</pubDate>
			<category>アジア</category>
		</item>
		<item>
			<title>ココナッツたこ焼き～ロンスエンのたこ焼き・ベトナム⑤</title>
			<description>&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;「ココナッツたこ焼き」――それまで食べていた感としては、「菓子」の分類に入れていた、と思う。&lt;br /&gt;
…といってもやっぱり、ネギ、そしてハムなどが入ったりしているからホントは無理矢理的ではあるのだが、タイでは「たこ焼き」に限らず、クッキーにもネギ、のみならず、あの強烈な香りを放つ「パクチー」（香菜）さえも紛れ込ませたりする。&lt;br /&gt;
ただネギやハムの応用範囲が広い、と解釈すればいいのだ。「たこ焼き」の分かりやすい「甘さ」は、クッキーやスナック菓子同様、結構な味付け（砂糖）がされているし、やはりその小振りな外観からして、間食・「お菓子」だろう。&lt;br /&gt;
　――だがこれは「菓子」といえるのだろうか？&lt;br /&gt;
しかもナマス入りだったりする「タレ」の、オカズになりそうな、味。&lt;br /&gt;
また日本の「たこ焼き」食いスタイルとして正統派である（「私見」？）、楊枝でブスと刺して歩きながらという、落ち着きのなさそうな中で口にする姿勢でもない。…どころか「箸」だから、これってスナックというよりは、ちゃんとした「食事」の一環であるように思えてくる。&lt;br /&gt;
とはいえ、である。「食事モノ」になる――せっかくそう思えてきていたのに、私が昼過ぎにコレを食っている中、「お昼はもう食べたの？」などと訊かれているのはどういうことだろうか。私としてはこれを「昼飯」とみなすつもりであるのだが、エ？…これって、「お菓子」の類なのだろうか。やはり。&lt;br /&gt;
　朝――ベトナムにおいて朝食は「麺」を食べ、そしてコーヒーを啜る、という流れがたいていである私は、フンさん姉妹が設置しているカウンター席のその繁盛振りを、定位置であるコーヒー屋の「テーブル」からジッと、ヒマに任せて眺めていた。&lt;br /&gt;
「朝食」として食べる人が多いのか、と思った。スッと消えてしまうような食べ応えの無さは、確かに朝の胃には負担無く、優しい。&lt;br /&gt;
ベトナムの朝食風景としては、「ブン」や「フォー」という麺がポピュラーで、路上のあちこちでその屋台を見つけることができる。小さな丼だし、アッサリとしたスープに入る米製の麺はソーメンのように柔らかく、寝ぼけた体でも実にスルスルと受け付けやすいのだが、ここではこの「ココナッツたこ焼き」も、それらと同類に分類されるのかもしれない――と。&lt;br /&gt;
あのお客たちは「お菓子を食べる」感覚でもって食っているわけではなく、やはり「朝ごはん」のつもりであるとしかみえなかったが。やはり、菓子…？&lt;br /&gt;
　――いや。そもそも、「朝ごはん」というものの位置付けである。&lt;br /&gt;
ここら辺…といってもかつては日本…だけではなく世界のあちこちでも、「かつて、食事は一日につき二回」である生活が多数を占めていた、という話を読んだことがある。&lt;br /&gt;
この「二回」というのは、現在の「一日三食」感覚と同様、生きるエネルギーとするために、本腰入れて採る、主食を交えた食事習慣のことであって、おやつなどの「間食」は含まない。たとえば農民ならば、一回目は、農作業がひと段落した後の、おそらく私たちにとって「ちょっと早い昼飯」と思える時間帯であり、二回目は、一日も終えようとするときの、「夕食」。&lt;br /&gt;
いまのような、朝起きてから食べるという「朝食」は、目覚ましとして軽くつまむ程度であり、食事習慣の回数のうちには入れなかったという。…って「その軽くつまむものってはナンだ？」ということになるのだが、今でいう間食的なもの・昨日の残り物などがあればそれ、お茶、或いは果物、…だろうか。状況によっては食べなかったりもあるだろう。&lt;br /&gt;
　現在、当たり前である「一日三食」とのは、日が落ちても活動可能な設備（電気）に囲まれ、動き続ける「社会」の仕組みに対応するためになっていった形態であるらしい。つまり人々は夜が更けても「起きている」ことが当たり前になったから、食事を多く撮るという生活スタイルになる必要性があった、と。&lt;br /&gt;
日照時間と体を呼応させるのならば、一日は短く感じるだろう。「そうか、人って二食で十分なのか」……って、農家ならば、重労働であるその農作業を考えれば、夜が更けたらそりゃもう不可抗力的にさっさと眠たくもなろうと思うが、現在たいして体を動かすこともしていないワタシであり、なのにしっかりたっぷり三食食っているのは、だから太るのも当たり前なんだろうかとバカ単純に納得してしまうようである。モチロン「昔」でも、農民以外の裕福な階級層はまた違うだろうと思われるが。&lt;br /&gt;
　&lt;div class=&quot;alignCenter&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-e9-4b/eka5465/folder/1603837/27/51293027/img_0?1286068375&quot; width=&quot;560&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; class=&quot;popup_img_1600_1200&quot;&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;　ともかく。&lt;br /&gt;
　起きてスグとる食事・「朝食」は、かつては「食事」の範疇に入っていなかった、ということらしい。言い方をかえれば、食事とみなさない「軽くつまめる」ものが、現在の「朝食」に相当する、ということだろうか。胃が重いから食べたくない云々・食う時間が無い云々と、朝食をないがしろにする傾向がある現代社会、と思っていたけれども、その意識は、朝起きて食うならば「間食」的な軽いものであればよかったという、昔の常識からそうかけ離れていない通念、か。朝からカレーだの、昨日の残り物の唐揚げだの、「胃もたれ」必至のコッテリしたモンを平気で食べる私としては納得いかないけれども。&lt;br /&gt;
　朝食に食べるものは、「食事」としてみなされない――からこそ、「朝食」としてよく見られるものは、ベトナム人の食習慣の中に揺るがない地位にある主食の姿・「ご飯つぶ」ではなく、米とはいえど姿を変えて食べやすくなった「麺」であり、蒸し春巻き（これも米製。ぷるプルして、ウマイよ）、ということだろうか。&lt;br /&gt;
そしてその類・「軽いもの＝朝食」の範疇に入れることが出来るものの一つに、この「ココナッツたこ焼き」がある、と。&lt;br /&gt;
だがそれは今だからこそ「朝食」という、食事の範疇に入られるけれども、しかし時間が過ぎ、昼や夜となれば、オカズをつまみながら大量に食べる「米飯」には太刀打ちできない。つまりそれは「間食」の域を出ないものになる。&lt;br /&gt;
　たしかに胃もたれを起こしている朝ならば、もともと空いていないから「腹いっぱい」の気分にもなれるが、「昼食」にするには心許ないだろう。――この食べ応えならば、これを「なかったこと」にして、改めて一食食い始めることもできる。&lt;br /&gt;
スッと溶け入るのがまた快感で、ついつい箸を進めてしまう。美味しい。…八個なんて、スグではないか。&lt;br /&gt;
　モチロン「昼過ぎ」に、食べているのは私だけではない。&lt;br /&gt;
頭に傘被ったおばさんは、刺身のようにちょいちょいっとタレにつけて…などということはせず、最初からタレの中身を「八個」の上からぶっかけた。&lt;br /&gt;
そして、ただでさえ小さいその円盤を、「潰れそう」などと躊躇することはなく、折り曲げるようにして箸で挟み、ひと口でいく…と思ったら「アツッ」と眉間にしわを寄せてからフーフーしたのち、改めてパクつく。&lt;br /&gt;
　見ていると、たいてい、タレは「ぶっ掛けるモン」のようである。…だったら最初からタレをぶっ掛けて出せばいいのでは、とも思うのだが、タレ抜きと、タレにつけるのを楽しみたい、という人がいるからだろうか。――まぁ、私だって、ミートソーススパゲッティは、味の付かないスパゲッティ（…「パスタ」とは私は言わない世代である）「それだけ」の部分と、ソースのかかった部分を楽しみたいから、「馴染みがいい」などといって予め混ぜられてしまうとかなりムカつくから分からなくもないが、見ていると、たいていの小皿が、目の前に出されて「即」用済みとなるようであり、小皿自体の存在理由がイマイチ疑問である。或いは、「自分でぶっかける」という行為自体に意義がある、のだろうか。&lt;br /&gt;
　椀子ソバとまではいかないけれども、熱いのならばもっとゆっくり食べればいいのに…と思うが、パクパク食べて、当たり前のように二皿目に突入する人。極端に言えば、腹にたまらない「アイスクリーム」のようなもんだから（カロリーは別として）、満足に「食った感」を得たいならば一皿では足りない。一皿が二千ドン。麺が一杯安くて「六千」であるのを思えば、二皿食べても、安い。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　皿に残ったわずかなタレが、「たこ焼き」から染み出た白い液で濁っている。「もう一皿？」と訊くフンさんに、するすると「うん」と答えた。&lt;br /&gt;
汗びっしょりのお姉さんが、頷いてこちらを見る。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/eka5465/51293027.html</link>
			<pubDate>Sun, 03 Oct 2010 10:12:55 +0900</pubDate>
			<category>アジア</category>
		</item>
		<item>
			<title>ココナッツたこ焼き～ロンスエンのたこ焼き・ベトナム④</title>
			<description>&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;　「たこ焼き」を、そしてそれを焼いている姿を見るのは、これが初めてではない。&lt;br /&gt;
　ベトナムだけでなく、タイやラオス、カンボジア、ビルマ…ではどうだったかちょっと記憶にないけれども、ともかく東南アジアでは「あっちこっち」で頻繁に見かけるもの、という印象がある。&lt;br /&gt;
　私が初めて食べたのは、タイの屋台だった。「たこ焼き」と躊躇なく連想するのは、やはりその鉄板のゆえであるが、そのものの姿は違う。&lt;br /&gt;
　日本の「たこ焼き」は、その広い鉄板に生地を流し入れて具を散らした後、針（？）でチョイチョイとつついてひっくり返しつつ焼くから「球」になるが、こちらのソレは、油を敷いたくぼみに生地を流したらそのまんま、であり、具を散らしたら、フタを被せて蒸し焼きにする。つまり、「半球」状で固体になるわけだ。「具」というのは、ネギに、ハムの微塵切り、コーンが数粒、という程度。蒸し焼きだから当然、上面（表面）には焼き目がつかず、生地の色・「真っ白」なままである。&lt;br /&gt;
「ん？」と思うのは、あまりにも「パラっと」であるその具の少なさではなく、妙に白いその「色」である。ここは日本じゃないのだから、「たこ焼き」に見えてもタコが入らない、ことにいちいち疑問を抱きなどしない。その外観の違いや味にショックなど受けるはずもない。&lt;br /&gt;
焼き上がりはまさに「たこ焼き」的に、発泡スチロールの上に載せてもらい、つまむと、口に近けるに連れて漂う香りは、もしかするとアレではないか。アレ。&lt;br /&gt;
　「ココナッツ。」&lt;br /&gt;
　もしかして「甘味」か――にしては、上にチラついているのはしつこいけれども「ネギ」であり、「ハム」である。違和感を感じつつも口に入れると、やはり「甘味」ではないか。&lt;br /&gt;
ココナッツといえば、日本では製菓材料という認識があるけれども、東南アジアの多くの地域、そしてインドといった南アジア地域では、料理に頻繁に使われるものである。辛い料理の中に入れれば、その甘みが複雑な味わいを作り出す。その風味は、白いからといって「牛乳」で代用したのではちょっと真似できないだろう。再現したいならば、ケチらずメンドくさらがず、ちゃんと「ココナッツミルク缶」を買った方がよい。&lt;br /&gt;
　モチロン、ケーキや餅菓子類などの「お菓子」にも使われる。特に産地である地方（南部）では、混入させるものにジャンルなどないような気さえするが（要するに何にでも）、まさにそれを「主役」として味わう――ココナッツの果肉から絞った「ココナッツミルク」直球の、「白い色」と「甘い味」を、素直にそのまま楽しみましょうといったら、やはり「菓子」にすることが一番ではないだろうか。ココナッツミルクに砂糖を加え、寒天で固めたものや、「あんみつ」や「冷やしぜんざい」のように、白玉やら寒天などを入れたもの。スプーンですくって食べる。&lt;br /&gt;
　「白」の、モロに「ココナッツミルク」を表す色は、だからパッと見の姿は「たこ焼き」であるにかかわらず、「甘いお菓子なんではないか」と思ってしまう。その通りに、食べてみれば甘さがまずやってはくる。が、ネギやハムってなんだろうか。&lt;br /&gt;
「甘いお菓子」には、普通混ぜないだろう――「合う」とか「合わない」というよりも、違和感である。これがどういうものである、と頭にケリをつけられないまま、喉を通ってゆくことになる。&lt;br /&gt;
不味くはない。どころか、美味いような気もしないでもなかったが、欲しいかと言われると、「よくわからない。」ソレに何を求めたらいいのか、イマイチ把握できない。「甘いもの」が欲しいならば、ネギなどに邪魔されず、素直に、分かりやすく堪能できるココナツぜんざいの方がいい――というわけで、二、三回食ったところで「もういいや、」と、食指が動かなくなってしまった。&lt;br /&gt;
見飽きるぐらいにいろんなところにあるから、「たこ焼きだ」と心弾ませる好奇心はもはやない。見かけても、「あぁあるんだな」と視界に入れ、通り過ぎるだけになっていた。&lt;br /&gt;
　だが興味はある。この、「たこ焼き」と連想する、そのつながりとはいかなるものなのだろうか。&lt;br /&gt;
両者の味は全く非なるもの。だが、鉄板を丸くくぼませた、あの独特の鉄板というものは、明らかにソレを作りたい「意志」があるからこそ存在するものだろう。日本のあの「たこ焼き」はアレがないと始まらない。コレも同様、この鉄板であることに意味がある、といえるのだろう。&lt;br /&gt;
日本の「たこ焼き」自体は、昭和初期の、ご存知大阪が発祥であるらしい。では、東南アジアのソレは日本軍が持ち込んだものなのだろうか、などということを容易に思いつきもするけれども、よくわからない。或いは、日本に住んだりしてソレに接触したことのある人が、あのような鉄板を真似て作ったのか。あるいは全く日本とは関係なく、この辺りで独自に育ったものなのか。本を読んでいても、これに対して「ルーツは謎」という記述しか覚えていないが。&lt;br /&gt;
…うーん、「家計の足しに」とか、気軽に店を出している感じの屋台がほとんどであり、「家業」的に継いでいるとも思えないからなぁ。担い手に聞いても「人がやっているのを見て、自分もやってみようと思った」とかいう類の返事しか貰えないかもしれないけれども、そんなこと言って諦めないで、突撃インタビューなどして情報集めしてみようか。…たぶんきっと。&lt;br /&gt;
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&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;div class=&quot;alignCenter&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-e9-4b/eka5465/folder/1603837/24/51260824/img_0?1285454027&quot; width=&quot;560&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; class=&quot;popup_img_1600_1200&quot;&gt;&lt;/div&gt;　&lt;br /&gt;
　皿に入った、八つの「焼きたて」。&lt;br /&gt;
ともあれ、ソレ・「ココナッツたこ焼き」が、フンさん姉妹の商売なのである。&lt;br /&gt;
前日に出された、一つの「味見」――こんなんだったっだろうか、「たこ焼き」って…と確認する間もなく、それはあまりにあっけなく喉を通ってしまった。…すんごくオイシイ気がしたのである。「意外ながら」といっちゃあ失礼だが。&lt;br /&gt;
もうちょっと食べて、よく味わってみたい――が、八個でセットらしいそのフルな数量にすぐトライしなかったのは、周囲の人々による、さつま揚げなどの累々たる「差し入れ」で、腹いっぱいになってしまったため。いかんともしがたい腹事情であり、よって明日は絶対「ちゃんと」――と、握りこぶしをグーにしたのである。&lt;br /&gt;
　そういうわけで、「二日目」。&lt;br /&gt;
　昼も過ぎた頃、カフェはもう（朝に飲み終わったから）飲まないくせに、再び同じ朝と同じ場所・テーブルの席に腰を掛け、焼き上がりを前にする。&lt;br /&gt;
皿の上のソレ、一つ一つの表面部分に散らしてあるのは「ネギ」だけである、タイやらのように、ハムやコーン粒は入っていない。そして、昨日は「味見」だったから無かったのだろうが、刺身に添えられる醤油のように、小皿に入って横についているのは、「タレ」。&lt;br /&gt;
その薄い琥珀色は、ヌクマム（魚醤）と砂糖、唐辛子、ライムをすり鉢で搗き合わせた甘酢ダレ「ヌクチャム」だろう。ベトナム料理に必須といっていい「タレ」は多種に及んでいるが、なかでも万能的によく使われるのが、このシンプルな配合であり、日本でも御馴染み「生春巻き」に使ってもいい。ちょっと深めの小皿に入って、食卓に必ずあり、生野菜などだけでなく、炒め物など調味済みのものにも、各自でそれを付けるか振りまくかして、好みで味を補強するのだ。「とりあえず醤油」のように、とりあえずヌクチャム、なのである。&lt;br /&gt;
そのベトナム料理の「定番ダレ」が、この「ココナッツたこ焼き」にも、ということである。このパターンは、私のたこ焼き史上、初めてだ。しかも「ナマス」のような、大根とニンジンの千切りが入っている。&lt;br /&gt;
　なおかつ、――エ、ここでは「箸」で食べるモンなのか。昨日の一つは「試食」だったから、コーヒーについていたスプーンでぺロッと食べてしまったが。そういえば、ここから見える彼らの調理場に傍らに、おみくじの如く、箸がぎっちりと詰まっている。&lt;br /&gt;
タイでは、手でつまんでいたけど、と、一つ持ち上げてみると、いかにも「柔らかい」。焼き立てで熱いから、というよりも、ウエットであるその表面に、指がグチャっとしてしまうだろうから、これは箸を使わずにはいられないだろう。タレにつけつつ食べる、というスタイルでもあるからか。&lt;br /&gt;
持ち上げたその一つを、タレの小皿の中に移動させ、大根とにんじんの「ナマス」が入っているからこれも同時に食べるんだろう・一緒につまみ直し、あらためて口に入れる。鉄板で焼かれているから底面が固まってはいるが、「かろうじて固体になっている」という感じでもある。&lt;br /&gt;
　やはり、「ん？」&lt;br /&gt;
確かに、半熟も半熟で焼いた（卵の）白身、と形容できなくも無いが、「柔らかい」では表現しかねる、その絶妙なトロけ具合。「ちょっと待ったもう一回」と確認したくて、半分だけ齧ってみたあとの残りを、その断面から白い液が染み出して漏れそうだから慌てて口に入れる。――と、やはりトロンとした液が染み出し、どこぞへ消えてしまった。&lt;br /&gt;
　甘い。…けれども、それはそこまであからさまではない。&lt;br /&gt;
　もちろん、ココナッツミルクの「自然な甘み」では済まないだろう量の砂糖が入ってはいようが、「お菓子」という発想が舌からこないのは、やはり「甘酢ダレ」を付けているからだろうか。散らされたネギが、この味の中にナゼだろう・うまく馴染んでいる、と思う。&lt;br /&gt;
もう一つ、とつまんでタレの中に移動させようとするも、べつに私は「箸が苦手な人」ではないつもりだが、「潰さないように」と気をつけるからだろうか。ハタから見てまどろっこしそうなのか・凝視していたフンさんが「入れる？」と言い、何が？と、意味がわからないからキョトンとしていたのであって「ウン」などと答えた覚えは無いのだが、いきなり小皿の中のタレを、「たこ焼き」が入った皿の中にひっくり返し、ぶっ掛けてくれた。あぁ、そういうことね…。&lt;br /&gt;
タレがついてなくても味はあって、オイシイ、と思う。が、タレがあったらあったで、これにタップリ漬かった方が断然ウマイ。そしてこのトロトロと、少量ではあるが入っているナマスの、大根やらのシャキシャキした食感が実に対照的だ。ニンジンの赤が、「白」の中でよく映えている。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/eka5465/51260824.html</link>
			<pubDate>Sun, 26 Sep 2010 07:18:01 +0900</pubDate>
			<category>アジア</category>
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