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子供の頃。家のすぐそばを川が流れていた。街の中を流れる小さな川は急な斜面のついた土手を下った場所に静かに流れていてその流れは海まで続いていた。

そこにはホンの申し訳程度に立ち入り禁止の看板が立てられていて錆びた鉄条網が張られていた。

僕らは夏になるとその下を潜り抜けてそこでザリガニを取ったり、川べりに座って足を水につけ涼んだり、勢いをつけて川を飛び越えたり、家庭用洗剤の空容器を繰り抜いて作った船を浮かべて遊んだ。

いつものように何人かの友達と川べりを走り回り、川を飛び越えた拍子にボクの靴の片方が脱げて川の中に落ちてしまった。

川の流れはそう激しいものではなかったから、みんな靴の行方を気にしながら先回りして木の枝や虫をとる網を伸ばしてそれをすくおうとして大騒ぎしていた。ボクは不安な気持ちでそれを見守っていた。

届きそうで届かない視線の先を靴はゆっくりと転がるように流れていたが突然速い川の流れにさらわれて僕らの視界から一瞬で遠ざかり間もなく見えなくなった。。。



母さんあのコンバースのバスケットシューズ、どこに行ったんでしょうね?あれはとても好きな靴でしたよ。。。By角川(笑)



いまではその川は埋め立てられていて意味の判らないモニュメントが立ち日曜日や祝祭日ともなると中古車の販売や祭りなどのイベント会場になっている。

でも私の想像の中でその川はどこへ辿り着くわけでもなく静かにどこまでも流れていた。そしてそこには僕の靴がいまでもどこにもいけずに川を流れ続けている。

手が届きそうで届かない・・・そんな場所を流れ続けている。視界から下流へ向けて消え、再び上流から流れてくる。繰り返し永遠に。。。左から来て右へ。。。(笑)




ニック・ドレイクの歌は憂鬱でメランコリックでいまにもどこかに消えてしまいそうな儚げな未来を連れてくる。

人知れず静かに流れる川のように。音もなくどこからか流れつきそして誰に知られることもなくどこかへ流れていく。。。

どんな砂漠にも終わりはあるし、どんな大海にも辿り着く岸はある。何も求めなくても時がすべてを教えてくれる、時の流れの中に身を置けば自分の存在などそこに浮かぶオールさえもたない小舟のようなものだと。

だから何も求めなくてよいのだというニヒリズムの岸辺に腰掛けて彼は歌う。。。向こう岸にかすかに見える灯りのような・・・そこはかとないほのかな希望を湛えたような淡くくすんだ音楽だ。

柔らかなカントリーフレイヴァーを効かせたオールドタイミィーでスウィンギーなジャズ・ブルーズ「タイム・ハズ・トールド・ミー」でアルバムは幕を開ける

ブリティッシュ・フォークの雄、フェアポート・コンベンションのギタリスト、リチャード・トンプソンのレイドバックしたエレクトリックギターのオブリガードが

ドレイクが忘れ去られた時の中でゆったり刻むような、枯れたアコースティックギターの上を心地よく滑るように滑らかにしっくり絡んでいく。ポール・ハリスの控えめなピアノが音の隙間を埋めるようにやさしく音符を置いていく。。。

時がボクに教えてくれる。。。呼吸をするかの如く力の抜けた曇った声でニックがつぶやく。私も呼吸するようにそれをただただ時の流れに身を任せて聴く。。。

黄昏を思わせるセピア色のフォーキーなブルーズ。穏やかな始まり。。。



やがて夕闇の深い蒼が音もなく静かに訪れ辺り一面を覆う。。。ドレイクの爪弾く変則的な5拍子のギターのもの悲しげな音色に合わせて歌われる「リヴァー・マン」

夕暮れの川面をあてもなく漂う霧が、零したグラスの水のように滑るように広がっていく。。。沈鬱なバラード
「リバーマン」

川の男に会いにゆこう。。。川の男は私たちがどこから流れつき、どこに辿り着くのかを知っている。しかし彼は私達をどこかへ導いてくれるわけではない。答えを持たずにただそこに佇んでいるだけなのだ。

何かの予兆のように訪れるブルーな感情がストリングスの悲哀を帯びた音色とともに訪れこの憂鬱な世界を覆っていく

ドレイクの世界観が端的に歌われるこの曲の美しく悲しいストリングスパートはアルバム全体の世界観に大きな印象を与えている。

このアルバムで大きな役割を果たしたアレンジャーのロバート・カービーがサジを投げたストリングスパートはドレイク自ら指揮を執りその世界観を提示しスコアをプロのアレンジャーに起こさせた。

その拘りを見せたニュアンスとヴィジョンに基ずいた悲哀を帯びたストリングスの音色が憂鬱な世界を覆っていく。霧、静かなせせらぎ、時折聞こえる鳥の声やがて訪れる夕暮れ。。。そんな世界が醸し出されてゆく。。。


未来や運命を知ったところで出来ることも、何かを変えることも出来ないのだという諦めの中で私達は岸辺に佇み、運命がどこに流れていくかを傍観している。

答えを持たずに岸辺に立つ川男も、時の流れの前で無力感を感じる私達もドレイクの分身なのかもしれない


「スリー・アワーズ」も時間の観念に急きたてられるような焦燥感の中で何かを探し何かから逃げ続ける歌だ。

ここで聴けるドレイクの高い技術に支えられた素晴らしくグル−ヴィーなギターの演奏がハードボイルドで渇いた世界のスピードを構築していく。

サポートするパーカッションが時を刻むように鳴りグルーヴを加速させる見事なベースはドレイクのギタープレイにも大きな影響を与えたと思われるバート・ヤンシュの盟友でもあるペンタングルのダニー・トンプソン。

独特の張り詰めた濃密な空間の中で曲の解釈と聞き手の想像力の飛翔に大きな手助けをしている。彼のプレイはアルバムにしっかりと安定した実感をもたらせている。

そして先に少し触れたロバート・カービーのアレンジする美しいストリングス・パートのみをバックに歌われる「ウェイ・トゥ・ブルー」。

当初アルバムに参加していた高名なアレンジャーに難色を示したドレイクが自ら指名した大学の学友ロバート・カービーは当時アマチュア音楽家でありながらこの歴史的名盤の評価を決定づける素晴らしい仕事をしている。

悲哀に満ちたストリングスが生き物のように呼吸をし、控えめに忍ばせた感情に深い陰影のコントラストをつけている。

アルバム全体で無味乾燥でスモーキーなヴォーカルスタイルに終始するドレイクの歌声が感情を抑えつつも感傷を忍ばせて切々とある種のウェットさを湛えて歌う。。。鬱々とした彼の心の孤独がうたわれる。

コミュニケーションに絶望を感じながらも誰かに何かを伝えずにはいられなかった、誰かにわかって欲しかった。。。表現にしか出口を見出せなかった彼の行き止まりの悲劇は胸をつまらせるものがある。

そよ風や木漏れ日、ささやかな救いを求める蒼い闇の中からうつむいて向き合うことを拒みながらも必死に手を伸ばそうとする彼の姿がみえる。。。

「デイ・イズ・ダン」一日の終わりに思う慰め。悲しいことがあっても一日が終ればまた生まれかわれる。そして同じように一度は手にした喜びも一日が終わればどこかに消え去ってしまう。

一握の砂のように手のひらから零れて行く実感。何も手に出来ない何も求めないと歌いながらも必死にかすかに見える光に手を伸ばす彼の姿が垣間見える。。。

メランコリーに囚われ何も手に出来ずに得たものを失い、失ったものを得る、繰り返しに悲しみながらまた明日を迎えるのだ。一日が終り。また始まるその繰り返し。。。

ニヒルではあるがドライになりきらないセンチメンタルなウェットさが私の心を捉える。美しいフォルムが心を捉える。。。メランコリーはここに極まる。。。
「デイイズダン」



沈鬱とした空気に覆われた深い森を彷徨うような冒頭の5曲。おそらくアナログではこれがA面になるのだろうと思う。

そしてB面では虚無や絶望に統一された世界観に身を置きながらも、違う側面から光をあてるようなソングライトが試みられている。

Part2に続く。。。

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