アルバム60’sUK.Rock

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子供の頃。家のすぐそばを川が流れていた。街の中を流れる小さな川は急な斜面のついた土手を下った場所に静かに流れていてその流れは海まで続いていた。

そこにはホンの申し訳程度に立ち入り禁止の看板が立てられていて錆びた鉄条網が張られていた。

僕らは夏になるとその下を潜り抜けてそこでザリガニを取ったり、川べりに座って足を水につけ涼んだり、勢いをつけて川を飛び越えたり、家庭用洗剤の空容器を繰り抜いて作った船を浮かべて遊んだ。

いつものように何人かの友達と川べりを走り回り、川を飛び越えた拍子にボクの靴の片方が脱げて川の中に落ちてしまった。

川の流れはそう激しいものではなかったから、みんな靴の行方を気にしながら先回りして木の枝や虫をとる網を伸ばしてそれをすくおうとして大騒ぎしていた。ボクは不安な気持ちでそれを見守っていた。

届きそうで届かない視線の先を靴はゆっくりと転がるように流れていたが突然速い川の流れにさらわれて僕らの視界から一瞬で遠ざかり間もなく見えなくなった。。。



母さんあのコンバースのバスケットシューズ、どこに行ったんでしょうね?あれはとても好きな靴でしたよ。。。By角川(笑)



いまではその川は埋め立てられていて意味の判らないモニュメントが立ち日曜日や祝祭日ともなると中古車の販売や祭りなどのイベント会場になっている。

でも私の想像の中でその川はどこへ辿り着くわけでもなく静かにどこまでも流れていた。そしてそこには僕の靴がいまでもどこにもいけずに川を流れ続けている。

手が届きそうで届かない・・・そんな場所を流れ続けている。視界から下流へ向けて消え、再び上流から流れてくる。繰り返し永遠に。。。左から来て右へ。。。(笑)




ニック・ドレイクの歌は憂鬱でメランコリックでいまにもどこかに消えてしまいそうな儚げな未来を連れてくる。

人知れず静かに流れる川のように。音もなくどこからか流れつきそして誰に知られることもなくどこかへ流れていく。。。

どんな砂漠にも終わりはあるし、どんな大海にも辿り着く岸はある。何も求めなくても時がすべてを教えてくれる、時の流れの中に身を置けば自分の存在などそこに浮かぶオールさえもたない小舟のようなものだと。

だから何も求めなくてよいのだというニヒリズムの岸辺に腰掛けて彼は歌う。。。向こう岸にかすかに見える灯りのような・・・そこはかとないほのかな希望を湛えたような淡くくすんだ音楽だ。

柔らかなカントリーフレイヴァーを効かせたオールドタイミィーでスウィンギーなジャズ・ブルーズ「タイム・ハズ・トールド・ミー」でアルバムは幕を開ける

ブリティッシュ・フォークの雄、フェアポート・コンベンションのギタリスト、リチャード・トンプソンのレイドバックしたエレクトリックギターのオブリガードが

ドレイクが忘れ去られた時の中でゆったり刻むような、枯れたアコースティックギターの上を心地よく滑るように滑らかにしっくり絡んでいく。ポール・ハリスの控えめなピアノが音の隙間を埋めるようにやさしく音符を置いていく。。。

時がボクに教えてくれる。。。呼吸をするかの如く力の抜けた曇った声でニックがつぶやく。私も呼吸するようにそれをただただ時の流れに身を任せて聴く。。。

黄昏を思わせるセピア色のフォーキーなブルーズ。穏やかな始まり。。。



やがて夕闇の深い蒼が音もなく静かに訪れ辺り一面を覆う。。。ドレイクの爪弾く変則的な5拍子のギターのもの悲しげな音色に合わせて歌われる「リヴァー・マン」

夕暮れの川面をあてもなく漂う霧が、零したグラスの水のように滑るように広がっていく。。。沈鬱なバラード
「リバーマン」

川の男に会いにゆこう。。。川の男は私たちがどこから流れつき、どこに辿り着くのかを知っている。しかし彼は私達をどこかへ導いてくれるわけではない。答えを持たずにただそこに佇んでいるだけなのだ。

何かの予兆のように訪れるブルーな感情がストリングスの悲哀を帯びた音色とともに訪れこの憂鬱な世界を覆っていく

ドレイクの世界観が端的に歌われるこの曲の美しく悲しいストリングスパートはアルバム全体の世界観に大きな印象を与えている。

このアルバムで大きな役割を果たしたアレンジャーのロバート・カービーがサジを投げたストリングスパートはドレイク自ら指揮を執りその世界観を提示しスコアをプロのアレンジャーに起こさせた。

その拘りを見せたニュアンスとヴィジョンに基ずいた悲哀を帯びたストリングスの音色が憂鬱な世界を覆っていく。霧、静かなせせらぎ、時折聞こえる鳥の声やがて訪れる夕暮れ。。。そんな世界が醸し出されてゆく。。。


未来や運命を知ったところで出来ることも、何かを変えることも出来ないのだという諦めの中で私達は岸辺に佇み、運命がどこに流れていくかを傍観している。

答えを持たずに岸辺に立つ川男も、時の流れの前で無力感を感じる私達もドレイクの分身なのかもしれない


「スリー・アワーズ」も時間の観念に急きたてられるような焦燥感の中で何かを探し何かから逃げ続ける歌だ。

ここで聴けるドレイクの高い技術に支えられた素晴らしくグル−ヴィーなギターの演奏がハードボイルドで渇いた世界のスピードを構築していく。

サポートするパーカッションが時を刻むように鳴りグルーヴを加速させる見事なベースはドレイクのギタープレイにも大きな影響を与えたと思われるバート・ヤンシュの盟友でもあるペンタングルのダニー・トンプソン。

独特の張り詰めた濃密な空間の中で曲の解釈と聞き手の想像力の飛翔に大きな手助けをしている。彼のプレイはアルバムにしっかりと安定した実感をもたらせている。

そして先に少し触れたロバート・カービーのアレンジする美しいストリングス・パートのみをバックに歌われる「ウェイ・トゥ・ブルー」。

当初アルバムに参加していた高名なアレンジャーに難色を示したドレイクが自ら指名した大学の学友ロバート・カービーは当時アマチュア音楽家でありながらこの歴史的名盤の評価を決定づける素晴らしい仕事をしている。

悲哀に満ちたストリングスが生き物のように呼吸をし、控えめに忍ばせた感情に深い陰影のコントラストをつけている。

アルバム全体で無味乾燥でスモーキーなヴォーカルスタイルに終始するドレイクの歌声が感情を抑えつつも感傷を忍ばせて切々とある種のウェットさを湛えて歌う。。。鬱々とした彼の心の孤独がうたわれる。

コミュニケーションに絶望を感じながらも誰かに何かを伝えずにはいられなかった、誰かにわかって欲しかった。。。表現にしか出口を見出せなかった彼の行き止まりの悲劇は胸をつまらせるものがある。

そよ風や木漏れ日、ささやかな救いを求める蒼い闇の中からうつむいて向き合うことを拒みながらも必死に手を伸ばそうとする彼の姿がみえる。。。

「デイ・イズ・ダン」一日の終わりに思う慰め。悲しいことがあっても一日が終ればまた生まれかわれる。そして同じように一度は手にした喜びも一日が終わればどこかに消え去ってしまう。

一握の砂のように手のひらから零れて行く実感。何も手に出来ない何も求めないと歌いながらも必死にかすかに見える光に手を伸ばす彼の姿が垣間見える。。。

メランコリーに囚われ何も手に出来ずに得たものを失い、失ったものを得る、繰り返しに悲しみながらまた明日を迎えるのだ。一日が終り。また始まるその繰り返し。。。

ニヒルではあるがドライになりきらないセンチメンタルなウェットさが私の心を捉える。美しいフォルムが心を捉える。。。メランコリーはここに極まる。。。
「デイイズダン」



沈鬱とした空気に覆われた深い森を彷徨うような冒頭の5曲。おそらくアナログではこれがA面になるのだろうと思う。

そしてB面では虚無や絶望に統一された世界観に身を置きながらも、違う側面から光をあてるようなソングライトが試みられている。

Part2に続く。。。

深くシンと沈む森にかすかに射す木漏れ日のぬくもり、頬を撫でるそよ風の優しさと霧が晴れてゆく・・・そんな予感をじんわりと感じさせる「チェロ・ソング」。
「チェロ・ソング」

過ぎ去ってしまったものを美しく想い、なくしたもの、手に入れられないものこそが大事なものだという後ろ向きな思考は実世界ではなにも生みださない。だがそこで生み出される感情が美しい音楽を連れてくることもある。

軽やかにテンポをあげて少し明るい表情で歌われるこの唄も結局のところここでは無いどこかへ連れてって欲しいという願望が描かれているにすぎない。

だが螺旋を描きながら天に昇って行くような高揚感に包まれたこの歌のサークルの軌道は美しく、深みのあるチェロの音とともに誰にも心地よく心惹かれるものに違いない。

天使に手を引かれて天に昇る情景。。。それは美しい光景に思える。。。主人公は概ね絶望しながらも救いがどこかにあると信じているのだ。それがこの世界でないにしろ。。。

続く「ザ・ソウト・オブ・メリージェーン」もフルートの明るい音色が爽やかな印象を与える曲で前曲の余韻を引き摺りながら雨に打たれ放浪する異邦人の美しい魂に優しい視線を向ける。

それはドレイクの愛する世界の住人でもありおそらくドレイクの一部でもあるのだろう。どこかに救いがあることを彼は信じていたのだ。

それが人と繋がることだと彼自身アタマでは理解できてたのだと思う。理解しながらそれを拒み続けもがき続けたのだ。。。

「マン・イン・ア・シェッド」は軽やかにダウンビートでスウィングするジャージーなダニー・トンプソンのウッドベースが心地よいナンバーで

世間から距離を置き朽ち果てた納屋に住む世捨て人の小さなささやかな恋の物語をほんの少しの皮肉とユーモアを交えて歌っている

彼はここでこの納屋の男は自分だと告白する、そして自分の世界を理解して欲しいと訴え雨漏りしている自分の世界を支えて欲しいと願っている。手を差し伸べて欲しいと願っている。

自分の世界が誰かに受け入れられることを求めながら彼は自分から歩み寄り手を伸ばすことが出来なかったのだと思う。そしてそれは正しいとか間違ってるとかではなくどうしようもない事実なのだ。

結果的に彼は誰の愛も受け止められず、誰も彼を救えなかったのだと思うと少しもの悲しい物語に思える。。。

「フルーツ・ツリー」はA面で描かれたブルーな空気がドレイクのギターの悲しげなアルペジオと不吉なストリングスとともに蘇り忍び込んでくる。
「フルーツ・ツリー」

オーケストラの雄弁なアンサンブルが素晴らしい、ジャズテイストの入った曲であたかも世に放たれた瞬間、スタンダードナンバーであるかのような雰囲気を醸し出している。

皮肉まじりに名声について時が経てばいつか腐って落ちてしまう果実のように価値のないものだと断罪している。

アルバムの冒頭で歌ったように彼は徹底したニヒリストで目の前にあるものはすべて移ろいゆく幻だとここでも繰り返し歌っている

ただ自分がここから消えた後もここにかつて自分が存在しことをみんなにわかって欲しいという捨てきれないロマンチストの一面も覗かれる。

自分という存在の希薄さへの不安や予感めいたものがあったのかもしれない。ただ彼が望んでいたものが美しい記憶なのか?かつてここに何かがあったという事実認識なのか?。。。それはよく判らない。

成功という甘い果実を実らせることに無関心を装い、重要なのはその甘い記憶ではなくそれがそこにあったという事実なのだという独白。

彼の避け難い運命を思わせるが、彼にホントに必要だったのはおそらくその成功の甘い果実だったのだ。。。


アルバムの最後の曲はヴィブラフォンの包むように暖かな音色も印象的なドレイクのピアノで歌われる「サダデイ・サン」

奇跡のように訪れた恩寵に戸惑いながらもそれぞれに楽しみや喜びを表す、土曜日の太陽の下で過ごす人々。。。

土曜日の太陽とはそれぞれに与えられた限られた命そのものであり、そして人生に訪れたささやかな喜びと輝かしい季節。。。

そしてそのかけがえの無い恩寵、奇跡を楽しめない自分を外側の人間として嘆いてみせている。手を伸ばせば届きそうな指の先にある光の温もり、存在を思いながら、それは自分の為のものではなく自分には届かないせつなさを歌っている

「デイ・イズ・ダン」で歌われたはかない一日の終わりの裏にある、日々繰り返す営みの虚しさと同じことを表現方法を変えて再び曲にしている。

ただ繰り返されるメランコリーから、過ぎ去ってゆく温もりの悲しさにフォーカスした「デイ・イズ・・・」と対照的に柔らかな暖かみが伝わる瞬間の喜びを歌っている。それが永遠のものではないとしてもだ

伸ばした指の先に光を感じその暖かみを感じ、確かにそこに光が存在することを彼は感じる。そしてそれが過ぎ去ってしまったものだと、自分からは失われてしまった世界だと感じながら涙を流せる気持ちがまだ残っている


表現するべき対象を失い涙も枯れ果てたかのような後の作品に観られるドライさと絶望はここにはまだない。彼は希望の存在を感じながらもそれは自分から過ぎ去ってしまったものだと、自分は日曜日の夕暮れだと嘯いている。

土曜の太陽は日曜の雨になってしまった。。。死の暗喩だ受け取るのはうがちすぎかもしれないが。

人生は時の流れのほんの刹那な一瞬だと考え、それを懐かしみ涙を流すことはあってもそれが終わること自体はさけられないのだという彼の人生観をかんじてしまう。

並外れた彼の才能がもしも多くの人に賞賛され認められたら彼は土曜の太陽を楽しめたのかもしれない。甘い成功の果実だ。

彼は日曜日の雨の中で過ぎ去ったものを懐かしみながら眠りにつくことを自ら選んだ。選ばれた暗闇の中でため息をつきながら。。。
「サタデイ・サン」




彼の死について少し触れたいと思う。。。その原因は自殺とも睡眠薬の誤飲とも言われている。いずれにしろ彼がそちらの世界にきわめて近い部分で生きていたのは間違いないのだと思う。

彼は死と親密に過ごし誰も見ることの無い夕暮れの景色を見てそれを描くことが出来たのかもしれない。それはブルーズマンが才能と引き換えに悪魔と取引したクロスロードの伝説を思わせる。

ロバート・ジョンソンのこの世のものとは思えない鋼のような歌声に比べるとドレイクの歌声はいまにもどこかに消えてしまいそうな人間的な脆さ、儚さを感じる

彼は絶望しながらもこの世界に繋がろうと必死に手を伸ばし、そしていつか手繰り寄せる手綱が切れてどこにも行けなくなってしまったのだと思う

彼の伸ばした手は光を指先に感じながらそこに届くことがなかった。彼は行き止まりの光景に絶望して時の流れから消失してしまう。

文字通りの虚飾を一切拒否した行き止まりの世界。そこが彼に用意された場所でそれは誰にも変えることも救うことも出来なかったのだろうと思う

そして彼がこの世界から消え去った後、その歌声は残された。それは川の流れの向こうに消えていった靴の片方みたいにある日誰かの心を静かに捉える。

感覚の失われた世界で川の流れを見つめる男がいる。彼はこの流れがどこからきてどこへいきつくのかを知っている。永遠の黄昏の中でいつまでもひとりポツンと川の流れを見つめているのだ

それがどんな事実だとしても知らない方が幸せなのだ。それは起きてしまったこと、これから起きることであって、その流れは誰も変えることが出来ないのだ


かつて川があった場所は埋め立てられてしまったが僕はそこにあった川の存在を今も感じる

目を閉じると川は流れている。そこには僕が小さい頃になくした靴の片方が流れていてそれは決して届かない場所を流れていく。。。ゆっくりと。。。

それはどこへも辿り着くことがなく永遠に川を流れて通り過ぎ視界から消える。。。そしてまた繰り返し訪れるのだ。何度でも。何度でも。僕がその景色の一部としてその岸辺に立つ日まで。。。



Five Leaves Left
/NICK DRAKE

01. Time Has Told Me
02. River Man
03. Three Hours
04. Way to Blue
05. Day Is Done
06. Cello Song
07. Thoughts of Mary Jane
08. Man in a Shed
09. Fruit Tree
10. Saturday Sun

    /1969年発表

*ファイブ・リーヴズ・レフトとは最後の5枚の葉。。。O・ヘンリーの小説のように解釈されがちだが。。。実際にはイギリスの巻きタバコに書かれた”最後の5枚目”という注意書きから名づけられたものだ。
アルバムはフェアポートのプロデュースなどで若くしてブリティッシュフォークの重鎮をなしたジョー・ボイドのプロデュースと人脈で製作され評論家らの絶賛を受けるが大衆の支持を受けることはなかった。
ドレイクはより煌びやかに着飾り、ある意味聴衆に迎合したとも言える2枚目『ブライター・レイター』の失敗に絶望し3枚目『ピンク・ムーン』に至っては一切の虚飾、演出を拒否し自らのピアノとギターのみをバックに剥き出しの肉声で絶望を歌い表現の世界から去ってしまった
27歳のある朝、母親がベッドで冷たくなっている彼を発見する。自殺とも睡眠薬の誤飲とも言われている。ターンテーブルにはバッハのレコードが載せられていたそうだ
90年代オルタナティブ系のアーティストが彼の影響を口々に語り始め再評価の機運が高まった中で過去の作品が発売され現在のカリスマ的な評価を得、一部絶大な支持を集めるに至る。。。

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窓から見る夕暮れ 一日の終わりに想うこと。。。

一日の終わり。何かやり残したような、なんとか一日乗り切ったような、複雑な気持ちを抱いて家路へ急ぐ人、恋人との待ち合わせ場所に急ぐ人

やがてくる明日のことを頭の隅に置きながら一日の終わりに想うこと。。。






キンクスで一番好きなアルバム。。。これもなかなか選ぶのが難しい、パイの時代なら今日紹介する『サムシング・エルス』か?『ローラ対パワーマン・・』のどちらか?

でも『ヴィレジ・グリーン・・』『フェイス・トゥ・フェイス』も棄てがたい。。。最初期のものも勿論わるくない

RCA時代なら『マスウェル・ヒルビリーズ』アリスタは一番最初に買った思い出のアルバム『ロウ・バジェット』ってところだろうか。。。

でも一番好きな曲なら昨日聞かれても明日聞かれても答えはだいたい決まってる


「ウォータールー・サンセット」






イギリスはロンドン。ウォータールー駅。この歴史ある街並みを持つ古き街の川沿いの駅で一日の終わりに想うこと。。。それもまた人それぞれ。。。

霧の街ロンドン霧の晴れ間に差し込む夕陽に照らされてそれぞれの場所へ帰る人達。。。夕暮れに部屋の窓から紅茶を飲みながら見下ろす、息を呑むほど美しい街の夕景。。。



「ウォータールーの夕暮れが見られたら他には何もいらない それだけで幸せだから。。。」そう思える人生は果たして素晴らしいものなのか?それとも退屈で実りのない淋しい人生なのか?

「ウォータールーの夕陽が見られたら友達もいらない。」そう思えるほど美しいかけがえのない景色。。。そんな景色があるなら一度は見てみたいとは私は思う。。。

窓の下、駅の前を行き交う人達の生活を思いながら、それぞれの人生を空想したりいつも見かける恋人達を眺めて夜がはじまるのを待っている・・・美しい夕陽に照らされる街並みに見とれながら。。。

友達もなくひんやりしたベッドで夜をのんびり過ごし、パンを焼き紅茶を飲み何度も読み返したペーパーバックの同じ箇所を声に出して読んでみる

窓から美しいものだけを見てイヤなものから目を伏せて、時々寂しいと感じる時もある。でもテムズ川の向こうの建物越しに沈む美しい夕陽を思えばいつでも幸せな気持ちになれる。。。



そんなのつまらない人生だと言い切れるだけ自分は幸せかなぁ?まぁその窓辺に携帯とipodとPCとDSぐらいはあった方がいいかな?(笑)

美しい旋律と頼りないレイ・デイヴィスのヴォーカル。ほどよく親しげで弱々しく、どこか気取っていてよそよそしい歌声(どっちなんだ?笑)

シンプルなアコースティック・ギターのバッキングに乗せて唄われるキンクスを代表する名曲。イギリスの美しい夕暮れの魅力を凝縮して瓶につめたような綺麗な曲だ。



子供の頃夕暮れは長かった。夕陽は今よりもずっとゆっくり沈み、一日の終わりを名残惜しむ時間の大切さを分かち合える友達がいたあの頃。

膝をすりむいて泥だらけで遊んでた頃。何があんなに楽しかったんだろう???今となっては思いだせない。二度と帰れない美しい少年時代のことだ。。。

レイが唄いたかったのは二度と戻らないその瞬間なのかもしれない。その瞬間の言い様のない感動。誰かと分かち合えなかった感動の瞬間を幼き日に窓から見つめた美しい夕陽を歌に封じ込めたのだ。



レイ・デイヴィスの創ったキンクス版「ペニー・レーン」。「ペニー・レーン」の街並みより美しい景色を想像してしまうといったらポールに怒られるだろうか?

いやきっと賛成してくれるんじゃないかな?「君ウォータールーの夕暮れを見た事があるかい?あれはホントに信じられないぐらい素晴らしいよっ!一度是非見てごらんよ」とかなんとか言うかもしれない。。。



このアルバムは『ラヴァーソウル』や『リヴォルバー』辺りのそこはかとない影響を受けたサイケ前夜な雰囲気を漂わせるキンクスのパイ時代の傑作で

すべてのロックファンにとってマストであると言っても過言ではないであろう傑作だ。「ユー・リアリー・ガット・ミー」に代表されるファズギターのキンキー・サウンドは影をひそめ

このアルバムの前後からコンセプチュアルな意識が高まり同時に初期とは少し形を変えたエキセントリックな面が顔を覗かせ後のロック・オペラ的なコンセプト・アルバムを生み出して行くことになる。。。

レイ・デイヴィスはいつも八の字眉毛で困った顔。待ち合わせ場所を間違えてるのではないだろうか?という不安で何度も時計を眺めながら所在なくそこに待ち続ける人のように

やんちゃで破天荒なロッカーであるリード・ギタリスト弟デイヴ・デイヴィスと対照的に小劇場の劇団専属の作家みたいな神経質な風情でロッカーとはちょっと思えない

ザ・フーのピート・タウンジェントが思春期の悩みや怒り葛藤とコンプレックスをロックのフォーマットで爆発させる才に長けた人間だとするなら

作家としてはピートの師匠と呼んでもおかしくないレイ・デイヴィスはおそるおそる爆薬を調合してる及び腰の大学教授のようにも見える。

後のエルビス・コステロのひねくれた負け犬のイメージや、モリッシーの引き篭もりの文学青年みたいなイメージはレイの系譜だと思う。



そんなレイの遺伝子の一部を受け継ぐ"燃える英国紳士"ポール・ウェラー率いるジャムが比較的忠実なカヴァーでヒットさせた「デビット・ワッツ」でアルバムは幕を開ける

ドゥワップをベースにした「夜をぶっとばせ」風のラフな器楽的コーラスを乗せた疾走感溢れるクールなビート・ロック。

特徴的に跳ねるピート・クウェイフのベースのラインとピアノのリフレイン中心にオン・ビートの力強いミック・エイヴォリーのドラミングで誰もが憧れるスーパー男子に憧れる平凡な男の話


出来の良い兄に付き物の出来の悪い乱暴モノの弟ってイメージのデイヴの名曲「道化師の死」ディラン風のフォーキーなバラードで大好きな曲。サーカス・ライフの終焉を哀感を込めてアイロニカルに描いてる

バロック風のチェンバロも印象的なストリングスで飾られた60年代風ポップ・ソング「ふたりの姉妹」ビートルズやホリーズを思わせるドラマチックで綺麗なメロディラインが秀逸なナンバー

恋の終わりをけだるく唄うなんちゃってボサノヴァ風の「ノー・リターン」に続いてトラッド風の「ハリー・ラグ」タバコに支配された世の中を描いてる。

さすがのレイ・デイヴィスもこんな"NO SMOKING!"な世の中が来るとは夢にも思わなかっただろう(笑)トム・ウェイツの酒とタバコで潰れたしゃがれ声ででも歌ったら似合いそうな酔いどれたナンバー

「ティン・ソルジャーマン」とぼけたマーチング風のホーンに彩られた賑やかなパレード風のナンバーを安酒場でピアノを弾きながら歌ってるような風情の曲

小市民の姿を皮肉な”鉛の兵隊”に例えているがどこか愛情が込められてる気がする。「ハリー・ラグ」や「ティン・・・」のメロディからは労働階級の生活感のようなものが感じられる気がする。。。



「シチュエイション・ヴェイカント」このアルバムでは奥に引っ込んでいるギターをやや強めに鳴らしてビートを強調した皮肉っぽいロックナンバーに仕上げている。ちょっとルーズでダウンなグルーヴ。ビートルズ風のコーダがくっついてる

デイヴ作の「夜明けまで愛して」フォーク・ロック調のブルージーなロック・ナンバー。やるきのないルーズなハンド・クラップとすかしたドラムビートがいかしてる

「レイジー・オールド・サン」ストロベリー・フィールズ・・・を思わせるサイケなナンバー。

"僕が幼い頃、目に映るものが世界の全てだった。君が幼い頃、世界は影も形もなかった"。。。実存主義的な世界観を哲学的に

物憂げな太陽を見上げ、夏は何処へ行ってしまったのかと深く嘆いている。その曲調も英国調のサイケな憂いを帯びている。。。

紅茶のおいしい喫茶店♪。。。失った恋の虚しさを二人で紅茶を飲んだ午後を懐かしむことで表現したいかにもイギリス的な「アフタヌーン・ティー」

「ファニー・フェイス」は曲調や詞作がちょっとフーを思わせるデイヴ作のロック・ナンバー。美しく厳かなコーラス・パートとノイジーなギターのコントラストが良い感じ

「エンド・オブ・ザ・シーズン」恋の終わりを冬の訪れに例えてこれ以上ないぐらい陰鬱にけだるく唄う失恋ソング

けだるくスウィングするフォービートに乗せてシナトラ気取りで唄うレイがどこか鼻につく(笑)

そしてアルバム・ラストは冒頭に紹介した「ウォータールー・サンセット」でせつなくも暖かくどこか懐かしい余韻を残して終わる。。。



以前に「ボヘミアン・ラプソディ」の異形感とそれを享受するイギリス人のヘンテコさを記事に書いたが、

そんなイギリス人のもっともイギリスらしい風変わりなテイストをデフォルメしたようなヘンテコリンなロック・バンドらしからぬロック・バンド

”キンクス(風変わりな)”バンド名通りに独特の存在感を持ちながらロック・ファンなら無視できない輝きを今もなお放ち続けている。。。イギリス生まれのイギリスでなければ生まれないバンド

パンクの元祖の一つでもあり、10ccやXTC、スクィーズ、コステロ、ジョー・ジャクソンの兄であり父である。威厳はまだ無い(笑)←ウソウソ今は勿論それなりの風格があります(^^;






もし生まれ変わりなんてものがあるのならアメリカやイギリスに生まれたいなんて漠然と思ったもんだけど。。。今はやっぱり日本に生まれて”侘び寂び”を感じ、四季の移り変わりと共に年を重ねたいなんて思う。メシは美味いし


レイ・デイヴィスはきっとイギリスに生まれたいんじゃないかな?だってウォータールーの美しい夕陽が見れるのだから。。。メシは不味いけど(笑)


一日の終わりにこんなことを想う。。。








SOMETHING ELSE
/THE KINKS





01.David Watts

02.Death Of A Clown

03.Two Sisters

04.No Return

05.Harry Rag

06.Tin Soldier Man

07.Situation Vacant

08.Love Me Till The Sun Shines

09.Lazy Old Sun

10.Afternoon Tea

11.Funny Face

12.End Of The Season

13.Waterloo Sunset

         /1967年発売

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”スモール・フェイセズ”モッズの間では仲間内では”ちょっとした顔”みたいな意味合いらしい。

あとはメンバーみんなが小柄で(確かに若い時の写真なんか”指輪の旅の仲間”のような雰囲気もある)こういうバンド名にした、なんて話も有る

後にスティーヴが抜けてロッド(スチュワート)ロン(ウッド)が入った時点でもう小さくないからとスモールを外してフェイセズと名を改めた。。。なんて話もあるけど。。。

名は態を表すと言うが”ちょっとした顔”ってのは実に彼ららしいバンドネームにも思える。。。





いわゆるモッズのヒーローとして先陣を切ったのはご存知ザ・フーな訳だが前にも少し触れた気がするけどザ・フーは実際の所エセ・モッズで戦略的な意味でのモッズ・ファッションで”今時の若者”をプロモートしたと

そういった意味でも”パンクのゴッドファーザー”だったと(つまりピストルズやクラッシュもイメージ戦略としてパンクスをファッションとして利用した一面があった)言える訳だが

一方スモール・フェイセズは生粋のモッズでロンドンはイースト・エンド生まれで少々荒っぽいコックニー訛りのヒップな若者達

R&B、ソウル、ブルーズとブラック・ミュージックを好みそれをベースにしたバンド・サウンドでそのライヴ・ステージングはスティーヴ・マリオットの強烈なソウルヴォイスでモッズの熱狂を呼んでいた。。

時代柄イミディエイトに移籍した彼らもサイケなコンセプト・アルバムなんぞを製作して成功を収める訳だけど本日私が紹介するのはストレートなR&B志向で弾けたサウンドを展開するデッカ時代のデビュー作。

もし60年代のロックが好きって方で未聴の人がいたらすぐにCDショップに買いに走りましょう!(笑)ジャケットを見ると彼らがアイドル的に売り出されたってのも頷けるちょっと可愛いルックスですが

騙されちゃいけません。演奏は凶暴そのものだからね♪





メンバーはヴォーカル&ギターのスティーヴ・マリオットとベースのロニー・レイン。この二人がバンドの中心でソング・ライター・コンビでもある

ドラムスは後にキース・ムーン亡き後、因縁のフーに加入することにもなるケニー・ジョーンズ

バンド結成時のキーボードはジミー・ウィンストンですぐにイアン・マクレガンに変わる事になる。(このアルバム・ジャケットはイアン)初代のウィンストンは

バンドの楽器運搬用のヴァンを持ってた為メンバーとなり車が壊れたからクビになったなんて話もあるけど(笑)ホントかウソかは知らないけど面白い話だね





アルバムのオープニングはサム・クックのナンバーでオーティスなんかもカヴァーしてるR&Bのスタンダード「シェイク」で幕開け

のっけからハードでブルージーな8ビートのロックンロールでここではロニー・レインがリード・ヴォーカルを取ってる

敢えてギターのブギーなリフを強調してリズムが跳ねてない所が面白い。

2曲目は「カモン・チルドレン」バンドの”凶暴”な演奏、スティーヴの真っ黒なヴォーカル・・・好きな人はもうこの時点でこのバンドに夢中になってしまう事請け合いの強烈なナンバー

ZEPのロバート・プラントはスティーヴの大ファンで、このヴォーカリゼーションを聴けばロバートが影響を受けてるのは一目瞭然。(ちなみにジミーもスモール・フェイセズ、特にスティーヴのファンだよね)

勿論スティーヴやジャニスの影響を受けたパーシーがそこからどこまでもオリジナルなスタイルを身に付けた存在になったのは蛇足ながら言うまでもない

続く「ユー・ベター・ビリーヴ・イット」はイアンのピアノのフレーズとコーラスが印象的なポップなナンバーだがスティーヴのヴォーカルはどこまでもワイルドでソウルフル!

「イッツ・トゥー・レイト」はロニーとケニーの生み出すヘヴィなビートにスティーヴのハードなギターが絡む

「ワン・ナイト・スタンド」甘く切ないメロディにスティーヴのやや力の抜けた気張りの無いヴォーカルが良い感じの小品





デビュー・ヒットとなった「ホワッチャ・ゴナ・ドゥ・アバウト・イット」。初代キーボーディストのジミー・ウィストンが唯一プレイしてるナンバー

スティーヴのブルージーなヴォーカルとスクイーズするギターがご機嫌なナンバーだが曲のリズムはブルース・ブラザーズやウィルソン・ピケットの演奏でもお馴染み

ソロモン・バークの「エヴリバディ・ニーズ・サンバディ・トゥ・ラヴ」から拝借して荒っぽく演奏してる

「ソリー・シーズ・マイン」はアルバム・ラストのヒット曲「シャ・ラ・ラ・ラ・リー」と並ぶポップなナンバーでイアンのキーボードとバンドのコーラスがスティーヴの激しいヴォーカルに甘く絡む大好きな曲

スティーヴのハードなギター、イアンのソウルフルなオルガンが最高に格好良いインスト・ナンバー「オウン・アップ・タイム」勿論ボトムを支えるロニーとケニーの演奏もいい感じだ

このインストを挟んでバック・ビートのブルージーなナンバー「ユー・ニード・ラヴィン」なんだけど。。。この曲知ってる人は知ってると思うんだけどクレジットがマリオット/レイン

ZEPの「胸いっぱいの愛を」の歌詞の一部がウィリー・ディクソンの「ユー・ニード・ラヴ」のものを使用してるってのは有名な話だけどこれもそうだよね?

むしろスモール・フェイセズのこの曲の意識が有ってセッションでZEPがあの曲を仕上げた気がするんだけど。。。スティーヴの唄い出しなんて特に。

そんな事は問題外にしてとにかくバンドの演奏もスティーヴの唄も聴きモノ!!イアンのオルガンなんてホントに格好良い!

続く「ドント・ストップ・ホワット・ユー・アー・ドゥーイング」「E・トゥー・D」これもブルージーなスティーヴのヴォーカルがとにかく凄い

この張り詰めたテンションはとにかく凄いの一言。特に後者はスティーヴのヴォーカル・パートからバンドのインスト・パートへの切り替わりでのドラマチックな爆発がたまりません!!

最後は先にも少し触れた「シャ・ラ・ラ・ラ・リー」思いっきりポップな感じに明るく弾けてロニー・レインがスタックス調のベース・ラインで締めてくれる。。。






ライヴァル、ザ・フーがモッズ路線からサイケデリック期を経てロックオペラ、ハード・ロック・スタイルと変遷して成功を収めていくのと対照的に

スモール・フェイセズも同様のサイケ路線で成功を収めながらアーシーでブルージーな路線に拘るスティーヴとの音楽的意見の相違からたった3年でモッズ最強バンドは終焉。。。

スティーヴ以外の3人はロッドとロニー(ウッド)を加えてお馴染みフェイセズとして存続する

スティーヴはピーター・フランプトンとよりハードなブギー・ロック指向のハンブル・パイを結成(当初はブライアン・ジョーンズが加入するなんて話もあったらしい・・・)

お互い違った道で成功を収めるが、ロニーはロッドのバックバンド化をしたフェイセズに嫌気がさして脱退後、独自のソロ活動で味のあるアルバムを発表

一方スティーヴはソロ、スモールフェイセズの再結成など迷走を続け91年呑んだくれた末の寝煙草が原因で44歳の若さで孤独に焼死。。。

ロニーも70年代の終わり頃から多発性脳脊髄硬化症という難病を発症し音楽活動に支障をきたすものの、彼の人徳のなせる業か

クラプトンやジミー・ペイジ、ジェフ・ベック、スティーヴ・ウィンウッドらがロニーの為に開催したアームズというチャリティ・コンサートは有名

その後も旧友イアン・マクレガンら大勢の仲間に支えられて車椅子でツアーを回るなど精力的に音楽活動を行うものの97年に他界。享年51歳





60年代のスウィンギンロンドンを駆け抜けたそんな若き日の二人が創りだした音楽は若きポール・ウェラーの心の支えであり

70年代のパンクス、90年代のブリットポップスの連中からリスペクトされ、今も色褪せる事なく輝き続けている





二人の人生はどこかですれ違い袂を別つ事になってしまったが、1981年スティーヴが病に苦しむロニーを励まそうと二人で曲を持ち寄りセッションしたこんなアルバムがある



イメージ 2『マジック・ミジッツ』何故か2000年にCD化されるまで発売される事なく日の目を見る事のなかった音源だ。私も実はこのアルバムを聴いたのはつい最近の事なのだがこれまた実に良い。優しい気持ちになれる1枚だ。

見慣れた二人の名義スティーヴ・マリオット&ロニー・レイン。もしかしたら空の上の美しい草原でこんな風に二人で向き合って演奏してるのかもしれない








SMALL FACES
/SMALL FACES






01.Shake

02.Come On Children

03.You Better Believe It

04.It's Too Late

05.One Night Stand

06.What'Cha Gonna Do About It

07.Sorry She's Mine

08.Own Up Time

09.You Need Loving

10.Don't Stop What You Are Doing

11.E Too D

12.Sha La La La Lee

             /1966年発表

イメージ 1

もしも三大ギタリストで西部劇を創ったら。。。

クラプトンは主人公の保安官、もしくは西部で生きるにはナイーヴすぎる心優しき賞金稼ぎ?酒浸りの毎日から再起を期すかつての名うてのガンマンなんてのも良いかも。。。どっちにしろ主役だな、いい男だし。。。

カントリーをこよなく愛し、葉巻をくゆらせながらいつもギター片手に唄ってる。ギターを背負っててもいいかもな、それじゃ小林旭か。。。

ジェフ・ベックは絶対悪党(笑)悪党の親玉。悪の三兄弟かなんかで二人の弟が何故かジャック・ブルースジンジャー・ベイカー(笑)これもピッタリだな、でいつもケンカしてるの(笑)(ファンの皆様すみません・・・)

ひたすらワイルドな次男と知的な策略家の三男どっちがどっちかは想像に任せます。。。

ジミヘンはビリー・ザ・キッド。主役でも脇役でも全部その場を持っていっちゃうような絶対的なヒーロー。ニール・ヤングは棺桶屋(笑)キースは酔っ払い(笑)

イーストウッド的なガンマンはやっぱりイーストウッドだな(笑)

ジミー・ペイジは?。。。う〜んハリポタ・シリーズの方が似合ってるな(笑)とんがり帽子が似合うよきっと。。。






馬鹿話はこれぐらいにして。このアルバムを一言で言うと”ポップでサイケな1枚”。クリームのスタジオ・アルバムとしては個人的には最高の1枚と思っています。

ジャケットも極彩色でこの頃のクラプトンはアフロ頭にペイントされたSGって感じだったでしょうか?

次作の『素晴らしき世界』の方がずっと録音も良いし「ホワイト・ルーム」なんてCDがプレイ・オンになった瞬間から今もって新鮮な輝きを放ち思わず時を忘れて聴き入ってしまうほどです。

ドラマチックな曲展開、ジャック・ブルースの堂に入った唄いっぷり、ジンジャー・ベイカーの独特な低音のタムの生々しい息使いと歯切れ良いハイハットのリズムに絡むクラプトンのギター。。。

傑作と呼ぶに相応しい1曲!本当に素晴らしいとしか言いようがありません。






それに比べるとこのアルバムの録音は平坦で迫力に欠けます。ビートが霞の中に後退してクラプトンのギターがやたら前に出てきてお世辞にもバランスの良いミックスとは思えません

でもそれが実に良いのです。何よりまず曲がコンパクトで粒ぞろいで充実してるし、クラプトンの格好良いギターもたっぷりと聴けるしね♪





ジャック・ブルースは”曲は頭と終わりがあればあとはどうでも良い”ってな風にうそぶいてたけど、確かに嵐のような彼らのライヴにはそれが当てはまるでしょうね。

このアルバムはそう言ったコンセプトとは対極の作品。フェリックス・パパラルディのプロダクションとトム・ダウドのサウンド作りで聴き応えのある楽曲作品に仕上がってます






クリームの中ではともすればジャック・ブルースやジンジャー・ベイカーの間で均衡を図るギター・プレイヤーのように振舞わねばならなかったクラプトンもこのアルバムでは活き活きとギターリフを響かせ

独特なトーンで気持ちの良いソロを聴かせてくれます。。。ギター・ヒーロー若かりしエリック・クラプトンの姿がここにあります






”ギターの神様”などと呼ばれるクラプトンと私の出会いはビートルズの例の”真っ白いアルバム”に収められたジョージ・ハリソンのナンバーでこれでもかと泣きまくるギターでした

切ないメロディに敏感な私は「なんて格好良いギターだろう!」と子供ながらに感じ入ったワケですけど、まぁ続くジョン・レノンの”暖かい銃”の話へと

心がすぐ向いてその不思議で刺激的な世界に没頭してしまったワケですが。なんせ子供ですから(笑)

勿論彼の名声は知ってる訳だし”あの独特なギターの音色”も聴いてる訳ですからきっと超絶的な”ギターの神様”なんだろうなという認識は私の意識に刷り込まれていました

でぇ私が最初に選んだアルバムは名盤の誉れ高き『461オーシャン・ブルーバード』。。。正直?これが神様なのか?ってのが第一印象

「レイラ」「サンシャイン・オブ・ユア・ラヴ」などは既に知っており、この”最高傑作”ではギンギンにギターを弾きまくってくれるものと思いこんでいましたからやはりガッカリです。。。





結論としては”ギターの神様”は穏やかなんだな。。。やっぱロックはZEPだな・・・ジミヘンの方がすげぇじゃん!と言う短絡的なものでした。子供ですから(笑)追体験には起こりがちな事です。。。

ただその時に得心したジミヘンの方が凄いじゃん!という幼い気持ちは結局今に至ってるわけです。クラプトンは神様にしては優しすぎるしギターやブルーズに敬意を払いすぎてる

神様とは本来我儘で気まぐれで時に残酷なものです。勿論”神様”という呼称はフレットを滑る彼の滑らかなテクニックとタッチに寄せられた賞賛と判っていつつの難癖ですけどね(笑)そう”スロー・ハンド”です

ジミヘンのようにブルーズを身体の中に取り込んで暴走させるような事をクラプトンはしません。彼のプレイには慈しみやブルーズに注ぐ深い愛情と畏怖の念が常に寄り添っていた気がします

彼のワイルドなプレイはワイルドにプレイしてるのであって決してワイルドな魂が解放されてる訳ではないんだと感じる事があります。(抽象的すぎるかな?)

彼は創造主というよりは”プレイヤー”でありたいと強く願い、ストレスに身を晒して革新的である事よりブルーズとギターの求道者でありたいと心の底ではそう望んでいたんでしょう

2年という短期間で一気に沸点に達した極上のクリームに浸る事に疲れて結果彼はアメリカ南部の雄大な大河の流れの畔へと辿り着きます

そこで判り合えた親友デュアンとの出会いと別れ。。。ドラッグに浸り切りドロップ・アウトした末の渾身の再起の感動などしる由も無かった当時の私です、子供・・・まぁこれはもういいや(笑)






がそれでもこれならどうだ!と手に取ったのがこのアルバムでこれは当りでした♪ジャケも派手でカッチョイイでしょ?

出だしからクラプトンのギター、ソフトなヴォーカルで始まるメロウなブルーズ・ポップって趣きの「ストレンジ・ブルー」に始まって

ロック・ファンならおそらく誰もが知ってるロック・クラシック「サンシャイン・オブ・ユア・ラヴ」へ。ジャックとジンジャーがジミヘンのステージに感化されて創った曲と言われてますが

印象的なギター・リフと地の底から響くようなベースとタムの音。ジャックとエリックのヴォーカルの掛け合いからサビメロでのコーラス。。。

勿論クラプトンのチョーク・ヴィブラートを効かせたウーマーン・トーンのギター・ソロも聴き応えたっぷり

「苦しみの世界」はシンプルなギター・ワークにワウが浮遊します。そして味のあるコーラス・ワークがこちらも雰囲気たっぷりに浮遊します。

「夜通し踊ろう」は郷愁を誘うメロディと煌びやかなギターの響き、ハーモニーが切ないサイケなオールディーズといった感じの好ナンバー。

ジンジャー・ベイカーのルーズなナンバー「ブルー・コンディション」も程よいテンションでアルバムのアクセントになってます。

そして後の「ホワイト・ルーム」の登場を予感させるこちらも名曲「英雄ユリシーズ」。クラプトンがサイケなフィーリングのギターを聴かせます。ジンジャーのヘヴィなビートとジャックの力強いヴォーカルが印象的

「スーラバー」軽快なロックンロール・ナンバーでジャックと競うように”唄う”クラプトンのギターが最高!コントロールされた歪んだヴォリュームと抑えたトーンに乗せられたフレージングが気持ち良いです

「間違いそうだ」は一転ダウンなナンバーで扇情的なジャックのヴォーカルと抑えたベースにジンジャーのタムが彩りを添えつつクラプトンのギターがここぞとばかりに泣いてくれます。。。好きな曲ですね。

「アウトサイド・ウーマン・ブルース」タイトなギター・リフで創られたブルージーなナンバーにクラプトンのソフトでハスキーなヴォーカルが妙に合ってます。

「テイク・イット・バック」ジャックのハープが効いているオーソドックスでグッド・フィーリングなブルース・ナンバー

ピアノだけををバックにビール・ジョッキでも掲げながら飲んだく3人で肩を組んで唄ってるような小品「マザーズ・ラメント」で締めくくられるこのアルバム

ヴァラエティに富んでいて楽しい作品だ。タガが外れたようなライヴでの激しいインプロビゼーションの応酬こそがクリームだと言う方には物足りないかもしれない

でも60年代後半強烈な勢いでシーンを席捲し2年余りで消えていったクリームのレコード・アーティストとしてのキャリアを振り返る時最も需要なアルバムだと思う

60年代のロックが好きな人、でもハード・ロックはちょっと苦手。。。な〜んて人でも大丈夫!聴いて絶対損は無いアルバムです。クラプトンのギターイカシテルぜ!って当時のボクチャンも言っておりました(笑)








『461オーシャン・ブルーバード』の内容についてガッカリ感たっぷりなコメントをしてましたけど勿論それは昔の話。。。

これまた文句ナシの名盤です「レット・イット・グロウ」なんて美しすぎますよね。。。この境地に辿り着く過程を思うと胸に染み入ります。。。

勿論ボブ・マーリーのカヴァー「アイ・ショット・ザ・シェリフ」は言わずもがなの最高のナンバーです。。。

ってシェリフ撃っちゃダメでしょエリック!”お尋ね者”の悪漢はジンジャー・ベイカーのパートです。。。








DISRAELI GEARS
/CREAM






01.Strange Brew

02.Sunshine Of Your Love

03.World Of Pain

04.Dance The Night Away

05.Blue Condition

06.Tales Of Brave Ulysses

07.Swlabr

08.We're Going Wrong

09.Outside Woman Blues

10.Take It Back

11.Mother's Lament

              /1967年発表

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