川沿いの考古学徒の日記

秋になり、紅葉が見えてくるころかなと思うが、周辺にその面影はあまりみられない・・・。

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農耕の研究は「はたけ」状遺構から求めているものがある。イメージ 1

はたけの形態は,溝を掘り,畝を立てるのが基本となるようである。しかし,作物(栽培種)によって,その形態が異なってくるという。例えば,蕎麦と根菜系の間で,畝と畝間溝というような構造が異なっているという。では,縄文時代に見られる畑状の遺構にはどのようなものがあるのだろうか。

縄文前期:
  北海道:美々貝塚北遺跡(南北に長い畠状遺構)ヒエ属とプラント・オパールの検出。畝は認められていないという
縄文晩期:
  福岡:クリナラ遺跡(黒川式期:小溝群の遺構)畝が確認できることから,根菜類が考えられるという。

ただ,資料数は少ないため,畑状遺構は縄文農耕への補足的な議論を行われているに過ぎないように思われる。

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縄文時代の農耕
1.農耕用具から考えるもの
2.プラント・オパールから
3.畑状遺構から


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見よ!

これが稲作が伝わった当時の長江江南や華北の炊飯器である。

(※色、彩文、フタ、単耳、直耳に注目!これらの要素が弥生土器には一切ない。)

2009/5/26(火) 午後 0:07 [ - ]


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