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《2015年移動演劇桜隊原爆忌のご案内》
被爆70年の今年4月、核不拡散条約(NPT)再検討会議開催前に国連本部で原爆展が開かれ、ワシントンでは「原爆の図」6点が展示されています。ところが、「核禁止条約」についての合意は決裂、日本は、唯一の被爆国として核兵器の被害を訴えながら誓約文書に反対する立場をとり、「核の傘」のもとに、核を否定できないという二面性が露呈しました。「世界の政治指導者や若者らの被爆地・広島、長崎の訪問」の復活もならなかったことは、被爆地広島・長崎に失望ももたらしました。
原爆の災厄は、戦争を知らない政治家たちの中に曝されて風化がすすみ、憲法九条を無力化しようとする動きも止まりません。わたしたちは例年にも増して強く『桜隊原爆殉難碑』の前で核廃絶・戦争放棄を誓い、平和の大切さについて考えなければならないと思います。
本年の企画は、被爆死までの桜隊9名の思いを朗読劇で綴り、また、この「桜隊原爆忌」がどのように起こり継承されてきたか、70年の流れをまとめ、皆様にお届けすることにしました。
本年の「桜隊原爆忌の会」にもぜひご参加くださいますようご案内申し上げます。
被爆70年 桜隊原爆忌 原爆殉難者追悼会
2015年 8月 6日(木)
午前10:30〜 碑前祭 12:00〜 追悼会
《追悼会の主な内容》
◎朗読構成◎
「桜隊の見上げた空 ─1945年8月6日広島」(演出/神山寛)
1942年、「苦楽座」として創立された当時から、「移動演劇桜隊」と名を変えて広島に赴任し、被爆死までの9名の悲喜こもごもの想いを追います。8月6日をどのように迎えたのか? 被爆70年にあたり、2005年(被爆60年)に故北村和夫さん(文学座)と故南風洋子さん(民藝)に出演していただいた記念的公演を再構成しました。
出演/有馬理恵(劇団俳優座)
落合佑介(テアトルエコー放送映画部)
佐藤哲也(劇団文化座)
白井真木(プロダクションタンク)
渡辺 聡(劇団俳優座)
音楽/堀ゆかり
2005年の上演シーン
◎桜隊原爆忌の会の誕生までとその歴史 ─70年をふりかえる─
そもそもは1945年9月17日、築地本願寺での「桜隊合同葬」が端緒でした。弁士、漫談家、作家、俳優として活躍した元祖マルチタレントとも言える徳川夢声が開催にこぎつけたものです。夢声は「苦楽座」(桜隊の前身)創立同人であり、公演活動を共にし起居をも共にした同人たちの原爆死を悼み、「さくら隊殉難碑建立事務所」を起ち上げて東奔西走の結果、現在地の建立に至りました。その後の慰霊会から原爆忌の会の提唱・設立、そして現在までの70年間の流れを俯瞰します。
《追記》午前8時00分から五百羅漢寺主催「平和祈念桜隊殉難法要」が始まります。ご都合のつく方はぜひご参加ください。
※お問い合わせ・お申し込みは、桜隊原爆忌の会世話人事務局
TEL 03-3667-1890 FAX 03-3667-1891
E-mail:sakuratai01☆yahoo.co.jp (☆→@に変えてください)
◆上記ホームページから、あるいはメールアドレス宛にお申し込みいただけます。
◆会場準備のため、必ずお申し込みのうえご参加ください。当日ですと入場できない場合があります。
《チラシダウンロード用PDF》 ←<Google driveの、左上「ファイル」下の太矢印でダウンロードできます>
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桜隊原爆忌の会
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遅ればせながら、2014年桜隊原爆忌の追悼会報告をホームページにアップしました。
内容が多く、4ページ分になりました。
報告集をお送りしていない方で興味のある方はホームページをご覧くださいませ。 ↓ 紙判の報告集表紙
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遅くなりましたが、当日のDVDが届きましたので、切り出し・編集のうえ、YouTubeにて公開しました。お出でになれなかった方で、興味がございましたらご覧下さい。約30分です。 出演/武田光太郎(レオコーポレーション)
中島文世(劇団文化座)
福原美佳(青年劇場)
森尻斗南(劇団俳優座)
構成・演出/桜隊原爆忌の会事務局
2014年8月6日 於:東京・目黒 五百羅漢寺
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《2014年移動演劇桜隊原爆忌のご案内》
わたしたちが毎年『桜隊原爆殉難碑』の前で、核廃絶・戦争放棄を誓い、平和の大切さについて考えるなか、政財界ではそれと逆行するような動きが加速しているように見えます。69年間日本の守って来た平和の概念を崩すような“集団的自衛権”“武力行使の容認”などの言葉が奔り、日本の平和憲法を改ざんする方向に向かっていくような不安を覚えます。また、3・11から3年以上経った今も、福島県での農畜水産業をはじめ多くの生活不安を抱えた方々がいるにもかかわらず、急速な原発再稼働への動きがあるのも現実です。
さて、昨年8月4日の朝日新聞で、長年の謎になっていた仲みどりのカルテの原本が発見されたことが大きく報道されました。そこで本年度の企画では、世界で初めて「原子爆弾症」を名付けられた仲みどりの生涯を出来るかぎり掘り起こし、朗読構成としてお届けします。そして新たに「原子爆弾症」の恐ろしさに目を向け直し、本年も皆様とともに平和の大切さについて考えたいと思います。
被爆69年 桜隊原爆忌 原爆殉難者追悼会
2014年 8月 6日(水)
午前10:30〜 碑前祭 12:00〜 追悼会
《追悼会の主な内容》
◎朗読構成◎
「仲みどりの生涯と そのカルテの行方」
(構成・演出/桜隊原爆忌の会事務局)
仲みどりは、世界で初めて名付けられた「原子爆弾症」の第1号患者である。被爆後救助された仲は臨時収容所で一夜を過ごし、8月8日朝、軍隊天幕をまとって裸足のまま抜け出し、昼過ぎに運行された上り復旧列車で東京に戻る。大きなけがもなく、演劇への情熱を誓うが、体調がすぐれず東大病院に向かい、都築正男教授による手厚い治療を受けることになった。しかし、放射能に蝕まれた体は治療のすべもなく8月24日死亡。世界初となる原子爆弾症の貴重な記録が残されているはずであった。その生涯を追う。
出演/武田光太郎(フリー) 中島文世(劇団文化座)
福原美佳(青年劇場) 森尻斗南(劇団俳優座)
◎報告◎
「仲みどりのカルテ発見まで」
朝日新聞社 専門記者(医療・被曝担当/福島駐在)大岩ゆり
東大病院に残されていたのは仲みどりの「剖検記録」と病理標本の一部のみで、当時は米占領軍に接収されたのではないかという見解が強かった。唯一、1973年に米国から返還された占領軍接収資料の中に英訳カルテが見つかったが、大半が機密解除されているにも関わらず、原本は米公文書館に存在しないことも判明。その後の医・科学者、報道陣による調査でも発見に至らず、2005年の毎日新聞では2つの可能性が示唆された。東大病院で秘密の場所に隠したか、米国が接収し報告書作成後に日本で廃棄したか…。そうして、昨年の原爆忌の前々日、朝日新聞に「カルテ発見」のタイトルが踊った。
《スケジュール》
2014年 8月 6日(水)10時30分〜15時
10時30分〜 碑前祭、記念撮影
<歓談、食事>
12時00分〜 追悼会(司会/浦吉ゆか)
◎開会 ◎挨拶/神山 寛 ◎ご遺族・関係者紹介
◎朗読構成 「仲みどりの生涯と そのカルテの行方」上演
◎報告 「仲みどりのカルテ発見まで」 (15時終了予定)
●参加費 3,000円 高校生以下1,000円(献花料・記念写真・昼食代含)
●会 場 桜隊菩提寺 目黒 五百羅漢寺(地図と交通手段はチラシ裏面)
東京都目黒区下目黒 3−20−11 ☎03−3792−6751
主催:桜隊原爆忌の会 会長:神山 寛
《追記》午前8時00分から五百羅漢寺主催「平和祈念桜隊殉難法要」が始まります。ご都合のつく方はぜひご参加ください。
※お問い合わせ・お申し込みは、桜隊原爆忌の会世話人事務局
☎03-3667-1890 FAX03-3667-1891
E-mail:sakuratai01☆yahoo.co.jp (☆→@に変えてください)
◆上記ホームページから、あるいはメールアドレス宛にお申し込みいただけます。
◆会場準備のため、必ずお申し込みのうえご参加ください。当日ですと入場できない場合があります。
<Google driveの、左上「ファイル」下の太矢印でダウンロードできます>
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吉田調書 - 特集・連載:朝日新聞デジタル
「吉田調書」=福島原発事故─吉田昌郎所長が語ったもの
全28時間400ページ、5月20日から順次公開中。
【プロローグ】 朝日新聞は、東日本大震災発生時の東京電力福島第一原子力発電所所長、吉田昌郎氏が政府事故調の調べに対して答えた「聴取結果書」を入手した。レベル7の大災害を起こした福島第一原発の最高責任者であり、事故収束作業の指揮官であった吉田氏の唯一無二の公式な調書である。吉田氏は事故について報道機関にほとんど語らないまま2013年7月に死去した。調書も非公開とされ、政府内にひっそり埋もれていた。
【28時間、400ページ】 吉田調書は全7編で構成されている。総文字数はおよそ50万字。A4判で四百数十ページに上る分量になる。吉田氏への聴き取りは13回中11回が福島第一原発から南へ20km離れたサッカー施設 J-VILLAGE JFAアカデミーのミーティングルームで、残る2回が吉田氏の仕事場である福島第一原発免震重要棟でおこなわれた。
政府事故調は772人から計1479時間にわたって聴き取りをおこなった。吉田調書はその一環で作成された。対象1人当たりの平均聴取時間は2時間弱。吉田氏への聴取時間は28時間あまりで、あの瞬間、どう行動し、何を考えていたかまで聴き取った。畑村洋太郎・政府事故調委員長は、ほかに吉田氏の公式の調書がないことから「貴重な歴史的資料」と呼んだ。
これを受けて、2014年5月23日の『日刊ゲンダイ』に安倍首相の対応が下記記事となりました。
安倍官邸が激怒! 福島原発「吉田調書」流出で“犯人捜し”
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