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被爆65年 桜隊原爆忌 ―原爆殉難者追悼会― ●日時 2010年 8月6日(金)
●会場 桜隊菩提寺 目黒 五百羅漢寺 電話 03−3792−6751 ●会費 3,000円 高校生以下 1,000円(献花料・記念写真・昼食代含) 午前10:30〜 碑前祭(受付は10:00〜)
(11:15〜食事・歓談) 12:00〜 追悼会 《追悼会の主な内容》
◎開会挨拶:中村美代子 〈司会〉浦吉ゆか 広島市長メッセージ紹介 ご遺族・関係者紹介 ◎朗読詩 「戦場」(作・花森安治) 朗読:野沢由香里(俳優・青年座) ◎ビデオ証言「丸山定夫を看取って ― 諸岡千恵子さん(元珊瑚座座員)に聞く」 〈インタビュー:堀川惠子〉 ◎お話 桜隊全史(3)「移動演劇《桜隊》の最期」 青木笙子(作家) 特別参加:早坂暁(脚本家・小説家) (閉会予定 15:00) 諸岡千恵子さん(柳みどり:元移動演劇「珊瑚座」座員)
1927年生まれ。子役から演劇界に入り、金語楼劇団に所属。移動演劇連盟発足後「珊瑚座」に参加。 1945年、“劇団ごと地方疎開”計画で広島駐留が決まり、堀川町の移動演劇連盟中国出張所兼寮で「桜隊」と同宿する。
「わたし、丸山さんの最期を看取ったんですよ…。それから、園井さんと高山さんにもお会いして。お三人の最期の姿が目に焼きついています・・・」
青木笙子さん(作家)
1940年生まれ。元公立中学校講師。多摩交流センター講師。調布市社会教育指導員。調布市アカデミー愛トピア講師。「随筆を書く会」会員。著書:『父の贈り物』、『母の贈り物』、『仲みどりを探す旅』 1941年6月9日、内閣情報局により「日本移動演劇連盟」が結成された。そして半年後の12月8日、日本は真珠湾攻撃を決行し、太平洋戦争へと突入した。 すべての演劇人は大政翼賛会の管理下におかれ、表現の自由は完全に奪われた。そんな中、1942年、劇団「苦楽座」が創立。地方への慰問巡演活動が始まった。演劇人としての“矜持”を失うことなく活動を続けた彼らの原動力はどこにあったのか。当時の体制と社会情勢、演劇環境をひもとき、現代の視点から移動演劇を考える。 《2010年 移動演劇桜隊原爆忌のご案内》
今年は、国連本部で核拡散防止条約(NPT)再検討会議が開かれました。秋葉忠利広島市長は、採択された最終文書について「核軍縮交渉開始の明確な年次などが盛り込まれなかったのは残念だが、核保有国を含むすべての加盟国が核兵器廃絶に向け具体的な行動を始めることに合意した意味は大きい」とコメントを発表しています。こうした背景のなか、各国からの広島訪問が相次ぎました。4月、ローマ市長、5月、北マリアナ諸島下院議長とテニアン市長ら、6月、アフガニスタンのカルザイ大統領、そして8月6日の平和記念式典には、国連事務総長・潘基文氏が出席。核廃絶への意識が世界中に高まっていることの現れだと思います。とはいえ、国内では政権交代後も沖縄問題や憲法九条改憲への動きに顕著な変化は見られません。私たちは今年も『桜隊原爆殉難碑』の前で、皆様と核廃絶、戦争放棄を誓い、平和の大切さを考えたいと思います。 さて、今年度の追悼会では、広島の移動演劇連盟出張所で「桜隊」と同宿した「珊瑚座」に所属した諸岡千恵子さんの証言を取材し、ビデオでご紹介します。存光寺に担ぎ込まれた丸山定夫を看病しつつその最後を看取ったこと、寮生活での桜隊メンバーの思い出など貴重な証言です。本年の「桜隊原爆忌の会」にも多数ご参加くださいますようご案内申し上げます。 2010年7月 |
桜隊原爆忌の会
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被爆64年 2009年 桜隊原爆忌 |
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■■■■被爆63年 2008年 移動演劇桜隊原爆忌■■■■ |
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■桜隊原爆忌■今年のゲストは佐野浅夫さん |
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■被爆62年2007年桜隊原爆殉難者追悼会■について |





