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★ビーチ猫通信★
FreeTibet! Still & Simple Life ※荒らし/宣伝は、問答無用で削除します。

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『天空の聖域ラルンガル ― 東チベット宗教都市への旅』(集広舎) 川田進(著)
https://www.amazon.co.jp/dp/4904213734/

「ラルンガル」…この言葉を聞いても「何それ???」という人が日本ではまだまだ多数派である。おそらく「チベット仏教(or問題)界隈」や「秘境・絶景好きなバックパッカー界隈」を中心とした極めてニッチな領域の人だけに知られた名前だろう。
しかし、著者は90年代から東チベット(アムド、カム)に足繁く通い、ラルンガルがまだ中国の地図にも載っていない97年にその存在を偶然知ることとなる。そして日本でラルンガルの名が知られる以前の2001年に初めて訪れている。そこで著者はラルンガルの魅力に惹きつけられ、チベットの宗教と政治を考察する上でラルンガルの重要性にいち早く着目する。それ以来6度現地を訪れてフィールドワークを重ね、その成果を1冊にまとめたものが本書である。

著者は本書に先立つ2015年にラルンガルも含めた東チベット研究の成果として『現代宗教文化研究叢書4 東チベットの宗教空間 ― 中国共産党の宗教政策と社会変容』(北海道大学出版)を著しているがこれは高価な専門書であり、今回は一般向けにラルンガルに的を絞った内容となっている。
本書ではもちろん2015年以降のラルンガルを巡る新たな動向…2016年の外国人立入禁止以降の新たな僧房破壊と改造・観光化政策やNHKが2017年にBSで放送したラルンガルのドキュメンタリーについても言及されており(今年3月に放送の続編はさすがに無理だったが)、現時点におけるラルンガルに関する最新情報を網羅した労作といえる。

電気猫は2015年春、外国人立入禁止となる前年に現地を訪れた。当時はまさか翌年から外国人が排除され、僧房が破壊され、露骨な観光化の改造工事が強行されるとは夢にも思わず、山上のラルン賓館(ホテル)に泊まり僧房も訪問したが全く緊張感は感じられなかった。
しかし今にして思えば、中心部のラマ・ラカンのすぐ近くでは巨大なビルが数棟建設中でダンプが砂煙を挙げて行き交い、麓の鳥葬場は既に観光客向けの醜悪な観光公園と化していた。この時点で、ラルンガルの破壊と観光化計画は着々と進んでいたのである。またアニ・ラカンの背後には前年の火事の焼け跡が広がっており、この火事が僧房破壊の格好の口実(防火・環境整備)に使われた可能性は高いと思われる。

ラルンガル(喇栄五明佛学院)は、1980年にニンマ派の高僧ケンポ・ジグメ・プンツォク師の小規模な私塾としてはじまり、文革後の小平による改革開放政策や当時まだ健在であったパンチェンラマ10世の後押しによって政府にも正式に認可され、ケンポ・ジグメを慕ってチベット全域から僧侶・尼僧が集まって規模が拡大していった。ちなみに喇栄五明佛学院という名称は、パンチェン・ラマ10世が命名したそうだ。

その後、拡大を続けて巨大化し僧侶の数が1万人規模になった2001年(著者の訪問直前)に、当局の最初の弾圧によって多くの尼僧や在家信徒が追放され僧房が破壊された。その後規制が緩和されるとまた膨れ上がり、電気猫が訪れた2015年には数万人?といわれる規模になっており、教職の僧侶に聞いても正確な人数は不明であった。そして翌2016年突然外国人が立入禁止となり、再び地元以外出身の僧・尼僧の多くが追放され僧房が破壊された。
前回との相違点は、今回は単なる宗教弾圧ではなく、改善・改造という名の観光化が主目的となっている点だ。中央に新たに広い道路を通し、そこから四方の斜面に防火帯を兼ねた遊歩道・階段を作り、その上に展望台を設置する。中心部には観光ホテルやショッピングモールを整備し、観光客を誘致するというものだ。

ラルンガルに著者が注目するのは、単に世界一の仏教僧院といわれる巨大さやその絶景ではない。新たな宗教施設の設置が認められなかった中国において、高僧の私塾として始まり学校(仏学院)として当局の認可を得て発展してきた過程や、宗派・性別・民族を問わず受け入れる先進性、当局のメンツをつぶすことなく粘り腰でギリギリの妥協点を模索する面従腹背の運営方針等に、共産党独裁国家中国において宗教が生き残る為の大きな可能性を見たからである。
特に中国国内の漢人在家信徒は知識層を中心に急激に増加してきており、ここで学ぶ僧・尼僧も約1割は漢人といわれている。また台湾・香港等を中心に海外の華人信徒からのサポートも手厚い。そして宗教が禁じられているハズの共産党員・幹部の中にも隠れ信徒が増えている現状…拡大する漢人信徒の今後の動向には要注目だ。

著者の慧眼どおり、ラルンガルは中国における宗教の在り方とその未来を考える上で極めて重要な存在であると言える。最近は日本でのダライ・ラマ法王のティーチングにも台湾・香港はもとより中国本土からも大勢参加者があるが、ラルンガルの影響力には到底及ばない。ポストダライ・ラマを考える上でもさらに重要性が増すことだろう。
まもなくカンゼ・ケサル空港が開港し、アチェンガル(今春から外国人立入禁止となったが…)も含めた新たな観光経済圏が動き出す・・・今後もラルンガルから当分目が離せない状況が続くと思われる。次回作にも大いに期待したいところだ。

2015年破壊前年のラルンガル
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アニ・ラカン裏に広がる2014年の火事の焼け跡
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建設ラッシュだった中心部分
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鳥葬の前にサンドパリの周囲をコルラする遺体
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露骨に観光化された鳥葬場
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