思いつきで重い突き

いやホント、何をするにも時間とお金が足りないなぁ・・・。

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先日、久しぶりにNOAH中継を観た。
杉浦がKENTAからGHCジュニア王座を奪取した試合だった。アツく、イイ試合だった。
その他、キャプテンフォールマッチも放送してた。

で、放送終了間際に「ジョン・テンタさん逝く」との報。
しばらくPCの使えない環境に居たので、今になってちょっと調べました。

ジョン・テンタさん死去


大相撲の力士からプロレスラーに転向し、日米マット界で活躍したジョン・テンタさんが現地時間7日、カナダ・バンクーバーの病院で死去した。享年42。WWEは「膀胱(ぼうこう)がんとの長い闘病生活の末、この世を去った」と公式HPで死因を発表した。

 テンタさんはカナダ出身で、85年に大学を中退して佐渡ケ嶽部屋に入門。琴天太、琴天山のしこ名で各段で優勝し、将来を期待されたが、87年に故馬場さん率いる全日本に電撃入団。89年にWWE(当時WWF)入りして“アースクエイク(地震)”テンタと名乗り、90年代はWWEとWCWで活躍。ホーガンとも抗争した。日本では全日本のほか、SWS、WAR、新日本、Uインターなどに参戦した。

イメージ 1
死去したジョン・テンタさん


うーん、享年42って。昨年の橋本真也もそうだけど、若くして逝くのはとても残念だ。
プロレスラーの寿命って、一般に長くはないモノなのかも知れないけど、それにしても早い。
天龍も「7月のWAR復活興行にも参戦してもらいたかった。」とコメントしてた様だし。


そんなジョン・テンタを俺が最後に観たのは、2002年12月1日の後楽園ホール大会。
この季節の風物詩「世界最強タッグ決定リーグ戦」の公式戦だった。
この日のテンタの試合は「天龍&テンタ vs 小島&ケア」
実は今となっては試合内容をほとんど覚えてないんだけど、テンタが久しぶりに全日本参戦、
天龍のパートナー、そして当時の全日本イチオシのタッグチームとの対戦、というところで
けっこう見所はあった(はず)。
(余談だけど、この前年[2001年]の天龍のパートナーは故・冬木弘道だったなぁ。)

イメージ 2

イメージ 3

正直、テンタのプロレスは古く、現代プロレスに付いていけてない感もあった事はあった
(と記憶している)。でもテンタの重量感あふれるファイトや存在感は、昔のテンタを知らない
最近のファンにも伝わったと思う。なにより、この試合で結果も残してるし。

                    18分31秒
  天龍源一郎            片エビ固め       小島 聡
○ ビッグ・ジョン・テンタ (ランニング・ネックブリーカー) 太陽ケア ●
            
実は俺、この試合結果も覚えてないんだけど(苦)、小島&ケアはこの年の最強タッグ優勝チーム
である事から考えても、テンタが実力者だった事の、ひとつの証明になるんだろう。

それにしても早すぎる死だ。
是非、フリーとなって全日本にも参戦してる吉江との対決、もしくはタッグも観たかったなぁ。

さようなら、"ジ・アースクエイク"、"ビッグ"・ジョン・テンタ。合掌。

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