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外出前のとても急いでいる時間でしたが クラシックのラジオ番組がどうしても 聴きたくてその日、ラジオをつけました。 聴こえてきたのは、かなり年配の男性のゆったりとして穏やかな声でした。 テンション高めのラジオパーソナリティの声ばかりを聴いていた私は、 一瞬、局を間違えたかしら?と 思った程でした。 「私がワルターの演奏会を聴いた時…」とその男性が言った時に ワルター なのだろうか…と思考回路を超最速回転させながら 「さぁ、出掛けよう」とした時に 聴こえてきたのは、 ワルターが指揮する私が大好きな モーツァルトの交響曲25番だったのです。 番組を進行されていた方が結局、 誰だったのかもわからずにその日は 急いで家を飛び出しました。 あのゆったりと語る不思議な男性は、 今にして思えば、吉田秀和さんだったのではないでしょうか。 追悼番組でも見たのですが吉田さんの 奥様が亡くなられた時に 吉田さんは暫く仕事も 出来なくなってしまうようなエピソードがあったと思います。 吉田さんは、多くの作家や演奏者に慕われていたようですね。 お話しもわかりやすいし、 人柄が滲み出ていました。 最近、私が感じているのは どれだけの名指揮者、一流と言われる オーケストラの演奏を聴いていても どれだけ多くの枚数のレコードやCDを コレクターしていたとしても、 人の痛みを感じられなかったり 自分中心の欲ばかりを追い求めて いる人は、おそらく死ぬまで 音楽の持つ美しさを わからないまま、一生を終えるのでは ないのだろうかと強く感じます。 だって人間として 大切な思いやりの心や感受性が 最初から 「欠落」 しているのだから、 無いものは、 どう頑張っても レコードを買い漁っても 決して 埋めようがない。 満たされないまま、 埋められない物の為にそのうちに 大切な物や人たちを見失って行く。 とても主観的になってしまいましたが 音楽は、人が楽しみ、安らぎ、 癒されたり励まされたりできる 神様からの贈り物のような気がします。 私は、これからも 一番大切でシンプルな 物を見失ってしまう事のないように 音楽を聴き続けられるかな…?と 吉田さんの本を読みながら そう、自分に問いかけたのです。 |

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最近はテクニックばかりをひけらかす演奏家が多いと思います。
まさに音楽は人柄・・・
一時はテクニックで注目を浴びても
長い歴史の中でテクニック偏重の演奏家は
忘れ去られていくのだと思います。
2012/6/5(火) 午後 2:09
みかんジュースさん、こんにちは。
いつもご訪問、コメントを有り難うございます。
今、吉田さんの著書の
「フルトヴェングラー」を
読んでいました。
指揮者としてのフルトヴェングラーさんも
素晴らしかった事に加えて
「過ぎ去った時代の巨匠ではなく、
未来も指さしている音楽家と呼ばなければならない」と仰っていました。
本を読む限り、お人良しなのか、
フルトヴェングラーさんは、とっても
紳士です(笑)。
音楽に対して誠意ある「本物の音楽家」は
どんなに時間が経ってもこれからもずっと
聴き継がれていくのでしょうね。
2012/6/5(火) 午後 6:50 [ ミキ ]
音楽は聴き方が人様々ですから、どのような形でも一概に否定できないのですが、ミキさんが大きな変化に気がつかれたように受け止めました。この変化は僕には好ましいものです。
2012/6/6(水) 午前 2:42 [ JH ]
堀内さん、こんにちは。
コメント頂きまして有り難うございます。
堀内さんの仰るとおり、
音楽の聴き方は、個人が自由に楽しむ
ものだと思っています。
ただ、そのシンプルな気持ちがいつのまにか
レコードやCD、オーディオに執着して行くことに、深い疑問を感じたのだと思います。
私は、そのシンプルな気持ちをなくしたくないなぁという気持ちを持ち続けていきたいと
思っています(^^)
2012/6/6(水) 午前 10:03 [ ミキ ]
長年、ほぼ毎月、吉田秀和さんの文章を読んできた者としては寂しい限りです。
昔購入したiPod、数年前から使わなくなりました。
心を静かに保つと、自分の内側から音楽が聴こえてくることに気付いたからです。
今まで聴いてきた音楽が、少しづつ心に残るようになってきたのだと思ってます。
2012/6/6(水) 午前 10:58 [ かおるパパ ]
かおるパパさん、ご訪問、コメントを頂きまして有り難うございます。
そうですか…。
吉田さんの書かれた物を
読んでいるクラシックファンは、
とても多いのですね。
訃報の記事が新聞の一面に
吉田さんの写真と共に
大きく掲載されていたのを見た時に
吉田さんの存在そのものを表しているような
気がしたのです。
音楽の聴き方は、自由だと思います。
その素晴らしい「音楽」というものを
追い求めているうちに
方向性がズレてきて、清いものが目に余る程に
汚れていって更に、その事に気付きもしない
愚かな人たちを見たり聞いたりするうちに
「何か違うんじゃないの?」
とめっちゃ個人的意見(笑)により、
今回のblogを書かせて頂きました。
今、私のオーディオもシンプル嗜好になりましたよ(*^^*)
2012/6/6(水) 午後 2:44 [ ミキ ]
こんにちは。
音楽は、どんな演奏でもどんな聴き方でも自由です。
ずっと多くの演奏を聴いてきて、どんな演奏でも何か感じるものがあること、オーケストラ作品での指揮者よりオーケストラに耳が傾くようになってきたこと、音楽そのものを素直に楽しめるようになったことなどが、昔から見た私の変化でしょうか。
そんななか、直に演奏を聴くことから10年以上も離れていることが、残念であり寂しいのです。
2012/6/6(水) 午後 3:40 [ 恵 ]
どれだけの名指揮者、一流と言われる
オーケストラの演奏を聴いていても
どれだけ多くの枚数のレコードやCDを
>…コレクターしていたとしても、
人の痛みを感じられなかったり
自分中心の欲ばかりを追い求めて
いる人は、おそらく…
なるほど、ミキさんの実感、わかりますね。ネットの時代、思うがまま、我儘な主張を発信できる時代ですから、そんな文言に引っかかることも多くなりました。
吉田秀和さんのように、一つ一つの言葉を何度も吟味し、丁寧に取り扱っていくことの大切さを思います。学生時代から繰り返し呼んできた30冊以上の吉田秀和の著書を、これからも指針としていきたいと思います。
2012/6/7(木) 午前 8:28 [ yositaka ]
恵さん、初めまして。ご訪問頂きまして
有り難うございます。
恵さんがコメントして下さったように
一流と呼ばれなくとも、
どんな地味なオーケストラであっても(笑)
素晴らしい演奏を聴かせてくれる事だって
あるのではないかと思います。
私が思ったのは、
それに対して何も感じられないと言う、
「感性の欠落している人」に批評して欲しくないなと個人的に感じたのです。
恵さんは、演奏会から離れて久しいのですね。
もし、行く機会があれば、是非、感想などを教えて下さいね(^^)
2012/6/7(木) 午前 9:32 [ ミキ ]
yositakaさん、お久し振りです。
ご訪問、コメント頂きまして有り難うございます。
そうなのです。yositakaさんが
ズバリ!!言い当てて下さいました。
言葉というものの「重さ 」を感じられない人。
レコードを何万枚、持ってるのか知りませんけれど物や人を大切に出来ない人。
そんな人間が、さも、
自分は「音楽を知っている」と
本物の批評家気取りで、ナルシストに
語ってくれるので
ミキの怒り新党!!に(笑)
なってしまうのです。
音楽を好きな事とコレクターは、
ハッキリ言って
別物です。
言葉は、とても大切だと思うのです。
吉田さんの本から私達が
学ぶ事は、とても多いのではないでしょうか。
お忙しいなかコメントを頂きまして
有り難うございます。
また、お時間ありましたら
遊びにいらして下さいね♪
2012/6/7(木) 午前 9:56 [ ミキ ]