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あるところに、足の不自由なお婆さんと、小さな男の子が2人きりで暮らしていました。
お婆さんは、ガラス製の細い花瓶を大切にしていました。
ある日。
お婆さんは男の子に言いました。「この花瓶に挿す花を探してくれるかい?」
男の子は、足の不自由なお婆さんの代わりに、お婆さんが大切にしている花瓶に挿す花を探すため、家を出て西の方角に向かいました。
「どんな花があの花瓶に似合うかなぁ…」と考えながら。
ガラス製の繊細な模様。細くて長い口。…花瓶を思い浮かべながら、男の子は近所の庭先や畑の中、道ばたで風に揺れる花々に目を向けながら歩きました。
でも残念ながら、花瓶のイメージに合う花が見つかりません。
それに…他人の庭先や、畑の中に咲いている花を勝手に摘むのは悪いことだし…
道端に咲いている花は、人や動物に踏まれて無惨な姿になっているし…
男の子は、もう少し歩いてみることにしました。
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その頃。
独り家の中でお婆さんは、花瓶を机の上に置き、物思いに耽っていました。
「ああ、この花瓶は、娘がまだ生きていた頃、カルチャーセンターに通って作り上げたのだったなぁ。私の60歳の誕生日にプレゼントしてくれたっけ…」
目に光る水を拭いながら、お婆さんはいつまでも思い出を追いかけていました。
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山の麓まで歩いてきた男の子は、小さな山小屋を見つけました。
山小屋の庭先には、子ども用の小さなブランコがありました。
「ここに誰か小さな子どもが住んでいるのかなぁ」と男の子は思いました。
そして、山小屋の入り口ドアとブランコの間には、目の覚めるような小さく可愛い白い花が咲いて、風に揺れていました。
男の子はそれを見て、お婆さんが大切にしている花瓶にぴったり似合うような気がしました。
すぐにでも白い花を摘み取りたい思いを抑え、男の子は考えました。
「この山小屋の人に、ちゃんと断ってから花を持って帰らなきゃ。」
ちょうどその時でした。山小屋から、熊のような大男がヌッと現れたので、男の子はビックリしてしまいました。「こんにちは…おじさん…この花をもらって帰ってもいいですか?」
熊のような大男は、なぜか寂しそうな目をして小さな声で呟きました。
「坊やがその花を気に入ったんなら、その花もきっと、坊やのことを気に入ったんだろうな…。よし、わかった。根っこを切らないように気をつけて。用心して持って行きなさい。」
男の声は身に似合わず優しい響きでしたが、哀しそうな声のようにも聞こえたのでした。
ふと見ると、開けっ放しのドアから山小屋の中が丸見えでした。
山小屋の中には、女の子が遊ぶような人形とウサギのぬいぐるみが、木箱の上に大切そうに置かれていました。そして、その木箱は、ちょうど男の子と同じ年ぐらいの子どもが入りそうな大きさの細長い形だったので、男の子は何となく悲しい気持ちになりました。
気がつくと、男の子は自分でも何故だか分からないまま、大男さんにこう言っていたのです。
「この花は、もらわないで帰ります。そのかわり、この花をブランコの見えるこの場所で、いつまでも大事に育ててくださいね。」
男の子が山小屋を後にして家路に向けて歩き始めた時、その山男は無言でした。
男の子はしばらく歩き、一度だけ振り向いた時、山男さんは、あの白い花に水をやるため小さく屈んでいる姿が見えました。…男の子は、なんとなく幸せな気持ちになりました。
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家の暖炉の前で、男の子の帰りを待つお婆さん。
60歳の誕生日の朝に、お婆さんの娘が花瓶をプレゼントしてくれた時のことを思い出していました。
…いつも元気で明るい娘。、お婆さんの自慢の娘。
「これ、初めて私が作った花瓶なの。お母さんにあげるから好きな花を飾ってね。」
手先の不器用な娘が、生まれて初めてくれた、一生懸命な手作りの贈り物。
娘は、少し膨らんだ自分のお腹を指さしながら、「実はもうひとつ…」と、大切な報告をしました。
お婆さんは思わず言葉を失い、娘はお婆さんにニッコリと微笑んだのでした…。
その日以来、お婆さんは、なんだかもったいない気がして、花瓶に花を挿すこともせず大切に机の上に飾っていたのでした。
でも今日は、あの娘の大切な子が、花を選んで運んできてくれる。
そうなんだわ。この大切な花瓶に挿す花を選ぶ人間として、これ以上ふさわしい者はいないでしょう…。
そんなことをぼんやり考えているうちに、玄関からパタパタと元気よく走り込んで来る音が聞こえました。
「おばあちゃん、遅くなってごめんね。」
ペロリと舌を出しながらも、申し訳なさそうに男の子は居間の入り口で佇んでいます。
「ぼくは、この花が一番いいと思うんだよ。」と言って差し出したのは、少しくたびれた赤い花でした。花びらも少し欠けて汚れています。
男の子は、懸命にお婆さんに訴えます。「道端に咲いてたから、ちょっとクタクタになってるけど…この花が絶対良いよ。誰にも迷惑をかけないし…」
男の子の声は、だんだん自信なさそうに消え入りそうです。「…で見つけた花なんだけど。」
「えっ?」
その時、お婆さんはハッとして男の子を眩しそうに見返しました。
「今、なんて言ったの?…どこに咲いていた花だって?」
男の子は、ある交差点の地名を口にしました。そこは車の交通量と事故が多いので、お婆さんからいつも「近づいちゃいけない」と言われていた場所だったので、男の子は後ろめたい気持ちでそぉーっと顔を上げました。
すると…思いがけないことに、お婆さんは目に涙を貯めていました。
そして、なぜだか幸せそうに何度も何度も頷いて、「ありがとう、ありがとう…」と、いつまでも繰り返すのでした。
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