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街が静かな優しさに包まれるクリスマスの夜。
その年はホワイトクリスマスでしたから、家の屋根も、街路樹も、軒先のゴミバケツもすべて一面真っ白です。
翌朝。家から飛び出した男の子と女の子。
「わーい。雪だるまを作って遊ぼうよ!」と男の子が叫ぶと、小さな手で出来る限りの雪をかき集め、玄関ドアの脇に、大きな丸い玉を2つ重ねます。
「ミミ、お風呂場からバケツを持ってきて!」「ミミ、いらなくなった手袋を持ってきて!」男の子が叫ぶと、さらに小さな女の子はパタパタと家の中へ駆け込み、少年に注文された品々を両腕に抱えて戻ってくるのでした。
こうして完成した雪だるまは、頭に載せた帽子は壊れたオモチャのバケツ。足はお父さんの古い長靴。両腕は拾った枯れ木。その先にはミミちゃんの要らなくなった手袋。目と口はミミちゃんの積み木(目は丸型2個、口は長四角1個)。眉毛と鼻は省略です。
冬の間中、雪だるまは幸せでした。
朝と夕方は、ランドセルを背負った兄妹が「行ってきまーす!」「ただいまー!」と声をかけてくれますし、小学校が冬休みの間はずっと2人が橇や羽子板で遊ぶのを見ていたからです。
冬休みが始まると、お兄ちゃんは学校の友達と遊ぶ時間が多くなり、雪だるまは少しさびしくなりましたが、ミミちゃんは何故か学校へ行くことがなくなり、1日中話しかけてくれるので嬉しかったのです。
「雪だるまくんは何を食べるの?」ミミちゃんが雪だるまの口にチョコバーを押しつけて、長四角の積み木で出来た口の周りが真っ黒になっても、やはり雪だるまは幸せでした。
ところがある日。ミミちゃん達の家族は突然、引っ越して行くことになりました。
お父さんとお母さんが荷物をトラックに運び終わり、「さあ、行きますよ。」と声をかけても、ミミちゃんは雪だるまの前でじっと動かず、泣きじゃくっていました。
「ごめんね。病気が良くなったら、また帰ってくるから遊ぼうね。約束だよ。」
「早くしなさい!」とお母さんが大声を出したので、ミミちゃんは仕方なくお父さんの車に乗り込みました。
いよいよ出発する直前、お兄ちゃんが駆け足で雪だるまに近づきました。「空気のきれいなところに引っ越すんだ。ミミの体に良いんだってさ。」
そしてお兄ちゃんは、雪だるまの耳(?)に口を近づけて、内緒話をするようにこう言いました。「ミミはお前とまた一緒に遊ぶんだって言ってる…来年まで溶けずにがんばれよ!」
こう言い残して、ミミちゃんとお兄ちゃん一家は去りました。
春になっても、雪だるまは溶けずにがんばりました。
近所の子どもたちが「なんだこの雪だるま。見ろよ、まだ溶けてないぜ!」と意地悪く冷やかしても、「こんな所にいつまでも邪魔ねぇ…」と隣のおばさんに嫌みを言われても、じっと我慢して溶けないでいることにしました。
夏になっても、雪だるまはまだ溶けずにがんばっていました。
雨に打たれても、野良犬や酔っぱらいのおじさんがオシッコをひっかけても、道ゆく車が泥水をはねても、雪だるまはミミちゃんとの約束を忘れませんでした。
しかし、いよいよ暑さの激しい真夏になってしまいました。
道を歩く人々は、Tシャツに短パン姿。蝉の鳴き声が響き、あまりの暑さに蜃気楼も見えています。
雪だるまは、半分以上どろどろに溶けていました。
バケツは頭からずり落ち、腕代わりの小枝と手袋はどこかへ消えてしまい、積み木の丸と長四角で出来た顔はぐしゃぐしゃになって泣き顔のようです。
蝉時雨のミンミンと鳴く声を、雪だるまは薄れゆく意識の中で聞いていました。
あの元気で優しい男の子が、いつもコホコホと小さな咳をしていた女の子を呼ぶ声。
蝉の声が「ミミ」「ミミ」と呼ぶ声のような気がして、雪だるまは、まるで今、目の前で2人が遊んでいるような気がしたのでした。
雪のかたまりを投げ合って笑っているミミちゃんと、お兄ちゃん。
そんな2人の姿に、雪だるまはニッコリと笑いかけました。
その瞬間…雪だるまはぐしゃりと溶けて、真夏のアスファルトは水浸しになりました。
その後。
何度目かの夏と、何度目かの冬が通り過ぎました。
そして、ある冬の日。あの家の前に、ふらりと学生服姿の少年がやって来ました。
もう他人の家になった玄関の前で足を止め、少年は足下を見つめました。
そこには、もちろんバケツの残骸も、小枝や手袋も、積み木の欠片も、長靴も、もうありません。
雪だるまが約束を破っただなんて責める気持ちも、もちろんありません。
約束を破ったのは僕たちだよ…少年はそう呟きました。「ごめんな。」
少年が去った後、あの雪だるまが立っていた場所が、少しだけキラリと光ったかもしれません。
でも…それも目の錯覚、いや光の加減だったのかもしれません。
いや、それでもいいのです。
雪だるまの体を作っていたバケツ、積み木、小枝、手袋、長靴。そんなものは、ただのモノでしかないのです。それらがバラバラになって今はどこかへ行ってしまっても、それはそれで構わないのです。
あの場所で雪だるまが待っていたということ。そのことはいつまでも生き続けます。
そして、あの場所で2人…いや3人が一緒に遊んだ日々の記憶も。
今日も真っ暗な空から、しんしんと静かな雪が降り注ぎます。
確かに存在した思い出たちを、そっと優しく見守るように…。
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