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お久しぶりの映画評論コーナーです
今更ですが……
「となりのトトロ」です。
この映画は何度も観ているはずなのに…
まさか、涙腺がゆるむなんて
というか…号泣
気をつけて観ていただきたい「意外なシーン」は、冒頭…田舎の引っ越し先へ到着したぱかりの時。
小さな川(溝?)を流れるせせらぎの中に、ジュースの空き瓶が捨ててあるのがチラッと見えます。
この映画が単なる「都会より田舎の方が素晴らしい」「田舎礼賛」のステレオタイプじゃなくて、生活感のある「生きた田舎」(って言葉も変だけど)を感じさせるのが、この一瞬の場面なんです。
もちろん、この「空き瓶」の存在は、都会化や自然破壊を責めているのではなくて、ただ淡々と、そこに「ジュース(コーラだっけ?)の瓶が横たわっている小さな川がある」というだけ…ただ、それだけ。
いやぁ〜、これが良いのですよ〜
ところで、さつきとメイが見た「トトロ」達って、いったい何者なのでしょう?
森の番人? 妖精?
おそらく、こういった想像は全て「正解」なのでしょう。
けれど、また別の、違った角度から見てみると、この素晴らしい物語世界の奥行きが広がる気がするのです。
ヒントは、ちょっとしたシーンに色々と隠されているという気がします。
まず、煤払いの妖精=「真っ黒くろすけ」です。
これは、暗い場所を覗き込んだ時、「こんな生き物がいるかも
自分が見ていない時にだけ、相手が動くというのも、なんだか子供心の想像に「ありそう」な感じだし(笑)。
次に…道端に居座る、大きなカエル。
こういう動物って、空想上の生き物を連想(創作)させるのにピッタリの役回りだと思いませんか?
そういえば、さつきとメイがお父さんを待つ夜のバス停で、大きなカエルがいましたよね。
…勘の良い読者の皆様はもうお気づきでしょう。僕が何を言いたいのか。
そうです。あくまで仮説で、極端な推論なのですが…
トトロも、猫バスも、真っ黒くろすけも…
全部、さつきとメイが作った空想上の「遊び」だという仕掛けです。
だって、そんなヒントがこの映画の中のそこらじゅうに散らばっていますから。
森の不思議な生き物たちと関わるのは、あくまでも「さつきとメイ」だけですし。
でもね…ただ注意しなきゃいけないのは、そんな客観分析的な手法の中で自己満足に陥っちゃいけないと思うのです。
分析も良いけれど、それはそれ。これはこれ。(←どれだよっ
幼い子供の頃の心が生み出す不思議な生き物たち。
姉妹が田舎暮らしの中で紡ぎ出す、二人だけの空想遊び。
そんな素敵な世界を、現実の田舎の風景に見事に調和させて描いた究極のメルヘン…それが、この名作「となりのトトロ」
そんな窓から、あらためてこの映画を観ると…
何故だか、じわじわっと心に染み出す感動の涙が堪えきれなくなるのです。
そして…
なんといっても、この作品を支えている最も大切な要素は、登場人物すべてに通じる「優しさ」だと思うわけです。
田舎の風景だから素晴らしい…とかじゃなくて。
原点は、そこにあると感じるのです。
…とまぁ。
いい歳した大人が号泣した言い訳を長々と書いてしまいましたが。
これで勘弁してください
以上。反省文おわり。
〜おわり〜
(↑トトロ風)
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