☆愛ある世界(ラブ・ワールド)☆

愛なき世界を嘆くより 愛ある世界を夢みていたい…

風曜ロードショー☆

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お久しぶりの映画評論コーナーです
 
 
今更ですが……
 
「となりのトトロ」です。
 
 
 
この映画は何度も観ているはずなのに…
 
まさか、涙腺がゆるむなんて
 
というか…号泣
 
 
 
気をつけて観ていただきたい「意外なシーン」は、冒頭…田舎の引っ越し先へ到着したぱかりの時。
 
小さな川(溝?)を流れるせせらぎの中に、ジュースの空き瓶が捨ててあるのがチラッと見えます。
 
この映画が単なる「都会より田舎の方が素晴らしい」「田舎礼賛」のステレオタイプじゃなくて、生活感のある「生きた田舎」(って言葉も変だけど)を感じさせるのが、この一瞬の場面なんです。
 
もちろん、この「空き瓶」の存在は、都会化や自然破壊を責めているのではなくて、ただ淡々と、そこに「ジュース(コーラだっけ?)の瓶が横たわっている小さな川がある」というだけ…ただ、それだけ。
 
いやぁ〜、これが良いのですよ〜
 
 
 
ところで、さつきとメイが見た「トトロ」達って、いったい何者なのでしょう?
 
森の番人? 妖精?
 
おそらく、こういった想像は全て「正解」なのでしょう。
 
けれど、また別の、違った角度から見てみると、この素晴らしい物語世界の奥行きが広がる気がするのです。
 
ヒントは、ちょっとしたシーンに色々と隠されているという気がします。
 
 
 
まず、煤払いの妖精=「真っ黒くろすけ」です。
 
これは、暗い場所を覗き込んだ時、「こんな生き物がいるかもと、子供心の想像世界に出てきそうなイメージです。
 
自分が見ていない時にだけ、相手が動くというのも、なんだか子供心の想像に「ありそう」な感じだし(笑)。
 
 
 
次に…道端に居座る、大きなカエル
 
こういう動物って、空想上の生き物連想(創作)させるのにピッタリの役回りだと思いませんか?
 
そういえば、さつきとメイがお父さんを待つ夜のバス停で、大きなカエルがいましたよね。
 
 
 
…勘の良い読者の皆様はもうお気づきでしょう。僕が何を言いたいのか。
 
そうです。あくまで仮説で、極端な推論なのですが…
 
トトロも、猫バスも、真っ黒くろすけも…
 
全部、さつきとメイが作った空想上の「遊び」だという仕掛けです。
 
だって、そんなヒントがこの映画の中のそこらじゅうに散らばっていますから。
 
森の不思議な生き物たちと関わるのは、あくまでも「さつきとメイ」だけですし。
 
 
 
でもね…ただ注意しなきゃいけないのは、そんな客観分析的な手法の中で自己満足に陥っちゃいけないと思うのです。
 
分析も良いけれど、それはそれ。これはこれ。(←どれだよっ
 
幼い子供の頃の心が生み出す不思議な生き物たち。
 
姉妹が田舎暮らしの中で紡ぎ出す、二人だけの空想遊び。
 
そんな素敵な世界を、現実の田舎の風景に見事に調和させて描いた究極のメルヘン…それが、この名作「となりのトトロ」
 
そんな窓から、あらためてこの映画を観ると…
 
何故だか、じわじわっと心に染み出す感動の涙が堪えきれなくなるのです。
 
 
 
そして…
 
なんといっても、この作品を支えている最も大切な要素は、登場人物すべてに通じる「優しさ」だと思うわけです。
 
田舎の風景だから素晴らしい…とかじゃなくて。
 
原点は、そこにあると感じるのです。
 
 
 
…とまぁ。
 
いい歳した大人が号泣した言い訳を長々と書いてしまいましたが。
 
これで勘弁してください
 
以上。反省文おわり。
 
 
 
〜おわり〜
(↑トトロ風)


※ネタバレ…あまりありません。(たぶん)


フジテレビお得意の「映画・テレビ」タイアップ作戦。

僕はこの商業的手法が大嫌いなのですが、この作品たちに対しては、初めて「ブラボー☆」と拍手喝采を送ります。文句なしに素晴らしかったです。

いきなり映画版の「誰も守ってくれない」を観てもストーリーは理解できるのですが、登場人物1人1人の造形や物語世界の奥深さを味わうために、テレビ版の「誰も守れない」を先に観ることをオススメします!



TV版…「誰も守れない」

ややハードでリアルな刑事ドラマかな?…と思って見始めたら、良い意味で裏切られるので嬉しくなりました。

木村佳乃が演じる精神科医(カウンセラー)と、佐藤浩市が演じる刑事という職業設定は、

      「他人に耳を傾ける」

という、今この世界で欠けている(渇望されている)ものの体現者なのでした。…ということが物語終盤で分かるんですけど。

他人に耳を傾けるということは、その人の話を聞くということ。それだけではなく、その人の心に近づくということ、あるいは存在を肯定するということなのでしょう。

廃人となりかけた三島刑事(松田龍平)を「こちらの世界」へ戻そうと必死に語りかける勝浦刑事(佐藤浩市)。刑事になった理由を尋ねるながら、こう訴えかけます…「俺はお前の話が聞きたいんだよ!」と。

潔癖だと思っていた父親(山本圭)の過去の犯罪。これに向き合う令子(木村佳乃)もまた、葛藤の末、同じ気持ちを抱くのでしょう。

お互いに第一印象の良くなかった勝浦と令子。勝浦の手の震えの原因となった昔の事件。最初はビジネスライクな関係の二人だが、事件を知ることで令子は勝浦の心に手を届かそうとする。…これもまた、他人の話(存在)に耳(心)を傾けるという行為なのでしょう。



映画版…「誰も守ってくれない」

容疑者家族の保護をテーマにした重い題材なのですが、なるべく多くの人に観てもらいたいと思った素晴らしい作品です。

事件でメチャクチャになった容疑者の家族。しかし、同時に地獄を味わったのは被害者の家族も同じ…この作品は、その真実からも目を背けません。

「踊る大捜査線」のスタッフが作っただけあって、警察捜査のシーンはリアルで圧巻です。さらに今回は、現場報道の生々しさが、これまでにないほど超リアル。

マスコミや近所の人々だけでなく、ネット社会の悪意が、リアリティ溢れて最も怖かった気がしました。思わず「ありそう!」と、背筋が凍りますよ…。(←観てないと分からないかも☆)

かつて通り魔に子供を殺されたペンションのオーナー夫婦(柳葉敏郎、石田ゆり子)。事件を乗り越えようと、強さを身につけようと温かい包容力で勝浦に接するが、抑えきれない感情もまた、真実の一部分…しかし、人はそれを(「乗り越える」と言っては安易すぎるけれど)少しずつ、少しずつ、耐えて、何かを身につけて…そして何かを見つけられるはず…そう願いたいのです。

この映画は、決して安易な慰めやハッピーエンドでは終わりません。やはり現実の厳しさは、厳然としてそこにあります。だから、自分で闘うしかないのです。しかし…

その現実が、当たり前のことが、心を通じ合わせて理解できた時。

胸に深く深く染み込む「強さと優しさ」を分かち与えてくれるような気がするのです。

テーマ音楽の曲が素晴らしい。…どうしようもない世の中だけれど、現実世界はこんなにも厳しく冷酷だけれど…それでも、という何か「祈り」に似た気持ちが込められているような。

美しく切ないメロディーが、この世界に澄み透るように響いていきます。



悲しいだけでなく、そこから先が大切なのだと…うまく言えないのですけれど、多くの人に観てもらいたいと切望する映画でした。

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あの、ポール・ニューマンが亡くなりました。

驚愕のニュースを知ってから、もう数日が経ちました…。

あちこちのブログで、映画ファンのブロガーさん達が追悼記事を書かれていて、読ませていただきました。

僕はまだ心の整理が出来ず…というより、いまだに実感がなく…どう表現すれば良いのか分からずにいます。

ディーン・マーティンが亡くなった時も、あまりの衝撃に、何のリアクションも起こすことができなかった。…あの時に少し似ています。



僕は女優さんには全く興味がないんだけど、男優さんに対しては、かなりこだわりがあります。(変な意味じゃありませんよ!)

自分が理想とする男性像を、彼らの中に見て、目標としていた(している)のかも知れません。

グレゴリー・ペックに影響を受けた時は、四六時中、目を細めていました(笑)…おかげで目が細くなったのでは?!と気にしています。

ユル・ブリンナーを格好いい!と思った時は、本気でスキンヘッドにしようかと思いました(中学生の時)。…やめときましたケド。

チャールトン・ヘストンに憧れた時は、武骨に爽やかに生きようと決めました。

そして…。

僕が理想&手本とする男性の生き方が、まさに…

ディーン・マーティンとポール・ニューマンだったのです。

(共通点は、軽いけれど「軽薄」ではない…というトコロかな?)



その最後の1人が、ついに逝ってしまわれました。

僕の青春が、また1つ終わりを告げました。

…さようなら。ありがとう。ポール・ニューマン。

知的で軽妙なキャラクター。

「明日に向って撃て!」ブッチ・キャシディ役や、「スティング」ゴードフ役が当たり役と言われていますし、僕も大好きですが、僕は「暴力脱獄」で演じたルークのような逆境に立ち向かう反骨のアンチ・ヒーローが似合っているのでは…と思っています☆


昨夜、楽しみにしていた「ディープ・インパクト」を観ました。

ムッキー!!!(怒)

せっかくの良い映画を…

最近のテレビ放映って!

べつに、ノーカット版を高望みしているわけじゃないから、カットされてズタズタなのは覚悟済みなんですよ。

しかし、ねぇ…「あれ」はヒドイ!

コマーシャルの合間、合間に…

これから先の場面を、チラチラと「ハイライトシーンの予告」みたいに出すなんて!

飽きっぽいお茶の間の視聴者をテレビの前につなぎ止めるなんでしょうけど…

そんな下品なテレビ的手法を、映画という「作品」に使わないで欲しいなぁ!

あまりにもひどいよォ…。

映画を観る楽しみを何だと思っているの?!

プンプン!

この番組の担当者、絶対に映画への愛がないヤツだと思う。



そういえば最近、冒頭や終わりに解説をしてくれる映画評論家を見かけないけど…

これもテレビで映画を観る楽しみの1つだったのにねぇ…。

さびしいものです。

映画の知識を増やしたり、映画の見方を教わったり…知的な興奮が楽しめる場だったのに。

それから…

○曜ロードショーの終わりは、少し余韻を残しつつ番組を終わらせて欲しい。

映画の本編が終了した途端、いきなりブチッとCMに入るというんじゃなくてさぁ〜!

…ああ、もう言い出したら止まらないよ。

こんな時代だからこそ、超マトモなテレビ映画番組を企画したら…逆に、すごくウケると思うんだけどなぁ♪


こないだ、ずっと楽しみにしていた映画「THE有頂天ホテル」(監督:三谷幸喜)をテレビで観ました!

観たことなかったので、すご〜く楽しみにしていたのです☆

もちろん、作品はとても面白かったのですが…

1つだけ、極めて残念なことがありました。

それは…テレビ放送する側の姿勢の問題…とも言えますが…

どういうわけか、

      CMが入る前に、余計な解説が挿入される

のです。

これがホントに嫌な感じの「解説」で…

視聴者にチャンネルを変えられないように、浅ましくストーリーを概括して、CM明けにどんなストーリー展開になるかを前触れする…しかも、そのオチャラけた「しゃべり」が、いかにも「テレビ的」だったんですよ〜!



たしかに。

映画作品は、1箇所に(座席に)じっと座って最初から最後まで作品世界を堪能してくれる観客を想定しています。

他方、テレビの世界は、いつチャンネルを変えられるか分からない「気まぐれで軽薄な」視聴者を相手に、どギツイ表現やショッキングな展開で1秒1秒を画面に引きつけなければ「負け」。

では、そもそもテレビで映画を放送するのが間違っているのか?!

いいえ。僕はそうは思いまセブン!

もちろん間にCMは入るけれども、最初から最後までじっくり映画世界に浸ろうという準備は万全です。そして、テレビで映画世界に入り込もうと思っている僕みたいなファンもいるはず☆

あ〜あ! テレビ色に味付けしなくても、映画のままで見続けさせて欲しかったナァ〜。



あまりにも視聴者を低脳扱いしてるので、ついつい憤慨してしまいました…。

興奮してごめんなさいみんじゅつ…ぐぅZzzz

はっ☆ 起きろー!



ついでに。

テレビ業界への不満。

映画を放送する時は…

エンドロールもきっちり全部放映して欲しい!

せっかくの余韻を味わう時間が〜ッ!!(泣)☆

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