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出エジプト記14:15〜31
「乾いた海を渡り・・・」(1) 2011-0703聖書と讃美集会 お勧め 萩原雄介 「そこで、イスラエル人は海の真ん中のかわいた地を、進んで行った。水は彼らのために右と左で壁となった。」出エジプト記14:22
14:15 【主】はモーセに仰せられた。「なぜあなたはわたしに向かって叫ぶのか。イスラエル人に前進するように言え。
14:16 あなたは、あなたの杖を上げ、あなたの手を海の上に差し伸ばし、海を分けて、イスラエル人が海の真ん中のかわいた地を進み行くようにせよ。 14:17 見よ。わたしはエジプト人の心をかたくなにする。彼らがそのあとから入って来ると、わたしはパロとその全軍勢、戦車と騎兵を通して、わたしの栄光を現そう。 14:18 パロとその戦車とその騎兵を通して、わたしが栄光を現すとき、エジプトはわたしが【主】であることを知るのだ。」 14:19 ついでイスラエルの陣営の前を進んでいた神の使いは、移って、彼らのあとを進んだ。それで、雲の柱は彼らの前から移って、彼らのうしろに立ち、 14:20 エジプトの陣営とイスラエルの陣営との間に入った。それは真っ暗な雲であったので、夜を迷い込ませ、一晩中、一方が他方に近づくことはなかった。 14:21 そのとき、モーセが手を海の上に差し伸ばすと、【主】は一晩中強い東風で海を退かせ、海を陸地とされた。それで水は分かれた。 14:22 そこで、イスラエル人は海の真ん中のかわいた地を、進んで行った。水は彼らのために右と左で壁となった。 14:23 エジプト人は追いかけて来て、パロの馬も戦車も騎兵も、みな彼らのあとから海の中に入って行った。 14:24 朝の見張りのころ、【主】は火と雲の柱のうちからエジプトの陣営を見おろし、エジプトの陣営をかき乱された。 14:25 その戦車の車輪をはずして、進むのを困難にされた。それでエジプト人は言った。「イスラエル人の前から逃げよう。【主】が彼らのために、エジプトと戦っておられるのだから。」 14:26 このとき【主】はモーセに仰せられた。「あなたの手を海の上に差し伸べ、水がエジプト人と、その戦車、その騎兵の上に返るようにせよ。」 14:27 モーセが手を海の上に差し伸べたとき、夜明け前に、海がもとの状態に戻った。エジプト人は水が迫って来るので逃げたが、【主】はエジプト人を海の真ん中に投げ込まれた。 14:28 水はもとに戻り、あとを追って海に入ったパロの全軍勢の戦車と騎兵をおおった。残された者はひとりもいなかった。 14:29 イスラエル人は海の真ん中のかわいた地を歩き、水は彼らのために、右と左で壁となったのである。 14:30 こうして、【主】はその日イスラエルをエジプトの手から救われた。イスラエルは海辺に死んでいるエジプト人を見た。 14:31 イスラエルは【主】がエジプトに行われたこの大いなる御力を見たので、民は【主】を恐れ、【主】とそのしもべモーセを信じた。 私たちは、奴隷にされたという経験は、ありません。しかし、昔、イスラエルの人々がエジプトで生活していたとき、イスラエルの人々を良く知らない王が、イスラエル人たちを奴隷として使うようになった時代がありました。それはそれは、苦しくて大変でした。虐待され、人間として扱ってもらえなかったのです。このような奴隷となった人たちは、非常に苦しい生活を余儀なくされました。
そして、指導者モーセに率いられて、ついにエジプトを脱出するのです。
出エジプト記14:21〜25を読んで見ましょう。 14:21 そのとき、モーセが手を海の上に差し伸ばすと、主は一晩中強い東風で海を退かせ、海を陸地とされた。それで水は分かれた。 14:22 そこで、イスラエル人は海の真中のかわいた地を、進んで行った。水は彼らのために右と左で壁となった。 14:23 エジプト人は追いかけて来て、パロの馬も戦車も騎兵も、みな彼らのあとから海の中にはいって行った。 14:24 朝の見張りのころ、主は火と雲の柱のうちからエジプトの陣営を見おろし、エジプトの陣営をかき乱された。 14:25 その戦車の車輪をはずして、進むのを困難にされた。それでエジプト人は言った。「イスラエル人の前から逃げよう。主が彼らのために、エジプトと戦っておられるのだから。」 この奴隷とされた人間も、大変なことです。生きるか死ぬかという闘いだったでしょう。どのような生き方が出来るかという生活改善の余地はないのです。生きているか死んでしまうかという闘いです。役に立つ奴隷か、いないほうが良い奴隷なのかということだと思います。
しかし、もっともっと大変な奴隷が、今もこの世の中にいるのです。それは、「罪の奴隷」です。ローマ人への手紙の6章を見ますと、「罪の奴隷」について記されています。良くない習慣から逃れたい、罪の生活から抜け出したいと、心密かに藻掻いて悩んでいる人たちが意外と多いのです。かつて、クリスチャンになる前の私たちもそうだったでしょう。藻掻いても藻掻いても、駄目なのです。努力して、あのことは、もう止めようと思って頑張ってみても、ついに、誘惑に負けてしまうのです。まさに、アリ地獄に、はまってしまった小さな虫のようです。これを聖書は、罪の奴隷の状態だと述べています。
この罪の奴隷の状態から抜け出すためには、イエス・キリストの十字架を信じて受け入れる以外にありませ
ん。ローマ人への手紙6章23節に、「罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。」と書かれています。罪の奴隷になってしまいますと、「罪から来る報酬は死です」から、自分には、自分の力だけで生きる力がないのです。罪に勝つ力もないのです。
「乾いた海を渡り・・・」(2)へ続く
「そこで、イスラエル人は海の真ん中のかわいた地を、進んで行った。水は彼らのために右と左で壁となった。」出エジプト記14:22
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