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ローマ人への手紙7:14〜25(24節中心)
「罪に悩む惨めな人間」(2)
2011-1009聖日礼拝
説教 萩原雄介
「罪に悩む惨めな人間」(1)より続く
「私は、ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるのでしょうか。」ローマ人への手紙7:24
以上のように、この個所に書かれていることを簡単に分解して見てみました。この全体を、その前からの続き具合から見てみますと、New King James Version には、14節の初めに、“For”(「というのは」)という接続詞が入っています。
Rom 7:14 For we know that the law is spiritual, but I am carnal, sold under sin.「(というのは)私たちは、律法が霊的なものであることを知っています。しかし、私は罪ある人間であり、売られて罪の下にある者です。」
このように見ていきますと、14節以下は、それまでの13節までのところと全く無関係なことが述べられているのではないことが、お分かり頂けると思います。ですから、この個所は、今まで述べてきた律法の効用(用途・効き目・効能)についての続きなのです。
7節のところで、「それでは、どういうことになりますか。律法は罪なのでしょうか。」という問題提起をして、パウロは、「絶対にそんなことはありません。」と応えてから、「ただ、律法によらないでは、私は罪を知ることがなかったでしょう。律法が、『むさぼってはならない』と言わなかったら、私はむさぼりを知らなかったでしょう。」と律法の効用について述べています。
13節を見ますと、
7:13 では、この良いもの(律法)が、私に死をもたらしたのでしょうか。絶対にそんなことはありません。それはむしろ、罪なのです。罪は、この良いもの(律法)で私に死をもたらすことによって、罪として明らかにされ、戒めによって、極度に罪深いものとなりました。
Ⅰコリント人への手紙3:1を見ますと、このようなことが書かれています。
3:1 さて、兄弟たちよ。私は、あなたがたに向かって、御霊に属する人に対するようには話すことができないで、肉に属する人、キリストにある幼子に対するように話しました。
これは、明らかに、クリスチャンに対して使われているのですが、「キリストにある幼子」であり、霊的に充分に成長していないクリスチャンを意味しています。
パウロは、14節以下のところを、既にクリスチャンとしての信仰の歩みをしていたにもかかわらず、自分の心の中に見え隠れしていた時の葛藤を思い起こしながら、自分自身の経験として語っています。
同時に、そもそも人間には、同じように「罪の原理」が働いて、善を行おうとしている自分に挑戦してくるサタンの力を身に感じながら、・・というように、自分自身の過去の経験として語りつつ(そのことを匂わせないように心を用いながらも)、今は、ローマ人への手紙8章で述べている勝利の経験の中に生きていることを述べているのではないでしょうか。
だからこそ、今は、あらゆる罪の誘惑や試みにも、圧倒的な勝利(ローマ人への手紙8:37)をしているために、「罪の原理」が働いて、善を行おうとしている自分に挑戦してくるサタンの力を身に感じたことの過去の経験を、隠し立てしないで語ることが出来ているのではないかと思います。
パウロは、自分が完全な人間ではないことを、良く知っていましたが、今は、敗北の人生を送ってはいないことを、むしろ、キリストにあって勝利していることを語っています。これこそ、18世紀のイギリスの宗教改革者であったジョン・ウェスレーが語っていたことでもあったのです。
ローマ人への手紙8:37
8:37 しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。
パウロは、生まれ変わったクリスチャンである自分自身にも、人間としての様々な弱さを持っているけれども、前向きになって、勝利の主ご自身を、また、この御方イエス・キリストのご人格に似た者となることを目指して、信仰者としての信仰の道を邁進していました。
ピリピ人への手紙3:13〜15には、そのパウロ自身の直向きな信仰の姿勢を見ることができます。
3:13 兄弟たちよ。私は、自分はすでに捕らえたなどと考えてはいません。ただ、この一事に励んでいます。すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、
3:14 キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。
3:15 ですから、成人である者はみな、このような考え方をしましょう。もし、あなたがたがどこかでこれと違った考え方をしているなら、神はそのこともあなたがたに明らかにしてくださいます。
引き続き、礼拝では、ローマ人への手紙7章の16節以下から、少しずつ区切って、主イエスさまよりの語りかけを頂きたいと願っていますが、今日のメッセージのタイトルにありますような「罪に悩む惨めな人間」パウロは、キリストにあって、罪に対しても、圧倒的な勝利の生涯を、最後まで送り続けましたことは、私たちにも、希望と勇気を与えてくれるのではないでしょうか。
お祈りを致しましょう。
「私は、ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるのでしょうか。」ローマ人への手紙7:24
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