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伝道者の書12:1
「若いときにも老いた時にも」(1)
2011-1009聖書と讃美集会
お勧め 萩原雄介
「あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに、また『何の喜びもない。』と言う年月が近づく前に。」 伝道者の書12:1
旧約聖書のレビ記に、次のようなみことばがあります。
「あなたは白髪の老人の前では起立し、老人を敬い、またあなたの神を恐れなければならない。わたしは主である。」 レビ記19:32
電車やバスには、シルバーシートが用意されています。お年寄りの方がおられない場合は、若い人も、そのイスを利用してもよいようですが、お年寄りの方が来られましたら、優先的に譲らなければならない座席だと聞いております。
しかし、そのような座席に若者たちが長い足を広げて投げ出して、ドカーッと座り、その側にお年寄りの人が吊革に掴まって立っているという光景を、時々、見かけないでしょうか。
◆例話◆
ある物語の一場面の様子なのですが、ある家庭の食事の時のことです。老人は震える手に木のスプーンを持って、スープかシチューかを食べています。見ると、ポタポタこぼしているではありませんか。これを見て、その老人の息子が、咎めるのです。「なんて汚いんだ!」すると、老人にとっては孫にあたる男の子が父親に言いました。「お父さんも、おじいさんのようになるんだよ」と。■
老人問題は、誰にとっても他人事ではありません。どんなに若くて元気な人でも、いつかは、老人になるのですから、自分のこととして考えておかなければならないと思います。そして、心身共に豊かな老後のために備えたいと思います。
青年時代にはスポーツや音楽などにエネルギーを燃焼させ、壮年時代には仕事や事業に意欲を燃やします。女性の場合には、ある方は、キャリアウーマンとして仕事に熱中し、ある方は母親として子育てに精力を傾けると思います。
しかし、仕事も、いつかは辞めなければならないときが来ます。ある人は、若いときから会社のために尽くしてきて、過労がもとで病気になったという人がいます。そして、すぐに回復しないために、病床で、職を辞めなければならないことを知らされて、そのためにその病気がもっと悪くなって亡くなられてしまったという方のことを、聞いたことがあります。ほんとうに、お気の毒だと思います。現代の会社のシステムでは、経済的にも、そのような人を最後まで面倒見てもらうことは、難しいのではないかと思います。
また、子どもも就職したり結婚したりして、親元を離れて行くでしょう。その時、生き甲斐を失い、孤独のどん底に陥ってしまう、そのような人が実に多いのではないでしょうか。
老後の楽しみのために日本画を習っていた人がいました。ところが、年をとると手が震えて、細かい部分が、どうしても描けなくなってしまったのです。そのとき、自分の「老い」というものを、しみじみと感じ、趣味も、老後の生き甲斐にはならないということが分かったそうです。
公園に行きますと、ピクニックでもないのに、弁当を一人で食べているお年寄りを見かけることがあるでしょう。ある人は楽しんで、そうしているのでしょうが、そうでない人もいるようです。家族(嫁と姑)の問題も、いろいろと難しい問題があるのではないかと思います。
あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに、また「何の喜びもない。」と言う年月が近づく前に。 伝道者の書12:1
最初にも読みましたが、この聖書の前半のみことばは、後ろから読むと実感がわくのではないかと思います。
わざわいの日が来ないうちに、また「何の喜びもない。」と言う年月が近づく前に、(つまり、)あなたの若い日に、あなたの創造者である神を覚えよ(信じなさい)。
と、このように順序を変えて読むと、分かりやすいと思います。いわゆる「恍惚の人」になる前に、今のお若い時から、目には見えませんが生きておられる神さまを信じることは、とっても大切ではないでしょうか。
【例話】スイスのクリスチャンの精神科医に、ポール・トゥルニエ(1898〜1986)という人がいましたが、彼は、次のように述べています。
「老年期とは、人間が現役で活動している間に時間をとることが出来た時よりも、もっとゆっくり時間をかけて、自分の人生を反省し、何が本当に価値あるものであるかということを発見しようと試みるときなのである。」と。老年期にこそ、人生の最高の価値あるものを、ぜひ見いだしたいと思います。■
さて、お年寄りの方々にも、「社会に適応し易い人」と「社会に適応しにくい人」とがいると言われています。ある人が調べて纏めたものがありますので、紹介させていただきます。それぞれに、いくつかのタイプ(型)がありますので、自分は、将来、どの傾向になりそうかなと考えてみたいと思います。
「社会に適応し易い人」
①成熟型−−これは、円熟したお年寄りです。自分を肯定し、過去を悔やまず、不平を言わずに心から満足している人です。
②悠々自適型−−安楽を楽しみ、他人まかせで、揺り椅子で揺られているようなタイプです。のびのびとした気持で楽しみながら暮らすタイプです。
③装甲型−−軍隊が使っている装甲車のように、鎧甲(よろいかぶと)で自分を防衛し、弱みを隠しながら、いいところを人に見せ続けようとして、老いに対抗している人です。
「社会に適応しにくい人」
①憤慨型−−若いときのように思うようにならないために、気を病み、それを他人のせいにして非難する。そのように老境を素直に受け入れないタイプの人です。
②自己嫌悪型−−いつも悲観的で、自分はだめだ駄目な人間なんだと、くよくよして日を過ごしているタイプの人です。
聖書を見ますと、99歳の時に、神さまに、
「わたしは全能の神である。あなたはわたしの前を歩み、全き者であれ。」(創世記17:1)と言われたアブラハムがいます。
85歳にして、自ら志願して、「山地を下さい」(ヨシュア14:6〜13)と申し出たカレブがいます。このような元気なお年寄りの姿を見ますが、私たちは、どのようなタイプのお年寄りを目指しているでしょうか。
「若いときにも老いた時にも」(2)へ続く
「あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに、また『何の喜びもない。』と言う年月が近づく前に。」 伝道者の書12:1
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