|
伝道者の書12:1
「若いときにも老いた時にも」(2)
2011-1009聖書と讃美集会
お勧め 萩原雄介
「若いときにも老いた時にも」(1)より続く
「あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに、また『何の喜びもない。』と言う年月が近づく前に。」 伝道者の書12:1
「少年老い易く、学なり難し」という 中国の言葉がありますが、若い方々にも、老年期は、たちまち、やって来ます。
【例話】 一人の青年が、ある夜、夢を見ました。夢の中で流れ星がスーッと落ちると、たちまち青年は、白髪の老人になってしまったのです。あわてて、「青年に戻してくれ!」と叫びました。すると、そのとき、ゴーンと除夜の鐘が鳴り、夢から覚めて、ほっとしたということです。何か、浦島太郎の話にも似たような夢でした。■
私たちは誰でも、老齢期に向かって生き甲斐を見いだし、お金を貯え、健康にも充分に心を配っていかなければならないと思います。しかし、死を避けて通るわけには参りません。でも、気落ちしないで生きて行きたいと思います。神さまのところに、やって来るならば解決が与えられます。人が最も恐れる死に対して、光があるのです。
ゼカリヤ書にこんなみことばが記されています。
「これはただ一つの日であって、これは主に知られている。
昼も夜もない。夕暮れ時に、光がある。」 ゼカリヤ書14:7
このみことばは、イエス・キリストが再び地上に来られる再臨にかかわることを指しています。「夕暮れ時に、光がある。」何と、素敵なみことばでしょうか。イエス・キリストは、十字架の死から復活されました。ただ一人、キリストだけが、永遠の扉を開いて下さったのです。ですから、このキリストを信じる者は、永遠のいのちに与ることが出来るのです。それが聖書の約束であり、福音です。
死の問題を解決してこそ、本当の平安をもって生きることが出来るのではないでしょうか。
◆例話◆
ある若い牧師が、臨終の近づいた篤信の年老いた女性を訪ねました。何と言って慰めていいか分からずに、牧師がためらっていると、その年老いた女性は仰いました。
「牧師さん、心配しないで下さい。川の向こう側(死の彼方)も、神さまの世界ですから。」と。まさに、「夕暮れ時に、光がある。」のです。やがてあたりは闇に包まれますが、そのときには星が輝き
出すのです。真っ暗闇であればあるほど、星は明るく、強く輝くことが出来るのです。■
詩篇30:5に、「まことに、御怒りはつかの間、いのちは恩寵のうちにある。夕暮れには涙が宿っても、朝明けには喜びの叫びがある。」と書かれています。私たちの人生のほんとうの意味での朝明けは、イエス・キリストを自分自身の個人的な罪からの救い主として信じ受け入れた時に始まるのです。
現代の多くの人たちは、お金や物や名誉というものに心を奪われているために、光が見えていないのではないかと思います。お金や物、名誉など、この世の物は、やがて闇に消えていきます。そのとき、私たち一人一人に光があるでしょうか。イエス・キリストによって神を信じるとき、まことの光を見いだすことが出来るのです。
イエスはまた彼らに語って言われた。「わたしは、世の光です。わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、いのちの光を持つのです。」ヨハネの福音書8:12
詩篇71:5で、詩人は、「神なる主よ。あなたは、私の若いころからの私の望み、私の信頼の的です。」と告白しています。
同じ詩篇の71:9では、「年老いた時も、私を見放さないでください。私の力の衰え果てたとき、私を見捨てないでください。」と祈っています。
今日の聖書の御言であります伝道者の書12:1を心に留めて締め括りたいと思います。
あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに、また「何の喜びもない。」と言う年月が近づく前に。 伝道者の書12:1
お祈りをいたしましょう。
「あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに、また『何の喜びもない。』と言う年月が近づく前に。」 伝道者の書12:1
|
全体表示
[ リスト ]








