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萩原雄介牧師・自己紹介(救いの証し・信仰の体験談)
「正しい人のためにでも死ぬ人はほとんどありません。情け深い人のためには、進んで死ぬ人があるいはいるでしょう。しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。」ローマ人への手紙5章7〜8節
自己中心の罪深い自分に気づく
1991年3月に、金沢教会に任命され赴任して以来、奉仕が許されている萩原雄介(はぎわら ゆうすけ)です。それまでは、横浜にあるイムマヌエル聖宣神学院を卒業後、滋賀県の彦根教会で、17年間奉仕してきました。2008年現在、金沢での奉仕は、18年目です。金沢に来て、とっても喜んでいます。海あり山あり、海水浴場あり、そしてスキー場、キャンプ場があります。ですから、車で30分ほど走りますと、それぞれの季節に、さまざまな自然を楽しむことが出来ます。
それに、食べ物が豊富です。海の幸あり、山の幸あり。特に海の幸が大好きですから、季節ごとに楽しんでいます。金沢に、是非、来ていただきたいと思います。
私は、小学校5年生の時、担任の先生が全員に「大きくなったら何になりたいですか」というアンケートをとりました。そのとき、私は、一枚の紙切れに、すかさず「科学者」と書いたのを覚えています。そのことをずーっと心に温めながら大きくなりました。「大きくなったら科学者になるんだ。」と、心は燃えていました。
とうとう、大学では、物理学を専攻しました。しかし、大学四年生の頃から、自分が、友人に対して言うことや行なうことが、あまりにも自己中心的であることに、薄々と気づき始めたのです。罪深い自分を発見したのです。そして苦しみました。授業が終わると、毎日のように本屋に行っては、人生に関する本を買いあさっていたのです。
人間(自分自身)の弱さに気づく
大学院に入学を許されて原子物理学を専攻し、これから天体物理学の方面を究めたいと思うようになってきました。赤外線による天体の観測を少しずつ始めました。初めは、ロケットによる観測の下準備として、赤外線による観測器をバルーンに載せて、福島県の原町の東大大気球実験場から上空20−30キロメートルに打ち上げ、ゾンデによって、観測データを地上で受信します。後に、それを解析するのです。その後、地上に落下するバルーンに搭載した観測器を回収しようと、ゾンデから発信される電波を追って、落下位置を特定して、教授と一緒に車で回収に出かけるのですが、回収できたのは、ごく僅かです。あとは、落下地点の地元の人たちからの善意の連絡待ちということになるわけです。
それがひとまず完了しますと、教授と一緒に、ロケット搭載用の赤外線天体観測器を作製して、鹿児島県の内之浦海岸近くにある東大航空宇宙研究所のロケット実験場から上空、90〜100キロメートルに打ち上げられる、カッパー9M型という直径が50−60センチぐらいの観測用ロケットに搭載して、天体を観測するのです。鹿児島まで夜行列車に乗って、円盤状の分厚いアルミ板に固定してあるロケット搭載用観測器を、面白いことに風呂敷に包んで、教授と一緒に実験場に持っていったのです。将来、赤外線をたくさん放射する星を観測するための下準備でした。その手始めとして、大気圏のオゾン層から出てくる赤外線を観測し始めたのです。そのデータを解析して、その仕組みを調べようということでした。
しかし、その観測器を作製する段階で、S(シグナル)/N(ノイズ)比を改善して、ベストのデータを得ようと努力しましたが、たったそれだけのことが、なかなか難しいのです。電気的なシールドをして、シグナルに対してノイズの割合を下げようとするのですが、観測器や周辺の温度によっても大分違ってきてしまいます。赤外線感知器(半導体ディテクター)は、やはり微妙な温度にも大きく反応するからです。何か、やっとの思いでS/N比を改善できたかに思えても不安定な要素が沢山ありました。時間切れで、不安な気持ちをぬぐいきれないまま、観測器を持って鹿児島に行ったことを、今でも良く覚えています。人間の力の限界、弱さというものに、初めて気づいたのです。
求道が始まった
心の中が、悶々としていたそのようなとき、ある日の昼休みに、別の研究室で働いていた友人(ソニー初代社長の長男である井深 亮氏のご夫人・絲子氏)が、何か小さな本をしきりに読んでいたのです。「それなんですか。」と聞いたところが、「日本語と英語の対訳聖書です。」という返事でした。良く聞いてみると、お茶の水のJR駅近くの「お茶の水クリスチャン・センター」で、英会話を習っているうちにクリスチャンになったというのです。その場所を教えて貰い、一ヶ月ほど後になって、そこに通い始めたのです。毎週日曜日の午後3時半から、初心者向けのチャペルがありました。そこでは、当時のチャプレンである後藤牧人先生が、毎週、聖書からのメッセージを語って下さっていました。その集会に、1968年(昭和43年)の9月の最初の日曜日から通うようになったのです。
罪赦されて神の子どもとして頂く
(クリスチャンとしての踏みだしを始める)
そこで、毎週、語られる聖書からのメッセージは、私の心の中の醜さをそのまま映し出しているように思いました。メッセージを聴くたびに、「ほんとうにそうだ。私の心の中の罪深さは、その聖書のメッセージそのままなのだ。」ということが次第に分かってきました。その年の10月27日(日)の午後3時半からのチャペルが終わって、夕方の5時過ぎだったと思います。後藤牧人先生から「ちょっと残っていきませんか。」と声をかけられました。そのとき、後藤先生は、何カ所かの聖書を開いて下さり、人間の心には罪があること、その罪の身代わりとなってイエス・キリストが十字架にかかって死んで下さったということ、神の前に犯した罪を悔い改めて、お詫びし、イエスさまを私の救い主・キリストとして個人的に受け入れて、これからは、自分中心の生き方を捨てるならば、神さまを中心とした新しい生活を始めることが出来るのですとお話しして下さいました。
人間の心に潜む罪について、後藤先生は、
マルコの福音書7:20〜23を開いて下さり、私の心にも罪があるでしょうと指摘をして下さいました。
7:20 また(イエスは)言われた。「人から出るもの、これが人を汚すのです。
7:21 内側から、すなわち、人の心から出て来るものは、悪い考え、不品行、盗み、殺人、
7:22 姦淫、貪欲、よこしま、欺き、好色、ねたみ、そしり、高ぶり、愚かさであり、
7:23 これらの悪はみな、内側から出て、人を汚すのです。」
さらに、後藤牧人先生は、私自身、お祈りをして、お祈りの中で、天におられる神さまに、思い出す罪を悔い改めて、お赦しを頂き、神の子どもとして頂きませんかと促して下さいました。私は、それまで、心の中で祈ったことも、声を出して祈ったこともありませんでした。戸惑いましたが、舌が回らない、たどたどしい言葉でしたが、自分の言葉で、生まれて初めて神さまにお祈りをしました。
お祈りの中で、自分の思い出す罪を神さまに言い表し、イエス・キリストが私の罪の身代わりとなって死んで下さったことを感謝し、イエス・キリストの十字架に免じて、私の自己中心の罪、そこから派生してきた罪をお赦し下さいと祈ったのです。お祈りが終わって、アーメン(「真実」「本当です」「その通りです」の意)と締めくくるやいなや、後藤先生は、ニコッと笑いながら立ち上がって握手を求めてこられました。このときが私の魂の誕生日だったのです。罪が赦され、イエス・キリストの永遠のいのちを頂いて、神の子どもとされた日、新生の日、生まれ変わることが許された日、クリスチャンとしての踏み出しをした日でした。
そのとき、後藤牧人先生から、罪からの救いの約束のみことばとして頂いた聖書の個所は、
ローマ人への手紙5章7−8節の「正しい人のためにでも死ぬ人はほとんどありません。情け深い人のためには、進んで死ぬ人があるいはいるでしょう。しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。」というみことばと、 ローマ人への手紙6章23節の「罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。」というみことばです。それ以来、このみことばを信じ、このみことばを人生の土台として生きてきました。
その時から、教会生活が始まりました。下宿先の東京・西池袋から、歩いて15分ぐらいのところにあるインマヌエル板橋教会(板橋区中丸町)に通うようになりました。教会生活を続けていくうちに、聖書からの光に照らされる思いで、下宿先の押入にあった、あまり良くないと思われる一冊の本を、近くの二股交番の前にある「子どもには見せない、売らない、貸さない」という、《三ない運動》の処分用ボックスがありましたので、そこまで、深夜に捨てに行きました。お巡りさんが新聞を読んでいて、何かこちらを見ているような気がして、何回か、その前を行ったり来たりして迷いましたが、勇気を頂いて、思い切って捨ててきたのを、つい、先ほどのように思い出しています。それから半年後の1969年5月25日に、信仰の告白の意味を込めて、洗礼の恵みに与りました。
その後、伝道者・牧師となるようにとの召命を頂き、大学院生活3年目(博士課程1年目)の途中で退学をし、横浜にある私たちの教団の聖宣神学院で3年間学んで卒業後、彦根教会で17年間、金沢で16年目の奉仕が許されています。どうぞ、教会にいらして下さい。信仰の道を共に歩みましょう。
萩原雄介
「正しい人のためにでも死ぬ人はほとんどありません。情け深い人のためには、進んで死ぬ人があるいはいるでしょう。しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。」ローマ人への手紙5章7〜8節
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