エンターテイメント

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

 アメリカのメールフレンド、ジムの強い薦めで観、それまで偏見を抱いていた怪獣映画を見直すきっかけとなった、我が映画鑑賞史の上で記念碑的な位置をしめる本作。
 ツタヤのネットレンタルに予約して、待たされること一年。やっと観ることが出来た。


 1999年。「人を食う」悪玉怪獣ギャオスが、世界各地で発生。被害が多発。
 その一方で、四年前、ギャオスとガメラの闘いの巻き添えで両親を失った比良坂綾奈と弟は、奈良の南明日香村に住む親戚に引き取られていた。綾奈の心は両親と愛猫のイリスを奪うもととなったガメラへの憎悪に満ちている。
 そんな綾奈と弟をよそものとしていじめる同級生の女子三人組。ある日、洞窟に綾奈を誘い込み、動かしてはならぬとされる柳星張の石(実際は卵)を取ってくるよう、命じる。
「言う通りにしたら、私と弟をもうよそもの扱いしないよね?」
 綾奈は従う。
 週末。東京をギャオスが襲撃。退治せんと追って来たガメラとの間で激闘が繰り広げられ、ギャオスは撃滅。しかし、まさにその時、綾奈が見つけた卵からある生物が誕生したのだ。
 生物に亡き愛猫の名をとってイリスと名付けた綾奈は、密かにその生物を育てはじめる……両親と愛猫の敵を彼(?)がとってくれることを願って。彼がギャオスの変異体であるとも知らずに。


 これは大人向けの怪獣映画だ。ガメラと言えば「正義の味方」であり「お子様愛用」のイメージが強いのだが、この作に限れば、子どもには難しいストーリーだし、エロチシズムを感じる描写もある(成長したイリスに、綾奈が制服のボタンを外し、胸をはだけて「イリス、あついよ」とささやきながら抱きしめられる場面。イリスとしては、綾奈と融合し、パワーアップをはかりたかっただけ)。
 また、古の都、京都で、死闘の末にイリスを倒し、綾奈を救い出したガメラが、緑色の血をしたたらせ、満身創痍の身体で叫びながら尚、人類の敵ギャオスを倒さんと、彼方に向かって敢然と飛び去る姿には、何とも形容しがたい男気を感じる。
 ガメラは、ほんま、男の中の男なんや。
 ルックスはともかく、あの雄々しい後ろ姿には、ホレボレした。

 本作は、かつての私同様、怪獣映画にややもすれば眉をひそめがちな女性の方にこそ観てもらいたいと、切に願う。

 本国アメリカでは「ブリジット・ジョーンズの日記」以上のヒットを記録した、
「幸せになるための27のドレス」。
 久々に平均点以上のラブコメディに巡り会い、満足度は100%。

 子どもの頃、従姉妹の結婚式の華やかさに感銘を受けて以来、
「いつかは自分もあのような美しい花嫁になりたい」
と願いつつも、現実にはブライダル会社の仕事で花嫁の付き添い役をするばか
りのジェーン。
 それでも、仕事はやり甲斐があるし、上司のジョージは自分の好みのタイプ。
 そこへ、自分とは正反対の奔放なキャラを持つ妹のテスがあらわれ、天真爛
漫な魅力でジョージのハートをたちまち射止めてしまう。
 ジェーンは、内心では揺れながらも、生来の慎み深さと責任感の強さから、
妹の結婚式を仕切ることに。
 そんなジェーンの前で、父親は
「お前のお母さんが着たんだよ」
 と、妹に、亡き母が結婚式でまとったウェディグドレスを差し出す。
「あれは私が先に着るはずだったのよ」
 さすがに悲しさを抑え切れなくなったジェーンは、結婚式をテーマに辛辣な
記事を書き続けるがゆえに敬遠してきた、地元の新聞社のライター、ケビンを
電話で呼び出し、胸のうちをぶつける……。

 自分よりまず他人のことを考えるジェーンは、大作「風と共に去りぬ」で例
えたなら、メラニーのような女性? 日本には、割といるのではなかろうか?
 ただ、「他人を押しのけてでも」という風潮が一般的なアメリカでは、キャ
リアを積む上でも、また意中の人をゲットする上でも、間違いなく不利な性格
だ。
 それだけに、その控えめな優しさを陰ながら愛する人はいるわけで、それが
今回の大ヒットにつながったと思う。
「もっと自分に自信を持って、外に向け、あなたの魅力をアピールしなさいよ。
あなたの優しさ、寛容さ、穏やかさが大好きな人はたくさんいるのだから」
 との応援メッセージと共に。

 ラブ・コメディの魅力の一つは、題材が身近なぶん、他のジャンルの映画より、登場人物をずっと等身大に感じることが出来る点。
 この映画でも、ジェーン、テス、ジョージ、ケビンは、私であり、あなたで
あり、隣の彼であり、彼女ではなかろうか。
 そうなのだ。
 本来は、誰しも、複数のキャラを内包している。
 様々な理由で、そのうちの一つが際立って表にあらわれ、それでその人とな
りを周囲に決定づける。

 また、ファッションや街の風景など、画面に彩りを添える「脇役」(そう、脇
役。小物ではない)も見物。

 原題 27 DRESSES
 製作 アメリカ(2007年)
 監督 アン・フレッチャー
 出演 キャサリン・ハイグル、ジェームス・マーズデン他

ゴジラの逆襲

 女性でゴジラファンは珍しいと言う。
 私も以前は大嫌いだった。
 まずは、あのルックス。
 トカゲだか恐竜だか知らないけれど、全身ゴツゴツしていて、背中にヒレまで
つけて、グロテスクそのもの。
 ゴジラ以外の怪獣や自衛隊や警官とのバトルシーンも眉をひそめた。
 何よりゴジラが一足歩き、尻尾を一振りするたびに、建物が破壊され、道路が
踏みつぶされ、町のそこかしこで火の手があがる。
 それがいやだった。

 それが変わったのは、ネットで知り合ったシアトル在住のジムとメール交換す
るようになってからである。
 ジャズメンの彼。バンド仲間の日本人男性からゴジラやガメラの存在を教えら
れ、アメリカで公開されたそれらの映画(英語吹き替え版)を観、ますます興味を
抱くようになった。
 私へのメールにも、毎回毎回
「ゴジラやガメラは日本の文化。あなたはそれを誇りに感じないといけない」
 などと書いてくる。
 そんなに素晴らしいのだろうかと、まずはガメラが大活躍する「イリスの覚醒」
を観に行った。もう十年ほど前のことだ(確か。正確な年代は覚えていない)。
 この映画で、私のそれまでの怪獣映画に対する認識は完全に変わった。

 さて、今回観た「ゴジラの逆襲」は、前年の昭和29年に大ヒットした「ゴジラ」
の続編。ゴジラシリーズの二作目に当たる。
 前回、天才科学者、芹沢博士が発明した秘密兵器オキシジェンデストロイヤー
により、海の泡と消えたはずのゴジラ。
 どっこい、ゴジラは一匹だけではなかったのだ。
 
 今回、ゴジラは大阪に上陸。見た目の醜悪さと凶暴性ではゴジラを上回る怪獣
アンギラスまでもやってきて、大阪城を背景に死闘をくりひろげる。
 宿敵アンギラスをしとめ、城の堀に叩き込むゴジラ。
 しかし、このバトルのおかげで、歴史ある大阪城はバラバラになり、大阪市街
は廃墟と化す。
 ゴジラは海へ去り、北へ向かう。
 北海道沖の千島列島群の一つに上陸。
 冬山の中、ゴジラと自衛隊空軍との闘いが始まる……。

 この「ゴジラの逆襲」。大傑作だった一作目と、これまた話題性の上でもファ
ンを沸かせた三作目にはさまれ、低く評価されている。
 確かにテンポが少しゆるい気がする。
 とは言え、わずか三ヶ月で製作されたことを考えれば、娯楽映画として及第点
はとれていると思う。

 昭和三十年の大阪の町の様子が、ミニチュアながら見られるのも、嬉しい限り。
 大阪市営地下鉄は、当時から走っていたんだね。


 1955年製作 日本
 監督 小田基義、円谷英二
 出演 小泉博、若山セツ子、他
 

 
 

傷だらけの挽歌

 三十数年前だったか。行きつけの古本屋で偶然に手にした「ミス・ブランデッシの蘭」。これが、イギリスのハードボイルド作家ジェイムス・ハドリー・チェイスのデビュー作で、当時の世間に大衝撃を与えた問題作であったことは、本編を一気に読み終えた後、翻訳者の解説文で知った。
 面白い小説だった。
 最後の一行を目におさめ終えたた時の感動は、今もまざまざと覚えている。
 全編を貫く、うねるようなリズム。そのノリの良さの前にあっては、どぎつい暴力描写も、素人がわずか六週間を費やしただけで仕上げた小説技法上の欠点も、気にならなかった。
 
 「傷だらけの挽歌」は、この「ミス・ブランデッシの蘭」の映画化。
 強引に言い切ってしまえば、原作以上の出来映え。最初から最後までポンポンポンと速いテンポでストーリーが進行する反面、映画の舞台である1930年代のアメリカの風俗描写にディティールまでこだ
わり、登場人物の表情や心理もじっくりとあらわされていて、動と静のメリハリ感が観るものをあきさせない。グイグイと引っぱっていく。
 エンターテイメントという観点で、間違いなくこれは「埋もれた傑作」である。

 時は世界不況の最中、1930年代。牛肉王と言われる、アメリカはカンサスの大富豪ブランデッシの
娘を誘拐したチンピラトリオ。それをいち早く耳にしたギャング集団のグリソム一家は、三人を殺し、娘を奪って、身代金をものにする。
 ここでハプニングがおこる。
 ギャングを仕切るゴッドマザーの息子、スリムが娘に一目惚れしてしまい、物語は思いがけない方向に進んで行く……。

 原作同様、映画もドンドンパチパチ。いくら個人の銃所持が認められていて相手がギャングだからと言っても、アメリカの警官は手荒過ぎると思うくらい。
 だからこそ、残虐非道でありながら母親には頼り切るマザコンギャング、スリムと彼が一方的に恋したブランデッシ嬢との哀しい関係が、いっそう浮き彫りにされる。

 ラストは哀しい。
 特にブラッデッシの娘に対する態度ときたら!
 もっとも、あれが「世間」なのだろうか。

 原題 The Grissom Gang 1971年製作・アメリカ 
 監督 ロバート・アルドリッチ 
 出演 スコット・ウィルソン、キム・ダービー、トニー・ムサンテ他
 

獄門島

 「たたりじゃー」
 のセリフと共に、松本清張を元祖とする社会派推理小説に押されて「古くさい」
と文壇から忘れ去られつつあった横溝正史が再び脚光を浴びたのは、私が大学生の頃であったか。
 これは、正直、映画の影響、狭義的には、一連の横溝作品を映像化した監督、市村崑の存在が大きいと思う。
 脚本化の巧みさもさることながら、背景が素晴らしい。
 その美しさは、横溝ワールド特有のおどろおどろしさを、良い意味で緩和する役目も果たしている。

 その映像における横溝ワールドの最高傑作の名も高いのが、これ。「獄門島」。
 個人的に、横溝正史の作品は、推理小説的には「本陣殺人事件」が真骨頂だと、
勝手に思っている。
 では、映像化された横溝ものもそうかと言うと、決してそんなことはない。
 ここいらあたりが、原作と映画の面白い力関係。

 さて、獄門島の話題に集中しよう。
 時は、敗戦後の混乱も慌ただしい昭和21年。病気の友人に代わり、兵隊たちの
引き揚げ船内で
「俺が生きて帰らねば三人の妹たちが殺される」
 という、恐ろしい言葉を残して亡くなった鬼頭千万太の最後の書き置きを鬼頭
の身内に届けるため、彼の故郷である獄門島を金田一耕助が訪れるところから、
物語はスタートする。
 金田一が島に到着してほどなく、謎の連続殺人。
 よそ者を寄せ付けぬ閉鎖性、本家と分家の対立、因習から抜け出せない島人た
ちの無知と愚かなまでの純朴……。ここでも、横溝ワールドならではのパーツが
機密に絡み合い、最後まで観客を引っぱっていく。

 前半は、注意して観ないと、多過ぎる登場人物ゆえ、その関連がわからなくな
りる。
 そこさえクリアすれば、後はベテランの司葉子や大原麗子など、芸達者な面々
の迫真の演技で、あきることがない。
 トリック的には、少し首をかしげる箇所もあるし、正直
「時代が時代であっても、どうしてあんな理由で人を殺すの?」
 と感じてしまうが、そこは、まあ、小説だし映画だと言うことで。

 小説にしろ、映画にしろ、しょせんはツクリモノの世界だ。
 それでいい。
 ツクリモノだからこそ、希望を与え、夢をみさせてくれる。

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事