うちのお寺

目指せ、地域密着のお寺!

全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

イメージ 1

現在、糸魚川の早川地区では毎年恒例の藤祭りが開催してます。

町の通り道には鉢植えの藤がズラリ!
見応え満点です

近くの月不見(つきみず)の池では茶店や販売店もでてます。

うちの寺も便乗して藤棚を作ってみました。
今年は中々見応えがありそうです。

どうぞ一度は見てやって下さい!

花壇 1年生

イメージ 1 イメージ 2 イメージ 3 イメージ 4

イメージ 4

昨年、少しやり始めたら以外に面白い!

今年は、本腰入れて張り切ってます

とは言え「1年生」
手の掛からない花を選んでます(笑)

この写真は植えた当時です
現在は・・・、後日と言う事で・・・汗

藤は数年前から棚を組んでやってますが
今年はやっと少し見られるようになりました

近くにお越しの際には、是非とも立ち寄って下さい!

開く トラックバック(13)

津軽民謡のCD完成



津軽民謡のCDが完成しました。

って、私のではなく、父:工藤兼一の民謡集「津軽節」です(*‘ー‘*)☆★

青森県民謡王座を獲得してから、はや23年。。。

念願のCDですっ☆★
※演歌を先に出したので、尚更遅れましたww

家族全員が何かしら手伝いをし完成にこぎつけました。

ちなみに私は・・・歌詞カードの挿絵担当。

にしても・・・
父の唄声は本当にすごい!
肺活量といい、唄の味・色気といい、、、
まだまだ父には追いつけません〜〜〜ww
津軽民謡を歌わせたら、世界一だと思っています(*^ー^*)☆


CDは手売り専門で大変だけど、
これからも応援していきます(>0<)ノ♪

どこかで歌声を聴くことがありましたら、
ご声援をどうぞ宜しくお願い致しますm(__)m!!



唄:工藤兼一


津軽三味線:Endo’s<遠藤昌宏・遠藤英莉那> 福井真希子
太鼓:渡邊 由香
笛:鳴海昭仁

Produced by:福井真希子

Director:鳴海昭仁

Coodinator:武井浩一

Promoter:鳴海昭仁/武井浩一(JMP Office)
Recording Studio:JMP Art Studio

Recording,Mixing & Mastering Engineer:松下英樹
Mixing & Mastering Studio:STUDIO 202

Art Direction:今千里♪

Photographer:白狼http://amiz.jp/?m=pc&a=page_fh_diary&target_c_dia...

Illustration:清水三希子

Layout Design:松下英樹

転載元転載元: めざせ!地球にやさしいエコライフ♡

開く トラックバック(1)

仏教用語 『呵責』

呵責(かしゃく)

 「良心の呵責にたえかねて」などと使われるように、呵責は、きびしく責めさいなむことを意味する日常用語として知られています。
 この呵責は仏教語で、仏典にもよく出てきます。修行僧の守るべき規律を記している律蔵の中に、修行僧がそれを破ったときの治罰する方法の1つとして、衆僧の面前で呵責をすることが挙げられています。つまり、お釈迦さまは、その僧を責め叱(しか)りつけ、非難されるのです。

 その意味では、現在使われている呵責の意味と同じだったといえますね。

 お釈迦さまは、おだやかで優しい人だったと伝えられています。しかし、叱るべきときには、きちんと厳しく叱りつけられたのでした。

 最近、少年少女の非行がよく問題にされていますが、このようなお釈迦さまの態度を参考にされてはいかがですか。

1991年6月3日午後4時頃、噴火活動中の長崎県島原の普賢岳で大規模な火砕流
が発生。死者43名という、日本の火山災害史に残る悲劇となりました。

亡くなったのは、警察官・消防団員・地元住民・火山研究者のほか、報道関
係者14名、それに同行していたタクシー運転手4名、前日行われた選挙のポス
ターの撤去作業をしていた人2名も含まれていました。

普賢岳は200年前の1792年にも大噴火を起こしており、その時は眉山が崩壊し
て地元住民が大量に生き埋めになった上に、その土砂が海に流れ込んで津波
のようになり対岸の天草まで大きな被害が出ています。この時の死者は15000
名と言われています。【島原大変・肥後迷惑】

火砕流というのは、火山から噴出された火山ガスや土砂が高速に山を駆け下
りる現象で、その速度は時速100kmを越すこともあります。この島原の火砕流
でも亡くなった報道関係者が最後の交信で「もう逃げ切れない!」という悲痛
な叫び声をあげています。

火砕流の被害として歴史上有名なのは1902年のモンブレー火山(マルチニー
ク島,西インド諸島)の噴火で、この時の火砕流の死者は29,000名にものぼっ
ています。日本でも、島原大変の数年前、浅間山の火砕流で1500名の死者を
出したことがあります。

とにかく、ものすごい高速で高温ガスがやってくるので、逃げ切れない。
それが火砕流の怖さです。

今回の普賢岳の噴火は、1990年11月17日に始まりました。活動は1994年春ま
で続き、1995年4月に活動休止の統一見解が発表されています。この間に何度
も火砕流や土石流が発生し、多くの被害が出ました。

当時の島原市長は鐘ヶ江管一さん。地元の旅館を経営していましたが、この
災害が起きる少し前に、市政に専念したいといって、その旅館を閉めていま
した。それが幸いだったとご本人は語っておられました。こんなことが起き
たのでは、旅館の経営などと兼業は不可能だったと。

長いヒゲで防災服姿で飛び回る鐘ケ江氏の姿はTVにより全国に島原のシン
ボルとして映し出されました。そのヒゲは災害がおさまるまで切らないこと
を誓って伸ばしていたものです。そのヒゲは市長を引退し、新市長にバトン
タッチしたあとの1992年12月18日、島原市内のお寺で剃髭式をあげて剃りま
した。噴火対策に走り回った2年間の完全燃焼でした。

開く トラックバック(1)


.
えーき
えーき
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

ブログバナー

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!
ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事