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お日待ちとは・・・
毎年一月十日早朝に祈祷を行い、各家家内安全・五穀豊穣・交通安全を祈念します。昔は前日から集まり、夜通し寝ずに酒を飲んだり話をしたりして時を過ごし、日の出の時間に合わせてお経をあげていたそうです。 「立春大吉」この文字の面白さは、縦書きすると左右対称になり、表から読んでも裏から読んでも同じになるということです。そのために昔の人は「鬼が立春大吉の札の貼ってある家の門を入って、ふと後ろを振り返ると、その札は裏から読んでも表から読んでも同じように立春大吉と書いてあるので、鬼はまだここには入っていなかったと思ってしまい、門から出て行ってしまう。」とこんな粋なことを考えたそうです。 「家内安全」「立春大吉」「鎮防火燭」札・・・三体で一セット 500円
「交通安全」お守り・・・一体 500円
遠方の方は郵送致しますので、別途送料500円必要となります
電話025−555−3361
FAX025−555−3640
※FAXの方は、住所・電話と「家内安全」札○セット・「交通安全」○体 合計○○○円と書いて下さい。
一月十日過ぎでも祈祷致しますので、必要の方はお申込み下さい。
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お寺さん
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二十一世の修行は如何に
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前回に続き二度目の風邪をひいてしまいました。 自分は若い♪なんて無理をするとすぐ 歳にはかてないな〜〜〜なんてつくづく思う今日この頃・・・ 風邪をひく前日はお寺で「上座講法要」がありました。 お釈迦さまが悟りを開かれ、 その後乳粥を食べて体力を回復した。事に繋がる 法要(だったかな・・?)で、うちでは昔からあずき粥を食べる風習が 残っています。 四女も久々に庵主様(尼僧)の隣でお経。 ちょっと緊張気味で参加です。^−^; 悟りを開かれる前に坐禅をしていたことに習い、 おばあちゃん達も椅子坐禅をしてもらい約5分間静かに目を閉じていまし た。 本来なら坐っての坐禅ですが、 おばあちゃん達も年々膝や足の悪い人が増えて 正座がつらいものに・・・今年から全て椅子にしました。 法要も終わって私の手作り「あずき粥」をふるまい、 今までの感謝とこれからの健康を願いつつ解散になりました。 とはいえ、今回の法要での四女のお経は・・・・ ちょっと、しどろもどろ〜〜〜 けれど、頑張ったと合格点をお父さんに戴いて 次に待ち構えるイベント「クリスマス」に せっせとポイントをためるのでありました
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季節の変わり目の『彼岸会』(九月二十日〜二十六日) 彼岸とは、悟りの世界(涅槃界)をさし、 梵語のパーラミター(波羅蜜多)の音写である到彼岸の意味で、 つまり迷いの世界(此岸=現世)から彼岸にわたるということです。 「暑さ寒さも彼岸まで」のとおり、 昼と夜の時間が同じになって過ごしやすくなります。 ご先祖様に感謝の心でお寺やお墓にお参りしますが、 これは季節の変わり目に生活の区切りをつける意味をふくめて、 古くから土着の信仰と結びついて、 日本人の年中行事となってきました。 彼岸会は、インドや中国には日本独特の行事です。 起源は聖徳太子の頃ともいわれ、 江戸時代より民衆的な広がりをみせました。 本来はお寺や墓参りだけではなく、 念仏行や巡拝も行われ、 四国遍路の巡礼行もこの時期がもっとも多いようです。 お墓や仏壇の掃除をして、 お花やお水、ご飯や供物をお供えして、 日頃の感謝をし、よい一日をご先祖様とお過ごし下さい。 平成十九年秋彼岸は 二十日〜二十六日までで、二十三日が中日です。 当山では二十三日中日に 午前十一時半から精進料理を皆さんと頂き 十二時半より法要が厳修されます。 ご近所の方々をお誘いの上、大勢のご参詣をお待ち致しております。 |
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曹洞宗グリーン・ライフ五訓 ○大地のみどりを守りましょう 大地はいのちの故郷(ふるさと)です ○水をだいじに使いましょう 水はいのちの源泉(みなもと)です ○光熱(ねつ)はむだなく用いましょう 光熱(ねつ)はいのちの活力(ちから)です ○大気はきれいに保ちましょう 大気はいのちの広場です ○自然とともに生きましょう 自然はほとけの姿形(すがた)です 大地のみどりを守りましょう 大地はいのちの故郷(ふるさと)です 環境を守るための運動のひとつとして、「里山を守る」活動があります。農村には、田畑とともに森や雑木林がどこにでもありました。これが里山です。落葉樹林の里山は、住民の生活にとっても、動植物の生存にとっても、かかせない貴重な場なのです。この里山を開発の波から守るために自治体に働きかけたり、基金を集めて土地を購入して保護する活動が各地で起こっています。 曹洞宗の檀信徒として大地のみどりを守るために、どんなことができるでしょうか。 まず、みなさんのお寺や近くの神社などに参拝して樹木の様子を調べてみましょう。 うっそうと茂る森もあれば、コンクリートだけの所もあるでしょう。もし、森があれば、それを守るにはどうしたらよいかを、もし、樹木の少ない場所ならば、植樹の工夫を、みんなで真剣に考えてください。 「環境生活文化磯構」という団体で、高校生に森の印象をききました。その答えは、「私たちにやすらぎを与えてくれる」、「降った雨を蓄えるダムになっている」、「山や森の恵みをいただくことができる」、「育てることの大変さ、大切さ、楽しみを味わせてくれる」、などが多かったと報告されています。 私たちはみどりを守るためには、いつも土や木や水に注意をはらう習慣を身につける必要があります。温暖化が進む祉会にあっては樹木は放っておけば枯れてしまうのです。高校生たちの印象は、すべての人に通じることでしょう。文字どおり、みどりの大地はすべてのいのちの故郷(ふるさと)です。 水はだいじに便いましょう 水はいのちの源泉(みなもと)です 曹洞宗婦人会のグリーン・プランの活動例を紹介します。関東地方のある支部では、大きな駅の街頭で「家庭でできる実践項目」のシールや台所の流し用ネット、それから会員のみなさんが編んだ、アクリル毛糸のタワシなどを道行く人に渡して、環境問題の大切さを訴えました。また今でも、毎日たわしを編みつづけ、ご近所に配ったりして活動をつづけています。 水を大事に使う方法には・・・ ・水道の蛇口に節水コマを取り付ける ・洗面のときに水をこまめに止める ・目の細かい水切りを使って、食ベクズなどを下水に流さないように注意する ・油を直接下水に流さないで、新聞紙にしみ込ませるなどして捨てる ・アクリルタワシや石鹸などを使って合成洗剤の使用を滅らす などがあります。このほか、まだまだ工夫次第で水を汚さないくらしができます。じつは、これらの事柄のほとんどは、今にはじまったことではなく、以前から「お年寄りの知恵」として生活の中に根づいていたことです。このグリーン・プランでは、お年寄りの知恵を大切にします。なぜならば、どうすれば少ない消費で、ゆたかに暮らせるかをおしえてくれるからです。 道元禅師は、谷川の水を汲んで柄杓(ひしゃく)の半分をもとの川に返し「私のあとにつづく千億人に供養する」といわれたと伝えられています。それほど水を大切にされました。水を汚さないこと、むだに使わないこと、を習慣とするよう努力しましょう。 光熱(ねつ)はむだなく用いましょう 光熱はいのちの活力(ちから)です グリーン・プランの活動として曹洞宗では、お寺と全檀信徒に生活エネルギー1%の節約を呼びかけています。 ・ムダな電気をこまめに消そう ・エアコンの温度を冬は1度さげ、夏は1度あげてくらせるように工夫しよう ・お風呂はつづけて入り光熱を節約しよう ・テレビを見るのを1時間短くしよう このように、特別なことでなく、ほんの身のまわりのことを注意するだけで、家庭で1年間約5万円の光熱費が浮きます。これを、曹洞宗の全檀信徒170万所帯が実践すると、約6万キロリットルの原油(約7500所帯の1年分の消費量)が節減されるのです。逆にいえば、高度成長社会ではこれだけのむだ使いをしていたことになります。 曹洞宗のお経『修証義』には布施の功徳が説かれています。そのなかに「布施というは貪(むさぼ)らざるなり」という言葉があります。貪らないとは、先に述べたような、節約をするということであり、それは、子孫や未来社会への幸福の種まきとなるのです。 大気はきれいに保ちましょう 大気はいのちの広場です 日本生協連合会の活動を紹介します。ここでは会員がそろって買い物袋を用い、スーパーなどでのレジ袋を受け取らないことにしました。その結果1996年度で約2億5千万枚のレジ袋を削減しました。この量を炭素すると1075.7七トンになったと報告されています。それだけ大気の汚染の進行を防いだのです。 みんなが力をあわせると、こんなにみごとな成果があがります。曹洞宗では、お寺と檀信徒のみなさんがこぞって1%削減に立ちあがろうとしています。その成果がはっきりと見えるようにするために「環境家計簿」をっけることをすすめます。 例えば・・・ ・家庭の生ゴミを減らした ・エアコンの温度を1度調節した ・風呂を2日に一回にした ・1日に10分間アイドリングを止めた などを記録にとどめ結果を確認するのです。この行動は、省エネの生活を習慣づけるために大切な意味をもちます。 曹洞宗には170万戸にのぼる檀信徒がいます。そのすべての人々に、このグリーン・プランを生かしてもらわなくてはなりません。これは人と世を変える運動だからです。 瑩山禅師は「平常心是道」という教えを示されました。これは、毎日の生きる姿のなかに真実の教えが現れていて、それを実践することが、仏の道であることに気づくことです。あらゆる生物がいきることができるように、微妙なバランスを保っているのが大気です。人類はこの調和を崩そうとしているのです。平常の生活のなかでしか環境を守る方法はありません。 自然とともに生きましょう 自然はほとはの姿形(すがた)です 道元禅師は、たいへん山や自然を愛され、自然とともに生活され、「私が山を大切にすれば、山も私を大切にしてくれる」と示されました。また、「山々の色合いも、谷川の響きも、皆お釈迦さまの声であり姿である」と詠われ、大自然のありとあらゆるものが仏のお姿であるとおっしゃっています。 瑩山禅師も、「大自然や生きとし生けるもののほかに、お釈迦さまを見てはいけない。たとえ山や河やすべてのものが様々な姿を現していても、すべてお釈迦さまのお姿そのものにほかならない」と、大自然は仏そのもであると説かれました。 また、法要儀式に松や華を立てる場合のほかに樹木等の一枝をも折ってはならない、と厳しく戒められて、不必要な伐採を堅く禁じられました。瑩山禅師は自然を護るために必要最小限の生活を心がけられ、豊かな緑と共生されたのです。 このような両祖のお言葉や生き方から学びとれるのは、大自然のあり方をお釈迦さまのお姿と受けとめて敬い大切にし、そこから多くを学び、まさに大自然と共に生きるということでしょう。 |



