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『愛敬(あいきょう)・愛想(あいそ)』

 「男は度胸、女は愛敬」とか、「愛敬をふりまく」など、愛敬といえば、にこやかでかわいらしいことや、愛想のよいことを意味する言葉として知られています。
 この愛敬は本来「愛敬」と書き「アイギョウ」と読んで仏教語でした。愛(いつく)しみ敬(うやま)うことを意味したのです。

 仏や菩薩の容貌は穏和で慈悲深く、拝む人たちが愛敬せずにはおられない相を表しておられるので、その相を愛敬相といいます。愛敬は、その愛敬相から来たものなのです。

 また、「愛敬がよい」とか、「愛想が尽きた」などと使われている愛想という語も、本来は「愛想」で、そのもとは同じ愛敬相から出た語のようです。

 同じ愛敬相から、愛敬と愛想が生まれ、そうれが、愛敬と愛想となっていったようですが、いずれも、もとは仏さまのお顔の相だったのですね。

『アイウエオ』
 電話番号帳、辞書、名簿。みなアイウエオ順に並んでいます。昔は、順序符号に「いろは」順を使うことが多かったようですが、最近は「アイウエオ」順が普通になりました。
 この「五十音図」が仏教語という訳ではありませんが、『広辞苑』に「国語音に存する縦横相通の原理を悉曇(しったん)の知識によって整理して成ったものか。また、悉曇より出たもの、漢字音の反切のために作られたものなど、その発生については諸説ある」とあります。

 悉曇とはインドの言葉のサンスクリット語(梵語)の文字のことで、仏教経典にも用いられたものです。だから、悉曇学は仏教者の学問でもあります。

 五十音図は梵語の母音の中からアイウエオをとり、それに子音の同じものを同行、韻の同じものを同段として、アカサタナハマヤラワの順で配列していますが、これは梵語の配列とよく似て、悉曇の影響を窺わせます。

 「いろは」といい「アイウエオ」といい、やはり、日本文化の底には仏教が流れていますね。

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仏様と出会う写仏

「仏様を写すと仏様の夢を見る」

仏教が国家宗教であった平安時代には、
写仏・写経はともに国家安泰を祈願する
官民一体の大事業だったようです。
一方で現在の写仏・写経ブームも
平和祈願や仏教興隆を目指すもののようで、
若い女性や青少年にまでブームは及んでいるようです。
それまで仏教とは縁のなかった方々が、
仏教とは仏様を描く事ではないか・・・、
と思っていた様子。
観音様や仏様を描く事で、
形から仏教の心に入る、
これも仏教信仰の一形態といえるでしょう。

仏像の下絵図像をつくり、
その上に和紙などを重ねて写し取るのが写仏。
一本の線の中に写仏する人の心がよく現れ、
それが個性の表現となります。
ですので、同じ下絵でも各人各様みな個性的な写仏になるのです。

「仏様を百枚写すと、仏様の夢を見る」
仏との出会いの一方法として、
皆さまも気軽に行ってみましょう。

修行の一つ 「写経」

お経の一字一句が心にしみいる「写経」

そもそもが古来、
教典の普及は写経によってなされ、
印刷技術の発達した現在でも、
お経を一字一字写す修行が修行としてなされるところに
仏教の歴史の大いなる流れが物語られています。

教典はそのなかに佛の真理、
宇宙の真理を説いたものですが、
その一字一句を白紙に写し、
仏の教えとともに仏さまをお迎えし、
出会いの場とする、
ここに写経の本意があり、
在家の修行としては
もっともはいりやすいものであります。

寺院で行われる写経会では、
講義や作法の伝授があり、
さらなる精神統一にて行います。

始めから終わりまで、
これすべて修行であることがわかります。

坐禅修行

結跏趺坐(けっかふざ)
 右の足を左の股の上に乗せ、
 左の足を右の股に乗せる姿勢
で背筋を伸ばし、右の手を左の足に、
左の手を右の掌の上に置き、
両手の親指の面の相を支える。
半眼の目で三尺前をみつめ
肩の力をぬいて下腹に気をみたす。

これが坐禅ですが、
最近は雲水にかぎらずストレスの多い現代人が
禅道場の門を仰ぐケースがみられる。

釈迦は生死の苦悩を脱却するために
6年間山にこもって修行した。
禅宗の開祖 達磨大師は面壁九年。
そしていま、曹洞宗、臨済宗、黄檗宗の各宗は
専門の禅道場で日夜修行にはげんでいる。

私達は自分の悩み苦しみから脱出せんがために
禅を手段とする考えに陥りがちだが、
大乗仏教の思想から生まれた禅修行は、
本来より高い次元を出発点とする。
「衆生は無辺なれど誓って度せんことを願う」
「煩悩は無量なれど誓って断ぜんことを願う」
「法門は無尽なれど誓って学ばんことを願う」
「仏道は無上なれど誓って成ぜんことを願う」
これは「四弘誓願」とよび、
『坐禅儀』に説かれる仏教の真髄である。
ゆめゆめ自分一人の安心のために坐禅をしてはならない、
と言うことである。

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