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春の風に抱かれて、人生RPGだねとか言ったりして歩いた鎌倉も、
私達の夜はやっぱり都会が似合っていたりして、どちらも帰宅しやすいように横浜桜木町まで出た。
帰宅する人々の流れに逆らって鮭の川上り。
近くに住んでいてもなかなか行かないガーデンスクエアとか1年ぶりに行って、
そこで晩ご飯にすることに。
体もあったまる水炊き鳥のおなべが売りのお店へ入った。
お酒を頼んで、おいしいごはんをつつきつつ、ここで本格的に語りに入る。
薄暗い店内の灯にお腹も満たされて半分眠くなりつつも、S先輩の話に耳を傾ける。
どれくらいいたのかなぁ。
人が入れ替わり立ち替わりした様子をずいぶんと見たところをみると、
2〜3時間ぐらいいたんだろうなと思う。
でも、1年分を埋めるにはそれだけの時間も必要であり、足らなくもある。
お茶屋での続きのお話に、真剣になって聴く。
彼女が目で見て、実際に体験したとても言い表せない壮絶な人生に私は言葉がつまってしまった。
もうごはんどころじゃなくなって、目から涙が零れそうになるのを必至で止めていた。
彼女の方が泣きたいんじゃないかなと思うのに、なぜだか私が泣きそうだった。
けれど、ここで泣いてしまったらS先輩が気を張って毎日生きるということにせいいっぱい
働き掛けているのになんだか水をさしそうで嫌だった。
だから必至で必至で止めていた。
同じ失った人がいるという共通のもので話せることがあるにしても、
生ぬるい慰めなんてできるはずはなかった。
ただ、こうだったんじゃないかなぁとかそぅ私は思うな、みたいなことを言うに留めた。
私は彼女ではないし、彼女も私ではないから。知ったかなんて言いたくないからね。
地に足のついていないふわふわとした学生の私には社会人として生きていくことのたいへんさ
なんてしっかり分かっているわけではない。
社会に出ること事態だってそれは漠然と不安なことであり、
ヒッキーな文学少女の私にとってはそれこそ生活するということこそが大冒険なわけであり、
甘々なわけですよ。
そんな私には語るものは何一つなく、もっと自分をかわいがってやらなきゃだめだよとか
キャパオーバーするようなことはいけないよとか、そんな優しい言葉を彼女は投げ掛けてくる。
それはあなた程苦労している人が言っても良い言葉であり、そうするべきで、
私にはそれはまだ必要のないことなんですよ、と言っても、
頼ると甘えは本質的に違うと思うからもっと頼っていいよとか、
あなたは意志も強いし自分をしっかり持っているけれどしょいこんでしまいがちだから、とか言う。
だめでしょう。それは。私は境内のあの甘え上手な猫となんら変わりないし、気まぐれだし、
あなたに較べたら全然苦労してないわけで。
これ以上何か言われても羞恥心の塊で、私はどんどん変に…ってエドワード・ゴーリーな世界に
ぶっとんで行っちゃうよ。好きだけどね、ゴーリー。
やっぱね、アメとムチが必要なんですよ。
特に私にはムチがおすすめです。
そんなアメアメしている子はおしおきしなきゃね☆ってヤフーブログじゃちょっとこれ以上の暴走は
自粛。
柔軟さとバランスとを大事にしながら生きることが今後の課題だと彼女は締め括った。
大人だな。
柔軟さ、バランス。私にはどちらも欠けている。
こんな精神安定のために垂れ流している日記なんて書いている私DEATHからね。
あー、なんだかどうしようもないなぁ。
不器用でひたうじうじ悩んで行ったり来たりしながら、それでも前には進もうとするのになかなか
向かい風がひどかったりして、じゃあよければって話だけど、それもできないから不器用って
言っているわけで。要は柔軟さもバランスもすっかり失っているのが私で、
それでいて、使えないって分かりつつも机上の空論が大好きな私が私なわけで。
私もそれは課題です。ということでTHE END。
心でいっぱい泣きながら、目の前の命をたらふく頂いて私の命にする。
平らげたお皿たちだけを残して、お会計。
のはずが、レジ前を通り越してお店をずんずん出て行く。
どうやら私が席を立っている間に済ませてしまったらしい。
白状してくださいよ。と言ってみるが、いっこうに言う気配がなく、あれこれ言いくるめられて
こちらが観念し、すっかり奢られてしまった。
しかし、その分スタバでコーヒーを奢るという展開に持ち込んで、どうにか私の気分も落ち着いた
次第で。
こちらは何もしてあげられなかったけれど、エネルギーを補充できたというから良しとする。
こちらもこちらでエネルギー補充。人とあんまり会わないからね。この時期は。
というわけで、長い長い一日に拍子幕。
もうすぐ梅も終わりに近づいて、全国的に桜前線進行中〜?
っつーか外、異様に真っ暗暗いんですけど。
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