犬のあしおと

ゆっくりと書いてゆくことにしました。

詩歌

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一言メッセージの季節歌の紹介&他ブログの影響なんですが、自分の心からつぶやかれた言葉を書きつけてみようかと。できるかな…汗;。
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古今和歌集巻一、春歌上、四十九、

人の家にうゑたりける桜の、花さきはじめたりけるをみてよめる

 つらゆき

ことしより春知りそむる桜花 ちるといふ事はならはざらなん


[通釈]詞書は、人の家に植えた桜の花が咲きはじめたのをみて詠んだ歌。

意味は、今年の春から花が咲きはじめた桜、散るということだけは習わないでほしいなぁ、

という意味。




桜の蕾が桃色に膨らんでいる。

場所によってはところどころ咲いているところもあるみたい。

来週あたりには開花しそうだね。

ということで今回は桜の歌をアップしてみた。

初☆創作短歌

短歌を創ってみた。

公開するのは初めてで、ちょっとどきどき。

でも、やってみたくて勇気を出して載せてみた。

見た人がいろんなふうに解釈して感じてくれればいいと思うので、説明はナシ。

では、では、どうぞ見てやってくださいまし(www


☆☆☆☆☆☆☆☆☆




しんしんと雪降り積もる 大人とは紅茶の染みになることだろか




☆☆☆☆☆☆☆☆☆











…………



…………………




………………………………………









ーーーーーーーーーーーーーーーーーっ(www

自爆!!!




−−−合掌。

愛を想う

春といや、恋の季節到来ですか?ってなことで、ここ「詩歌」も恋歌なんか載せてみちゃったりして。

東直子氏の「愛を想う」という本が好きなので、今日はそこから短歌を1つ。

恋というより愛という言葉がしっくりくるかな。





笑顔が苦手そうな笑顔が好きでした 冬の陽射しにしゃがんだことも






愛について、東さんはあとがきにこう記している。

「いろいろなできごとの中で

愛について想ってきました。

考えてきました。

けれどもいっこうに

愛というものがなんであるか

わかりません。

考えれば考えるほど

想えば想うほど

いよいよ

わかりません。

わかりませんが、ずっと

想い続けるでしょう。

愛を想う生き物に

生まれたのだから。(以下略)」


愛というものが何であるのかわからない、と東さんはいう。

養老孟司は愛や恋は病気の一種だという。

私も愛というものがなんであるのかわからない。だけど、想い続けるのだろうなと私も思う。

この本にひかれたのは、たぶんなんとなく自分と似ている感じがしたからだと思う。


私の心を掴んで離さない東さんの短歌は、どれもびっくりするくらいシンプルな言葉で作られている。

私も歌を作ってみたことはあるけれど、どうしても言葉から広がるようなものができない。

歌を作るって結構むずかしい。

考えはじめるとどうしてもなんだか造り物っぽくなっちゃう。

だから、歌が作れる人ってすごいなって思う。

きっとそういう人は作るんじゃなくて、言葉が自然に生まれるてくるんだろうな。

私にも歌を作る才があったら少しはここ(ブログ)もマシなものになるだろうになー

なんて、な。

失う

古今和歌集 巻十六、哀傷歌、八百六十。



桜をうゑてありけるに、やうやく花さきぬべき時に、かのうゑける人身まかりにければ、
その花を見てよめる         
                   きのもちゆき

花よりも人こそあだになりにけれいづれを先に恋ひんとか見し





[通釈]詞書は、ある友人の家に桜が植えてあったのだが、ようやく花が咲こうという時に、

その桜を植えた人が亡くなったので、その花を見て詠んだ歌、という意味。

歌は、はかないと言われる桜の花よりも人の方が先に散ってしまった。

美しい花と愛する人と、どちらを先に恋しがるだろうと思ったか。勿論花を先にと思ったのに。

という意味。

少し意味を分かりやすく付け加えるとしたら、愛する人を失うことなど考えもしなかった。

ということになります。





私とS先輩との気持ちを紀茂行(きのもちゆき)の和歌に託してみました。

他にもすばらしい哀傷歌はたくさんあるのですが、これがぴったりきたので。

春の雪を詠む

今日は春の雪が降ったということで、古今集から春の雪を歌ったものを取上げてみました。

古今集の中では次のものが私は一番好きです。



古今和歌集巻一、春歌上、九

  雪のふりけるをよめる  紀貫之

霞たちこのめも春の雪ふれば花なきさとも花ぞちりける


[通釈]雪の降った情景を読んだ歌で、霞が立ち、木の芽もふくらむところの春、見渡す限りに春の雪が降れば、花のない里にも花が散っていることである、(掛け詞が多くてうまく訳せませんが、)というような意味になります。

掛け詞は「このめもはる」の「はる」の部分で、「張る」と「遥」と「春」が掛けられて
います。「木の芽が張る」→木の芽がふくらむ、「この目が遥」→見渡す限りの意味。

初句「霞立ち」については、調べてみた所「木の芽も張る」を導き出す役割の虚辞としているよう
です。これが句全体にかかっていて、春の雪が降る里の景色はまるでぼんやりとした一面に白っぽく
漂う霞がかかっているようだ、と解釈されている人もいました。




どれもたぶんひっかけてある一首だと私は思います。
これほどの情景をたった三十一文字の中に閉じこめてしまう紀貫之ってやっぱりすごいと思って
しまいました。

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