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2008.1月14日(日) 今日は祖父・曾祖父のお墓へ二十歳の報告をし、氏神様へお参りをして築地で食事、赤坂で記念写真を 撮り、カレッタ汐留の都路里に寄ってから母の病院へ。そして息子は友達の家、娘は新宿へ行くために 車を降りて成人式の一日が静かに終わった。沢山話して、沢山スナップ写真を撮り、これは変だ とかデブだとか言っては何度も撮り直し、今日という日を記憶と写真に残した。二十歳の息子は家を出て 初めて家族の存在を知ったみたい。ポツリポツリと仕事の話もしてくれたし、上の写真のように娘と息子 は仲良く笑っていた。嬉しかったな〜。 祖母がお祝袋に、麻痺のない左手で自分の名前と息子の名前を書いて片手で渡した時、不慣れな字を みて息子の目は真っ赤になり、何度もありがとう ありがとうと言っていた。今日の家族との触れ合いが 苦しいときの息子の支えになってくれたらと思う。
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2008.1月13日(土) 息子は茨城で馬の調教と子供達に乗馬を教えていて寮暮らし。年末年始も福島の牧場へ 行ってしまったぐらい、過干渉だった母を嫌いあまり家に寄りつかない。 そんな息子も1月1日に20歳、成人になった。いや彼の場合は星人(宇宙星人ベガ?)と 言った方がいいかも(笑) そんな息子から『成人式の写真撮るの?』とメールがきた。 成人式も帰ってこないだろうと諦めていたから嬉しかったな〜。早急、子供の時から撮って もらっている写真室に予約。嬉しいな。母の病院へも神社へも行こう!、お寿司屋さんも 予約しちゃった。久しぶりに息子との時間がもてるんだ。嬉しいな〜。息子のことになると 未だ泣けちゃうんだけど、明日は楽しみたい。またいつ一緒に出かけられるか わからないからね。 |
長い、重い文章かもしれない。そういう話は苦手!という方は読まない方が・・・(笑) でも、この経験から何かを感じ、今の生活の中で活かせてくれたら嬉しい。 じゃあ〜!いくよ!!!
26年前に主人と出会い、24歳の終わりに結婚。 それからハネムーンベービー の年子、
義母に えみさんやることが早い! って言われたけど、ええっ!!私が早いの??って・・・ あの言葉はかりなインパクトあった。今でも昨日の事のように思い出せる(笑) 年子の息子が生まれてから新居を構えたが、その半年後に私の父が癌で他界、母が一人なので実家
に住む事になる。そして、義父母の勧めでお受験。 受験が終わり一段落、その後、実家を2世帯に 新築、直後に母が入院 etcetc ここまで怒涛の10年だったなぁ〜。その後、落ち着いて数年過ぎた。 ある日、私達にとっては突然… 息子が登校拒否(高校1年の秋)そして高校2年で転校、
主人にとっては初めての挫折、私もどうしていいわからない・・・。主人は息子を許せなくて、 認められないでいた。私はそんな主人が嫌で、夫婦関係も上手くいかず、家庭内別居。私は父の仏間で 一冬寝起きした、最低限の食事洗濯はしたけれど、会話はなかったな。 主人は現実を認めるのに、 時間が必要だったと思う。『 情けない、俺の息子が・・・ 』とも言った。 二人して夫婦のカウンセリングに通った。臨床心理士と別々に話をして、最後に心理士を交えて
話し合う。努力家の主人、何故? 何故努力が出来ないのか、理解るすのに時間がかかった。 やらなくてはいけないのに 動けない息子の辛さが今になったらわかる。 私が過干渉な親で、息子が疲れてしまった事も一因とわかった時は 自分を責めた。息子に申し訳なくて・・・。幼児期の夫婦喧嘩も息子の性格形成に影を落とした。娘と同じように育ててきたつもりだったけど、それがいけなかった。娘は心の強い子。息子は未熟児で生まれ、いつも小さく、私や周りの要求にアップアップしていたのだろう。その積み重ねが登校拒否、サッカー部でのレギュラーも辛かったのだろう。サッカー部も高校に入るときに辞めていた。サインは出していたのだと思う。それを私が受け取れなかった。 私達はみなイライラし、焦っていた、一番初めに変わったのは主人。 私と息子の関係が上手くいかないので、学校の行事、担任の先生との連絡は全て自分がやると言ってくれた。今まで関わってこなかった主人の子育て。驚いたのは 息子が主人に少しずつ心を開いていったことだ。あの頃、息子も不安で寂しかったのではないか? 呼び出されると 学校に来てくれる父親、ガラスを割ったら 謝りに行く父親。
小さい時からポニーキャンプへ行っていたので、馬が好きな事から 北海道の大学進学を希望していた。家族旅行も兼ねて 北海道のオープンキャンパスへ行く計画をした時、息子に「馬の専門学校に行きたい」と言われた。
今までよかれとレールを引いてきて失敗をした、だから今度はどんな選択でも息子が選んだ道を応援 しようと夫婦で決めた。主人は大学へ行って欲しいと私に言ったが、息子には言わなかった。 今、息子は頑張っているし、前よりも明るくなった。昨夜、オーストラリアへ酪農研修のために出発した。お母さんありがとう と言って車を降りた。これでよかったんだと思う。
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初めまして。『美人らしい』という噂がちょっと嫌で(笑)ファン登録している方のみに公開します。生まれてから一度も「美人」って言われたことはないな〜。はははっ。う〜ん、45歳、外見の美しさとかはあまり気にならなくなってしまいました。若さが無くなってからが人間として勝負だと思っているんだ。欲しいものは若さや美しさよりも健康! 物欲はあまりなく、テニスの技術や集中力や家族の健康などお金で買えないものが欲しい。幸せって平凡に暮らせることだと思う。これからも『人間・えみ』をよろしくお願いします。コメントはいりません♪みたら忘れて。皆さんの健康と幸せをお祈りしま〜す♪ 追申: ただいま48歳(笑)カメラに夢中です。 |
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