EMI洋楽スタッフの溜池日記

レコード会社スタッフのネタで綴る日記です。

回想記『俺とストーンズ』

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ごなさん、こぶさたです。
ミッシェル雄鶏です。

久々にミックさんのロックなNEWSをハケーン!
スウィート・ネオコン歌ってて部屋なんて譲るわけ無いよなw
いいぞミック!
http://www.barks.jp/news/?id=1000022550

てなわけでもはや続けるべきか迷ってる「俺とストーンズ」
満身創痍の再開DEATH。

1995年、驚きのTOKYOセッション
Tさんの記事でお楽しみいただいたと思います。

キースの「しゃぶしゃぶナイフ事件」にも触れられていたので
もう一つキースのナイフ事件を。。


その10「伝説のキース話!襲われた強盗に保護された?!」



1995年の来日中のおはなし。
(当時は担当でなかったので以下伝聞です)


某ラジオ局の生番組にキースが電話で出演

というとても信じられない話がまとまった。

その番組は長時間の生放送。
たしか8時間くらいあったと思う。

その中でいつでも良いのでキースさん電話してください
という感じでマネージメントのOKが出た。

マジ??なんて誰もが思いつつ生放送は進行。
スタッフ皆は今か今かとキースの電話を待った。


1時間、2時間、まだ誰もあせってない。

3時間、4時間まだまだ余裕。

5時間、6時間、7時間、エンディングが近い。

次第に雰囲気は重いものに。。。


で、マネージャーがキースの部屋をノックした。
出てこない。
もう番組が終わる。。。


そこでも一度チャレンジ。

「キース、ラジオの時間です。」とノック、ノック。


すると少しドアが開いた。


「おお、よかった!」


と誰もが思ったらしいが、
そうは行かないのがキース!


そのドアの隙間の奥には確かにキースがいたのだが、
物凄い形相で手にナイフを持ちこう言った。


「今、俺を起こしたのは誰だぁ…」


こうしてラジオ出演は幻に終わったのでした。。。(TOT)

キースでないとサマにならない良い?お話しですね。



話は飛んで、キースはNYで一人で歩いていて
強盗に襲われたという事件もあるのですが、コレもすごい。


ある日NYをキースが一人で散歩していた。

人気のない路地を歩いていると
突然ピストルを持った強盗団が出てきて
「ホールド・アップ!」と言う。

さすがのキースも手を上げたら、
そのうちの一人がキースをじろじろ見てこういった。


「なんだ、キースじゃないか〜!この辺は物騒だから気をつけたほうがいい。驚かせて悪かったな。」

だと!
で、無事開放されたどころか
安全なところまで送ってやると言われたらしいw


すげぇ!この話を聞いたときは痺れました。

ふつうキースだったらすごい金持ってると思ってふんだくるトコなんだろうけど、
強盗もキースにシンパシーを感じているのでしょうか?
このようなことになったみたいです。


今回の来日でも、警備のバイトくんとかにも手を振って帰っていってたし、
そんな気さくなところが多くの人の共感を呼ぶのかもしれません。
キースのキースたる所以でしょうね。


てなワケで、バンドは1995年の来日を無事終え、いつものヨーロッパ公演へ。
その後1997年のバビロン・ツアーへと転がり続けるのであります。


つづく?

BY ミッシェル雄鶏


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南です。
元ストーンズ担当T氏の番外編を間にはさみ、

本編のストーリーが随分ご無沙汰になってしまいました。
すんましぇん!

其の8の記事はこちら、思い返して下さいね〜


その9「スタン・ハンセンありがとう!僕たちSTONESのためだけに日本から来ました〜」



1994年のお話。

LA(パサデナ)でのLIVE初日に大満足した我々であった。
が、しかし同行のIさんは会場のジャンクフードには飽き飽きしていたのであった。。

LIVE2日目。

帰りの駐車場の混雑を避けるためまたもや我々は早めに会場へと向かった。

「ミッシェル、今日はいいモン食おうや」

この一言で、会場に車を置きパサデナの町まで徒歩で向かい、
ステーキ屋でも探して飯にしようということに決定。

しかしここはアメリカ。

会場のローズボールから町までは30分ほど(もしかしたらもっと)歩かなくてはなりません。
我々は開演時間まで数時間あるのをいいことに
余裕でローズボールをあとにしました。


数十分後、パサデナの町に到着。

あまりの遠さに疲労困憊。
やっぱアメリカはデカイなーと。

で、アメリカといえばステーキ!
我々は良さげなステーキ屋にINし肉を堪能。

「やっぱファースト・フードよりこれやで」とIさんも御満悦。
僕もジャンジャン飲んでまたまたSTONES話で大盛り上がり。

そんなこんなでフロント・アクトの時間が迫ってきたので
タクシー呼んで会場に向かいましょう、
ということになりました。

「イクスキューズ・ミー。タクシー・プリーズ!」
「イエッサー」

なんて感じでここまでは普通の光景。

10分、20分、30分、、、、

待てど暮らせどタクシーは来ない。

お店の人に「タクシーまだ?」と聞くと
「呼んでんだけどまだこない。もうちょい待って」と。

40分、50分、、、

今からだと走って戻らないとSTONESにすら間に合わない!

「やべぇ、どうしよう。。」
だんだんパニックになってきました。

で、またお店の人に「もう限界だ。タクシーどうなってんの?」と聞くと
「必死で呼んでるが混んでるみたいで来ない」と彼女も困った表情。

で、こっちも必死なので
俺たちSTONES見るためだけに日本から来たんです!今から徒歩だと見逃してしまう。何とかならない??」
と強引な質問。
困った表情のウェイトレスが奥に引っ込むと、
こんどはスタン・ハンセン見たいなテンガロン・ハットのおっさんが出てきた。



「お前らわざわざ日本からSTONESのためだけに来たのか!
それは一大事だからうちの従業員に送らせる。すぐ裏に来い!」



と、アンビリーバブルなお言葉。

そのまま裏に行くと、
なんと肉の運搬車に厨房のスタッフが乗っている!!w


「こいつがローズボールまで送っていく。気を悪くせずまた肉食いに来てくれよ!」

とおっさん。
思わず感動して日本語で「ありがとう」と言いました。



で、車で走ること10分ほど。
そろそろローズボールが見えてきたと思うと警備員がやってきて
「駐車場は満車だ。ここから先には入れない。」という。
もうここまで来たら走るしかない!
ということで親切な厨房のスタッフに心からの御礼とチップを渡し、
全力で坂を駆け下り会場へ。
席についたところで客電が落ちSTONESの登場!


間に合ってよかった。うわぁ〜い!


で、肝心のライヴは良かったのは覚えてますが詳しくは覚えてません。
いったい何しにいったんだかw

その後もバンドは順調にツアーを続け、
翌年1995年には2度目のJAPANツアーを行なうことになるのです。

そこでの色々な出来事は元ストーンズ担当のTさんの記事をお楽しみ下さい。


<<つづく>>

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南ムキオです。
伝説の元ストーンズ・ディレクターT氏が語る超極秘の裏話、
『俺とストーンズ』番外〜日本レコーディング編も
いよいよ感動の最終回です。

足にナイフをくくりつけている頑固な畳職人キース…
レコーディングの出来はいかに!?

『レコーディングには護身用ナイフが絶対必要?!いよいよ完成アルバム「ストリップト」!』


レコーディング2日目。


この日も夕方からバンドがスタジオに集まった。


“ハートビート”
“リトル・ベイビー”
“ユー・アー・ライト、アイム・レフト、シーズ・ゴーン”
の3曲の他人のカヴァーにもトライ。


テンポ良く作業が続いていく。


チャーリー・ワッツは本当に疲れ知らずで、
あの背筋をピンと伸ばした独特のスタイルで、
涼しい顔をしながら、恐ろしくシャープなビートを叩き続ける。

曲の合間にも休み無くリズムを刻み、
ドラムを叩くのが楽しくて仕方が無いという感じだ。


以前キースが、

「チャーリーこそが、ストーンズのエンジンなんだ。だから奴がいなくなったら、ストーンズはお終いだ」

という話をしているのを読んだことがあるが、これは本当なのだろう。


プールで溺死した初期リーダーのブライアン・ジョーンズ。
途中で脱退してしまったミック・テイラーにビル・ワイマン。
1975年に加入してから、ごく最近まで正式メンバー扱いにしてもらえなかったロン・ウッド。

何人かのメンバーの出入りはあったものの、
結局の所、ストーンズはミックとキースとチャーリーの3人を中心に転がり続けている。


キースが何気無くジーンズの裾をめくった時に、

ブーツにナイフ

がくくりつけてあったのには驚いた。


この人、護身用に常にナイフを持ち歩いているという噂は、本当だったのだ。




恐るべし、キース。




後日、バンドと東芝EMIでディナーという機会があったのだが、
キースの隣に座っていた上司の目撃情報によると、

しゃぶしゃぶの肉を切るのに箸で悪戦苦闘した挙句、
しまいにはナイフを抜いてしまい
奥さんに厳しく叱責されていたらしい(笑)。



ミック・ジャガーは自分のパートを録り終わると、
さっさとスタジオを後にする。


ここからキースがヴォーカルを取るナンバーのレコーディングに入るわけだが、
途端にスタジオの空気がリラックスしたものへと変わるのが、

なるほどなーという感じである。

なごやかな雰囲気の中で、キースは

「スリッピング・アウェイ」と
ソロ・アルバムのナンバー「メイク・ノー・ミステイク」
の2曲を吹き込んだ。


全てのテイクを録り終わった後、
キースはスタジオのブースにずっと居残り、

頑固な畳職人のごとき眼差しで、
何度もプレイバックを聴いては、
出来をチェックしていた。



TOKYO SESSIONの模様を駆け足で辿ってみた。
このセッションに予想以上の手応えを感じたストーンズは、
いわゆるアンプラグド・アルバムとも通常のライヴ・アルバムとも違う、
「アコースティック・アルバム」というコンセプトでのアルバム制作を決定。

ジャパン・ツアー後に、アムステルダムのパラディソ・クラブ、
パリのオランピア劇場、ロンドンのブリクストン・アカデミーの3会場でのライヴを収録し、
さらにはリスボンで再びスタジオ・セッションを行った。

結果、ライヴ音源とスタジオ・ライヴ・セッションがMIXされるという
ユニークな形で、


アルバム『STRIPPED』



が、この年11月にリリースされた。

TOKYO SESSIONからは、

「クモとハエ」
「ワイルド・ホース」
「スリッピング・アウェイ」
「むなしき愛」
「リトル・ベイビー」


の5曲が収録されている。
アルバムの約1/3が、日本での録音ということになる。

ストーンズならではの円熟したロックンロールが凝縮された素晴らしいアルバムなので、
未聴の方は、この機会に是非とも御一聴下さい。


<< 完 >>


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南ムキオっす。
お待たせしました。
伝説の元ストーンズ担当のT氏が語る
日本レコーディング裏話。本日第3話です。

ぼ、ぼくもキースのギター触りてぇ〜!


『レコーディング初日。山盛りの灰皿とケータリング。


ストーンズは、2日間にわたって
東芝EMI第3スタジオでレコーディングを行った。

ストーンズの4人、ダリル・ジョーンズやチャック・リヴェールといった
お馴染みのサポート・メンバーに加え、
当日に成田から直行したプロデューサーのドン・ウォズと
エンジニアのエド・チャーニーが集結。

後に、

「TOKYO SESSION」

と名付けられたスタジオ・ライヴ・レコーディングで、
ストーンズはセルフ・カヴァーを中心に、
トータル18曲に取り組んでいる。


レコーディングは、完全にミックとキースが仕切っていた。


ギターを抱えた二人が向かい合って座り、
それを他のメンバーが取り囲むという配置だ。

ミックの傍らには、分厚いストーンズのソングブック
歌詞の確認用である(笑)。

今やストーンズのレコーディングには欠かせない存在となったドン・ウォズは、
プロデューサーとして具体的な指示を出すでもなく、
ひたすらテイクの違いや小節数などをノートに書き留めている。


ファンの間では有名な話なのだが、
ストーンズの楽曲の多くには、
ミック・ヴァージョンとキース・ヴァージョンの2つが存在する。

あくまで参考資料として入手した海賊盤の流出音源(苦笑)で、
アルバム『ヴードゥー・ラウンジ』のほぼ全曲を
キースが歌っているのを聴いた時には、本当に驚いたものだ。

今回のレコーディングでも、そんなストーンズの制作プロセスを
垣間見ることが出来たのは興味深かった。



例えば「夜をぶっとばせ!(Let's spend the night together)」
のセッション。

ミックがテンポとリフを決めた上で、
アコースティック・ギターでイントロを弾き出す。

何テイクかトライした後で、
今度はキースが全く異なるアレンジでイントロを刻んで、
別のヴァージョンにトライするといった感じだった。

滞在中ミックとキースが仲良く話している姿を
私はついぞ目撃することがなかったが、
スタジオの中ではアイディアをガンガン交換している。

何十年も連れ添ってきた「グリマー・トゥインズ」
(ミックとキースの共同プロデューサー名のこと)
の関係というのは、もはやそういうものなのかもしれない。


キースはウォッカをオレンジ・ソーダかクランベリー・ジュースで割ったものを、
ロンはギネスを絶え間なしに飲んでいる。

ミックは勿論ミネラル・ウォーターだ。


筋金入りのチェーン・スモーカーであるキースとロンの灰皿が、
あっという間に山盛りになる。


最初のうちは、「記念に吸い殻取っとこうぜ」
などと盛り上がっていた我々スタッフだが、
すぐに有り難みを感じなくなってやめてしまった。

スタジオ横の応接ルームには、
ありとあらゆるケータリングやドリンクが所狭しと並べられ、
ムセ返るような臭いだ。

そして、そのほとんどが長時間のレコーディングに暇を持て余している
ローディーや屈強なセキュリティー達の胃袋へと吸い込まれていく。


夜の7時にスタートした初日のレコーディングは、
深夜1時を回ったあたりで終了した。



あれから10年以上の歳月が経ち…


もう時効だと思って告白してしまうのだが…


バンドが帰ってガランとしたスタジオで、
我々はとんでもない暴挙に出た。



こっそりチャーリーのドラム・セットに座ってポーズを取ったり、

キースの愛機であるテレキャスターを
そーっと握ってみたりしてしまったのだ!



正真正銘のアホである。


プロ意識のカケラも無い大バカ野郎である。


チャーリー、キース、本当にごめんなさい、もう二度といたしません
(⇒勿論そんなチャンスは二度と無いわけだが)

と、この場をお借りして心からの懺悔をさせていただく。

<<つづく>>


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南です。
伝説の元ストーンズ担当のT氏が語る
日本レコーディング裏話。本日第2話です。

こんな話Tさんでしか語れません…貴重なお話しですわ。。。
これを読んで私もキース・ファンになっちまいましたw


『司令塔ミック、そしてキース流の挨拶の洗礼』



しかし、ここでもう一つの問題が起きた。

ツアー初日前恒例の記者会見である。

滞在しているホテルの大広間を午後の早目の時間で
念のため押さえていたのだが、
キースの長年のマネージャー女史の、


絶対にありえない。キースがそんな早い時間に起きてくるはずないでしょうが!
遅い時間にして頂戴!


の一言で、会場から開始時間に至るまで、
全てが仕切り直しとなったのだ。

しかも運の悪いことに、当日はホテルの全会場が夕方以降埋まっていた。

招聘元の東京ドーム、日本テレビ、東芝EMI、
そしてストーンズのマネージメントとで
緊急ミーティングを行った結果、

当社東芝EMIのロビーで記者会見、
その足でビルの最上階にあるスタジオに直行して
レコーディングに入る

という結論に落ち着いた。


これから1日で全てを段取らなければならない。

がしかし。

私は心の底から高揚していた。

「オレは今、東芝EMIの、そして日本のロックの歴史が変わる瞬間に立ち会っている...」

という、独りよがりの思い込みでエクスタシーを感じていた。


作り直した案内状を各マスコミへFAX送信、
記者会見のセッティングにスタジオのスタンバイ。
我々スタッフは、徹夜の作業に明け暮れた。



そして迎えた当日。

朝から大型トレーラーが会社に横付けし、
楽器やレコーディング機材が次々と運び込まれる。
ストーンズが記者会見とレコーディングを行うという話は、
もはや全社員の知る所となり、ビル全体にアドレナリンが出まくっている感じだ。

ウチの会社のロビーは、
ストーンズ・クラスの大規模な記者会見をやるには、明らかに手狭だ。
それでも「どうしても入れてくれ!」
という社内のストーンズ好きが後を絶たない。
無理もないが、無理なものは無理だ。



夕方。
いよいよバンドが到着。


ミックやキースが車から降りる度、
ビルの窓にギッシリと張り付いた社員から大歓声が沸き起こる。


導線の関係で、メンバーの控室には
会社の郵便室が使われた。

普段ありとあらゆる郵便物で混雑している部屋が、
前日までと打って変わって、ピカピカに磨かれている。


「ウチの洋楽の人間が、ここを控室に使いたいとか言うんだよ〜」

と困惑している郵便室のスタッフの話を聞いたアルバイトの子が、
ストーンズが来るということがどれだけ凄いことなのかを力説した結果、
急遽、入魂の掃除をしてくれたらしい。




ロックンロールの4人の神様が、
くたびれたパイプ椅子にちんまりと座って、出番を待っている。




記者会見が始まった。



ミックは手馴れた営業スマイル&トークでテキパキと質問に答え、
煙草を片手におどけるキースとロンの横では、
はにかみ屋のチャーリーが早く終わってくれないかという顔をしている。
いつものストーンズの記者会見の光景だ。

「うん、いい感じだ」

と、腕組みをしながら一人うなずいていると、
ミックのマネージャーがステージの袖から激しく手を振って、私を呼んでいるではないか。

反対側の袖にいた私は、4人のお立ち台の後ろを
コンバットのサンダース軍曹みたいにホフク前進で移動した。

マネージャー曰く、

「そろそろミックが飽きている。さっさと終わらせろ」。

って、まだ予定している質問者が沢山いるんですけど...。

しかし、ミックのマネージャーの命令は絶対だ。
司会の方に可能な限りマキを入れてもらう旨を懇願、
どうにか記者会見は無事に終了した。



ストーンズ一行はロビー裏の階段から、
私達洋楽セクションの雑然としたフロアーを駆け抜け、
エレベーターへと乗り込んだ。


私は、その時キースとロンと一緒だった。


たちまち酒と煙草の臭いが、エレベーターに充満する。


自己紹介した私の手を握ると同時に、
キースが私の足を意図的に踏んづけてきた。




???




すると、キースはニヤっと笑いながら、




「良い靴だな。どこで買ったんだい?」


と、たずねてきた。



うわっ、カッコイーッ!!


その時に私が履いていたのは、下北沢で買った安物の派手な靴だったのだが、
いきなりキース流の挨拶の洗礼を浴びて、私は失神しそうになった。



ちなみに、前日ミックに挨拶をした時は、こう言われたものだ。


「そうか、君が担当か。レコードを売りまくってくれたまえ」。


老練かつセクシーなフロントマンと、
とことんイノセントなロックンローラーの究極のコンビネーション。
ストーンズが長生きしてきた秘訣である。


こうして東芝EMI第3スタジオに到着したのであった。


<<つづく>>


写真上…ロックの神様が使用した控え室(つまり郵便室。パイプありませんでした。。)
写真下…キースの洗礼をうけた伝説のエレベーター(毎日使ってますけど…)


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