私からみた中国と日本、中国語と日本語

上海の最前線情報、私からみた日本のお面白いこと、日中翻訳のポイント

旅の思い出ーヨーロッパ

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 一晩の熟睡で体力も回復した。カーテンをあけて、外はまだ完全に明るくなってなかった。 しかも雨だった。雨の日は雨音を聞きながら、自然の催眠術にかけられたように、心身ともリラックスできると感じた。しかし、旅行の日になると、やっぱり雨は避けたいよね。朝ごはんを食べるため、部屋から一階のフロアーに降りた。朝ごはんはもうすでに用意され、私は案内された席の前に座った。食事は前日とほぼ同じだった。そうみると、ヨーロッパの朝はみんなこんな食事をすることもわかった。食事を手伝ってくれる人は中年のおばさん、真っ黒の髪に深く凹んだ鋭い目。私はフランス語で飲み物を注文して、彼女からの返事はちょっとスペイン語なまりのアクセントが聞こえた。スペイン人のようだ。フランスでスペイン人のお手伝いさんが多いことは前から聞いたが、やっぱりそうだね。
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 朝ご飯を終わって、再び部屋に戻った。雨は依然すこし降っていた。待つには行かないから、私は荷物をまとめて部屋から去った。フロントのお姉さんに今日の気象情報を聞いた。時時雨って。勇気を持って、雨でも勢いで観光しようと心に決めて、ホテルから出た。

 雨はそんなに強くなかった。町中傘をさす人もほとんどいなかった。私は駅に向かった。昨夜の黒人スタッフたちが、また白人たちに変え、英語ももちろんわかってくれた。まずロッカーを探そうと思ったが、なかなか見つからなかった。もしかして、9.11事件以来、各地でロッカーを使えなくなったかなあと思った。駅でまた中国人っぽい人に会った。5,6人のグループで、スーツケースを持ち、列車を待っているようだ。昨夜の経験から私もフランスで暮らしている中国人に興味を持ち始めた。「ATM機を探しているが」と私は理由をつけて、彼らに声をかけた。私の思ったとおり、彼らは20歳くらいで、フランスに留学に来たばかりの学生だちだ。なるべくお金を節約して、重い荷物も自分の力で運ぼうと思った彼らをみて、再び私の最初日本に来たときのことを思い出した。。
 その後ATM機に向かってお金を取りに行った。初めて使うが、英語も書いてあるからわかりやすかった。でも、お金を取るときもやっぱり緊張だった。一人の海外旅行なので、すべて自分が自分を護るしかないと思ったからね。
 地下鉄の乗り方はわかりやすかった。友人夫婦からいただいたパリ地下鉄の回数券で入った。なんと出るときはチケットは要らないんだ。
ループルは大きすぎる。一日はとっても回れない気がした
 私が最初に選んだ観光スポットはルーブルだった。さすがパリの目玉観光地のループルだ。人はもう大勢ビラミット状の入り口の前で並んでいった。観光客はほとんどだったが、もちろんアジア系の人も多かった。私はcarte(回数券)をまず買った。それは「地球の歩き方」で紹介されたように、回数券を使うと何箇所の博物館で見学できるとわかったから。その回数券の種類は様々だが、1日券、2日券などだった。私は1日券だけ買い、一日をかけてパリ市内の美術館を回りたいと思ったからだ。
 ルーブルはとても大きかった。ヴィナスなども普通に展示され、写真取りも問題ないようだった。最初のごろは作品の解釈まで読んだが、あんまりにも大きすぎるので、なかなか疲れがきてしまった。
 ナポリン3世の部屋は一番感動的だった。豪華だけではなく、金色と赤の組み合わせで当時の雰囲気がまるで目の前であるように感じた。
 リュックは結局背負って歩いているから、疲れはすぐに来た。でも4時間くらいはみならが歩いていた。モンナリサを見終わったらループルで終わると決心した。そうでないと、丸ごと2つ日間でも全部は見終われないからだ。モンナリサの場所を探すのにも何回も道を迷い、スタッフに聞きながら、やっとモンナリサの展示場所に着いた。一層人が多かった。やっと前に進み、モンナリサはガラス箱の中に展示されていた。写真を撮るのが反射されるだけではなく、目で見る臨場感がなかった。ちょっとがっかりした。
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              ナポリオン3世の部屋
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オーセル美術館:事前調べが不十分のせいで、残念な想いがしってしまった
 ループルからオーセル美術館まで歩いて20分間くらいだった。もちろん道を聞きながら、地図を見ながら、やっと見つかったのだ。ループルとセール川で挟まれて、横長く、両端に時計タワーのある建物だった。昔は駅だそうだ。中に入りと、人は依然多かった。ループルだけでも十分疲れたため、オーセル美術館をゆっくり回る体力はなかった。1階をチラッと見回って空いている椅子を見つけてずっとそこで座り込んでしまった。残念なことに、日本に戻ってから知ったことだが、オーセル美術館は印象派作品が多く集めてモネのほとんどの作品はそこで展示されているそうだ。EUに行く前の年、上野の国立美術館でモネの”睡蓮”を見て、今でも印象が深かった。もしオーセルで”睡蓮”が見れたら、もしオーセルでモネのほかの作品も見れたら、本当に最高の幸せだったのに・・・
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電車が遅れた
 列車は遅れたため、パリリヨン駅に着いたときはもう10時を過ぎた。駅内は人が少なかった。駅内の売店はもうすでに閉まって、一人でトイレに行くのもちょっと怖かった。これから先いっぱい探さなければならないことがあるので、まず、Mr.chen家に電話をかけた。彼女はオランダの暁春の友達で、今はGMで経理マネージャーをやっているそうだ。1ヶ月前からフランスにトレーニングに来たから、パリのことも詳しくないし、フランス語はあんまり話せないそうだ。暁春は私のため彼女に頼んで泊まってくれるそうだから、私が今彼女に電話をかけたのだ。彼女の教えてくれた通り、まずInformationに聞きに行った。リヨン駅からこれから行くオール。。。駅に行く道はかなりややこしようだから、駅員は私に地図を渡して、途中まで付き合ってくれた。その先の行き方はただセーヌ川上の橋を渡らなければならないことだけがわかっていた。とりあえず、駅から出ようと決心した。
乗り換え
 駅から出て、外はもうすでに雨が止んだ。ほとんど人がいなかったため、濡れた地面に夜行ライトの影がきれいに映された。夜の風が涼しくてさびしい感じをした。私は高い警戒心を持ちながら、夜中のパリ町で歩いていた。セーヌ川を渡っているところ、私の前2人の男性がいった。彼らはもしかしてオール駅に行くかもしれないと思って彼らの後ろについていた。正直に言えば、橋を渡ったらどうしたらいいのか全然わからなかったからだ。おかげさまで、彼らを目標にする策戦は正しかった。私も無事にオール駅に着いた。Ms.ChenからC5という列車を乗ればいいと聞いたから、私はまずそこの窓口に聞きに行った。リヨン駅と違って、オール駅には黒人が多かった。2つしか開いてない窓口に切符を求めるお客は私ともう一人以外全部黒人だった。それに、一人の黒人中年女性が高い声で駅員と喧嘩していた。
 こんな状況の中で、私は隣のアジア系の人が中国人だとわかった。彼が尋ねてきた女性に流暢じゃないフランス語で話しながら、中国人特有の数字ジェスチャで「6」を表現したからだ。私は一瞬興奮して彼に尋ねた。「中国人ですか?」「C5を乗りたいけど、どうすればいいですか?」彼中等の身長で、輪郭のある顔にめがねをかけていた。濃い灰色ジャケットと黒ズボン、それから白いスポーツシューズを着ていた。北京からフランスに来てわずか数ヶ月だったが、今夜は寝台列車を乗って別の町に引越し、勉強を続けるそうだ。彼の荷物は一つのスーツケースと一つのリック、それから一つ大きな手提げ袋だった。手提げ袋から調味料のビン、缶詰、インスタントラーメンが見えた。彼は生活のためどれくらい苦労してきたか私がわかった。私も同様、最初の引越しは日本に来てから2週間の時だった。荷物は多くなかったが、スーツケースとリックと手提げ袋で引越しをしたのだ。同じく私の手提げ袋にも生活ための雑貨をいっぱい詰めた。彼は私に彼女の写真を見せながら、彼女のためがんばるんだと話してくれた。遠距離恋愛の辛さは彼はまだわかってないかもしれないが、私は彼に傷つけないようになにも言わなかった。彼に駅員にC5の乗り方を聞いてもらった。それから私は彼と別れて一人でC5のホームに向かった。

 C5 ホームまでかなり遠かった。途中で一つ長いトンネルみたいな通路があった。もし今誰かに襲われたら叫んでも助けがこないようなところだった。深夜の通路を、ただ私一人で歩いていた。駆け足で通路を抜けようとしたところ、後ろから男性の重い足音が聞こえた。私は思わず足をさらにはやく運んだ。夜の涼しさも忘れて、頭から汗がかけていた。やっと通路を抜けて、なにもなかったよかったなあとすこしほっとした。振り替えて見たら、白人の若い男性だった。私と反対側のホームに行ってしまった。

危険があふれたホーム?
 気持ちを整えて改札口にむかった。二人の黒人女性がいるが、そのうちの一人はまったく英語がわからないようだ。「ヴェルサイユへ、何時の列車を乗ればいいですか?」と何度も聞いたが、彼女は黒みと白みのはっきりした大きな目で私に向かって光っただけだった。しょうがなくて、彼女はとなりの女性に頼んで私の話を聞いてくれた。やっと意味がわかった彼女が私に11時と答えた。私自分で時刻表で調べて時間と違ったが、とりあえずホームに向かった。ホームに一人もいなかった。私は時刻を表示している画面をじっと見て考えた。どうみても11時の電車ではないようで、再びホームから出て改札口に聞きに行った。今度も彼女に大変苦労して時刻の確認をお願いという意味を伝えたが、彼女が軽い態度で「11:30」だと反省なく私に言った。もし私が彼女の言葉を信じたら、もし自分で時刻を調べなかったら、..そのとき、.怖い感じとラッキーな感じを混ぜる不思議な感じだった。ホームに再度向かって待っていた。
 そのとき一列の列車が走ってきてホームに止まった。列車にはわずか3,4人しかなかった。しかも全部黒人だった。私の乗る列車ではないが、もし私もそんな列車に乗ったらなにが起こるかわからなくて恐怖が襲ってきた。とりあえずMs.Chenに電話して列車の乗る時間を知らせようと思って、ホームの電話ボックスに向かった。電話は全部4台あるが、一台一台かけて見たら、全部壊れてみたいでかけることはできなかった。
一人もいなかったホームに落書きだらけの壁に壊された電話機。私は決断をする時が来たと思った。乗れば、行き先はお金をかけない宿とリスクのある列車旅;乗らなければ、1万円くらいの宿代とリスクを減らすこと。ほんの少し時間で私は列車を乗ることをやめて、近くのホテルを探すことを決めた。今でもそれは正確な判断だったと思う。
ホテル探し
 ホームから出て、Ms.Chen家に電話をかけて通じなかったから、暁春に彼女への伝言をお願いに電話をした。それから頭のよさそうな若い白人駅員にホテルのことを聞いた。オール駅の近くはホテルがあんまりないため、リヨン駅まで歩いていかないとと言われた。私は彼らの言うとおりにリヨン駅近くまで歩いた。リヨン駅周辺はオール駅と違ってすこし繁華街の感じがあった。深夜なのに、露天バーやカフェなどに依然人がいった。深夜の12時ごろ、私はホテルを見つかりました。朝食を含めて92ユーロで、JCBカードは使えないため、現金で支払った。部屋はごく普通だった、外見からみると昔の華やかな感じだったが、中は古くて、床に歩き出すと音をするくらいだった。でも、やっと落ち着いた感じだった。でもまた問題が発生した。ニースのホテルで遭ったことと同じくトイレの水流しのレバーはどこにあるかわからなかった。ニースのような蓋がレバーになることではなく、一生懸命探して見たら、足のところにあった。同じ国の中でもそんなに違うんだとしみしみ感じた。シャワーを浴びて、ベットについてすぐ寝てしまった。「お疲れ様」
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ニースに戻る
 衛兵交替式が終わった後、私はすぐモナコ駅に戻った。12:35の電車を乗って。今回の旅はヨーロッパ鉄道を重要な交通手段として利用していた。行く前にすでにヨーロッパ鉄道時刻表を手に入れ、詳しく調べていた。旅の進行路線や見学時間の計画も鉄道時間に従って立てた。ニースに戻った時間は13: 00だった。駅でまず15:56パリ行きのTGVを予約した。それから、地図に沿ってニースの町風景と海岸風景をたっぷり味わった。
 ニースはフランス人がバカンスでよく来るところだそうだ。私が感じたところ、フランス人だけでなく、世界の人々がここで休暇をすごしていたようだった。きれいな空気、元気いっぱいの町、さわやかな風、歌える海。。。ここに来る人たちは熱情があふれて、笑顔がこの町のシンポルのようだった。Exchange Bankに行っても、そこの人が私のパスポートを見て、笑顔でわずかの中国語で話をかけてくれた。お土産屋さんに行っても、フランス語と英語で親切に話してくれた。一人旅の緊張感はそこで癒されたように感じた。残念だが、私はすぐその町を離れ、旅を続くのだ。
 ニースの海岸はとても有名である。世界の金持ちが海岸沿いの高級ホテルに泊まるそうだ。昼間は海辺で日光浴を浴び、夜になると、高級カジノやパーティに出るそうだ。私は一人なので、海水浴をしなかった。単に海岸に沿って散歩していた。フランスの女性は背が高い、平均的には170cmがあると思う。だから洗面所の位置も高かったかあと納得した。でも、彼女たちはとてもきれいで、通り過ぎても、もう一回振り返って見たいくらいきれいだった。それに、姿勢よく自信満々歩いている姿は彼女たちのちょっとだけの傲慢さを表れた。フランスの男性はそれほど背が高くなかったが、格好はよかった。がっしりした体型、日焼けした元気な肌色、鋭い目と自信たっぷりの笑顔、印象が深かった。ピーチボールをしても、ローラースケートをしても、ジョキングをしても、前向きの姿が見の前で溢れていた。
 ニースでバカンスを楽しんでいるアジアの人は少なかった。アジアの観光客も多くなかった。あっても日本人ばかりだった。中国人の声を聞こえたのはわずか2回だった。今回私は観光客としてニースに訪れてきたが、今度はゆっくり1週間の休暇をニースで過ごしたいと思った。
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パリに向かう
 15: 56のパリ行きの列車を乗るため、昼ご飯を買って、早めに駅に着いた。TGVはフランスの一番早い列車で、早くもそのうわさの列車の姿を見たかったからだ。ホームについて、どこから乗ればいいかまったくわからなかった。目的もなく、あるドアから列車に登った。ちょうど一人の女性がそこに立っていたので、彼女に聞いた。彼女は私の切符を見て、英語でちょっと待ってと言い、私たちに向かって歩いてきた彼女のご主人に私の切符を見せた。彼らの発音から、明らかにアメリカ人で、私と同じく旅でニースに来たようだ。ただ、彼らは夫婦2人で、私は一人だった。彼女の主人は私の切符を見て、”間違ったよ。ここは2等車、あなたは1等車だよ、僕連れて行く”と言いながら、私を連れて1等車に向かった。私は彼の親切さと効率的な話し方にちょっと惚れた。
 私は席に着いた。赤が列車の雰囲気で、席は広くてゆっとりとした感じだった。車内は私以外3人くらいしかなかったが、列車はまもなく発車した。しばらく海岸線に沿って走り続けた。私は地中海の風景を見ながら、買ったパンを食べ始めた。20cmくらい長いパンを横で切り、野菜やお肉などをサンドイッチのようにはさまれていた。ずいぶんおいしそうに見えたが、食べると、硬さプラス粘り強さという感じだった。
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 フランスの駅はそれほどきれいと言えない。特にいたずらの書落きはあっちこっちの壁にあって、嫌な感じがした。フランス人の携帯のマナーもそれほどよくなかった。車内に携帯禁止の指示があるにもかかわらず、大声で携帯で話す人が多かった。ただ、私にとってはそれはよい意味がある。それは言葉の勉強だ。ただ1日だけだが、フランス語がかなり進歩した感じがした。「こんにちは」や「もしもし」などはもちろん、「探す」や「雨が降る」なども聞き取れるようになった。言葉はやはり現地で習うのが一番早いことを実感した。

 Marsmlceまでは車内にすべて女性だった。駅員はみんなのことを考えてわざわざそうしたかなあと思ったところ、Marsmlce駅で一人の男性が乗ってきた。しかもちょうど私と向かい側の席だった。私はちょっと不自然な気分だったが、すぐ慣れた。彼が居眠りをしていた間、私は彼の顔をじっと見ていた。金髪で、堀深い顔、痩せ型、睫毛は長かった。結婚指輪が彼の薬指につけたから、きっと既婚男性だろう。彼のかばんはすこし古いことから、おそらく仕事も5年以上していたでしょう。でも一等車に乗ることは身分は低いわけがない。もしかして、どこかの会社の中間管理職の人かもしれない。「don't judge a person by his appearance」という言葉は前からわかっているが、私はついに人の外見から想像しちゃう傾向があるね。

 今まで私が列車の進行方向と逆に座っていたが、Marsmlceから列車の進行方向が変えため、私が順行になった。そのとき、天気はすこし崩れてきた。雲が低い位置で広げてきた。すぐ落ちそうな感じだった。列車は広い野原で走っていた。日本で新幹線を乗るときとまったく違った感じだった。列車の窓からひろい風景が見えて、目の前は常に一枚一枚の風景絵だった。暫くたって、稲妻が野原の上空できれいに姿を表し、光った。すぐに雷が鳴って、雨が降り出した。空は少しずつ雲に覆われて、まもなく暗くなった。この先のパリはどんな天気かなあ、これからどうやってMs.Chenのところに行くかなあとちょっと心配があった。

EUの旅その5−モナコ

モナコの海風景
モナコ大宮から出て、しばらく山からモナコの風景を見ていた。港でいっぱいのヨットが停まっていて、これから海に出る予定でしょう。空は水色、海は濃いブルー、ヨットは真っ白、建物はピンク、なんときれいでしょう。小さい国だけど、豪華と癒し感じを人に与えた。だからモナコは世界の観光地且バカンス有名地だ。「地球の歩き方」を見ながら、次に行く場所を決めた。それは有名なカジノだ。行くため、私は観覧汽車みたいなのりものに乗った。汽車はモナコをほぼF-1コースに従ってモナコを回った...
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モナコのカジノ
 カジノに着いた。たぶん昼間なので、にぎやかな感じはしなかった。そのとき、従姉に言われたことを思い出した。ヨーロッパに来る前に結構オランダにいる従姉にいろいろな相談を乗ってもらった。「カジノはいいわよ。きれいなドレスをもて来たら?夜のモナコカジノには有名人や金持ちな人が多いよ。ひょっとしたら、出会いがあるよ」と従姉が私にで言った。私は単な冗談だと思って、ドレスはもちろん持ってこなかった。ちょっと残念だ。今度機会があったら、絶対着ていく。
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交替式
 カジノから出て、早速モナコ大宮に向かった。毎日の11:55に、そこで交替の式が行われるそうで、見に行きたかったのだ。広場に着いたときはちょうど式が始まったところだった。かなりの観光客がいって、隙間もなくびっしり詰めていた。欧米の人は背が高くて、私が隙間を探して見ても、ちょっと離れて足先を立て見ても、ジャップして見ても、何も見えなかった。とにかく一回りをして場所を見つけようとそのとき私が思った。その効果があった。すぐに人が離れたのが見て、その場所を獲得した。真正面ではっきり見えた。交替する5人の兵士は宮殿向かい側の建物から出て、宮殿の入り口に向かっていた。そこで交替式をして、交替された衛兵が宮殿から向かい側の建物に歩き出した。彼らは私の目の前に通り過ぎた。真っ白の制服、真っ白の帽子、高い背、がっしりした体型、クールな顔、格好はとてもよかった。そのとき、10年ほど前北京人民広場で朝の国旗上げ式を見たときのことを思い出した。同じ8月の夏、濃い緑の制服を着ていた衛兵たちのことだった。国旗をあげる時はもちろん、その後、国旗のそばに30分ほどちっとも動かずに立ていた衛兵のきれいな姿は私に深い印象を残った。国は違うが、国を守る兵士たちは変わらないね。
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 交替式が終わった後、私はすぐモナコ駅に戻った。12: 35の電車を乗って。今回の旅はヨーロッパ鉄道を重要な交通手段として利用していた。行く前にすでにヨーロッパ鉄道時刻表を手に入れ、詳しく調べていた。路線や見学時間の計画も鉄道時間に従って立てた。
モナコ駅
8時半くらいに、海岸線に沿って走る電車はニース駅に着いた。電車を降りて、どこの出口から出るかはわからなかった。私は感で人の後ろについて歩いていた。10分くらいトンネルみたいな道を歩いて、やっと出口から出た。フランスの電車は入るときはちゃんとチケットが検証されるが、出口のところは自由に出ることができるようだ
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 出口から出て、ちょうどインフォメーションセンターのマークが目に入った。私にとって、Information Centerは私を救ってくれるところだった。20歳くらいかわいい女性スタッフが親切に私の質問に答えた。時間はまだ早いので、バスはまだないと言われました。でもモナコはとても小さいな国なので、すべて足で歩い見物する人もいると言われて。私は自分の足で見物することにした。無料で配ってくれた地図を持ちながら、まずモナコ大宮に向かった。

山腹から見たモナコ
 雲が厚く、風が涼しく吹き、遠くから海の味も感じた。朝のモナコは人が少なかった。店もまだ閉まったままだった。私は山にあるモナコ大宮に向かって、階段を登り始めた。だんだん上に行くにつれて、モナコの風景が全般に見えるようになった。モナコは観光地なので、ホテルはほとんどだそうだ。建物の外壁はピンクや薄い黄色いのが多かった。窓が高くて、ベランダにきれいな花が植えていた。建物の形はさまざまだが、山腹から海にバランスよく延長していて、町全体をきれいに飾った。
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モナコ大宮
 階段を登りきって、モナコ大宮が目の前にあった。白い低い建物で、豪華の感じはしなかった。見学始まる時間は後30分があるから、私はまずモナコ大宮近くのある教会を見に行った。グレース・ケリー王妃が死んだ後そこに埋葬されたそうだ。
 そこから戻ってちょうど9時30分になり、私はチケットを買って、その日最初の観光客として、モナコ大宮に入った。説明は中国語がなくて、日本語のものを借りた。説明を聞きながら、モナコ大宮を見学した。見学は庭園の入り口の階段から始まった。
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私は最初の客だったから、周りはだれもいなかったし、管理者も一人もいなかった。撮影は禁止されたが、こんなときは一枚とっても大丈夫かなあと思って、カメラをひそかにかばんから出した。そのとき、階段の壁に監視カメラがあることに気がついて、すばやくカメラをかばんに隠して、階段を登り続けた。階段が登り終わった後、廊下のような通路があった。そこに監視カメラがないことに気がついて、どきどきしながらカメラを再び出した。周りは相変わらず誰もいなかった。カメラを持ち出して、撮ろうとした瞬間、通路の向こう側から兵士のような人が2人が出てきた。しかもライフルを持ていった。私は一瞬呼吸ができなかった。カメラを撫でるふりをして、すぐ横の部屋に入った。すこし気持ちを調整して、落ち着いたら、そこから本格的な見学ツアーを始まった。
人は少しずつ増えてきた。写真を撮ることはもう考えない、まじめに説明を聞きながら、各部屋を見て回った。モナコの国王のグレース・ケリー王妃は有名なハリウットの女優であることはずいぶん前から知った。彼らの結婚はロマンチックで世に残されたものだった。残念なことは、彼女が何年前交通事故でなくなったそうだ。

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