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『カメラ日記』という書庫は、カメラに関すること・感じたことを、とりとめもなく『語る』日記です。^^; ・☆*。・。・☆*。・。・☆*。・。・☆*。・。・☆*。・。・☆*。・。・☆*。・。・☆*。・。・☆*。・。・☆*。・。・☆*。・。・☆*。・ それは初めての感覚だった。 写真を撮りたいという衝動が沸いてこないのだ。 コンデジを手にしてから、1年ちょっと。 一度も感じたことのないその感覚の中に、1ヶ月くらいいた。 ・☆*。・。・☆*。・。・☆*。・。・☆*。・。・☆*。・。・☆*。・。・☆*。・。・☆*。・。・☆*。・。・☆*。・。・☆*。・。・☆*。・ ずっと、どんな時でもカメラを握ってきた私。 例えば、体調が悪くても、苦しくても、寂しくても、 泣きながらでも、カメラと共にいた。 写真を撮るという行為、そのものが私を慰めたからだ。 けれど、先月パタリと写真が撮りたくなくなったのだ。 まるで枯渇したように、撮りたいという衝動が沸いてこない。 あんなにキラキラして被写体に溢れていた景色が、色褪せてみえる。 何を見ても、何も感じない。不思議だった・・・・・。 私の場合は、写真を撮っている時に、 すでにその写真のタイトルがおぼろげながらもあることが多い。 撮る瞬間に、フッと言葉が降ってくる。 その何かを感じながら撮る。 それなのに、何も感じなくなってしまったのだ。 それでも、取り敢えず撮ってみる。 休みの日は今までどおりカメラを持ち歩いた。 撮っているうちに夢中になり、被写体に向き合える時もあった。 でも、やる気のない時にいくら撮っても、ほとんどが没だった。 気持ちのこもっていない写真というのはひどい出来だ。 以前は、撮っても撮っても足りない気がしてた。 もしかしたら、そっちの方がおかしかったのかもしれないけど。 撮っても撮ってもピンとこない。 けれど、それでも撮っていた。撮り続けていた。 ・☆*。・。・☆*。・。・☆*。・。・☆*。・。・☆*。・。・☆*。・。・☆*。・。・☆*。・。・☆*。・。・☆*。・。・☆*。・。・☆*。・ そうこうするうちに、ある日景色が輝き始めた。 目に入るものに、言の葉がこぼれるようになってきた。 私に撮りたいという衝動が戻ってきた。 あれはなんだったんだろう・・・・・。 「写真が楽しくない」「景色がみんな色褪せて見える」「何も感じない」 デジイチを手にしてから半年。 楽しくて楽しくて仕方なかったカメラとの散歩。 それが、楽しいだけでは済まされなくなってきたのだと思う。 技術面の未熟さへの焦りや苛立ち。 踏み込んだ写真という世界の奥の深さにめまいがした。 そう、たぶん私は頭でっかちになっていたのだ。 ・☆*。・。・☆*。・。・☆*。・。・☆*。・。・☆*。・。・☆*。・。・☆*。・。・☆*。・。・☆*。・。・☆*。・。・☆*。・。・☆*。・ ただ、今は撮りたい。この衝動に身を任せて、前を向こう。 きっと、自ずと道が開ける。 私はたぶん、今ひとつの壁を越えた。 越えてみたら、小さな壁だったのかもしれないけど、 ここから見える景色・展望もある。そんな気がする・・・・・。 続く・・・・・。
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カメラ日記
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写真、カメラについて思うことを、
きままに書いていこうと思います。
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以前トールペイントを習っていた私は著作権というものに敏感な方だと思う。 トールペイントというのはもちろんオリジナルもあるけど、基本的には模倣の世界だった。 誰かの作品を模倣するのは、悪いことばかりではない。 色々なものを学べるのは理解できる。でも、犯してはいけない線というものもある。 先生のデザインを自分のものとして発表するのはもちろんダメ! 許可なく教室で教材として使用すること、バザーで販売すること・・・・etc 著作権の考え方は先生お一人お一人で違っていた。 そんなことにうんざりしたのも、トールペイントをやめた理由のひとつだった。 だからなんとなく、このブログをはじめた時、 他の方の作品を見ることをほとんどしなかった。 影響を受けたくなかったからだ。迷惑もかけたくなかった。 その一方で良いものに触れるという大切さも理解できる。 でも、そんな気分にはなれなかった・・・・・。 * 。・。* 。・。* 。・。* 。・。* 。・。* 。・。* 。・。* 。・。* 。・。* 。・。* 。・。* 。・。* 。・。* 秋が来る頃には毎日写真を撮らなくてもだんだん苦しくなくなってきた。 ただ、デジカメはお守りのように毎日どこに行くのも持ち歩いた。 携帯電話とデジカメ、それは必需品。忘れると取りに帰りたいくらいだった。 少しずつ、少しずついろんなことが好転してきてるのを感じていた。 心の中にある十字架は一向に軽くはならなかったけど、 ブログを始めたお陰で、みんなに励ましていただいて、 独りじゃないんだと思えるようになってきた。 どこまでも不器用な私がリアルな世界の友人に、 心のうちを打ち明けることはほとんどなかったけれど・・・・・。 * 。・。* 。・。* 。・。* 。・。* 。・。* 。・。* 。・。* 。・。* 。・。* 。・。* 。・。* 。・。* 。・。* そんな日々を過ごすうちにも、少しずつ写真のことを話せる知り合いが増えてきた。 『綺麗と思うものじゃなくて、イイと思ったものを撮る』 『どんな写真にも伝えたい何かがあるはず』 『コンテストは専門家に批評してもらえる場』etc、 いろんな人にいろんなことを教えていただいた。 まだまだ、コンテストに出すという考えはどうしても思い浮かばなかったけれど。 伝えたい何か・・・・って、なんだろう・・・・・。 その言葉が印象に残り、秋の始まりはずっとそんなことに向き合う日々を過ごした。 * 。・。* 。・。* 。・。* 。・。* 。・。* 。・。* 。・。* 。・。* 。・。* 。・。* 。・。* 。・。* 。・。* その頃、レタッチにも凝った。 つまり、パソコンによる加工。(といっていいのかな?!) そして、わかったことは、自分の好きな色だった。 自分の傾向が見えてきた時、初めて感じたことがある。 他の方の作品がみたい。何でも良かった。 新聞のニュースに使われてる写真、ドラマのワンシーン、CM、 ファッション誌、カメラ雑誌・・・・・etc。 何もかもが、参考になるような気がした。 * 。・。* 。・。* 。・。* 。・。* 。・。* 。・。* 。・。* 。・。* 。・。* 。・。* 。・。* 。・。* 。・。* もう頭の中にあった『模倣』への嫌悪感は消えていた。 続く・・・・・ |
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去年の春先から夏になるくらいまで、 強迫観念にとりつかれたように毎日綺麗と思うものを撮り続けた。 自分のイメージした通りに撮れないことを疑問に感じた私は、 「フジ師匠」の言葉を思い出し、 教えてもらった構図や空間をあけることを試してみる。 それに飽きたら、既存のモードの切り替えを試みた。 あれこれモードを変えて撮ってみる。 『ナチュラルフォト、高感度2枚撮り、人物、風景、スポーツ、夜景、花火、 夕焼け、スノー、ビーチ、美術館、パーティー、花の接写、文字の撮影、ブレ軽減』 AUTOの他にこれだけのモードがあった。 状況に合わないものも試しに撮ってみたりもしてみた。 ビーチやパーティでもないのに、ただの風景に使ってみたりしてみたのだ。 ほとんど使ったことのないものもあるけど、 色々試しているうちに、自分の好みが少しずつわかってくる。 :::−:::−:::−:::−:::−:::−:::−:::−:::−:::−:::−:::−:::−:::−:::−::: デジカメで撮ったものは、デジカメの液晶デイスプレイでみるとよく撮れてても、 パソコンに取り込むと余計なものが写りこんでたり、ピントが甘かったりした。 今でもうまくないけど、一時期ピントに凝ったりもした。 軽く一度シャッターを押すとピントが合う仕組みのデジカメだったのだけど、 そんなことが難しかった。合わせたつもりでも、ピントを合わせた後で、 思わず被写体に近づいたり、シャッターを押す時にデジカメごと下に動かしてしまったりもした。 パソコンに取り込んだ画像をみて反省して、 今度はこう撮ろうと思っても同じ被写体を撮ることは少なかったので、一つ一つ難しかった。 特に難しかったのは、赤いもの、白いものだった。 そんなときは、(お勉強、お勉強)と心の中で唱えながら撮っていた。 :::−:::−:::−:::−:::−:::−:::−:::−:::−:::−:::−:::−:::−:::−:::−::: 夏が過ぎた頃、デジカメのオート機能や既存のモード撮影に慣れてきたので マニュアル撮影を試してみたくなって、色々撮り比べて見るようになる。 その頃からひとつの被写体に対して撮る枚数が増えた。 工夫してるといえば聞こえがいいけど、『迷ってる』ってことだった。 結局、最初の一枚のほうが良い場合のほうが多い。 そのものを見た瞬間の感動は、直感的なものらしく、 色々試せば試すほど、ただただ迷走した。 (この画像はシャターを切る瞬間にわざとデジカメを回転させて撮影したものです。^^) その中でわかったこと。露出補正はどうやら、少しマイナス補正が好みだということ。 ホワイトバランスはは随分スムーズにお天気や環境で変えられるようになってきたということ。 で、ISO感度って?100、200、400、800、1600って何? AFモードって?「センター固定」「オートエリア」って? デジカメの取り扱い説明書は使い始める時に一度、端から端まで読んだ。 でもそれだけじゃ完璧に暗記できてるはずはなかった・・・・・。 基礎が大事なんだと思う。デジカメを手にして半年経ってやっとそう思った。 続く・・・・・ |
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コンパクトデジタルカメラ。 誰でも撮れるカメラ・・・・、のはずだった。 「.「.「.「.「.「.「.「.「.「.「.「.「.「.「.「.「.「.「.「.「.「.「. デジカメを手にして先ず思ったことは「違う」というものだった。 目で見るものがそのままで撮れない。 私の目で見たままに撮れないのだ。 私の感動はデジカメにおさめられない・・・・・不思議・・・・・・・。 (どうして?!・・・・???・・・・?・・?・・・・) ここから、私の迷走が始まる。 つれない恋人に夢中になるようなものかもしれない。 そういう意味では、いい恋人をみつけた。 追いかけても追いかけても、追いつかない。 あぁ・・・、作戦失敗だ。 うかつにも追う側に回ってしまった。(笑) 「.「.「.「.「.「.「.「.「.「.「.「.「.「.「.「.「.「.「.「.「.「.「. そんな日々に『師匠』に出会う。 身近にカメラが趣味の人はいなかったから、とりあえず撮りまっくってた。 花、雨、風、水溜り・・・・・・夕焼け。 夕焼けは一時期すごく撮りたくて、綺麗にみえる場所を探して歩いた。 そのいくつか見つけたビューポイントのひとつに、 富士山の綺麗に見えるポイントがあった。 その場所に師匠は居た。ここでは『フジ師匠』と呼ぶことにしよう。 いつものように夕焼けを撮り終えて、帰路に着いた時、不思議な空間に辿り着いた。 男の人たちが3脚を立てて一方を向いている。 (?????) 疑問を感じつつ、好奇心から私は車を停めて一人のお年寄りに声を掛けた。 「今話しかけて大丈夫ですか?」 その人は変なグラフから目を離して「大丈夫ですよ」と応えてくれた。 そこは狭い空間だったけど、手前に花畑があって富士山がよく見えるいい場所らしかった。 ごついカメラ、そのときは何かわからなかったけど、今なら少しわかる。 デジタル一眼レフカメラ、望遠レンズ、ヒストグラム・・・・。 カメラの専門用語は全くわからなかった。 少し話しをした後で、デジカメに納めてあったものを見てもらった。 『フジ師匠』がこんな私に教えてくれたのは、 「何を撮りたいか考えて撮る」「構図の取り方と空間の空け方」 「とりあえず数を撮る」「コンテストに応募してみる」というものだった。 初対面の初心者に親切な『フジ師匠』。 その日は初めて同じ趣味の人と話せて興奮した。 その優しさもうれしかったけど、不思議な興奮で眠れなかった。 『フジ師匠』の教えは最後のコンテスト以外は今も守ってる。 「.「.「.「.「.「.「.「.「.「.「.「.「.「.「.「.「.「.「.「.「.「.「. けれど、実は『フジ師匠』にはその後一度しか会っていない。 同じ場所で久しぶりに会ったとき、 デジカメに納められた写真をみて褒めてくれた。 「この前より良くなったね」 お世辞でも嬉しかった。 自分が撮ったものをあんまり人に見せたことなくて、 評価というものになれてなかったから。 雨上がりの夕焼けの富士山が好きだって言ってたから、 そんな日は名前も知らない『フジ師匠』を思い出す。 きっとあの場所に行けばまた会える。その安心感が嬉しい。 何人もいた中で『フジ師匠』に声掛けて良かった。 優しい方で良かった。感謝してます。 今年のお正月に朝日を撮りに行った帰りに久しぶりにそのポイントに行ってみた。 車が停めてあったけどそこにいたのは『フジ師匠』じゃなかった。 カメラを構えてる人に会うと私は必ず挨拶する。 「おはようございます」同じ空間を共有する人に敬意を表して・・・。 この富士山はその日のものです。 今は富士山が綺麗な季節! (この写真は↓クリックしていただくと拡大してご覧いただけます。) 続く・・・・・ |
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最初に手にしたのは、可愛いからだった。 大好きな色だったから。濃いピンク。 きっと楽しくなるっていう予感みたいなもの・・・・。 だって、その時、私は最悪な状況にあったから。 なにもかも払拭(ふっしょく)できるような何かを求めたんだと思う。 ・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:. 去年の春先、ショックなことが続いて、 もう消えてなくなりたいと思いながら過ごした日々。 そのショックな出来事の最後にひかえていたのは、 私にとってはもう抱えきれないような出来事だった。 それが何かはここにはあんまり関係ないから書かないけど、 病院を出たその足で、ふらふらと“ヤマダ電機”に寄り道をしたの。 「可愛い!」 作り笑いに疲れてた私は、久しぶりに微笑んだ。 「コレ買います。」そういって連れて帰ってきたマイデジカメ。
FUJiFILM FinePix Z5fd
その日から毎日毎日写真を撮る日々が始まった・・・・・。綺麗だと思ったものを、とりつかれたように撮る。 シャターを押す瞬間だけ、『生きてる』実感を味わえたから・・・・。 ・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:. 一生懸命作り笑いして、「明るい人」と言われては心で泣いた。 自分でそういう風に見せかけたんだから、成功してるということなのに、 どうしてわかってくれないのと理不尽なことで憤慨していた。 暗闇の中を彷徨うような日々、深海に沈んでるような感じ。 けれど、綺麗なものに触れて、シャッターを切る瞬間(綺麗だなぁ・・・)と感じる。 その瞬間だけ、深い深い海から浮かび上がり、光りの中で澄んだ空気を吸う。 『生きてる』、まだ『生きてた』・・・・・。そんな日々だった。 ・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:.・:. 私のデジカメライフは、あんまり明るいスタートじゃなかった。 でも、唯一の救いだったの。 あの日、偶然だったけど、思い切って買ってよかった。 今はそう思ってる。 続く・・・・・ 追記(1.18):写真1枚削除させていただきました。 |
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