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その言葉に癒され温かな気持ちになったはずなのに、その身体を抱き締めた途端、その思考は別の方向へと動き出す。 背中に回された手に力が込められ、胸に強く顔を埋められると、尚一層その思いは強くなってくる。 この場所が書斎という事以外は物事を先に進めるには十分に環境は整っている。 遅い時間で誰も居らず、二人きり。 雰囲気もそう悪くない。 いざとなれば抱き上げて連れて行けばいい。 自分を奮い立たせて、シンはそっとチェギョンの身体を離した。 「大丈夫か?」 「うん、ちょっと切なくなっちゃったけど、もう大丈夫だよ」 「そうか、それなら良かった」 頬に手を当て、優しく撫でる。 ジッと見上げる瞳に優しく微笑み掛け、シンはゆっくりとチェギョンへ顔を近づけた。 何度ここで邪魔が入ったり中断したか分からない。 いい加減このパータンはよして欲しいと願いながら、あと数センチのところでまた中断する声が上がった。 「思い出した!」 何だよぉぉ!!! 絶叫したい気持ちを辛うじて抑えるも表情までは抑え切れない。 口の端が引きつる。 「今度は一体、何なんだ!」 「シ、シン君、顔が怖い…」 「うるさい!」 膝の上に腕を乗せて頬杖を付く。 まともに見てしまうと怒ってしまいそうで、シンは頬杖を付きながら別の方向へと視線を向けた。 有り得ない!普通はこんな風にならないだろ? いや、普通がどうなのかはよく分からないが…。 でも、どう考えても可笑しいだろ?!この流れと雰囲気に普通は嫌でも気付くだろう?! もしかして、嫌だからそうしたのか…? それってかなり傷付くぞ…。 「ン君…シン君?シン君?!」 「ん、あぁ」 怪訝な顔で自分の顔を覗き込むチェギョンの顔が数センチ先にある事に気付く。 慌てて体を起こし、シンはソファーに体を預けた。 隣には不思議そうに首を傾げシンを見ているチェギョンがいた。 「それで、何を思い出したんだ?」 「ここに来た理由」 「ヒスの事を話しに来たんじゃないのか?」 「うん、勿論シン君と話をしたかったし、ヒス君の事も話そうと思ってきたんだけど、もう一つ、シン君に貸して欲しい物があって」 「貸して欲しい物?」 「うん、本を貸して欲しくて」 「本?!お前が?!」 「なによぉ、そんなに驚かなくってもいいじゃない…」 ぷくりと頬を膨らませる。 拗ねた表情も可愛いと思ってしまうのは好きになってしまった者の弱みなのだろうか。 シンはなだめるようにチェギョンの頭を撫でた。 「悪い、悪い。で、何の本を借りに来たんだ?」 「シン君、顔、笑ってるんですけど…」 「そんな事はない」 と言うものの、笑いそうになるのを堪えるにはかなりの辛い。 「いいですよ〜だ!どうせ私は漫画か雑誌以外読まないですからね!私が本を読んだら、明日は嵐になるとでも言いたいんでしょ?!」 図星、間違いなく自分はそう考えていた。 本など今までチェギョンは一度も借りに来た事はない。 読んでいたとしても雑誌か教科書、それ以外に本を読んでいる姿を見た事がない。 教科書といったところでパラパラとページを捲るのみのような姿しか見た事がなかった。 そのチェギョンが自分の所に本を借りに来たと聞けば、明日の天気の心配を心配してしまう。 「そう言う訳じゃないが、珍しい事もあるものだと…」 「やっぱり思ってるんじゃない。いいから、貸してよ!」 「分かったよ。で、何の本だ?」 立ち上がり本棚の前に行く。 その後をチェギョンが追い掛けて来る。 隣に立ち、腰に手を当てたチェギョンの姿に思わず笑みが零れた。 「探して見つかるのか?」 本棚を凝視しているチェギョンを見ながらシンが問い掛けたる。 チェギョンは『あっ!』と言って罰悪そうに笑った。 「タイトル知らない…」 「おい…」 「タイトル知らないけど、シン君から教えてもらったお話、星にも周期があるように人にも周期があるって、あの本!」 「あぁ、あの本…」 ヒョリンとの写真を見られ、チェギョンが宮から姿を消したあの日。 ようやく見つけて宮が見える小高い丘で二人で星を見上げた時に話した話。 それを覚えていてくれた事がシンには嬉しかった。 シンは迷いもせず一冊の本を本棚から引き抜く。 その本をチェギョンへと差し出した。 その本を受け取り、パラパラとページを捲ったチェギョンが『絵がない…』と呟いたの事にシンは苦笑いしてしまう。 「で、この本をどうするんだ?」 「どうするって、読むに決まってるでしょ。枕にでもすると思った?」 「お前なら有り得るな」 「むぅ」 「で、ほんとにどうするつもりなんだ?」 「テラスで読もうと思ったの」 「今からか?」 「うん」 「駄目だ」 「どうして?」 「どうしてじゃないだろ。一体今何時だと思ってるんだ?明日にしろ明日に…」 「えぇ〜っ、星が綺麗だからその下で読もうと思ったのにぃ…」 「明日も天気だから星は見える。それに風邪など引かれたら困る」 「ちぇっ…分かりました。明日にします。それで、シン君は寝ないの?」 今一緒に眠ると変な気分になりそうだし、抑え切れる自信もない。 机の書類箱の上には判を待っている書類が見える。 少し仕事をして落ち着かせるか…。 「残った仕事を片付けてから眠るよ。お前は先に寝ていろ」 「うん、そうする。じゃぁ、シン君頑張ってね」 アルフレッドと本を大事そうに抱え、チェギョンは書斎を出て行った。 その後には溜息と共に机に突っ伏したシンだけが残された。 翌日、禁じられたテラスでの読書をチェギョンは夕食後直ぐに始めた。 クッションとアルフレッドを抱え、テラスへと出て行く。 空には昨日シンが言った通り、星が瞬いていた。 「いくら夏が近いからと言っても夜はまだ冷える。いい加減に中に入れよ」 「はぁい!」 出て行く背中にそう呼び掛け、シンも書斎へと入った。 書斎の窓からはテラスが見える。 アルフレッドをお供に、クッションを抱きかかえ、ベンチに座ったチェギョンを確認する。 チェギョンが寝てしまうのではと気になりながら、シンも執務に取り掛かった。 幾つかの書類にサインをして、ふと時計に目をやる。 チェギョンが読書を始めてから30分以上は経っていた。 椅子から立ち上がり、窓辺に近付く。 やっぱり…。 案の定、チェギョンは抱えていたクッションを枕代わりにしてベンチで寝込んでいた。 「あいつ…」 チェギョンらしいと、呆れた笑みを漏らし、シンは起こしに行く為テラスへと向かった。 書斎から出ようとしたしたところで、机の上に置かれた携帯がシンを引き止める。 携帯のディスプレイにインの名前を確認し、通話ボタンを押した。 そのままテラスへと向かう。 「イン、どうしたこんな時間に」 『悪い、遅いからどうしようかと思ったんだけどさ…』 歯切れの悪い口調が気になりつつ、テラスへの扉に手を掛ける。 ガチャリと音がした途端にシンの手が動きを止めた。 「どうかしたのか?」 『実はさ…』 「あぁ」 『ヒョリンが…』 「ヒョリン?!」 自分の声に驚き、シンは焦るようにテラスのチェギョンへ視線を向けた。 起きていない事に安堵し、シンはテラスに通じる扉を閉めた。 急ぐようにして書斎に戻る。 ドアを閉めてからシンは再びその名前を口にした。 「ヒョリンがどうかしたのか…?」
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第三章(再会)
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シンは皇太子を降りても女王の補佐として変わらぬ公務を続けていた。 その執務は夜遅くなる事もあり、大学から戻り食事を済ませた後、シンは書斎に籠り山積みとなっている書類に目を通していた。 “コンコン” 書斎のドアがノックされる。 書類に視線を落としていたシンは顔を上げ、コン内官へ目配せをした。 それを受け、コン内官はドアまで歩み寄ると静かにドアを開けた。 そこからひょっこり顔を出す人物。 アルフレッドを胸に抱き、チェギョンはそっと、中を窺っていた。 「何か用か?」 上げた視線を書類へと戻し、シンはドアの所で立ち尽くしたままのチェギョンに声を掛けた。 「入ってもいい…?」 何か話したいような雰囲気に、シンは再び視線をチェギョンへと向けた。 入りたいと訴える目に、許可をするしかなくなる。 「どうぞ」 「お邪魔します…」 邪魔にならないようにとソファーに腰掛けるが、シンの視界に入る為十分に邪魔になっている。 と言うより、落ち着かなくさせている。 書類に視線を落とし、なるべく視界に入れないようにと努めるが、その思いとは反対に目はその姿を捉えてしまう。 シンから小さな溜息が漏れた事に気付いたコン内官はそっと声を掛けた。 「殿下、もう時間も遅いですので、本日はこの辺で…」 「ん、あぁ…」 「では、私はこの書類を女王陛下の下へお届けいたします」 「あぁ、すまない。その書類を姉上の所へ届けたらこちらに戻らず休んでくれ」 「はい、ではそうさせて頂きます」 恭しく二人に頭を下げるコン内官にチェギョンも頭を下げた後、二人でその背中を見送った。 「邪魔するつもりはなかったのに結局邪魔しちゃったね…」 アルフレッドを見つめたまま、シュンとしたチェギョンが小さくなる。 手付かずになったまま机の上に置かれた書類を書類箱に戻し、シンはチェギョンの隣に腰掛けた。 「邪魔した事を気にするなんて、お前らしくもない」 「気にするよ…最近シン君忙しいから邪魔しちゃいけないかなって思ってたんだけど、お部屋に戻ってくるのも遅いし、起きて待ってようと頑張るんだけど寝ちゃって…なかなか二人で話せないからつい…でも結局邪魔しちゃった…」 確かにここ数日というもの急ぎの案件が多かった所為もあり、執務に追われ部屋に戻る頃には深夜を回っている事も多かった。 部屋に戻ってもチェギョンが寝てしまっているという状況が続き、その為二人の会話も極端に減っていた。 「急ぎの案件はもう粗方片が付いたし、気にするな」 「ん…」 頭をくしゃっと撫で、シンはチェギョンの顔を覗き込む。 俯いたチェギョンの顔は薄く唇を噛んでいた。 揺さぶられる瞬間。 何も出来ないで悶々としている日々、笑顔もさる事ながら、こういった顔もまずい。 本人の意識がないだけに受け取る側は拷問にも近い。 意思表示をしているのであれば、こちらもそれに応えられる。 だが、この無邪気な妻はその意思を示していない。 自分が何かをすれば、襲った事になってしまう。 「襲うぞ…」 思いが言葉になってしまう。 「えっ?!!!」 その言葉にチェギョンは顔を上げ、シンとの距離を空けだす。 こうなると何も言えない。 「冗談だ…お前がいつまでもそんな顔してるからだ…」 「冗談にしてはきついんですけど…」 「だったら普通にしてろ」 「うん、そうします」 大きく息を吐いていつもの自分へとチェギョンは戻していく。 『へへっ…』と笑い、アルフレッドを触る仕草は先程よりも幼く見える。 大人びて見える瞬間と、今のように幼く見える瞬間。 その度に揺さぶられる自分の心はまた有らぬ所へ飛んで行きそうになる。 その意識を逸らすようにシンは問い掛けた。 「で、何の用だ?何か話したい事があったんだろ?」 「あ、そうでした。すっかり忘れてた」 「お前らしい…で、何の話だ」 「あのね、今日ヒス君と話をしたの」 「は?!ヒス?!」 怒りと溜息が同時に出そうになるのをなんとか喉下で抑え込む。 冷静な振りをしてシンは会話を続けていく。 「で、ヒスと何を話した?」 「ん、たいした事じゃないんだけど、大学と公務の両立は大変じゃないかとか…」 その後の言葉がなく、沈黙が流れる。 その無言にシンは不審を抱かずにはいられなってくる。 「それで?それだけじゃないだろ」 若干苛立ちが含まれているのを自分でも感じながら、それでも出てしまったものは引っ込められない。 もじもじと言い淀んでいるチェギョンに徐々にイライラが募ってくる。 「言えない事でもあったんじゃないだろうな?」 「違うよ、そんなんじゃないもん。ちょっとね…」 中学の事を聞いてしまった事を言っていいのだろうかと今更ながら悩む。 昔の事をあまり話してくれないのは言いたくないから。 シン君にとって良い話とは言えないこの思い出を話す事でシン君が傷付いたら…。 「おい、はっきりと言え」 シンの苛立ちは既に前面に押し出されていた。 口の端が僅かに歪み始め、目は鋭くなっている。 「わ、わ、違う、ほんと何もないよ」 「じゃぁ、言え!」 「怒んないでよぉ。言うから…あのね、シン君の中学時代の事をちょこっと、訊いたの…」 「中学時代?」 「うん、中学の時のシン君がどんな感じだったのかなぁって…シン君あんまり中学の時の事とか言ってくれないから」 「話さないのは、特にこれといった思い出がないからだ」 「それって、悲しいよ…」 「いいだろ」 中学時代は本当にいい思い出など一つも無かった。 中学だけじゃない皇太孫となってからずっといい思い出など無かった。 辛い思い出は山ほどあるのに、楽しかった嬉しかった思い出は何も無い。 ただそんな中で、ヒスが自分の事をどう言ったかは気になった。 悪いようには言われたくないと思う自分がいる。 が、決して中学の自分は褒められたような事はしていないはず。 「それで、ヒスは何て言ったんだ?」 「うん、運動も成績も一番で、冷静に物事を捉え的確な指示を出してたって。でも、無愛想で何考えてるか分からなくて…冷たいと言うか冷めていると言うか…そんなシン君の中学時代の印象を…」 やっぱりな…。 予想通りの答えに苦笑いする。 「なんだよそれ…前半は良いとして、後半は随分な言われようだな」 「ははは…」 「それで?」 「ん、あとは…シン君には友達がいなかったんじゃないかって…何だかそれを聞いて悲しくなっちゃた…」 「何でお前が?」 「だって、私が中学の時は友達も一杯いたし、楽しい事も嬉しい事も沢山あったもん。そんな事がシン君には無かったのかなって思うと、こう胸がギュッと苦しくなって…中学生のシン君の傍に私が居てあげたかったなぁって…」 チェギョンの瞳が揺れ出す。 今にも溢れ出しそうな涙に慌てる自分がいた。 こんな風に思ってくれている事に嬉しくなる。 独りでいたあの頃にチェギョンが居てくれたら、自分はもっと前に変わっていただろう。 腕を掴んで引き寄せる。 シンは小さな身体を胸の中に納めた。 「そうだな、騒がしいお前が居たらさぞかし楽しかっただろうな…」 「そうだよ。私が傍にいたらシン君を一杯笑わせてあげられたのに…」 「だったら、これから沢山笑わせてくれ」 「うん、頑張る!」 「あぁ、頑張ってくれ」 温かな腕の中、もう一つ言えなかった事を思い出す。 『完璧な皇太子だった』その言葉に胸がチクリと痛む。 言ってしまえばまたシンは気にしてしまう。 そう思うと言えなかった言葉。 自分じゃない誰かがシンの傍に居たらシンは皇太子を降りる事が無かったんじゃないか、そう思う度にある人物が脳裏に浮かぶ。 その度に頭を振ってきた。 この温かな腕を私は手放すなんて出来ないもの…。 傍に居ていつも抱き締めていて欲しい。 私だけを見ていて欲しい。 そう思うのは我が儘なのかな…? シンの背中に回した手を強くしながら、チェギョンはその胸に顔を埋めた。
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皇族と言っても全てに翊衛士が付く訳でもない。 公務以外はその生活は普通の人達とそう変わりはないものだった。 大学から自宅に戻ったヒスを出迎えたのは父親のイ・ソヌだった。 出迎えたといっても、ヒスと食事をしようと待っていた訳ではなかった。 ただリビングのソファーに座り、帰って来たヒスを僅かに見ただけだった。 「只今戻りました」 感情もない儀礼的な挨拶を挨拶をする。 ソヌは新聞から顔を上げる事もなく視線を新聞に落としたままヒスに問い掛けてきた。 「遅かったな。どこかに寄り道でもしていたのか?」 「いえ…」 「フラフラ遊び歩き、新聞のネタにならなければいいがな…シンのように…」 『シンのように…』そこを強く強調し、含み笑いを浮かべるソヌに嫌悪感を覚える。 「お父さんが気にするような事は何もしていませんよ。それに今日はずっと大学にいましたから」 ここ数年、父であるソヌとヒスの関係は決していいものではなかった。 特にヒスの母親が亡くなってからというもの、更に関係が悪化していた。 ただの親子喧嘩とは違い、それは根深いものがあった。 ヒスが子供の頃から感じていた父親が自分を見る目。 我が子でありながらどこか他人を見るような目に、ヒスはソヌとの距離を自然と開けるようになっていた。 だから、ここに二人でいることさえもヒスにとって苦痛を伴う。 出来るだけ早くこの場から立ち去りたいとヒスは思っていた。 そのヒスにソヌは意味深な問い掛けをする。 「ヒス、お前は妃宮と同じ学科だそうだな?」 ヒスの大学の事など今ままで一度たりともソヌは訊いてきた事はなかった。 それが急にチェギョンの事を訊ねるソヌにヒスは疑問を持ち、問い返していた。 「僕とチェギョンが同じ学科だと何か問題でもあるんですか? 「チェギョン?お前は妃宮をそう呼んでいるのか?」 言った後でその呼び方に気付く。 それにソヌも気付き、新聞に落としていた視線をヒスへと向けた。 責めるような目にヒスの体が強張る。 序列の関係上、自分はチェギョンとは呼べない。 うかつだったと思い、ヒスは素直に謝りの言葉を口にした。 「友人なのでそう呼んでいましたが、軽率でした…」 「友人?妃宮と?可笑しな事を言うものだ…」 「可笑しい…?」 「相手を考えろ。いくら何処の馬の骨とも分からない女でも大君妃だ」 「馬の骨…?」 「そうだ。お前が妃宮と友人などと可笑しな事を口にしてみろ。義誠君のように潰されかねない…そんな事で潰されてはかなわぬからな」 口の聞き方、接し方を注意されると思っていたヒスにとって、ソヌの口から出た言葉は耳を疑いたくなるものだった。 まるで見下した言い方。 民間出身の妃であるものの、その立場は自分達より上、敬意を払わなければならないのは当たり前の事だと思っていた。 「お父さん、妃殿下の事をそう言われるのは如何なものかと思いますが…」 「何?」 「妃殿下は聖祖皇帝陛下がお決めになった方だと聞いております。その方を悪く言われるのはどうかと、それは聖祖皇帝陛下への侮辱とも取れますが?」 「知ったような口を…」 ヒスの言葉にソヌの顔が引きつる。 父親でありながら、その心も考えも分からないと、ヒスの中の父に対する嫌悪感は増していくばかりだった。 そして、ここに居る事がますます苦痛になってくる。 「すいませんが、やる事がまだありますので…失礼します」 このままソヌと話を続ける事は、ただ苦痛になるだけ。 気分が悪くなっても良くなる事はないのだと、ヒスはソヌに背を向け、自室へと足を向けた。 その背中にソヌの意味深な言葉が投げ掛けられる。 「待て…」 「何でしょうか…?」 「シンや妃宮とは親しくするな」 「それはどう言う意味でしょうか?」 「意味などお前は知らなくても良い。二人と距離を置くんだ。お前の将来の為にもな…」 「理由も分からずただ距離を置けと言われても納得が出来ません。それに僕の将来とは一体何の事ですか?」 「お前は私の言った通りにすればいい。分かったな」 「言った通りに…?何故ですか?」 訊ねるヒスにソヌはそれ以上の事を言おうとはしなかった。
ただ意味ありげに笑うソヌにヒスは冷たい何かを感じとっていた。 |
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チェギョンの帰国が発表された後、シンとチェギョンの周りは一気に慌ただしくなった。 シン一人の公務もさることながら、二人の公務も多く増えた。 その所為で大学に行く事もかなり難しくなってきていた。 久しぶりに大学に行ける事にチェギョンは、はしゃぎ、シンはそんなチェギョンに不安に感じていた。 その不安が的中するかのように、チェギョンはこの日、大学でヒスと顔を合わせた。 シンとヒスも何処となく雰囲気が似ていた。 何もしなくても皇族独特の高貴なオーラが漂う。 「さすがは高貴な身分、オーラが違うのよねぇ〜皇子といい勝負じゃない?」 「そうかなぁ…」 「あ〜、ダメダメ、この子は皇子しか見えてないから」 ヒスの姿をうっとりとした目で、スニョンとヒスンが見つめる。 「でも性格は全然違う」 「確かにねぇ〜」 ガンヒョン達が言う通り、二人の性格は似ている所がなかった。 シンはどちらかと言うと無口で無愛想。 皇太子と言う立場がそうさせてしまったのだろうが、自分に敵意を持つものに対してはかなりの威圧を持って征する時がある。 その所為で近寄り難い雰囲気を持っていた。 一方ヒスは明るく誰にでも優しい。 皇族を感じさせない性格は親しみやすく、ヒスの人気は大学内でもかなりのものだった。 カフェで一人レポートを仕上げていたチェギョンにヒスが突然声を掛けてきた。 「忙しそうだね」 「えっ?あ、はい…」 ヒスとは何度か挨拶を交わした事はあった。 けれど、それ以外はまともに話した事などなく、柔らかな微笑みを浮かべながら目の前の席に座るヒスにチェギョンは困惑気味に返事を返した。 「公務と大学の授業。掛け持ちは大変じゃない?」 「そうですね、忙しいです…」 「僕が皇族だってシンから聞いた?」 「えっ?えぇ、済州島のシン君の誕生日パーティーに出席してたって…」 「そっか…あの時はシンに紹介もしてもらえなかった」 「あぁ、あの時は…人が一杯で覚えきれないと思ってシン君が紹介しなかっただけ…」 無理矢理だなぁ…。 でもあの時、自分がシン君に相手にされてなかったとは言えない。 でも、きっとこの人も気付いたはず。 あの時、シン君は私の隣に居なかったって事を…。 「それにしても、ぶつかった時に皇族だって事言ってくれれば良かったのに」 「あの時いきなり『僕は皇族です』なんて言ったって君は信じた?」 「…たぶん、信じなかったと思う…」 「だろ?だから言わなかったんだ。どうせシンから聞くと思ってたしね」 「あの後直ぐに聞きました」 「それにしても、体調を崩して帰国した割にはあの時元気だったよね」 その事に触れられると頭が痛いと、チェギョンは苦笑いを浮かべた。 「あの時は…その…みんなに会えたら元気になっちゃって…」 苦しい言い訳…。 どうか気付かれませんように!! 苦しい言い訳をするチェギョンの顔をヒスは興味深そうに覗き込んで来る。 急に縮まった距離に驚き、チェギョンはヒスから体を遠ざけた。 「な、なに…?」 「いや、シンが好きになった女の子はどんな子なのかなぁって思って…」 「え?」 「パーティーの時はそう感じなかったけど、大学に入って久しぶりにシンを見た時、シンが随分と変わったような気がしてたんだ」 「変わった?」 「あのシンが人前でキスしたり、テレビで愛の告白なんて正直驚いたしね」 「ははは…」 確かにシン君にあるまじき行為と言えばそうなのかも…。 私だって驚いたもん。 「中学の時のシンからは想像もつかない」 「シン君と同じ中学?」 「基本的に皇族は王立の学校へ進むからね。シンが芸術高校に進学するまでは同じ学校だった」 「シン君とは親しかったの?」 「う〜ん、王立の学校にはシンの友達なんていなかったと思う。当たらず触らずか、上手く取り入って…ってそんな事ばかりを教え込まれた子供達ばかりだったからね」 シンの寂しげな横顔を思い出す。 宮でも独り、学校でも独りだったシンを思うとチェギョンの胸は切ない気持ちで一杯になっていた。 そして知りたくなるシンの中学時代。 「中学の時のシン君はどんな感じだった…?」 「シンの中学時代?」 「うん」 「運動も成績も一番。普段はあまり話さないし、無愛想で何を考えているか分からなかった。冷たいって言うより、冷めているって感じかな?確かに取り入ろうとしている人間達に心を開く訳ないからね。仕方ないって言えば仕方なかったのかも。でも、リーダーシップはあったよ。冷静で的確に物事を捉え、指示を出す。まさに完璧な皇太子だった…だから不思議だったんだ。君と結婚してからのシンは僕が知っているシンとは随分違っていたから」 「完璧な皇太子…」 その言葉に胸がチクリと痛む。 シンを皇太子の座から降ろしたのは自分なのだと思い出す。 「でも、シンは大変だったと思う。ユルの代わりになるはずもなかった皇太子の座に就いたんだ。その重圧はかなりのものだったと思うよ。それが、君と結婚してから変わった。随分と人間らしくなったと思う」 その言葉に驚かずにいられなかった。 『皇室に人間は複雑だ。誰が誰をどう思っているのか、私利私欲のためなら誰かが傷付く事などいとわないと思う者も多い。誰が敵で誰が味方か見極めなければならない。簡単に心を許せばつけ込まれる』 そんな言葉に恐怖さえも覚えた。 でも、今のヒスを見ているとそんな考えを持った人のようには見えず、むしろ、シンに対して好意的にも見える。 悪い人じゃないのかも…。 「少し君と話をしたかったんだ。話せて良かったよ」 「あの、私もシン君の事聞けて良かったです」 立ち上がり、チェギョンはぺこりと頭を下げた。 「じゃぁね、チェギョン」 「あ、はい…」 立ち去るヒスの背中を見ながら、チェギョンはヒスとは良い友達になれそうだと思っていた。
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危険は出来るだけ排除したい。 目の前に危険分子にチェギョンはいつも気付かない。 だから自分がその危険分子を排除しなければならない。 ただ問題なのは、チェギョンが危険分子を引き寄せ、引き寄せた危険分子はそのうち勝手に動き出すのだ。 こうなってくるとかなり危ない状況になる事が予想される…。 「じゃぁ、言ってくるね」 そう言って友人と歩くチェギョンの背中に不安を感じる。 素直に大学生活を楽しめと言えないのは自分の心が狭いからなのか…。 チェギョンが大学に通い始めてからというもの、シンの不安は増すばかりだった。 チェギョンとヒスが既に顔を合わせたという事で、二人が親しくなるのではとシンはその事ばかりが気になっていた。 だからと言って美術科に用も無いのに行くのは気が進まない。 プライドでがんじがらめになっている中、運良く自分に都合のいい人物が現れた。 「頼むよ、シン!」 「またか?お前、一人で行けないのか?」 「俺一人だとガンヒョンはなかなか顔を見せてくれない」 「僕が一緒だと見れるのか?」 「お前が一緒だとチェギョンがガンヒョンを連れて来てくれる」 都合のいい人物、チャン・ギョンが両手を合わせ必死にシンに頼み込んでいた。 『またか?』と言いながら、内心ガッツポーズをしている自分がいる。 チェギョンが戻って来てからというもの、ギョンは時々こうやってガンヒョンに会いに行っていた。 利用しているようで、実は自分が利用されているなどとは、ギョンは気付いていないだろう。 「…分かったよ…」 「やった!さすがは親友!」 喜ぶギョンの後に続き、美術科へと足を運ぶ。 教室に向かう途中のチェギョン達を見つける。 いつもの四人でいる事にシンはホッとした。 「ガンヒョン!!」 「また、あいつ…」 溜息を吐くガンヒョンに気付いているのかいないのか、ギョンはガンヒョンを見つけて嬉しそうに走り出していた。 素直に気持ちを表現できるギョンをシンは呆れもしながら、羨ましくも感じていた。 自分は素直に行動に移せない。 長年培われた性格はなかなか直らない。 一体自分はいつ素直になれるんだろうか…。 うんざりといった顔で教室の中に入ろうとするガンヒョンをチェギョンが慌てて引き止める。 「邪険にしたら可哀想だよ」 「いちいち相手になんかしてられないわよ」 「でも、せっかくここまで来てくれたんだし…」 引きとめている間にギョンがガンヒョンへと辿り着く。 こういう時のチェギョンのお節介はギョンにとってありがたく、ガンヒョンにとっては迷惑となる。 そうやってガンヒョンを引き止めていたチェギョンは、ギョンの後ろにシンを見つけ、嬉しそうに駆け出す。 「ちょっと、チェギョン!」 置いていかれたこの状況にガンヒョンは溜息を吐くしかない。 自分の後ろを同情と好奇の眼差しを向けて通っていくスニョンとヒスンをガンヒョンは恨めしそうに見送った。 「シン君、私に会いに来てくれたの?」 嬉しそうな顔で走り寄ってくるチェギョンに口元が緩みそうになる。 シンはギョンやチェギョンの友人達の手前、なるべくそれが表に出ないように努めていた。 それでも出てしまう気持ちには、意地悪で自分の気持ちと表情を隠そうとした。 お前に会いに来た。 その気持ちと裏腹の事を口にする。 「お前に会いに来たんじゃなくて、ギョンに付き合って来ただけだ。お前の顔はいつでも見れる」 「態々会いに来なくても?」 「いつでも見れるのに態々来るはずないだろ」 「なんか、ショックだなぁ…私に会いに来てくれたのかと思ったのに…」 「何だ、いつも傍にいないと寂しいのか?」 頬を膨らませるチェギョンの顔を覗き込む。 からかった事を悔やませるような寂しい表情にシンの心がざわつき出す。 そんな顔をするな我慢が出来なくなる…。 隣に眠るチェギョンを抱き締めて眠るだけの日々。 むくげは一体どれぐらい咲いたか分からない程、毎日咲き続けている。 この我慢はいつまで続くのかとシンは泣きたくなっていた。 その上、このチェギョンの寂しげな表情にまた心を揺さぶられている。 このままでいたら、ここが大学だという事も忘れて抱き締めてしまうかもしれない。 我慢の限界を感じ、シンはこの場を立ち去ろうとギョンの腕を掴んだ。 「ギョン、帰るぞ」 「えぇぇ?!今来たばかりだぞ!」 「もう時間だ」 「あともう少し!」 「駄目だ!」 ガンヒョンに一方的に話し掛けているギョンをシンは引きずるようにして連れて行く。 名残惜しそうにガンヒョンの名を呼ぶギョンを見ながら、ガンヒョンはようやく解放された事に安堵の息を吐いた。 そして、寂しそうにシンの背中を見つめるチェギョンには呆れた溜息が出る。 「行っちゃった…」 「宮に帰れば会えるでしょ」 「そうなんだけど…大学と宮とでは違うんだよね…」 「はいはい、あんたは毎日皇子に恋してるって訳ね」 「やだ!そんなんじゃ…」 そう言いながらもチェギョンの頬が赤く染まる。 そんなチェギョンにガンヒョンは呆れた笑みを向けた。 「安心しなさい、皇子もあんたに毎日恋してる」 「えっ?」 「気付いてないの?」 「何を?」 「あ〜、あんたってほんと…止めた!」 「何?ガンヒョン教えて!気になるよ」 「しゃくだから言わない」 ギョンを上手く使い、チェギョンに会いに来ていた事にガンヒョンは気付いていた。 それをチェギョンに教えてやろうとも思っていた。 でも、出しに使われた事が何だか悔しくもなってくる。 「あんたも皇子も恋愛に関しては結構単純なの。考えれば分かるわよ」 「分かんないから訊いてるのにぃ〜!」 ガンヒョンは『教えてよぉ』と投げ掛けられる言葉を笑ってかわした。
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