宮 Forever Love

初めておいでになられた方。必ずTOPを読んで下さいね。

☆愛せない 愛したい(完)

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東方神起『Bolero』
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苦笑いのユルがスッとその表情を引き締め、ゆっくりと近付く。
だが、その瞳は優しく穏やかだった。
近付き、伸ばされたユルの腕が僕の優しく背中を包む。
少しだけ強められた腕の力と共にユルが小さく呟いた。

「シン、長い間、苦しませてすまなかった…」
「ユル…」

その言葉に自分達の間にあった深い溝も高い壁も全て消え去った事を確信した。
もう自分達の間には何もない。
怒りも悲しみも全て消え去り、今こうしていて感じられるものは穏やかなものだけ。
自分の中にわだかまりなど微塵もない事を知らせるように、僕はユルの背中を数回叩いた。
そして、その気持ちがユルに伝わると、ユルは体を離し隣に立つチェギョンに視線を向けた。

「チェギョン…」
「ユル君…」

自分に向けられる穏やかなユルの瞳、その喜びにチェギョンがユルへと手を伸ばす。
ユルに触れる寸前でチェギョンがその動きを止めると、不安そうなチェギョンの瞳が僕と、もう一人…ユルの後ろに居る女性へと交互に向けられた。
その女性と僕との視線が重なり合い、同時にくすりと笑う。
了承のように二人で頷けば、チェギョンは嬉しそうにユルに抱き付いた。
ユルもチェギョンの背中を抱き、優しくその背中を数回叩く。

「お帰り、チェギョン。長い間辛い思いをさせてごめん…」
「ただいま…ユル君、全然長くなかったよ…でも、許してくれてありがとう…」
「僕のほうこそ、待っていてくれて、ありがとう…」

チェギョンから離れたユルが僕とチェギョンの手を握り締める。
握り締められた手は本当に温かく、優しかった。
そして、僕達を見守る優しい瞳。
ユルの傷付いた心を癒してくれた女性。
振り向いたユルの瞳に導かれるように僕らに歩み寄った彼女は小さくお辞儀をして微笑んだ。

「初めまして、ソン・ウニョンです…」
「初めまして、イ・シンです。そして妻の…」
「シン・チェギョンです。あの…ご婚約おめでとうございます!」

そう言ったチェギョンが小さなブーケを彼女に差し出すと、彼女は嬉しそうにそれを受け取った。

「ありがとうございます。あの…チェギョンさんも、赤ちゃん、おめでとうございます」
「あ…はぃ、ありがとうございます…」

彼女からのお祝いの言葉にチェギョンはふっくらとしたお腹をそっと撫でて恥ずかしそうに微笑んだ。
ユルの事を聞いたあの日、姉に報告したのはチェギョンの妊娠だった。
ユルの許しが得られるまで、その事を知らせないでとチェギョンは頑固なほどに家族への連絡を拒んだ。
初めての出産とその先にある出産に彼女が不安を覚えないはずはなかったが、チェギョンはその不安をずっと隠し続け、そしてあの日、姉に全てを話した後、チェギョンは許された事への喜びと家族に妊娠を知らせられた事への安堵感に、床に崩れ落ちるように座り込んで泣き続けた。
そして今日、韓国に戻りチェギョンは多くの祝福を受けた。

ふっくらとしたチェギョンのお腹を見つめ「触ってもいいですか?」と訊ねる彼女にチェギョンは微笑んでそのお腹を触らせると、胎児の動きをその手に感じ取った彼女は歓喜の声を上げる。
そして、立ち話は妊婦の体に悪いと彼女は東宮殿の中へとチェギョンの手を引き連れて行った。

「彼女、シンとチェギョンの出逢いをヘミョン姉さんから聞いて事実かどうかをチェギョンに確かめたいって言ってたから多分、チェギョン聞かれると思う…」
「姉さんも余計な事を…」
「でも僕も、嫌われる出逢いだと思った…」
「少しぐらい庇おうって気持ちになれよ…それに、チェギョンに嫌われてなかったって事は、そう最悪な出逢いじゃなかったって事だろ?そう言うお前はどうなんだ?最悪の出逢い方じゃなかったのか?」
「う〜ん、彼女曰く、僕らの出逢いも最悪だったらしい…僕はそんな事ないと思うんだけどね…」
「僕達の間に起こった事は彼女は知ってるのか?」
「隠したくなくて、全部話したよ…」
「彼女は何て…?」
「何も言わずに抱き締めてくれた…その時、醜い自分の心が彼女に救われたような気がしたんだ…」

ユルはチェギョンと楽しそうに話すウニョンの後ろ姿を見つめ、微笑んだ。


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女同士で話したいとからと、チェギョンは彼女の私室に向かい、僕はユルの部屋へと向かった。
部屋のソファーに座ったユルはガラス扉越しに楽しそうに話す二人を目を細めて見つめていた。

「認めてもらうのは簡単じゃなかったんだろ?」

その言葉にウニョンの部屋を見つめていたユルは僕に向き直ると小さく笑って息を吐き出した。

「一年…認めてもらうのに一年掛かった…」

その頃の事を思い出すのか、ユルは天井を見上げ、重い息を吐き出す。
呟くような言葉だが、それは酷く重く感じられ、ユルのこれまでの計り知れない苦しみを表しているかのようだった。
ウニョンもチェギョンと同じ民間出身で後ろ盾も何もない女性だった。
ピアノのコンクールに何度も入賞していた彼女はその実力を認められ、王立大学のピアノ科に奨学金を受けて通っていた。
そんな彼女が簡単に受け入れられるはずもなく、特にプライドの高い伯母や、自分の縁者を皇太子妃にと望む王族会の連中は二人の事を酷く反対したに違いなかっただろう。

「伯母上と王族会か…」
「あぁ…シンに続いて僕までも民間出身の妃を取るとなるとね…お祖父様の遺言もないし…」
「…挫けそうになった事は…?」
「あったよ、何度も…。その度に二人の顔が浮かんだ…「大丈夫だ、お前ならやれる」そんな言葉が欲しくて何度も電話を掛けそうになった…でも、出来なかった…こんなみっともない姿は二人には見せたくなかったし「好きな女一人も守れないのか」と言われそうで…ウニョンとの事を認めてもらうまで二人には会えないって…その所為で、二人を韓国に戻すのが遅くなってしまったけど…」
「いいさ…」
「彼女にも辛い思いをさせた…何度も泣かせたし、愛した事すら彼女に悪いと思ったよ…」
「愛してはいけないそう思っても、愛さずにはいられなかったんだろ…?気持ちはコントロール出来ないさ…」
「シンも同じだったんだろ?」
「あぁ…愛せない、愛してはいけないと思いながら、チェギョンを見る度に愛したいと思った…」

ユルに申し訳ないと思う気持ち、けれど止められなかった気持ち。
チェギョンを苦しめると分かっていながらも離せなかったその手。
ユルと彼女も苦しみながらも愛し合った。
その愛を貫いたから、今、彼女も笑っていられる。

「苦しませた分、これからは幸せだけを彼女に与えたいんだ…」
「今まで彼女を守り続けて来れたお前なら出来るさ…」

ガラス扉の向こう、ユルはウニョンを見つめそう呟いた。
優しく見つめる瞳、けれど、それは愛する人を幸せにしたいという強い思いに満ちていた。

「シン…」
「ん?」
「無性に彼女を抱き締めたい気分だ…」
「……行くか?抱き締めに…」

愛する人の笑顔を見れば抱き締めたくなる。
その笑顔一つで心の中は幸せに満ちていく。
それはユルも同じ…。

「いきなり抱き締めたら驚くかな?」
「驚くかもな…」
「怒られるかな?」
「怒られるだろうな…」

抱き締めた後に叱責される事も分かっていたが、それでも、幸せだと伝えたい気持ちは二人共治まるどころか溢れるほどに湧いてくる。
我慢出来ずに立ち上がった僕らは扉が壊れるんじゃないかと思うほどの勢いで扉を開く。
その音がチェギョンとウニョンにも聞こえたのだろう、二人は驚いた瞳で部屋に近付く僕達を見つめていた。

―愛してる…君が居てくれて僕は幸せだよ…―

今、その言葉を君に伝えたい…。



『愛せない 愛したい 〜Fin〜』

愛せない 愛したい 131

時は流れ、季節は巡る。
イギリスに来て4年、穏やかな時が流れる中でも待ち続けた答え。
その答えを僕達は一本の電話で知る事になった。

「シン、くん…シン君…起きて…」
「ん…?チェギョン…?」

優しく揺り起こす手と優しく自分を呼ぶ声に重い瞼をゆっくりと開けた。
まだ明け切らぬ外の色に開けた瞼をゆっくりと閉じながら彼女へと手を伸ばす。

「チェギョン、おいで…」

触れた温かな腕をそっと自分へと引き寄せると、甘い香りが僕を包んだ。
いつもなら引き寄せられれば素直に胸に擦り寄る彼女が慌てて胸を押し「シン君!」と怒ったような口調で離れると同時にひんやりとした物が僕の耳に押し当てられた。

「ねえ?姉に濃厚ラブシーンを聞かせるつもり?」

耳元で聞こえた笑いを含んだ呆れた姉の声に一気に意識が覚醒する。
落ちそうになる電話を握り直し、ベッドの上に体を起こすと同時に息を吐き出した。
目の前には腕を組み、チェギョンは赤くなった頬を膨らませ、唇を尖らせ無言の抗議の表情を見せていた。
電話を切った後で怒られる覚悟をし、僕は若干嫌味を含んだ口調で電話口で待つ姉へ返事を返した。

「姉さん、こんな時間に何の用?」
「あら、いいところを邪魔されたと怒ってるの?」
「そんな事を言う為に電話をしてきたのなら切るよ」
「酷い事言うのね、折角教えてあげようと電話したのに」
「何を?」
「あなた達の帰国が決まったのよ」
「実はね…」

電話の向こうから聞こえる姉の声、鼓動は徐々に速くなり、指先が震え出す。
僕の変化にチェギョンが不安そうな顔で僕の前に跪いた。
震える指先で彼女の頬に触れた後、そっとチェギョンの体を引き寄せ、額を重ね合わせて目を閉じた。

「チェギョン…韓国に戻ろう…」
「え…?」
「ユルの許しが出た…」
「ほんとに…?ユル君が許してくれたの…?」
「あぁ…」

頷く僕にチェギョンは震える手で口許を覆い、嗚咽を漏らす。
4年間待ち続けたユルの答え。
時間が経つにつれ、永遠に許されないのではと不安になる時もあった。
それでも、きっと許される日が来ると、笑い合えるその日が来て欲しいと、願わずにはいられなかった。
そして、今、その願いが叶った…。

「伯父様とお祖母様が準備ができ次第、直ぐに帰国するようにって言ってたわ」

耳に押し当てたままの電話からは、姉の掠れた声が届いた。
「泣いてる?」とからかう僕の声に姉は恥ずかしがるように「泣いてなんかいないわよ!じゃぁ、切るわね」と終話させようとする姉を僕は慌てて引き止めた。

「姉さん、待って」
「何?」
「僕達からも報告したい事がある…」





―半月後、宮、東宮殿―

「はぁ…シン君、ダメ、ドキドキしちゃう」
「いい加減にしろよ、もう5分は経ってるぞ」

宮から繋がる東宮殿の扉の前、ドアノブに手を伸ばし、引っ込めるという動作をチェギョンは5分近く繰り返していた。
チェギョンのその様子に呆れて扉を開けようと手を伸ばせば「ダメ!心の準備がまだ出来てないの!」と、その手を叩き落される始末。
こんな事を繰り返していると日が暮れてしまうんじゃないかと思えてくるほどだ。

「チェギョン、入るのか入らないのかはっきりしろよ」

溜息と共にその言葉を吐き出すと、背後からも同じような声が耳に届いた。

「ほんと、いい加減決めてくれないと僕達も困るんだけど?」

その声に弾かれたように振り向くと、首を少し傾げ、困ったような苦笑いを浮かべるユルが立っていた…。

愛せない 愛したい 130

婚礼の儀の一週間後、シンとチェギョンはイギリスへ向かう為に空港に居た。
距離を置いて私服の翊衛士が守る中、二人は家族と友人達に囲まれていた。
二人は家族や友人達と抱き合い、言葉を交わし合う。
時折、チェギョンは涙を拭う仕草を見せていた。
そうさせたのは僕、だから僕はあそこに行く事は出来ない。
行く事は出来ないけれど、僕は二人を見送りたかった。
まだ心に残るチェギョンへの想い。
まだ二人の幸せを正面から受け止められない弱い僕。
その所為で二人は韓国から離れる。
言えないけれど、二人に言いたかった思い。
強くなるから…二人に「おめでとう」と「幸せに」と言えるように…心から笑えるように…。
だから、それまで、待っていて欲しい…。
僕はゆっくりと二人に背を向けた。


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「行っちゃったね…」
「少なくとも大学を卒業するまで帰って来ないんだろ?長いよな…」

出国ゲートの扉の向こうに二人の姿が消えると友人達は急に寂しさを覚え、息を吐き出した。
仕方なかった事だといえ、ユルの許しがあるまで二人は韓国に戻る事は出来ないのだと遣る瀬無い気持ちにもなる。
ギョンはそんな気持ちを溜息と一緒に言葉にして吐き出した。

「あー!皇太子も振られたんだからさ、いいかげん諦めて二人を許せって言うんだよ!」
「ギョン、あんたは振られたからって直ぐに諦められるの?」
「や…それは…」
「人の気持ちってそう簡単なものじゃないでしょ?ユル君だって本気でチェギョンの事、好きだったんだよ。その好きな人が家族になる…それを受け入れられるようになるまでの時間もユル君には必要なのよ…」
「そう、だよな…ご、めん…」

ガンヒョンに諌められ、ギョンは項垂れると大きな体を小さくさせた。
その背中をガンヒョンは軽く叩き、歩き出した友人達の後を追う様にしてガンヒョン達も歩き出した。
少し歩いてガンヒョンの足が不意に止まる。
横を歩いていたギョンは急に立ち止まったガンヒョンの顔を不思議そうに覗き込んだ。

「ガンヒョン?」
「あ、あれ…!」

ガンヒョンはぐいっとギョンの服を引っ張り、エスカレータを降りて行く背中を指差した。

「何?誰?」

ギョンはガンヒョンに指差されたエスカレータに目を向けたものの、ギョンの目に見えたのは既にその半身をエスカレータの陰へと消した男性の背中。
誰とも分からずにギョンが首を傾げると、隣に居たガンヒョンは口を手で覆い小さく呟いた。

「ユル君…見送りに来てたんだ…」
「皇太子?来る訳ないよ」
「ううん、あれは間違いない、ユル君よ…」

良かったわね、チェギョン…ユル君が来てくれたわよ…。
チェギョンは何も言わなかったけれど、チェギョンの目はユル君を探していた。
教えてあげる、あんたがイギリスに着いたら、次ぎ会う時は、きっと二人とユル君は笑い合えるよって…。
ガンヒョンの中に強い確信が生まれ、ガンヒョンは静かに微笑んだ。


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小さくなる韓国の町並みをチェギョンは何も言わず見つめていた。
全てが雲に下になり、チェギョンは小さく息を吐き出し僕を見上げた。

「見えなくなっちゃった…」
「雲の上に出てしまったからな…」
「シン君…」
「ん…?」
「ユル君、きっと許してくれるよね?」
「………」

空港に着いてからずっと、チェギョンは何も言わなかったけれど、ユルの姿を探していた。
けれど、チェギョンにはその姿は見つけられなかった。
けれど、僕には見つけられたその姿、確かなものじゃないけれど、出国ゲートの扉が閉まる前に見えた光景をチェギョンに伝えた。

「ユルは空港に来てたと思う…」
「え…?」
「背中、しか見えなかったけれど、ユルだと思う…」
「ほんとに、ユル君…?」
「長年見てきた姿だ、間違いないよ…」
「ユル君、来て、くれてたんだ…」

チェギョンの瞳に涙が溜まっていく。
両手で口許を覆い、言葉を詰まらせながらもその顔は嬉しさに溢れていた。
そして、堪えきれずにチェギョンの大きな瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちる。
両手で彼女の頬を包み込み、零れ落ちる涙を何度も拭った。

「そう遠くはないよ、ユルと笑い会える日も…だから、それまで頑張ろう…」
「うん、うん」
「泣くな、僕が泣かしたと思われるだろ?」
「分かってるけど、止まらないよぉ…」

止まる事のない涙のチェギョンを僕は苦笑いと共に引き寄せ胸の中に閉じ込めた。
次、ユルと再会する時も彼女はこんな風に泣くかもしれない。
けれど、それは今以上の嬉しさの涙を零す彼女に違いない…。
卒業式から一週間後の穏やかに晴れたこの日、僕とチェギョンの婚礼の儀が厳かに行なわれた。
民間からの初めての妃という事もあり大々的な報道も望まれたが、皇太子の婚礼がまだな事や自分達自身が簡素な婚礼を望んだ事などを理由に報道は宮内庁広報からの映像だけと決まった。

簡素と言っても婚礼衣装、儀式の手順は変わらない。
警備上の都合から新迎の礼はチェギョンの実家ではなく、宮、雲峴宮(ウニョングン)をチェギョンの実家に見立てて行われる事になった。
醮子礼(チョジャレ)、醮女礼(チョニョレ)、交拝礼(キョベレ)と儀式は進んだところでこの日初めて僕はチェギョンと顔を合わせた。

後ろから衣擦れの音がして視線を横に移す。
ゆっくりと歩いてくる彼女が視線の端に映り、僕と視線が合った彼女は恥ずかしそうに微笑んだ。
「シン君、かっこいいよ…」とチェギョンの口が小さく動く。
チェギョンの言葉に僅かに緩んだ口許で「儀式の最中に余裕だな?」と返せば、チェギョンは小さく頬を膨らませた。
その後で「嘘だよ、綺麗だ…」と動いた僕の唇にチェギョンの頬は赤く染まり、恥ずかしそうに俯いた。

誓天之礼(ソチョンジレ)、誓配偶礼(ソベウレ)、合排礼(ハプクンレ)と儀式は長く、重い衣装と鬘にチェギョンの体力を心配したが、チェギョンは疲れを見せる事無く、それら全ての儀式をこなしていった。
同牢の礼での合房は成人後とされ、固めの盃を交わした僕らは正殿へと上がった。

正殿の祖母の部屋、そこには祖母と伯父、伯母の三人が僕達を待っていた。
当然の事ながら、ユルの姿はそこには無かった。
少しだけ落胆したチェギョンの横顔に、気付かれないようにそっとチェギョンの背に手を当てた。
見上げたチェギョンに小さく頷き、三人の顔を見回した。
静かな微笑みを浮かべた伯父が僕らの心に気付いてか、ユルの事を切り出した。

「本来ならこの場にユルも同席しなければならぬのだが…ユルの気持ちはまだそこまでには至ってはおらぬ…今はユルの気持ちを優先させたいのだ…シン、分かってやってくれるな?」
「はい、それは充分に…」
「チェギョン、お前は何も気にする事はない。むしろ、お前に辛い思いをさせていると申し訳ないとさえも思う」
「陛下…」
「今は春を待つ時と思い耐えてくれ…」
「耐えて待つ春はきっと美しく、温かな春になるはず…その春を迎える為にも、あなた達は幸せにならないといけないのですよ…」
「はい…」

祖母と伯父の言葉に頷きながら、チェギョンのその瞳には薄っすらと涙が滲んでいた。
僕達がユルという春に出会うのは、きっとそう遠くないだろう。
―幸せになろう…―
その思いを伝えるように、僕は膝の上で握られたチェギョンの手をそっと握り締めた。


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伯父達への挨拶を終え、宮を出たのは九時過ぎだった。
両親への挨拶は翌朝となり、今日の宿泊場所であるホテルへと向かった。
宮が用意したホテルのスイートはソウルの夜景を窓一面に映し出す。
支配人が案内するのも待てずに駆け出し窓辺に張り付くチェギョンの姿は皇族とは言えない姿。
苦笑いを漏らしても、それがシン・チェギョンなのだと微笑ましく、向ける目は自然と細くなる。
無邪気にはしゃぐチェギョンに支配人も目を細め微笑んだ後、ルームキーを差し出し恭しく頭を下げた。

「殿下、何かご不便が御座いましたら何なりとお申し付け下さい。本日は誠におめでとう御座いました」
「分かりました。ありがとうございます」
「凄く素敵なお部屋で嬉しいです!ありがとうございました!!」

窓に張り付いていたチェギョンが支配人の声に気付いて振り返る。
勢い良く下げられたチェギョンの頭に支配人は一瞬驚いて目を見開いたが、直ぐに柔らかな微笑みを浮かべた。
一礼して出て行く支配人を見送ってから、チェギョンはもう一度窓に張り付き眼下の夜景を眺めた。
ゆっくりとチェギョンの横に並び、チェギョンと同じように僕も夜景を見下ろした。
美しい夜景に「凄〜い!きれ〜い!」と感嘆の声を漏らすチェギョンに視線を移せば、眼下の夜景より美しい妻がいる。
思わず引き寄せれば、チェギョンは慌てて腕の中からすり抜けた。

「どうした?」
「シン君、お部屋探検しない?」
「は?」

ここは流れに乗って…の思惑を目の前の妻にかわされた気がするのは気のせいだろうか…?
そんな僕の気持ちを構わずに、チェギョンは「早く!」と手を引く。
仕方なくチェギョンの手に引かれるように歩き出した。
扉を開く度にチェギョンから溜息が漏れる。
バスルームにいたっては「うちのリビングがスッポリ入っちゃう…」と呟いた声に思わず噴き出したほどだ。
だが、チェギョンは全ての部屋を調べつくした後に何故か困ったように眉根を寄せて溜息を吐いた。

「ベッドルームって一つなの?」
「は?」

今夜二度目の理解不能なチェギョンの言動に思わず眉間に皺が寄った。
今しがた見てきたベッドルームはどう見てもキングサイズだ。
二人で寝るには充分な広さなのに、と不審顔の僕に気付かないまま、チェギョンはぶつぶつと何かを呟いている。

「どうしよう…合房は成人後だって言ってたのに…」
「………」

漸く分かった。
こいつが抱き締めようとした腕をすり抜けていった訳も…。
同牢の礼、そこで尚宮に言われた言葉をこいつは真に受けていたのだ。
「同牢の礼は本来、夫婦のお床入りの儀式ですが、まだお二人は未成年ですので正式な儀式は成人後とします」
同牢の礼で尚宮はそう言ったが、あれはユルの事を考えての事なのだろう。
でなければ、宮はこのホテルを用意しないし、用意したとしても別々の部屋にするだろう。

「ぷっ、くくっ…」
「シ、シン君?」

一人オタオタとするチェギョンの様子に耐え切れずに噴き出す。
ゆっくりと引き寄せて腕の中に収めれば、まだチェギョンは「わわっ」と声を上げて小さく抵抗を繰り返していた。

「分かってるか?ここを用意したのは宮だぞ」
「うん、分かってるけど…それがどうしたの?」
「宮が用意したのはキングサイズのベッドが一つだけある部屋だ」
「……!それって…」
「宮はその行為を黙認するという訳だ」
「そ、そうなん、だ…」
「それに、これが初めてって訳でもないしな」
「シ、シン君!」

真っ赤になって睨むチェギョンに口角を上げ「バスタイムだ」とその背中を送り出した。

一時間以上のバスタイムに途中、のぼせているんじゃないかと心配になりドア越しにチェギョンの気配を探った。
僅かに開けたドアの隙間から調子外れの鼻歌が微かに聞こえ思わず笑みを浮かべた。
その彼女の歌声に驚かされたあの日を思い出す。
想像以上の音痴に慌ててその口を塞ぎ、彼女の唇の柔らかさを知った。
抱き止めた体は想像以上に軽く、柔らかで甘い香りに眩暈を覚えた。
夫婦になる事など想像も出来ず、ただ彼女がユルのものになるのだと、崩れ落ちそうになる気持ちを堪えるだけで精一杯だった。

「シン君?」
「ん?あぁ、上がったの、か…!」

ソファーに座り、ぼんやりと過去の自分を思い起こしている僕の耳にバスルームから出てきたチェギョンの声が届いた。
背後からの声に振り向き、一瞬息を飲む。
上気した頬、濡れた髪をタオルで拭きながらこちらを見るチェギョンに頭の中で警告音が鳴り響く。
崩壊寸前、喉の奥から湧き上がる本能をテーブルの上のミネラルウォータと一緒に飲み込んだ。
冷えたミネラルウォータに一瞬抑えられた本能も、不思議そうに自分を見つめるチェギョンに掛かれば一瞬にしてその熱を取り戻す。
喉元にちりちりと焼け付くような熱さを感じ、もうミネラルウォータでは抑え切れないと悟った僕はバスルームへ急いだ。

一時間は経ってないはず…。
「寝るなよ!」との念押しも忘れずにしたはずなのだが…。
ベッドには既に眠り姫と化した我が妻、チェギョンの姿…。

「寝るなって言ったのに…」

眠る彼女を抱き締め、吐いた溜息は甘い香りを放つ彼女の髪に吸い込まれた。

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儀式用語ですが、間違っているかもしれません。
間違っていてもサラリと流してくださいね。

*醮子礼(チョジャレ) ‥ 新郎にその父親が盃を渡し、妻を迎えて来るよう命じる。
*醮女礼(チョニョレ) ‥ 新婦にその父親が盃を渡し、妻としての教訓を与える。
*奠雁礼(チョナンレ) ‥ 新郎が新婦の家に雁を贈る。
*交拝礼(キョベレ) ‥ 新郎と新婦が式場で初めて会い、挨拶を交わす。
*誓天之礼(ソチョンジレ) ‥ 新郎新婦が夫婦になることを陰陽の理に従って天地神明に誓う。
*誓配偶礼(ソベウレ) ‥ 立派な夫・妻になり、一生苦楽を共にすることをお互いに誓い合う。
*合排礼(ハプクンレ) ‥ 新郎新婦が瓢箪を半分に割った杯で酒を半分づつ交換して飲む。
式が終わると同時にユル君は別行動になった。
「ユル!俺達の事忘れんなよ!」
「頑張れよ、ユル!」
そんな言葉に見送られユル君は校長室へと消えて行った。
学校側との挨拶が終わればユル君は教室に戻る事無く、この学校を去る。
別れた後、どこか寂しさを隠せないみんなと教室に戻って、プレゼントの山となったユル君の机をみんなで見つめた。

「このプレゼント、ユル君に渡せなかったね…」

寂しそうに呟く声に私は弾かれたように教室の後ろに置かれた箱を掴んだ。

「ユル君に渡そう!」
「「えっ!?」」

驚くみんなを前に箱の中にプレゼントを入れていく。

「私なら渡せるかもしれないから」
「そうか、そうだよね。チェギョンなら渡せるかも」

みんなも私の言葉に山と置かれたプレゼントを箱の中に詰めていく。
そんな私の腕が掴まれ、みんなの輪の中から引き出される。
驚いて振り向くと、ガンヒョン達が小さなメッセージカードを私に差し出した。

「ユル君にメッセージ書きなさい」
「ガンヒョン…」
「早く!早く!ユル君行っちゃうよ」
「うん!」

言葉を交わす事は出来なかったけれど、カードなら…。
小さなカードには長い言葉を書く事は出来ないし、そんな時間もない。
伝えたかった言葉だけを書いて、私はプレゼントが入った箱の中にそっとそのカードを忍ばせた。

「じゃぁ、渡してくる!」

箱を受け取って私は校長室へと急いだ。
ユル君はまだ中にいるのか、校長室の前には数人の翊衛士とコン内官さんが立っていた。

「チェギョン様?」
「はぁ、はぁ、あ、あの…!これをユル君に渡して下さい。みんなからユル君へのプレゼントなんです!」

箱を差し出すと、コン内官さんは優しく笑ってその箱を受け取ってくれた。

「受け賜りました。これは後ほど殿下にお渡しいたしますのでご安心下さい」
「ありがとうございます」
「もう直、殿下がここをお出になられます。申し訳ございませんがチェギョン様は…」
「分かってます…じゃぁ、コン内官さんお願いします…」

コン内官さんに言付けて、私は美術科の教室へと戻った。
階段の踊り場の窓から射す光にふと足を止めて外を見つめた。
まだ暖かとは言えない気温、それでも葉を落としていた木々からは春を感じさせるように新しい命が見て取れた。
季節が変わり行くようにユル君と私達の間も少しずつ変化していってるのかもしれない。
卒業式でのユル君の言葉を思い出せば、そう遠くない未来に私達が笑い合えるような気がした。
この春の陽射しのように穏やかに…。


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「クラスの皆様方がこれを…」

校長室を出ていきなり手渡された箱には沢山のプレゼントが詰まっていた。
コン内官から箱を受け取り、会えないみんなのに小さな「ありがとう…」を呟いて僕は車に乗り込んだ。
三年間、毎日ではないけれど通った学校に別れを告げるのは寂しいものだった。
その寂しさに自然と自分の隣に置かれた箱へと手が伸びた。
大小様々なプレゼントにはメッセージカードが添えられている物もあり、僕の心を慰めてくれた。
「大人になったら一緒に酒を飲もうぜ!」
「ユル君、素敵な皇帝陛下になってね」
「ずっと、友達だぞ!」
書かれている文字をそっと指でなぞり、一人一人の顔を思い出していく。
そして、思い出す彼女の顔。
あの日以来言葉を交わす事はなくなった。
それは僕自身が望んだ事だけれど、今日の卒業式で壇上から彼女の泣いている姿を見た時は心が痛んだのも確かだった。
許せる気持ちが自分の中で芽生え始めているのに、それをまだ言葉にする勇気が僕にはない。
自嘲気味に笑いながら、僕は箱の中に残るカードを手に取った。
開いてそれを読めば、僕の中の笑いが込み上げて抑える事が出来なかった。

「やっぱり君は酷い人だよ、チェギョン…」

『ありがとう、ユル君。それから元気でいてね。ずっと友達だよ』
友達…この言葉は残酷だね。
君はその言葉の通り僕を友人の一人としか見ていなかったんだから…。
そして、今もこの言葉で君は僕を遠ざけるんだね。
君に決してそのつもりはないんだろうけど、僕はこの言葉を聞く度に何度君を遠くに感じたか分からないよ…。
でも、きっといつか僕もそれを素直に受け入れられると思う…。
今はまだ無理だけど…。

冬の空は重く暗い。
僕の心は今、少しだけ春に向けて動き出したのかもしれない。
重く暗い空を抜けて…。

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