|
10月末のこと・・・ちょっとそこまで・・・ 忍野八海 それは・・ 山梨県忍野村にある湧泉群。 富士山の雪解け水が地下の溶岩の間で、 約20年の歳月をかけてろ過され 湧水となって8か所の泉をつくる という本の第5巻に「忍野八海」にまつわる話がある。 本書の中で話者は本名、経歴から顔写真まで載せている。 当然話は実話である。 昭和58年ごろ、忍野八海のひとつ 「湧池(わくいけ)」の水のきれいさに感動したHさんが 村の役場に水中撮影の許可を取りに行くと、 撮影ついでに池の中の測量を頼まれる。 Hさんが池に入ると、中には前人未到の水中洞窟があり、 地下160mまでいったところで巨大な地底湖につながっていた Hさんの湧池測量の話を聞いたNHKの番組スタッフが、 テレビ用の水中撮影のために協力してもらえないかと言ってきた。 Hさんは同僚のダイバーと同伴するという条件をつけ、 NHKのダイバーと共に再び湧池の水中洞窟に入った。 ほどなく撮影は終了し、その時の映像は編集されて番組で放映された。 後日Hさんの元に、NHKから編集前のダビング映像が送られてきた。 同僚と映像を見ていると、洞窟の途中で突然見知らぬ男の顔が現れ、 画面が砂嵐になったかと思うと消えてしまった。 何度見ても人間の顔にしか見えず、水中の洞窟でのこと、 見間違えるものなど他になかったが 「木の根がそう見えたのかも」ということにして、とりあえずその場は収めた。 NHKの番組で湧池のことを知ったテレビ朝日系ワイドショー取材班が、 命綱を持たずに湧池に入って事故を起こし、2名の死者を出した。 このうちアシスタントPさんの遺体はすぐに見つかったものの、 カメラマンKさんの遺体が3日間見つからず捜索は難航。 そのころHさんの部屋に見知らぬ男の人影が現れ、 Hさんに「迎えに来てくれませんか」と訴えた。 その時電話が鳴った。 業を煮やした忍野村の村長がHさんに捜索を依頼する電話だった。 Hさんはすぐ現場に向かったのだが、 二次災害を恐れた警察の意向で湧池に入れず、 捜索ダイバーへの助言しかできない。 しかもダイバーたちはHさんの推測を聞かず、 Pさんが見つかった近くばかり探して8日が無為に過ぎてしまう。 結局9日目にHさんが湧池に入って水中洞窟からKさんの遺体を見つけ、 翌日引き上げられた。 この事故以来、忍野八海に人が入ることは禁止となる 僕らが訪れたときはドピーカンで 深く引き込まれるようなその青い色は キラキラと光を携えていた |
ちょっと・・そこまで
-
詳細



