しあわせの種

オープンガーデン終わりました(^−^)

平和への想い

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原爆の日 静かな怒り

今年も8月6日がやってきました。
原爆の日です。
65年前の午前8時15分、原爆が投下され、広島は地獄と化しました。
熱風に焼かれ、炎に焼かれ、焼けただれた皮膚を指先からぶら下げて人々はどんな思いで死んでいったのでしょうか。
恐怖、怒り、悲しみ、絶望、・・・・想像を絶するとはこの事だと想いながら、黙祷しました。
ワタシは広島で生まれ育ち、被爆2世でもあります。
 
被爆者の高齢化が進み、原爆の恐ろしさは徐々に風化していくのでしょうか。
実際他県の方で、8月6日に何があったか知っていらっしゃる方はどれだけいるんでしょうか。
広島の子供たちは、小さな頃から戦争の恐ろしさや平和の尊さを教え込まれます。
その小さな胸の中に、原爆や戦争の恐怖や悲しみは黒い塊となって住み続けます。
でも、大人になって知るんです。
広島や長崎の人達以外、その事を知る人間があまりにも少ない事を。
まるで教科書の中の数行の出来事・・・。
薄っぺらな知識・・・。
ワタシ達はいつまで広島や長崎の子供たちだけに、平和を背負わすんでしょうか。
 
国と国の様々な思惑があり、核兵器はきっとなくならないと思います。
被爆者がみな亡くなり、ますます原爆が風化していった時、また核兵器がどこかで使われるかもしれない。
ワタシ達にはそれが自分の子供たちや、大切な人達の上に落とされないように祈る事しか出来ないのかもしれません。
 

63回目の原爆の日です。
63年前の今日、アメリカによって人類の上に初めて原子爆弾が落とされました。
広島は一瞬のうちに焼け野原になったそうです。
生きながら焼かれ、全身の皮膚を指の先からぶらさげながら水を求める人で川は溢れたそうです。
今日も、彼らが助けを求めた川は静かに流れています。
夜となく昼となく、死体を焼く煙が上がり、生き残った人たちも放射能のせいでその後何人もの人が血を吐き亡くなりました。
その痛みや苦しみは、どんなに想像力に恵まれた人が想像したとしても、それを遥かに上回る程の地獄だったと思います。
原爆は大昔のこと、教科書の中の1ページではないです。
ワタシの父も母も被爆者です。祖父も祖母もそうです。
ワタシは被爆二世です。
父と母、祖父と祖母が生きていてくれてよかったと思います。
こんなことは絶対に繰り返してはいけない、こんな風に命を奪われてはいけないと思います。
これを読んでくれた人が、今日だけでも平和について考えてくれることを願います。

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