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(^_-)-☆日本初かな?

 3853 ゴルフ場で、プレーが終わって、クラブハウスに戻る前、必ずしなければならないことがありますね。クラブの確認、使った手袋やボールなどをバッグに戻す、持ち物をカートに置き忘れないように、確認して持つ、キャディーにチップを渡す。その後、ロッカーやトイレ、洗面所に戻る前、靴やズボンにエアーを吹きかけて、砂や泥、芝や雑草を落とす。そうです。私は、その度に、コノコイリングチューブを日本で一番最初作ったと、思ってしまう。一緒のプレーヤーに、誰かにいったことが、あったかな、それを言ったことはないと思う。
 
私が作ったプラスチック押出製品で、日本で初、と言う製品が幾つかある。1970年、大阪万博があった年ですね。かな?でなくて、200%以上確実な日本初は、「エッジング」1mカットと「押出グロメット」100mカットです。
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何故、グロメットの方が、押出をつけていたのかというと、当時、これも、日本初で、射出成型で、短い「グロメット」と66ナイロンの「結束バンド」が作られ始めていたからです。
もう一つ、これも、確実に日本初、「コンリングチューブ」(今は、コイルチューブと言っているらしい)主に、空気を吹き付ける必要がる場で見ることができる。マックスエアネーラーと言う会社からの依頼でした。
 
 当時は、6,66、11,12ナイロンが売られ始めた時期で、それ等を使って作った。その語、PU(ウレタン樹脂)で、作った。
 ペルプレンという樹脂も現れた。これは、可塑剤を混ぜないで、S−PVCやウレタンと11,12ナイロンの40%可塑剤入りの中間の柔らかさの樹脂だった。この時、吸引の強さを加減できるし、柔らかくても楕円になりにくい、バキュームボックスを使ったチューブの成型をあみだした。
 
 その他にも、いくつかあるが、http://otaenplaext.net/concept136.html
こちらを見てほしい。1980年以前に作った製品は、ほとんど、日本初かな?と言う製品だ。スパイラルチューブもその中に入るし、スパイラルチューブを原料から、定尺カットものまで、自動で作る装置を実用化したのは、確実に日本初の装置だった。ライセンスを取らなかったので、その後、装置を作ってもらった会社から、何社かに売られた。
 
 インドネシアで初なら、沢山なる。スパイラルチューブは、その一つだった。現在も、インドネシア初の製品の試作をしている。
 
 ちょっと前に書いたが、それらの製品を私が考えて売れそうだと思って作ったのではなく、私に作ってほしいと頼んだ会社や人がいたから、なんとかしましょうといって作ったのでした。だから、私は、それらの製品を自社製品として、売ったことは、全くない。製品の名前や装置、金型やその部品の名前は、それ名でに無かったものが多かったから、私が付けたというか、勝手に、そう呼んだものは沢山なるが、商品名を付けたことはない。
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 何時もは、静岡の麹屋に、麹を買いにっていたが、今回は、岡部の麹屋へ行ってきた。
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 部活に出かける中一、下の子。
日本初 コイリングチューブ エッジング

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