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(^_-)-☆残り一週間

 3412 再度、コミサリスに注文。私の復帰は8月初旬の予定だが、健康状態の具合によっては、復帰がお遅れる可能性があるし、場合によっては、復帰しないかもしれないと、脅かし?を掛けて、私に代わる人の見通しをレバラン明けまでに見通しを付けないと、客先との対応や会社のマネージメントができなくなるでしょうと、会社の経営が難しくなるでしょうと報告をした。昨日のディッキー君と直接会話も、再度頼んだ。
 
見本市へ自分たちだけで行って、そのメーカーから買うことにしてしまって、商社を会社へ呼んでしまった。その時点で私が仕様などについて、注文をつけるように頼まれた。私は、全く中国製を信用していなかったので、乗り気ではなかったが、何点かの確認と注文を付けた。その後は、当時のコミサリスの甥え経営を任されていた青年が、注文をした。仕様書が来ていない、装置類の図面も来ていない。借金をどこからどれくらいするのかも、私は知らない。そして、装置が届いた。保証書もなし、何も書類なし、結線をして使い始めたが、不都合ばかり、それから一年以上、次々と改造して、購入価格は600ジュタだったが、100ジュタは使った。それでも、まだまだ、不足だった。引取り機の仕様も、全然ダメ。
 
こんな状況なのに、コミサリスは、私が賛成したと思っている。現在の工場に移転についても、大反対を伝えたのもかからわず、進めてしまった。止む負えず移転を指導したが、このことについても。私が賛同したと思っているらしい。すれ違っている。
 
押出しの難しさなど、素人さんに話しても仕方がない。で、私ではダメで、インドネシア人で分かる人が、意見を言わなければならない。
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インドネシアでは、凄まじい交通事故というか、交通事件が多い、10人以上亡くなる事故が多い。昨日の事故は、場所は、ブレベス、チレボンのもっと東、街は海岸沿いだが、事故は南の山の中の道、バトゥルラデンという温泉へ行く途中に通ったことがった。大型のボックストラックが夕方、ブカプアサのための買い物をしている人たち(昨日の私に写真のような状況)の中へ突っ込んだ。死者は12人、ケガ人、多数。

12Orang Tewas Karena Kecelakaan Maut di Brebes

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たまたま、見かけた車、事故、どんな事故?左後ろのドアがない、不思議なことに、後ろのほとんどに傷がなく、後ろの両側と下の部分が削りとられたようになっている。どんな事故だったのか、想像しにくい、バックしてどこかにぶっつけたとか、追突されたのか。
交通事故 通じない すれ違い

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(^_-)-☆現状打破

 3411 ブカプアサ ベルサマをリッポチカランのシティーヲークのソラリアで、久しぶりに会った、20年以上前変えあの知り合いで、私の生徒の一人でもあるディキー君とだった。ちょっと触れたが、今の会社で私に代わる人を模索していたが、たまたま、彼が、自身の現状に満足していたくないらしくて、環境を買えたといっているという話があり、電話で話したよころ、というと、かなり、その気持ちがはっきりしているので、会って、詳しい話を話してみようと思った。
 
彼はチアンジュール、ボゴールの南東、スカブミの東、バンドゥンの南西、の出身。バンドゥン郊外のパダジャララン大学、日本語学科の出身、そして、静岡で日本語学校に2年間、いたことがあり、その時に、アルバイトで太田化工で仕事をしたことがあった。その時の縁で、彼がインドネシアに戻ったときに就職先の相談をされ、キタガワで押出の仕事を勧め、私の弟子のようなものになった。
 
その後、いろいろあって、今の会社の押出部門のトップになっている。その部門に日本人はいない。世間話から、徐々に、本題に入ってゆくと、その会社、プラスチックの成型とその関連のをしている、押出は小さい部門で、%90%以上は射出関連、トップからそれらの部門に日本人が責任者としているが、押出には日本人はいない。要するに、新しい仕事を取れない、現状維持だけで、自分の今の仕事は、やることがない上に、仕事を知る日本人がいないから、現状を理解してもらえない。いても意味がないから環境を替えたいという。
 
技術者として、気持ちは十分わかる。今後の彼の行動について、私の希望を話しておいた。どうなることやら、彼の決心は堅いようななおで、何とか、添えるように手伝いたいと思う。レバラン休暇の前にはっきりする。
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ブカプアサまで一時間ほど前の私が住む田舎町のメイン通りの様子、道の両側に、手つくりの飲み物を売る店が並んでいる、それらを買う人が群がっている。殆どの家庭では自分で作るより、買う人が多い。
不満 希望 打破

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(^_-)-☆何日目?

 3410 今まで、何日間、というと、何年間でしょうか、自分のウェブサイトを作ったのは、パニック障害になって、仕事どころではなくなり、自宅で回復を待っていた時、暇で暇でしょうがなく、囲碁やゴルフなど普通の状態ならやれることでも、何か、突然の発作が起こって、その辺りの人に迷惑をかける可能性がって、他人と何かをする気になれなくて、ただし、薬のおかげで、次第に、大丈夫だろうな、この調子なら、半年もすれば、また、仕事に関われるなという見通しも立っていたころでした。自分の生きた道のりを記録しておこうと思った、折角だから、紹介もしようと思った。そして、先ずは、e-mailの契約をしていたauとウェブサイトの契約をした。しかし、容量がすぐに一杯になってしまい、次に.多分、無料だったと思うgeocities.なるものを使った。しかし、それも、一杯になってしまって、そのころは、パニック障害も、全く、意識をしなくなっていたし、毎日のblogも始めていた。インドネシアへの復帰もしていた。2006年に酷い目にあったが、その一年前、初期の症状があった。
ホームページビルダーなるものを見つけて、どんどん項目を増やした。いろいろあって、新しいホームページビルダを使って、記事を増やしている。現在、これが、全部の表紙にしてあって、最初からの記事はここに全てリンクしてある。が、未完成だ。
 
それより、このブログよく続くね。もし、一日書かなかったら、どうしちゃったのだろうか、と、気にしてくれる人もいるだろうね。もう、慣性の法則だね。地球が回っているのと同じだね。
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隣の家からブカプアサで食べ始めのスープとフルーツをいただいた。右がフルーツを小さく切ったもの、冷たい。左は、暖かいスープ、ティムンスリやバナナ、トウモロコシなどを小さく切ったものが沈んでいた。空腹にはいいかもしれないが、既に、食事をしてしまった後で、食べきれないので、半分ほど冷蔵庫に保管し、明日朝、サフールで食べようと思う。
 
朝丘雪路さんが亡くなった。いやだね。若いころ、有名だった人たちがいなくなってゆくね。
慣性 パニック障害 ウェブサイト

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(^_-)-☆二日目

 3409ラマダン突入ではじめての、金曜日、いつになく、モスジッドの前が賑わっている。チカランバラットからジャラントールに入りかけたトコロ、ゲート手前で、渋滞、ほとんど、進まない、こりゃ間に合わないと判断し、ゲートの前でUターンし、JLカリマランへむかった。これが正解だった。ガラガラ、ここは、運転免許発行所のまえ、高層アパートが、間もなく完成でしょうか。その向こう側にも、同じようなアパートが2棟並ぶそうだ。
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その空いてる道を飛ばしていたら、突然、前のトラックが止まってしまった。しばらく、動かない、反対車線、向こう側からは、車が来ている。こりゃ何かあって、交互通行になっているなと感じた。そしてちょっと走り出したところで、前方を確認した。案の定、モスジッドだ。バイクと車が道を一車線塞いでいた。通りがかりの人たちが、お祈りをするのです。
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 TimunSuriティムンスリとKurmaクルマが、ラマダーン時期に店に並ぶのが定番だ。瓜とナツメヤシの実ですね。瓜は、昔は高速道路の両側の田んぼが、ラマダンの3〜4カ月前に瓜畑になり、ラマダンになれば、高速道路の両側に並べて売っていた。多くの車が路肩駐車で瓜を買っていた。今、この辺りでは、その面影はない。LRTなどのフライオーバーの工事現場になってしまっている。

 
断食って言ったって、日の出から日の入りまでの約12時間だけ、それに、しなくても、いいやという人が、日に日に多くなって、二週間過ぎには半数以上が、止めてしまう。終わりごろになれば、しっかり、断食をしたという人は10%にも満たなくなる。そのうえ、断食をした、しないに関係なく、断食明けには、たらふく食べたり飲んだり、大騒ぎになる。苦痛を共有し、仲間意識を高めるという目的らしいが、苦痛どころか、共に楽しんでいる。断食太りといって、断食を過ぎたころ皆さん、以前より顔がふっくらしている。
 
私は、出勤日、紅茶やコーヒーは飲んでいるが、昼食を食べていない。みんなから、プアサ?といわれる。そうだよ、普段から、私はプチプアサをしているのです。苦痛でも何でもない、食べる必要がないから食べないだけである。
 
27日のエアーチケットを受け取りながら、この会社の後継者になってくれるかもしれないインドネシア人に会ってきた。私の教え子の一人だ。プアサ明けから移りたいそうだ。時間が無くて、暗しい話ができなかったので、20日のブカプアサ、食事を共にすることにした。
 
星由里子さんも亡くなりましたね。私と同年代でしたね。学生時代、座頭市とか若大将シリーズ、暇つぶしに見に行きました。
錦織選手、勝っちゃいましたね、相手が強すぎだから、次はダメでしょ。大谷選手、6号ですね。
一週間後、帰国
二日目 転職 準備

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(^_-)-☆断食初日

 3408 年寄り、子供、女性、きつい仕事をしている人など、断食をしなくていい。学校は休み、通勤時間、道はガラガラ、休日のよう。
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会社からの帰り、ブカプアサ迄、まだ時間がある。道沿いに、急ごしらえの飲食品を売る店ができている。自宅へ帰る途中、ブカプアサの時間になったら、それらに寄って、ちょこっと、飲んだり、食べたりするためだ。ま、空腹と満腹の奇妙な一か月です。
 
相変わらずの工場の環境、少しづつではあるが、工場エリアにしようという工事はやっているが、ほとんど進んでいないといっていい。このエリア、舗装されるのはいつになるのでしょうか。5年先もこのままのような気がする。持ち主が売り込み、勧誘はしているでしょうが、借り手、買い手が見つからないのでしょう。そりゃそうだ。こんなところにわざわざ工場や倉庫で仕事をする理由がない。この会社のコミサリスが、なぜ、ここにしたのか、まっかくわかりませ〜〜〜ん、。だから、ここに入りたい人や会社は、簡単に現れるはずがない。だから、工事も進めない、舗装もしない。
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ここへ引っ越して、三年目に入るが、どうだろうか。一応、ここには、真ん中の通りは舗装されて、両側に工場や倉庫ができて、多くの人や車、トラックが出入りするはず?だ。後、何年先になるでしょうか、完成せずに、途中のままになってしまうそうと、私はお思う。緑の大部分は、ルンプッ(雑草)オジギソウ、眠り草、インドネシア語では、ダウン マル(恥ずかしがり草)、背丈が1m位になっているものも見られる。これが、やがては大木になる。ねむの木になるでしょうか。
 
西城秀樹さんが亡くなりましたね。ミーハー受けのようで、私は好きになれなかったが、一世風靡をした人でしたね。私より、若い有名人が亡くなっていくと、気になりますね。
 
統計を取っているわけではないが、錦織選手、死闘で勝利の次の試合は必ず、案外簡単に負けているような気がする。今回はどうでしょうか。
 
大谷選手、そろそろ、出来すぎから、並み以下に、なってきて、秋には、あれは、いったい何だったでしょうか、ということになりそうですね。私の予想が当たらないといいですね。ピッチャーに絞った方がいいともう。
 
日大アメフット、タックルして負傷を負わせた相手に、選手も監督も大学も謝罪をしていないようだが、謝らないということは、自分が謝まらなければならないという理由はないと思っているのでしょうね。故意ですね。こりゃ、傷害事件ですね。いずれ、謝るでしょうがね。
 
いろいろな意味で日本には残念がありますね。
断食 空腹 満腹

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