見て聴いて・・・笑えて歌が好きになる不思議なブログ

【K-メソッド】 胸声とアクートによる“Hybrid 歌唱法” http://www.voglio.org/acuto.htm

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昔、中国の山奥に「サトリ」と言う美しい鳥がいました・・・

樵が木を切っていると、サトリが飛んできて小枝に止まり美しい声でさえずり始めます。

毎日、その美しい姿を眺めているうちに・・・いつしか樵はサトリを捕えて自分のものにしたいと思うようになりました。

樵は茂みに隠れ、罠を張りサトリを待ち続けます。あっという間に一年が過ぎ・・・、数年が過ぎました・・・

しかし、何度やっても寸でのところでサトリは逃げてしまいます。

とうとう樵はサトリの事を諦め、仕事を始めます。すると、再びサトリが木の枝に止まりさえずり始めました。

勿論、もう樵はサトリを追う事はしません。

大きく深呼吸すると木を切るべく・・・斧を振りかざします。

・・・とその瞬間、手から滑り抜けた柄が宙を舞い、サトリを一撃・・・、樵の足元に落ちたサトリ・・・



この話は、私の恩師が最初のレッスンの時にしてくれた話です。

アッポジオは、力づくや故意ではなく、歌唱においてブレスのタイミングで生まれる支えの摂理・・・即ち「悟り(サトリ)」を説明するための「比喩」でした。

しかし、これを「たとえ話」と捉えた私には・・・非常な遠回りが待っていまました。

当時、声の支えとは「呼気を受け止める声帯と呼気とのバランス、拮抗」だと信じていた私・・・、強烈な喉声で歌っていた私には「自然に生まれるアッポジオの摂理」などは信じがたかった。

しかし、今思えば35年前に国内でアッポジオの本質を見極めていたのは・・・私の恩師、故安部嘉伸先生だけだったと感じる。

そして、私自身がその本質を体現できたのは、先生が他界されたずっと、ずっと後です。

喉から声を外す術を知ってからです・・・、呼吸の循環によるアッポジオからアクートが生まれるようになってからです。

アッポジオを意図的な力の集合体として信じて・・・執拗に力づくで歌っていた長い時期がありました・・・

故に、他人の歌唱の喉声・・・・閉塞感を感じるアッポジオ域にはアレルギー的に敏感なのかもしれません。

遠回りのおかげで・・・、他人の歌の一声を聴くだけで、アッポジオ・アクートテクニックからどれくらい「遠いか」「何年遠いか」が分かる様になりました。

(^_^;)


【K-メソッド】 

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