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市川猿三郎 二輪草紙
歌舞伎役者 市川延夫改め二代目市川猿三郎。 公演などのご案内、過去現在にわたっての様々なことを思いつくまま書き綴ってまいります。

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2月の博多座の時は、平昌冬季オリンピックで結構楽しみました。

今だから言うわけではないのですが、オリンピックでフィギュアの
試合がある時間は いつも 楽屋入り前でホテルも出なければならない時間。

外で公園などでスマホの画面を 凝視していたのもいい思い出です(笑)

2月というと 寒いはずなのですが、寒さも忘れて熱中していたのでしょうね。


今月はいよいよ、サッカーのワールドカップ・ロシア大会も開幕しました。
こちらは 夜、夜中ではないけど 夜。

日本チームが登場するのは明後日ですが、開幕後の今までの試合も見てました。

スペイン対ポルトガル いきなり決勝戦みたいな好カードの
凄い試合で点の取り合い。C・ロナウドがなんとシュートとPKで3点!

それでも引き分けとは・・・。スペインも凄い!(笑)

昨日のフランス対オーストラリアも見てました。(笑)

そしてアルゼンチン対アイスランド! 

この試合も生唾もので見ておりまして、メッシのPKのシュートを止めた
アイスランドのキーパー! 勲章ものでした。(笑)

結果、初出場のアイスランドが優勝候補のアルゼンチンに
1対1の引き分けに持ち込んだのは 勝ちに等しい試合でしたね。

ボールの支配率、なんと8対2くらいの差で怒涛の攻撃のアルゼンチンでしたが
ゴールは入れさせないとの気迫がアイスランドに見えました。

スポーツの勝敗はやはりこの気迫が必要ですね。(笑)

どうもレベルが違うように思いますが、日本チームも頑張ってほしいです。
日本以外の試合も十分 面白いですよ。

今日も好カードが目白押しです。(笑)



夜はサッカーのワールドカップで忙しいのですが、昨日は先日につづいて
出番終了後に映画を見て参りました。

何しに博多に来ているのやら・・・(笑)


タイトルは『空飛ぶタイヤ』

云う間でもなく、私の大好きな池井戸潤さん原作の映画化。
封切りを楽しみに 待ちに待っておりました。


『歌舞伎座捕物帖』を見ました中洲大洋の同じ映画館で
チケットを買って2階へ上がると 入れ替え前の『歌舞伎座捕物帖』の
音声が聞こえて来まして 思わず係の人に
「空飛ぶタイヤ このフロアでいいのですよね?」と 
確認してしまいました。(笑)

主演はTOKIOの長瀬智也さん
でもただのアイドルとは感じさせない演技でとても面白かったです。

とはいえ、私が毎週楽しみにみております 日曜日の某番組。
あれを見る限りは 既に全く「アイドル」ではありませんよね。

様々な分野で「職人」です。


今日も、先ほど夕飯をいただきながら 楽しく見ていたのですが、
私の好きな「釣り」(魚ではありませんでしたが・・・)に
思わず見入ってしまいました。

とはいえ、グループ内では どうしても一番年下のキャラのイメージが
強いので(番組を見ている限り)映画で新しい彼の姿を見た気がします。


一緒の舞台に立ち、いろいろ親しくさせていただいた高橋一生さん
そして佐々木蔵之介さんたちも ご一緒させていただいた舞台とは
また違ったキャラ。

そういった意味でも楽しませていただきました。


ただ原作を2・3回読んだ私からすると、2時間では
原作通りにお話しを運ぶのには無理がありますね。

ですが、映画として楽しまれるのなら十分です。(笑)
むしろ よくこの尺で収めたなあと 感心です。


興味のある方は どうぞ映画館へ!

あまり書きますとネタバレになりすなので やめておきますが、
私的には「忠臣蔵」を思い浮かべました。(笑)

途中脱落するものも含めて 本望を遂げるためにみんなが
一丸となっての世紀の大逆転劇。(笑)


わき役陣が凄く ひと癖もふた癖もある人たちの 勢揃いで
とても個性的なのですが、ある意味 俳優さんのTVドラマの
色んなイメージが重なって来て・・・(笑)



すいません 博多へは仕事で来ているのに・・・。

舞台を見られている私が、いろんなものを見てやはり感動をもらいます。
スポーツの気迫とこの感動。

この感覚を自分の舞台に活かさないとダメだな!と
気持ちも新たにした次第です。

博多の街と云うより、時間を満喫している現在の猿三郎でした。(笑) 

この記事に

来月の出演劇場

六月博多座大歌舞伎も中日を過ぎ、いよいよ来月の私の出演劇場が
気になる時期です。

高麗屋さんの襲名披露公演は来月大阪松竹座へ参ります。

松竹座へ参りますと、いよいよ旅公演4ヶ月目に突入と云う事です。



・・・が?



来月の大阪松竹座、出演者があふれていると云う事で・・・(笑)

今月早々にも どうも 来月危うい雰囲気が漂っておりました。


もちろん猿之助さん以下ご一門は、決定しているのですが問題は私。

どうも出番がないそうで、お休みの雰囲気もございました。

ま、それはそれでちょうど飽きて来ました3ヶ月の旅公演の中 
来月、お休みでもいいかな? 


と 覚悟を決めておりました処、一昨日 国立劇場の方から
お電話を頂きまして、なんと私 来月は国立劇場の
『歌舞伎鑑賞教室』に 出演させて頂きます。(笑)


私、国立劇場の出演と云いますと紫派藤間会の舞踊会での
単独の出演はございましたが、『歌舞伎鑑賞教室』は 
2009年6月の『華果西遊記』以来のことになります。

ということはもしかして 国立劇場出演自体が10年ぶりということでしょうか。
それはそれで かなりびっくり、驚きです。


歌舞伎鑑賞教室は、2005年7月右近(右團次)さん段治郎(喜多村緑朗)さんの
『四の切』もございましたので 一時期は それなりの回数 澤瀉屋でも
ございましたので、そう云った意味では驚きというほかありません。(笑)


鑑賞教室以外の本公演で国立劇場に通いましたのは、小劇場公演ですが、
2007年3月の『蓮絲恋慕曼荼羅(はちすのいとこいのまんだら)』が最後です。

こう書いてみますと、この辺りは比較的 1年に1度くらいの割合で
国立劇場には出ていたみたいですね。

劇場変わっているかな、変わってないだろうなあ(笑)と思いながらの
来月の公演になります。



今回の 歌舞伎鑑賞教室 本編は『日本振袖始』です。
こちらの演目は 猿翁旦那 玉三郎さんの春秋会の折に出た事がございます。

しかし 私の出番はこの本編ではなく、なんと『歌舞伎の見方』での
坂東新悟さんの解説の中に登場する村人だそうです。(笑)


どんな事をするのかは まだ台本も頂いておりませんので
今の時点では よくわからないのですが、
お休みだとお覚悟していた私にとりましては 思いがけない国立劇場からの
お声掛かりにびっくりしている次第です。(笑)

なんにもせよ首がつながり よかったです。(笑)


大阪へは伺えず、また新記録となりました4ケ月目の旅公演は
途絶えましたが、今年は少なくともまだ もう一か月 旅公演の可能性が強く 
ここは東京でゆっくりさせて頂きます。


何人かの方からコメントは頂きましたが、7月大阪ではお目にかかれません
楽しみにしていてくださった方がおられましたら もうしわけありません。

次の機会に また よろしくお願い申し上げます。

★ 訂正

ブログアップ直後には以前のまま『高校生のための・・・』と云う 
フレーズを入れておりましたが 現在では単に『歌舞伎鑑賞教室』となっておりましたので 
謹んで訂正させて頂きます。

この記事に

六月博多座大歌舞伎は二代目松本白鸚、十代目松本幸四郎襲名披露公演。

その華やかな舞台に相応しく 本日はソフトバンク・ホークスの元監督
王貞治さんがご観劇されました。

幸四郎さんの『伊達の十役』幕開き口上に於いて「本日、ご観劇頂いております。」と
ご紹介がありましたのは、歌舞伎の口上でも異例な事でした。(笑)

幕間には白鸚旦那の楽屋へもお見えになられたそうです。

何人かは廊下で王さんとすれ違ったそうですが 
私はお会いできなかったです。残念!(笑)



2003年11月 藤間紫先生と猿翁旦那の『西太后』の博多座公演の
舞台稽古の時にダイエー・ホークス時代、博多座の前の通りを優勝パレードで
王さん以下 ダイエー・ホークスの選手の皆さんがオープンカーで通られたのを 
博多座のバルコニーより私たち『西太后』出演者が花吹雪でお迎えしたのも 
いい思い出です。

王さん始め選手の皆さんたち、花吹雪に思わず こちらをご覧になられ 
快く手を振ってくださいました。(笑)

お芝居と野球、ほとんど接点のないように思われますが、
こう云ったご縁とは不思議なものですね。(笑)



話しは変わりますが 今回の高麗屋さんの襲名披露、
名題下さんには粗品とご祝儀が。 

名題以上の出演者には全員ご祝儀と高麗屋さんの浴衣の反物が配られました。


そして大道具さんには四つ花菱の大きな紋が入った半纏を

イメージ 1


衣裳さん床山さん他のスタッフには、同じく紋入りのTシャツが配られました。

イメージ 2


イメージ 3


モデルになってくれた写真は、今月私の衣裳を着付けてくれている鈴木君。 

もちろんご襲名の規模にもよりますが 襲名披露と云うのは色々と費用も掛かり
大変な事なんだと お分り頂けるかと思います。(笑)


数年前の二代目猿翁旦那 四代目猿之助丈 九代目中車丈の
おもだかや襲名披露公演も華やかでしたね。

もちろんその分 お客様の入りによってプラスマイナス
見合って参ればそれに越したことはないのですが・・・(笑)

大きな名跡、高麗屋さん三代の華やかな襲名披露、東京 名古屋を終え
今月は博多座 来月は大阪松竹座へと続きます。

この記事に

今月のお役

六月博多座大歌舞伎も本日、早くも中日を迎えました。

先月先々月の『ワンピース』公演と違い なんと日の経つのが早い事か・・・(笑)


同じ1日24時間 ひと月25日の公演でも、人間の感覚の
都合のよさと 曖昧さを感じます。

この調子で行くとすぐに、千穐楽を迎えそうです。(笑)


今回の私の『伊達の十役』でのお役は、管領 山名左衛門の配下 赤羽根伴蔵。

2幕目滑川宝蔵寺堤土橋の場に、笹野才蔵(梅丸さん)と京潟姫(みやがたひめ・・・壱太郎さん)
を捕らえに来る悪い方の役人です。(笑)


イメージ 1


写真は赤羽根伴蔵。



『伊達の十役』では以前 海老蔵さんが上演された時に
細川勝元の家来 川上右門を勤めさせて頂きました。
こちらは 良い方の役人?でした。



プロフィールの写真も『ワンピース』のクロコダイルから変更です。
支配人ディスコもクロコダイルも これでもうお蔵入りかも・・・?

ここの所 不思議なメイクが多かったので 時代物のお化粧をしますと
なんとなく気が引き締まります。(笑)

今回のお役はこれ一つだけですので、博多の街を満喫させて頂いております。(笑)

この記事に

ここ数日『慙紅葉汗顔見勢 伊達の十役』の私の思いの丈を書かせて頂きました。
あまり毎回ですともう、皆さまにも飽きられている事でしょうね。(笑)

今日は、別の観点から書かせて頂き、一応ひと休みさせて頂きます。



1979年(昭和54年)2月の梅田コマ劇場『不死鳥よ 波濤を越えて』から
おもだか旅行会を挟み 4月の『伊達の十役』の初演の時の超忙期は、
先日書かせて頂きました。


4月の明治座での初演から 7月歌舞伎座 9月南座での狂言差し替え、
再演となりました事も懐かしい思い出。

しかし、超忙期はここだけではありません(笑)



この年の11月はサンシャイン劇場で『奥州安達原』の映像ドッキング歌舞伎。
次の年1980年2月は『奥州安達原』の再演 
4・5月は『双絵草子忠臣蔵』初演

7月歌舞伎座は『義経千本桜 堀川御所〜蔵王堂花矢倉』までの通しの初演。


この時までは、『義経千本桜』通し狂言と云いましても
『四の切』で終わるのが通例でしたが、
この7月 初めて五段目の『吉野蔵王堂花矢倉』を付け加えられ
これも大当たりとなり のちの数回にわたる海外公演への引き金となりました。


この時の千穐楽は、『蔵王堂』の大立ち回りが終わり 
幕となってからも お客様の拍手が鳴りやまず

急遽 猿翁旦那の佐藤忠信と、二代目鴈治郎さんの お二人が幕前に出られ 
歌舞伎初のカーテンコールとなりました。


実は出演者全員 幕の裏で打ち上げの用意をしており 
まさかカーテンコールになるとは思わず 大道具さんはすでに
蔵王堂の屋台を幕と同時に解体し始めていたので 
幕を開ける訳には行かなかったのです。(笑)


『伊達の十役』『義経千本桜』の大当たりを受けて 
毎年7月歌舞伎座の奮闘公演は 古典の復活が常例となってしまいました。(笑)


海外版を設けて『義経千本桜 忠信編』が編成されたのもこの時期でしょうか?


次の年 1981年7月は『獨道中五十三驛』の初演、これも超人的な公演でした。
初日の終演は、なんと深夜12時前。

なんせ初演は五十三驛にちなんで 6幕53場ありましたから・・・(笑)

初日とは云え あまりの長さに幕が開くたびにお客様の数が減り 
それでもお客様 大詰めの幕まで 半分くらいは残っておられたでしょうか?
今では考えられない公演でした。(笑)

現在は通しでも半分の26場までに割愛されましたね。
巡業公演等ではさらに短い ダイジェスト版になっております。

そして2年後1983年7月は『當世流小栗判官』の初演、
1986年2月にはスーパー歌舞伎『ヤマトタケル』の初演。

これも2・3月新橋演舞場 4月中日劇場 5月南座 
10・11月新橋演舞場で再演 年間6ケ月上演しており
間の7月歌舞伎座は『伊達の十役』を上演しておりました。(笑) 

これから『伊達の十役』『義経千本桜』『ヤマトタケル』が3本柱となり
数年、再演再々演が繰り返され その間を縫って他の演目も増えて参り
いつの間にか三代目猿之助四十八撰が生まれて行ったのです。(笑)



振り返るとこの『伊達の十役』からの数年は 目の回るような公演の連続でした。


並べて書いておりますので 一見簡単そうに見えますが 
もともと全くないもの、少ししかないもの 忘れられていたもの。

そういったものを 掘り起こしたり 一から作ったりと 本当に大変な
作業と 稽古と 稽古と 稽古と・・・

ないものを作るというのは どれだけ大変なのか そういったものを
身をもって体験したように思います。


しかしここの時代に おもだかや一門の原点があったようにも思います。

これからこれをもう一度、と云われても絶対ごめんですし、
猿翁旦那より年齢が上の方々は 本当に大変だっただろうな〜と
この年齢なって 改めて感心致します。 


この大変な復活狂言を ともに担っていた 戦友も減ってまいりました。
少しずつ こうして書き残していけましたら ブログをしている
価値にもなるのではないかなと 改めて思います。

この記事に

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