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市川猿三郎 二輪草紙
歌舞伎役者 市川延夫改め二代目市川猿三郎。 公演などのご案内、過去現在にわたっての様々なことを思いつくまま書き綴ってまいります。

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おうち時間

昨日のブログでは 皆様を驚かせてしまいまして 申し訳ありませんでした。
沢山のご心配のコメントありがとうございました。

おかげ様で、病院でお薬をいただきまして 飲みましてから、
熱は平熱になりまして あんなに苦しかった夜中の咳もほぼ出ず、
久しぶりに 明け方近くまで熟睡することが出来ました。


今日も一日、元気元気で出かけたいくらいだったのですが、
残念ながら そういう訳にもいかず、せめて今日一日くらいは、
家でまったりと過ごしておりました。


私自身は、お休み月と云う事もありまして、カレンダーは関係ありませんが、
折しも今日から週末。

一部の方にもご心配頂きました家人も 昨日仕事の帰りに念のために病院に行き、
現時点では陰性であることが 判明しました。

うつさない様にとは思っておりますが、そこは家人の免疫力に任せるとして、
外に出られないのでしたら、うちの中で楽しみましょう。
今日はそんな一日にすることに致しました。



ところで、少し話題は正月に戻るのですが、四天王寺さんに
初詣に行った話をいたしました。

その時に大阪にしかない縁日の屋台で売られている「いか焼き」のお話を
致しましたが 覚えておられますでしょうか?


実は、この屋台で売っているもの、結構生まれ育った大阪と 今の東京では
だいぶ違っていたりして 興味深いのです。

もっとも東京では、大阪の子供の時と違いまして そうそう頻繁には
屋台の出ているお祭りや初詣に行く訳ではありませんので、
東京でも見られるものだったら ごめんなさい。


と云う事で「いか焼き」

どの程度の範囲なのかはわからないのですが、関東では一般的には
いかの姿焼きと申しますか、丸焼き状のモノの方が
思い出されるのではないでしょうか?

ですが、私たち大阪人にとりましては これが「いか焼き」では
ないのです。

大阪の「いか焼き」は 小麦粉を溶いたものと卵、いかの切り身で
薄いお好み焼きのように焼いて、ソースを塗ったもの、
これがいか焼きなのです。


東京に来て 何が悲しいって、お祭りにこの屋台がない事ですね。(笑)


後は、何がないでしょう?
同じく大阪で生まれ育った家人と考えてみましたところ・・・

くじを引いて、出た数字の枚数だけ薄いせんべいのようなモノに
練乳を塗って重ねてくれるもの。
「みるくせんべい」と呼んでおりました。

これ、他のところでもありますか??


東京では見ないなあと思っておりまして ちょっと調べましたら、
他の地域では 水あめや 梅ジャム?などを塗るとか?

逆に梅ジャムは 大阪ではみませんね。


「えべっさん」の時のコメントでも頂きましたが
あんず飴?なるものも、大阪にはありませんので、どんなもの?なのか
もしかしたら 目にしているのかもしれませんが、知りません(笑)
これも調べましたら、あんずを水あめの様なものでコーティングしたものだそうで。

同じようなものと云えば、リンゴ飴?
リンゴ飴でしたら 沢山目にしていたのですが・・・

あんずと云えば、東京の駄菓子屋で見る「あんず棒」?も
東京で初めてみましたし、食べたことはありません



更に、これは私は知りませんでしたので 比較的(私との、です(笑))
最近のモノかも知れないのですが、家人の子供の頃の屋台と云ったら、
必ず「どんぐり飴」だったそうです。

2.5〜3センチくらいの大きな飴で 沢山味の種類があって、
選んでいくつか買ってもらったと。
しそ とか 梅 とか レモンとか 好きだったそうです(笑)

・・・でっかいですね、その飴(笑)

私の子供の頃には 無かったように思います。

これも、東京では見ることはありませんね。



また、昔の屋台の定番の遊びのひとつに たこ糸の先に景品がついていて
一本引いて・・・というもの。

これお手本にお店の人が引くと 必ず高価なおもちゃなど釣れ 私たちが引くと
ドロップだとか サイコロ飴くらいしかかかりません(笑)

これらも地方の違いと云うよりも、時代の変化でしょうか?
すっかり「くじ引き」形式のモノにとってかわられたようですね。


また東西と云うより どこでも変わらない遊びは コルク鉄砲の景品撃ちでしょうか?
縁日に限らず 温泉地の遊戯場などにもありますね。(笑)


皆さまの地域では どんな「ならでは」のものがあるでしょうか?(笑)



と、そんな屋台気分になぜなったのかと申しますと・・・

今日のお昼ご飯には、大阪のいか焼きを頂きました。(笑)
外に出られないから 家人がちょっと楽しい気分を・・・と云う事だったみたいです。

イメージ 1


ネットでレシピを調べて作ってくれたのですが、結構本格的に
「お食事」と云った感じのレシピでしたので 私が屋台で食べていた
「おやつ」的なものに比べますと小麦粉が多く、がっつりと食べごたえがありました。

屋台で売っておりますのは もっと小さく、もっと薄く、玉子っぽいです。


いかさえあれば 後は家にあるもので かなり簡単に作ることが出来ましたので 
今度は小麦粉を減らした 屋台的なものも 作って食べてみようと思います(笑)

この記事に

やってしまいました。(笑)

どうも16日あたりから体の具合がすっきりしない旨、
ブログに書いておりましたが、やはりインフルエンザでした。(笑)


ぼ〜っとしている様な状態が続いておりましたので、
昨日 病院へ行きますと 近くの病院はお休みで 
もう一軒回る元気がなく 昨日は帰宅しました。

でも3・4日前とは違い だいぶ熱も下がり体も楽になっていたのです。


今朝、もう一度その病院へ行きまして、看護師さんにどんな具合ですか?
と聞かれましたので「どうもインフルエンザではないか?」と 申しましたら
「あらまあ!」と 他の患者さんとは離されて 先生は別に診て下さいました。

そりゃそうですよね。小児科などもあり 他の患者さんに感染させては大変です。


診察後 先生から「B型です!間違いないです。」(笑)と 云われました。
お薬を頂き うちに帰りましてから薬を飲みまして なんか病気?と思うと
急にドっと 体が重くなりました。

逆に熱があっても昨日まではわりと元気だったのに・・・。
病は気から・・・ですね。(笑)



しかし今月は、お休みで本当によかったです。

以前 猿弥さんがインフルエンザの時 私が「海神別荘」の沖の僧都の
代役を勤めさせて頂きました事がございます。

インフルエンザは感染する可能性が高いので わかった時点で
会社から強制的に舞台を休まされます。

その分、代役をして下さる他の俳優さんに ご迷惑をおかけしますからね。(笑)


ブログのご愛読者の方からも くれぐれもインフルエンザにはご注意を・・。
と ご指摘いただきながら やってしまいました。(笑)

しかし、かなり回復した今日 病院へ参りましたのでどうかみな様ご心配なく。

明日はもう健康な ブログを書かせて頂いていると思います。(笑) 

この記事に

10年

現在は2018年1月。10年前は2008年1月。当たり前ですね。(笑)


10年前の1月は、私は新橋演舞場に出演させて頂いておりました。
演目は海老蔵さん主演の通し狂言『雷神不動北山桜』

海老蔵さんが「鳴神」「毛抜」「不動」など独自の解釈を取り入れられ
5役早変わりで勤められました演目で、昼夜同一狂言だったと思います。

そして私が、市川延夫の名前での最後の舞台でした。


この次の2月はひと月お稽古で、3月からは4ケ月間 東京、博多、大阪、名古屋と 
スーパー歌舞伎「ヤマトタケル」ニューバージョンの公演でした。

主演は右近(現右團次)さん 段治郎(現喜多村緑郎)さんで
ヤマトタケルとタケヒコのダブルキャスト。

このニューバージョンの「ヤマトタケル」は厳密には2005年が初演。

音楽が初演から大きく変わりました。

後、猿之助さん襲名の時にはまた もとの「ヤマトタケル」に
戻されましたので、8ヶ月しか上演されなかったと云うことになります。

私は嫌いではなかったのですが・・・(笑)



この8ヶ月の「ヤマトタケル」


初演は市川延夫として、ヤイレポと国造の妻を勤めさせて頂きまして、
再演の時に、私は二代目市川猿三郎を 襲名させて頂きました。 

お役はヤイレポと尾張の国造。

また、それを記念致しまして2月1日に「猿三郎二輪草紙」ブログを
起ち上げさせて頂き現在に至っております。

早いものでもう10年にもなりますか?(笑)


はじめは5日置き3日置きくらいのペースでしたが 
今ではなんと毎日アップさせて頂いております。(笑)


ざっと、365日×10年で3650記事。
今月の終わりには3542記事になる計算ですので、
結構頑張ったなと思います。


毎日毎日なんとなく書いているブログが 有り難い事にみな様のご支持を
頂きまして こんなに長く続くとは思いもよらなかった事です。

今後ともよろしくお願い申し上げます。

この記事に

お役渡し

北陸旅行 振り返り旅日記も終わりまして、いよいよ日常に
帰って参りました。(笑)

30日間ありました昨年末からのお休みも20日が過ぎてしまい
あと10日間になってしまいました。

それでもまだ、あと10日は楽しめるなあ〜と(笑)

ただ休みボケになりまして 今日はなんとなく体の調子が変でした。
今日は1日 何もしないで贅沢に過ごし ぼ〜っとしておりました。

みな様、ご心配なくこんな日も欲しかっただけですので・・・。

お休みだからと毎日、なんとなくうちの中の事で
ペットのリスのように回転の輪の中で 自分自身で回転を早め
忙しい忙しいと、走り回っている様な状態で誰のせいでもありません(笑)

そんな今日 午前中に会社より来月のお役渡しのお電話を頂きました。

来月2月は、2日〜25日まで私、博多座に出演させて頂きます。
かなり遅い仕事始めですね。(笑)

昨年の2月も猿之助さんの『二月花形歌舞伎』でした。
私の芸者姿も記憶に新しい処(笑)

来月の博多座も『二月花形歌舞伎』

勘九郎さん 七之助さん 松也さん 橋之助さん等々の若手花形たちの出演。

私の出演しているのは夜の部で『義経千本桜(渡海屋 舟座敷 大物の浦)』

松也さんの渡海屋銀平 実ハ平知盛。七之助さんの源義経。
扇雀さんのお柳、実ハ典侍の局。

勘九郎さんの相模の五郎 橋之助さんの入江丹蔵です。 
 
この中で私は、義経の四天王の三番目 伊勢三郎を勤めさせて頂きます。

このお役、前回はなんと2000年9月 大阪松竹座の猿翁旦那の知盛、
坂田藤十郎さんの典侍の局、門之助さんの義経で私は一番目の亀井六郎でした。
18年ぶりですか?(笑)

久しぶりのお役に 休みボケでぼ〜っとしている訳にも行かず
そろそろ暖機運転しなければなりませんね(笑)

ま、なんにして 残るお休みを楽しみながら 来月に向かう心構えを
確認した一日でした。(笑)

九州近辺のお客様 来月よろしくお願い申し上げます。

この記事に

振り返り旅日記 3日目

昨日の続きからですが 2日目の宿泊地 山中温泉のお風呂は
とてもいい感じでした。

大雪の中 温かい露天風呂に何回も入り部屋で飲む
湯上りのビールは、とても美味しかったです。(笑)


ただツアーの夕飯は、金沢市内のお寿司屋さんで先に
済ませて来ましたので、それだけは少し残念でした。

私は本来、食事より先にお風呂派なので 湯上りに
食事をしながらビールを飲みたかったですね。(笑)


そして夜が明けまして、昨夜より降り続きました雪は
朝にはさらに多くなって参りました。

でもせっかく山中温泉まで来たのですから、
近くの名所くらいは行きたいな、と思い
出掛けてみる事にしました。

山中温泉には有名な「こおろぎ橋」と云う名所がございます。
歩いて15分ほどの距離。

とりあえず先に歩いてすぐの「あやとり橋」から
行く事にしました。

これがその「あやとり橋」

イメージ 1


あやとりのような、S字型の独特の橋なのですが
ご覧のように雪に埋もれて 渡る事すらできません(笑)


橋の近く、川と橋の境目が雪で見えず これはそばに寄る事も危険だと思い
「こおろぎ橋」とともに断念しました。

すぐ近くのホテルへ帰る事さえままならぬ雪の降り様。(笑)

帰りには私 遭難しました。(笑)

イメージ 2


ちょっとオーバーですか? 

でも新雪に人拓を作ってみたくなる欲望にかられません?


仕方なく早々にホテルへ引き返し、9時出発のバスに乗り込みました。 
バスが出発するのも一苦労!



それでも高速に乗りまして、一路 越前福井を目指しバスは走ります。

この時、私と家人は運転席の後ろ 前から3列目だったのですが、
前を走る車がやっと見えるくらいで、2台前の車は全く見えず 真っ白な中
バスの走行に手に汗を握っておりました。(笑)

イメージ 3


でも運転手さんは手慣れたもので、ず〜っと安全運転でスムーズに
走行してくださり、 私のとり越苦労でした。(笑)

しかし途中には、雪に突っ込んでる車も何台かありましたね。


そんな中、3日目最初の昼食を兼ねてのツアー 
越前そばの体験が始まりました。

インストラクターの方に教わりながら 初めてのそば打ち体験。
2人一組で2人前のそばを作るのですが 私と家人 そばの取り合い!(笑)

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イメージ 5


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打っている時はもう一人が カメラ係なのですが、一回一回カメラを握ると
洗い場で消毒しなければならず、これの繰り返しでした。(笑)

ま、他の組よりはうまく打てたと思うのですが、茹でる時は
3組、6人前一緒で 昼食で出されたそばは 太いのやら細いのやら・・・。

イメージ 7


できれば私たちの打ったそばだけで食べたかった・・・(笑)
多分、かなり上手に出来ていたと思います(笑)


楽しかったので、思わず「そば打ちセットいくらや?」と
売っておりますのを見ましたら、結構なお値段。

これだけ出したら おそばが何杯食べられるか?と計算しまして
断念しました(笑)


それから、日本最古の天守閣を誇る丸岡城へ向かい、ここを見学。

イメージ 8


イメージ 9


ここは柴田勝家の甥 柴田勝豊が築城しました。

幸いの事にバスで走っている間は雪が激しかったですが、
観光の時には雪はわりと止んでくれていました。


それでも、私が楽しみにしていた越前一乗谷、朝倉義景の館跡と
安宅の関は1時間くらいの屋外見学と云う事で 雪と寒さのために
中止となりまして ここから小松空港へ向かう事になったのです。


越前一乗谷。
ここは2007年8月、歌舞伎座で上演された舞踊
「越前一乗谷」の舞台となった処。

福助さんの小少将 芝翫さんの朝倉義景 織田と朝倉の郎党の一騎打ちに、
勘三郎さん 三津五郎さん

羽柴秀吉に勘九郎さん 朝倉の郎党に七之助さん 松也さん
織田の郎党に彌十郎さん 高麗蔵さん その立ち回り舞踊の中で
私も織田方の郎党として、出演させて頂いたのは忘れられない演目の一つです。


安宅の関はご存知 歌舞伎十八番「勧進帳」の舞台。
ここは私 2度ほど訪れた事がございました。

残念ながら 期待していたその場所「越前一乗谷」の観光は
できませんでしたがこの大雪の中 運転してくださったバスのドライバーさん
ツアー添乗員の方には敬意を表します。ありがとうございました。 

この後のすったもんだは、先日のブログに書かせて頂いた通り、
いつかもう一度 この北陸旅行はリベンジしたいですね。(笑)

この記事に

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