旋火輪 senkarin

「作品名しりとり・3」やってます。書庫からどうぞ。

JUNK&CAT

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JUNK&CAT 3

・・・

「JUNK&CAT 1、2」のつづきです。できれば「1」から見ていただけると嬉しいです。

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同期会の他にも、医局の送別会だの○○会だのといった飲み会に、助学生は頻繁に招待された。

21歳前後の若い子がほとんどだから、体(てい)のいいにぎやかし兼ホステスみたいなものである。

いくら若くても女医さんに酒注がせてまわらせるわけにもいかないからなぁ、たぶん。



イメージ 1



   東大病院裏のマルコメ猫, Tokyo unv.


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それでも助学生にしたところがタダ酒飲んで歌える上に、上層から下層までの医者と仲良くなっておいて

損はないから、医局から寮にお誘いの電話が入ると、みんなイソイソと化粧して出かけていった。

こんなに助学生時代に飲み会ばかりやってた助産婦は、おそらく東大助学の卒業生くらいであろう・・・。



イメージ 2



   赤レンガ裏の猫(ごはんもらってる), Tokyo unv.


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実際は、もちろん飲み会ばかりをやってたわけではない。

助産婦になるためには、最低10件の正常分娩をこなす必要があるのだ。

東大病院での正常分娩は年に300件程度しかなかったから、半数の学生は別の遠い病院で泊り込みの

集中実習をやった。



イメージ 3



   寮の階段の黒猫, Tokyo unv.


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分娩というのは、なかなか先行きが読めないし、人それぞれで進行速度も違う。

そんなわけで、担当した産婦さんがどうころぶかなんてもちろんわからない。

散歩に付き合い、腰をさすり、励まし続けて夜が明けても生まれないこともあれば、入院後30分で

生まれることだってある。

一人の産婦さんに付き合ってズタボロになってる傍で、次々に分娩件数を伸ばす学生がいたりすると、

かなりムカつくし、あせる。

最悪なのは、ズタボロになるまで付き合った末に帝王切開になったりすること。

当然ながら、帝王切開になってしまったら自分の分娩件数には加算されないのである。

疲労と落胆でしばらく立ち直れない。



イメージ 4



   三四郎池付近の猫, Tokyo unv.


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助学時代一番悲しかったのは、妊娠4ヶ月から担当してずっと経過を見守ってきた方が、私が泊り込み

実習をやっている最中に東大病院に入院。

知らせを聞いて明け方に駆け戻ったのに、分娩に間に合わなかったこと。

外来に来られるたびに「お願いしますね!」と私の手を握って、ずっと頼りにしてくださったのに・・・と、

悔しくて悲しくて3日ほど泣き続けた。



イメージ 5



   産後で気が立ってるお母さん猫, Tokyo unv.


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学年末の国家試験。

試験終了後、合否結果が出るのは2ヶ月も先なのに、関東甲信越中の助学生がいる会場のど真ん中で

「国試全員合格!」と書いた横断幕を持って記念写真を撮っていたのは、東大助学の乙女たちだけである。


かくして一年間トーダイワンダーランドで過ごし、よく遊びよく学び、白い巨塔的事情に通じた助産婦たち

を明治時代から世に送り続けた東大助学は、実は平成14年に幕を閉じた。

京大、阪大の助学がそうであったように、医学部の別科として再編されることを期待したが、そういう話

はいまだに聞こえてこない。

人生のよりどころを一つ失ったようで、寂しい限りである。


一年間、私を楽しませてくれた東大のJUNK&CAT、そして助学に、尽きることのない感謝を。



三十路近くになってから、こんなおもしろい旅のような一年を過ごせたことが、私のひとつの宝物である。





イメージ 6



   寮の屋上から見えた虹, Tokyo unv.


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何年も前に書いたものを、一部編集再録したものです。

東大病院は私の卒業後に建て替えられました。だから、赤レンガも含めて、もう無くなってしまった

風景もあるはずで、それが寂しくないといえば嘘になりますが、今となってはどれも遠い心象風景の

ような気もします。

最後まで見て読んでくださった方、ありがとうございました。


(※助産師はあえて助産婦のまま表記しました。)

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JUNK&CAT 2

・・・

「JUNK&CAT 1」のつづきです。できれば「1」から見ていただけると嬉しいです。

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一度テレビでも見たことがあるし、絶対医療関係者以外には入らせないというわけでもないのだろう

けれど、一応外部の人間は入れないことになっているところの一つが、前稿で書いた「標本室」である。

あえて行きたいとは思わなかったけど、授業の一環としてぞろぞろと全員で見学させられた。


これは、怖い。いろんな意味でものすごく怖い。

標本室のある建物そのものが明治村に移築してもいいくらいの代物で、床が石だから足音がしない。

建物の中は、演出か?!と思うくらい、薄暗い。


・・・そこには何があるのか。



イメージ 1



            赤レンガ(産婦人科教室医局)裏のベンチ, Tokyo unv.


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有名なところでは、著名人の脳。見えるところには10個くらい並んでた。(漱石先生哀れ。)

膝から下だけの「纏足(てんそく)」の足。(指が縦向きに並んでる。)

みごとな刺青が彫られた背中の皮、皮、皮。(干からびてちょっと変色。)

溺死した人の頭部。手首から先。(水を含むとこんな事に!)。

奇形の胎児。奇形の赤ん坊。(無脳児、結合双生児など。)

その他、もろもろ。


ホルマリンの臭いが強くて、ハンカチ無しでは呼吸が出来ない。



イメージ 2



            小児病棟玄関の天井照明, Tokyo unv.


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何が怖いかって、どうやって入手したのか考えると怖いのである。

特に、膝から下だけ切り取られた纏足は背筋が寒い。

刺青の皮剥ぎも、これほど何枚も、誰がどういう目的でやったのか?。

・・・詳しい記載は何もない。(あったのかもしれないけど見えてない。)


もうひとつ、怖いというより気持ちが悪いのは、入室を許可されているのは原則的に医学関係者と勿体

ぶっているにもかかわらず、実際にその標本を見て(今の医学で)学ぶ意義がありそうなものが在るとは

思えないということ。

大半が昭和期前半の古いものばかりで、新たな標本は(少なくとも)「ここには」ない。


私の子供の頃にはまだあった「見世物興行」の怪しさのようなものが、ホルマリンの臭いとともに充満

していて、胸が悪くなること保障つき。


私が知ってる場所の中では、「閉じ込められたら最も嫌な場所」の一つである。



イメージ 3



            東病棟玄関の天井照明, Tokyo unv.


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・・・

東大構内の風景の、どういうところが面白いかといえば、まったく理路整然としていないところである。

ここまでいろんなことが機能的でなく混沌とするには、長い時間が必要だったはずなのだけど、それが

ただ古びて不便でみすぼらしいだけのものになっていないのは、もともとの土台に相当な手間とお金が

かけられていたからに違いない。



イメージ 4



            どこか(たぶん外来棟)の天井照明, Tokyo unv.


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夜の構内を歩いたり、自転車で走ったりすると、蛍光灯じゃない灯りが重々しい建物のあちこちに

ぽっぽっと燈っていたりして、まことに風情があって好ましい。


目の前に見えてるのに段差のために入り口にたどり着けない建物とか、

コツを知らなければ鍵を持っていても絶対に開かない扉とか、

生きていくために食べるということすら投げやりになりそうな暗い学生食堂とか、

そういうくだらないけど不便なことを、みんなあたりまえのように受け流して、あるがままに過ごして

いる飄々としたところが、無性に愛しく、面白かった。



イメージ 5



            好仁会二階の天井照明, Tokyo unv.


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・・・

助学のこと。

助学生(助産婦学校学生の略)20人は、同じ年に産婦人科に入局した医学部卒業したての研修医たちと

「同期会」なるものを結成する。

なぜそういうことになってるのか誰もわからないほど歴史が古くて、東大病院に入局した産婦人科医で

あれば、講師だろうと教授だろうと必ず同期の助産婦たちと同期会を組んでいる。

「今日は同期会なんだ、オレ」と言えば、「しょうがないなー同期会じゃ・・・」と納得させた上で

医局の集まりを堂々と欠席できるほど、大事なものらしい。



イメージ 6



            赤レンガの猫, Tokyo unv.


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同期会と言ってやってることといえば、平たく言えば飲み会だけなのだけど、この交流は現場での実習時

に協力し合えるというメリットのみならず、後々も産婦人科医と助産婦というつながりが人脈や情報の

ルートとして生きてくるケースも多いらしく、飲み会とてあなどれないのである。


東大の人脈戦略恐るべし。



イメージ 7




            赤レンガの猫のアップ(ちょっと睨まれた), Tokyo unv.


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つづく(次でおしまい)

JUNK&CAT 1

・・・

看護学校卒業前、ダメ元で受けたら定員20人の東京大学医学部付属の助産婦学校に受かってしまった。


通学もできたけど、寮もあって、もちろん寮にはいった。

ごく限られた人にしか知られていないその寮は、赤門で有名な本郷東大の構内にある。

そんなわけで、一年間だけど私は東大の構内で寝起きして過ごしたのである。


イメージ 1



工学部の窓, Tokyo unv.



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私の人生の中で東大と接点を持つなんてまったくの予想外だったし、なによりそこに住むというのが

普通っぽくなくて面白かった。

権威の権化東大帝国(トーダイワンダーランド)に一年間留学してるみたいな、まさに旅の気分で嬉々と

して巡り歩き、写真を撮ってまわった。

大学の中どこにでも出入りできるし施設も利用できるパスポートのごとき「学生証」の有効期間は一年間。

あせる!



イメージ 2



好仁会二階のテラス, Tokyo unv.



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あせった割に、結局のところ残った写真といえばジャンクな風景と猫ばかり・・・。

しかししかし、これだけ私の嗜好をそそるがらくたが散りばめられた大学はそうそう無かろうと思うのだ。

この、治外法権帝国のジャンクな風景がどうにも愛しい。



イメージ 3



どこかの窓, Tokyo unv.


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入学して間もなくのころ、赤門近くの考古学教室の付近を通りがかったら、教室の引越しでもあったのか

粗大ごみが山積していた。

まだまだ使えそうな机だの棚だのがあって、こういうのに弱い私は立ち去れないでいたら、作業着のよう

な服を着て軍手したおじさんがやってきて、ごみの物色を始めた。

「おっ!これこれ。この棚はいいねぇ!」と私に言ってるようなので適当に相槌を打ったら、

「悪いけど、ちょっとそっち持ってよ。」と。

えっ??。

・・・・まぁ、今日はヒマだからいいけどね。



イメージ 4



工学部のゴミ捨て場にあったモノ, Tokyo unv.


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てっきり私はごみ再生を生業か趣味にしてるおじさんだと思ったので、どこに軽トラが停めてあるんだろう?

くらいに考えてたのだけど、どうもそうではないらしい。

運んで行く先は考古学教室の建物・・・。

ええっ?。ここから出たゴミと違うんですか?!

って思ったけど、黙って(重くて声も出ない)ついていくことに。

「あーこっちこっち!」ってちっこい入り口からどんどん中に入っていって、やっとの思いでエレベーターに。

エレベーターが無かったら逃げてたところだ。



イメージ 5



メトロ食堂前, Tokyo unv.


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着いたところは、考古学教室の研究室。

「いやぁ、助かったよ。コーヒー、飲む?」と汗かきかき我が物顔で振舞ってるおじさんは・・・

ありがちなオチだけど、考古学教室の教授だった。

教授!!。・・・作業着着て、ごみ、拾いにこないでください。

なにか怪しげな容器にはいった砂糖を入れて、ご馳走になったコーヒーは、とりあえず美味しかった。



イメージ 6



あかずの扉, Tokyo unv.


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コーヒーのあと、おわびとお礼にと、教授は考古学の資料室を案内してくれた。

そこは医学部の標本室なんかとは違って、学外の一般の人にも開放されているようで、

ゲストブックのようなものまであった。


なににしても、教授じきじきの案内を一人で聞きながらまわれるなんて、生涯の贅沢。

人には親切にするもんだし、粗大ごみ捨て場は眺めてみるものなのだ。



イメージ 7



こわれた足拭き, Tokyo unv.

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つづく

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