旋火輪 senkarin

「作品名しりとり・3」やってます。書庫からどうぞ。

ウェリントンのデリア

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・・・

1、2からのつづきです。
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「画廊のアドレスは自宅に帰らないとわからないし、贈り物もそこにある」というので、このまま自宅に連れていかれるのかと少しあわてたけど、「明日ホテルに届けに行くから」と聞いてほっとした。

時計はすでに十時を回っていたし、昼間の追いかけっこと、デリアとの会話と、ワインの酔いのせいで本当に疲れていたのだ。

ホテルに向うタクシーの中で、私はホテルの電話番号とルーム番号だけでなく、明日のオークランド行きの夜行列車の出発時間、そして念のために駅の名前を紙に書いてデリアに渡した。

デリアが仕事の都合次第でいつごろ届けに行けるかわからないと言うからだ。

「たぶん夕方には行けると思うけど」と言いながら、デリアは昼間もらったのと同じ名刺に、なぜか自宅の電話番号を書きこんで渡してくれた。

ホテルまでのタクシー代は払う、と言ったが彼女は受け取らなかった。

そうして私は、膝の上に眠りこけたショーンをのせて「今日はありがとう、本当に楽しかった」とにこにこ笑うデリアと、ホテルの前で手を振って別れた。



翌日は小さな買い物や食事のために出かけるほかは、絵葉書を書いたり、本を読んだり、とにかくごろごろして過ごした。

外出から戻るたびにフロントで聞いてみたが、私宛ての連絡や預かり物は無いとのことだった。


ホテルのすぐ前は幾何学模様に区切られた花壇がいくつもある広場で、その向こうに夜行列車の出るヨーロッパ調の駅がある。

8階にある部屋の窓から広場を眺めていると、バックパッカーたちの姿が見えた。

そのうちのだれかは、一昨日の私のように「どうして自分はウェリントンなんかにいるんだろう?」と悩んでいるかもしれないと想像するとちょっとおかしかった。

でも、それ以外は、昨日の事もこれからの事も深く考えてみる事ができなかったし、くすんだベージュ色のカバーの掛かったベッドにころがって、北向きの窓から射す初秋の陽射しが傾くのを眺め、デリアからの届け物を待ちつづけた。

せっかくの旅の一日を彼女のために棒に振っている、という恨みがましい気持ちは不思議に湧いてこなかった。



日が暮れてから外で食事をしてホテルに戻ってきても、デリアからの連絡はなかった。

荷造りとチェックアウトをして、しばらくロビーで待っていた。

仕事が長引いているのであれば、ゴージャスな体を揺らしてどれだけ慌てて飛んでくるだろうと想像してみたけど、デリアはホテルの扉を開けて入ってはこない。

もしかしたら先に駅の方に行ってるのかもしれないと思い、少し早めに駅に向った。


駅の正面玄関から振り返ると、花壇の広場の向こうに、さっきまでいたホテルが見える。

そのホテルは、昼間見ても建物全体に黄昏貴族のような哀れさを漂わせているのだが、粗末なライトアップで夜の闇の中に浮かび上がる上品だけど古臭い看板や、窓々に精一杯のあかりを灯しているような姿を見てしまうと、なお物悲しくなってしまうようなホテルだった。

わざと古びた街並みに模して作られた、テーマパークの建物みたいだと、ふと思う。


これ以上は待てないという時間になって、昨夜もらった名刺を取り出して駅の公衆電話から自宅にかけてみた。

もしもデリアが出たとして、電話の向こうからクリケットの中継が聞こえたりしたらどうしようかと思ったが、誰も出ない。

ギャラリーの方にかけたら、デューラーが出た。

彼に、昨日デリアとした約束のことや、ずっと待っているのに彼女が現れないということを説明するのは骨が折れた。

どこまで理解してもらえたのかわからない。

それでもデューラーは、私のために、困ったように、申し訳なさそうに何かを一生懸命伝えようとしてくれていた。

列車の時間は迫ってきていたし、これ以上はないというくらいの集中力をかき集めてなんとか内容を聞き取ろうと努力したけど、周辺がうるさいのと、ドイツ訛りが強いのとで何を言われているのかほとんど理解することができなかった。

「ともかくもう私は行かなくてはならないし、日本から手紙を書くけど、とりあえずデリアによろしく伝えて。どうもありがとう!。」と大きな声で言うと、

「わかりました。デリアに伝えます。よい旅を!。」

と言われたような気がしたけど、違ったかもしれない。



帰国して、デリアに手紙を書いた。


もしかして私の聞き間違いか、伝え方が悪かったために約束のものを受け取ることができなかったのだとしたら、ごめんなさい。

帰国後も、ずっと気になっています。

もしも私の手元にそれを送ってくれるなら、約束通り必ず銀座のオーナーのところへ届けます。

お返事お待ちしています。

ショーンと、ドイツ人の芸術家の卵さんによろしく。


・・・

返事はこなかった。



デリアが託そうとした「とても大切な贈り物」は、もしかしたらデリアの心の中にそっとしまわれている何かだったのかもしれないなんて考えてもみたが、いずれにしても約束を果たせなかったというもどかしい気持ちは私の中で長くくすぶり続けた。


あれから何年もたった今では、訪れるはずのなかったウェリントンでの出来事が、本当にあったことなのかどうか、確信がもてなくなることがある。

デリアは今でもうっかりギャラリーの扉を開けてしまった日本人をつかまえては真剣なお願いをしているのだろうか?

無口なデューラーは芸術家の卵から芸術家に少しでも近づいただろうか?

そもそも、そんな人たちは本当にあの街に居たのだろうか?

誰かが、旅に退屈していた私にとても大掛かりないたずらをしたのかもしれないなんて、そんなことあるわけがないと知りながら考えてみたりもする。


ただ、今でも私の机の引出しには「デリア・グレース」と書かれた名刺が入っているし、

アルバムの中では、19XX年のデリアやショーンや私が、

「This is GOD」という言葉の前で「みんな、ほんとよ」なんて風に笑っているのだ。



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最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。


ぺこ <(_ _)>

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1のつづきです。
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戻ってみると、建物の入り口には”CLOSED”の札がかかっていた。

鍵は開いていて、ショーンは慣れた足取りでどんどん階段を上がっていく。

嫌な予感というものに足をひっぱられている私など眼中から放り出して、ショーンがまっすぐ駆け上がって行ったのは、屋根裏にあるデリアの私室だった。

部屋にはベッドと小さなテレビがあり、周囲にはダンボール箱や雑誌がところ狭しと積み重ねられ、あちこちに服が散乱している。

デリアはラフな服装に着替え、ベッドに横になって、こちらに足先を向けたままクリケットの試合を観ていた。

「あ、おかえり」といったふうにショーンを抱きしめ、頭を撫でるけれども、気持ちはすっかりクリケットの方に向いている様子だ。

旅先ではいろんなことが確かに起こるのだけど、いくらなんでもこれはあんまりじゃないかと、さすがに流されっぱなしの私も、頭にきた。

子守りを押しつけられて、悪戦苦闘のあげく写真展も観れずに帰ってきたら、母親はベッドの上でクリケットの観戦中。それでねぎらいの言葉ひとつ無いというのは、たぶん世界基準で「変」だろう。

ちょっと皮肉のつもりで、「クリケット・・・」と声に出してみると、デリアは顔をテレビに向けたままで

「そうよ〜。あなた、クリケットは好き?。見ないの?。私は・・・観るわ。」と。

観るわ!。

その一言で、なんとなくこれまで積み重ねてきた自分の常識なんか何の役にも立たない、出口のみつからない迷路に迷いこんだような気分になってしまった。

そして、どこからかあらわれたデューラーに大ぶりのワイングラスを手渡され、無言で冷たい白ワインをつがれてダンボール箱に座っていると、情けないことに「こういうこともあるかな、きっとあるんだろうな」というような気持ちになってきた。



テレビの向う側に小さな窓があって、そこから見える空が薔薇色と群青色に染まりはじめ、そろそろ日暮れ近いことを告げていた。

とりあえず役目も果したし、ワインを飲んだらホテルに戻ろう、そう思いながらルールもわからないクリケットの中継と、試合が動くたびにテレビに向って罵倒したり歓声をあげたりしているギャラリーの女主人を眺めていた。



しばらくして、試合が一段落したのか勝ち負けのめどがついたのか、デリアはようやく私の存在を思い出したようにテレビから目をはなすと、「この国に来て何を食べた?」と聞いてきた。

・・・そうだ、旅先ではいろんなことが起こるし、どこでどんな質問に出会っても変じゃないのだ。きっと。

もともと食べ物に対する情熱が薄い私は、東京にいようがどこの国に行こうがパンとコーヒーさえあればいいし、ニュージーランドに来たからといって特別なものを食べたという記憶はなかった。

てきとうに答えると、デリアは私が肉らしい肉(もちろん羊肉)を食べていないことに驚き、「いいお店を知ってるから、そこに行きましょ。車で行けばそう遠くないし、帰りはホテルまで送ってあげる。いいわよねそれで。」と決めてしまった。

もう、流されるなら南極海まで、である。

「着替えもしたいから」というデリアに従い、屋根裏部屋にデューラーを残して階下に降りた。

去り際に「ワインをありがとう」と言うと、「どういたしまして」とドイツ訛りの英語で答えてくれた。
(口がきけないわけじゃないのだ。)

昇ってきた時は薄暗かったのとショーンの後を追うのに精一杯でよくわからなかったが、その建物の正規のフロアの最上階は、スタジオと展示室を兼ねたようなだだっ広い部屋だった。

デリアがぱちんぱちんと照明を点けると、一面真っ白に塗られた壁に、「This is GOD」という文字と黒い椅子が描かれた絵が浮かび上がった。

その絵のある部屋で、私たちは写真を撮った。

どうして写真を撮ることになったのかはよく思い出せない。

誰も座っていない椅子を「これが神だ」と指し示す陳腐で訳の解らない作品を、なんとなく写真に残したいと思ったのかもしれないし、「カメラを持ってるなら写してよ」とデリアにねだられたのかもしれない。

いずれにしても、ともかく私とデリアとショーンは「This is GOD」の絵の前で、かわるがわる私のペンタックスを持って写真を撮り合ったのだ。



着替え終わったデリアとその息子と私は、タクシーで目当てのレストランに向った。

ところがその店は満席で、デリアは舌打ちしながら次の店の名前を運転手に告げた。

たどりついたのは、住宅街を抜けた坂の中ほどにある、こじんまりとしているがゴージャスな雰囲気の店だった。

長身で少し髪の薄い、映画に出てきそうな黒服のウエイターは、やや露出度の高い服を着たデリアと、落ち着きのない少年と、薄汚れたスプリングコートを着てスニーカーを履いた東洋人を一瞥すると、店のやや奥まった一角に案内してくれた(丁重に押し込められた)。


羊肉のステーキは予想よりはるかにおいしかったし、申し分のないディナーだった。

ただ、ショーンは途中ですっかり退屈して、料理をフォークでかき回していたかと思うと、しばらく母親のまわりをうろうろした後、テーブルの下にもぐりこんで寝てしまった。

一方のデリアは、デザートが出る頃にはかなりのワインを飲んでいて、上機嫌だった。


コーヒーカップの中に入れたスプーンをくるくると回しながら、デリアはいかにも何気なくという風に、銀座のある画廊を知っているか、その画廊のオーナーである人物を知っているかと私に聞いてきた。

もちろん私はその画廊の名前に聞き覚えなどなかったし、オーナーだという男性の名前も知らなかった。

広告関係の会社で営業(体のいい使い走り)をしていた頃、銀座には毎日のように通ったし、仕事の合間に目についた画廊をのぞいてみるのは趣味のようなものだったから、一億数千万人いる日本人の中で、私は比較的「銀座の画廊」というものを日常のレベルで考えられる人間だと思う。

(だいたい画廊というのは平日の昼間しかやっていないから、まっとうな時間に働いたり勉強したりしている人間にはなかなか行く機会がないし、またまっとうな人間はあまり画廊などのぞかないものだとも思っている。)

ただ、銀座にどれだけの画廊があるのかなんて把握していなかったし、画廊の名前などいちいち気にしない。

まして画廊のオーナーなど、その存在を考えたこともなかった。

「知らない、聞いたことがない。」

という私の返事は、デリアをひどく落胆させてしまった。

銀座という街がある、ほかでもない日本からやった来たのにあなたは知らないのね、とその表情は語っているように見えて、とても申し訳ない気持ちになってしまったけど、どうしようもなかった。

しばらくの沈黙の後。

「銀座に行くことはある?」と。

東京に住んでいるから、行こうと思えば行けると答えると、彼女は今までとは別人のような静かな口調で、「お願いがあるの。届けてもらいたいものがあるの。」と言ってきた。

私の旅の荷物など大した物ではなかったが、この先の日程を考えると預かり物で荷物を増やすというのは気が進む話ではない。

それに、先方の名前もアドレスも知っているのなら送ればいいじゃないかと思った。

デリアはそんな気持ちを見透かしたかのように、「たいして大きいものではないの。重くもないし。」と。

そして、それは自分にとって、とてもとても大切な贈り物であり、そのオーナーに直接手渡してくれる誰かをずっと探していたのだと付け加えた。


デリアとそのオーナーがどういう関係であるのかわからないまま、何か大切な贈り物を預かり、銀座で画廊を探してオーナーの男性に直接手渡す、なんて、考えただけで気が滅入る話である。

けれど、どうすればその真剣なお願いをうまくかわせるかを考えるのもめんどうくさくなって、所詮私はこういう人なんだという諦観とともに・・・結局は引き受けてしまったのだ。



つづく


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ウェリントンのデリア

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ある年の春。

別のところに行くつもりだったのに、その国のビザの申請が間に合わず、「いいところらしい」という友人の一言で、それまで興味も何もなかったニュージーランドを私は一人旅することになった。

ニュージーランド・・・。

治安はいいし、人は清潔で親切そうで、気候もいい。

たまにはこんな旅も悪くないなと思いながら、クライストチャーチを拠点に南側をのんびり見てまわるつもりだったけれど、私は列車やバスの窓から眺める青い空と羊の群れに、一日ですっかりうんざりして飽きてしまった。

どこに行ってもひたすらのどかで美しすぎて面白くないのである。

町にいても本当にやることがなくて、観光案内所でみつけた「羊の毛刈り見学、乗馬、バーベキューもあるよ」という郊外のツアーに参加してみたが、一人で参加してるのは当然のように私だけで、行く先々であからさまに浮いてしまい、参加したことに大変な後悔をした。

バックパッカー特有の匂いを撒き散らしながら、これ以上この手入れの行き届いた平和な町で一人ふらふらしているのもバカみたいに思えてきたので、あらかじめ取ってあった航空券で早々に賑やかそうな都会、オークランドに向うことにした。


確かに飛行機に乗り込む前にチケットも搭乗ゲートも確認したはずである。・・・しないはずが無い。

それなのに、着いた空港からダウンタウン行きのバスに乗り、なんの疑いもなく降りた終点は、どういうわけかオークランドとは500キロも反対方向にある港街、ウェリントンだった。

ウェリントン?!。

これには本当に驚いて、駅前広場に立てられた街の案内地図の前で呆然と立ちつくした。

あちこちで道に迷ったことはあるけど、これほど強烈に自分がどうしてここに立っているのか判らないと思ったことはない。

何がどう間違ってこういうことが起きたのかも、いくら首をひねって考えてもわからない。

・・・でも、ともかく起こってしまったことはしかたないのである。

まだ日数の余裕もあったので、ちょうど目の前にあった古臭いホテルに部屋を取り、オークランド行きの夜行列車の切符を買って、ウェリントンに2日間滞在することにした。



訪れるはずのなかった街を歩くというのは不思議な気分で、何を見ても食べても少し得をしたような気がした。

それにウェリントンは港街らしく人が溢れていて活気があった。だから一人歩きをしても目立たない。

それだけでも自分のことを「バカみたい」と思わなくてもすむから気が楽だった。

翌日、街の情報誌を見ると、市立美術館でマグナム(報道写真家のグループ)の写真展をやっているようだった。

それはすでに渋谷で見た展覧会だったけど、もう一度見るのも悪くないと思い、適当なバスに乗る。

だいたいの目星で降りたバス停から、美術館へ続いていると思われるゆるやかな坂道を上って行くと、そこには小さな店やギャラリーが並んでいた。

数ある店やギャラリーの中で、私は何気なく控えめな看板を掲げた一つのギャラリーに足を止めた。

薄暗い階段を上がり、しっかりした木の扉を開けると、中は予想外に広くて明るい。

ピカピカに磨き上げられた床、高い天井、白い壁、そこに黒いフレームで統一されたモノクロームの写真がセンスよく展示されている。ギャラリーというより、ちょっとした美術館のようだ。

人の出入りも多く、だれが客で、だれが関係者なのかもよくわからない。

でもとりあえずそんなことは私と関係ないので、一人で勝手に展示されている写真を見てまわった。


・・・突然、だれかがあわただしく声をかけたような気がして、まさか私?と振り向いたけど、広いフロアの中では相変わらず何人もの人がわさわさと行き来しているだけである。

それでもしばらく気になって声のした方を眺めていると、一人の女性がちらっと私の方を見て、

「ごめんごめん。今、手がはなせなくて。そこに座ってて。もうちょっとしたらお茶をいれるから、悪いけど待っててね!。」と言う。

それがあまりにも彼女の古い友人がギャラリーに遊びに来たかのような口調なので、念のため後ろを振り返ったけど・・・やっぱり誰もいない。

「人違いだよ、よく見ろよ」と、誰かが正しい助け舟を出してくれるかもという期待をしながら見回してみても、誰一人そんなことを気に留めている様子はなくて。
まるで私だけが置かれた状況をわかっていない人のようである。

「いいよ気にしないで。どうせ暇で来ただけなんだから。」と言って椅子に腰掛けるのがその場の私の役割として自然な気がしたけど、「あらゆることと無関係なただの旅人」という自分の肩書きを無理やり剥奪されそうな不安を感じて、もちろんそんなことは口にしなかった。

・・・後から考えれば、聞こえなかったか言葉がわからないふりをしてそのまま出口に向かうべきだったのだ。

でも、その時の私はそれを無視して立ち去ることができなくて、結局だまって椅子に座りその女性を眺めることにしたのである。

見ていると、彼女はそこのオーナーもしくは責任者らしく、持ち込まれた作品の品定めをしているようだ。

グラマラスで大柄な体型ながら、白いスリムパンツに黒いセーター、黒いローファーといったシンプルな服装は、ギャラリーの雰囲気にとても似合っていた。

てきぱきと仕事を一段落させると、彼女は秘書のような上品な婦人にお茶を運ばせ、私の隣の椅子に腰掛けた。

自然な感じで手渡された名刺には、”ギャラリーズ”とロゴタイプが並んだ上に、正方形の黒地に白抜きで、デリア・グレースとある。・・・彼女の名前らしい。

「日本人でしょ。すぐにわかるわ。私、日本人ととても話がしたくて。今日はこれからどうするの?一人?どこに泊まってるの?夜は空いてるかしら?」

立て続けの質問に当惑したし日本人と話したいなら日本語を勉強してよなんて思ったが、彼女の歯切れのいい話し方は不快ではなく、質問には出来る限り答えた上でこれから美術館に行くつもりだと言った。

「美術館・・・マグナムの写真展ね!あれはいいわよ〜。ぜひ行って来て。それに、ちょうどいいわ。息子のショーンを一緒に連れていってよ。仕事中あまりかまってやれなくてかわいそうなの。」

・・・実は、ずっと気にはなっていたのだ。このモノトーンでシックなギャラリーに、ただ一人ルーマニアの国旗のような服を着て、梱包用のシートをマントにして走り回っている5才くらいの少年がいることは。

こどもは嫌いではないが、なにが「ちょうどいいわ」なのかわからなかったし、いきなり会ったばかりの外国人にこどもを託してしまう彼女の神経に面食らってしまった。

一応「こどもは見知らぬ東洋人と美術館になど行きたがるはずがない」と期待してみたのだが、残念ながらショーン君は美術館が大好きらしく、そこに連れて行ってもらえると聞いてすっかりその気になってはしゃいでいる。

成り行きに翻弄されがちな私が断りきれなかったのは言うまでもない。

「美術館まで彼に案内させるわ。」と、デリアは1人の青年を紹介してくれた。

これも気にはなっていたのだけど、デリアが椅子に腰掛けた時から、少し離れたところに若きデューラーの自画像を彷彿とさせるようなそれはそれは美しい青年が静かに立っていたのである。

彼女の仕事を手伝いながら勉強している19才のドイツ人で、芸術家の卵だという。

神経質そうな丹精な顔に金色の長い髪、華奢でしなやかな体つき。まるで少女マンガかファンタジーに出てきそうな月の世界の住人である。同行すれば会話も必要になるだろうな、と少し気が重くなったが、こういう異星のエルフのような人とは、私の知っている言語がそれほど通じなくてもいいような気もした。

それに、彼は恐ろしく無口な人であった。


妙な道行だった。極彩色の脳天気な少年と、月から来た無口なデューラーと、大きなカメラを持った日本人。

私はふざけてすぐ車道に飛び出しそうになるショーンの手をしっかり握り、曲がり角のたびに黙って方向を指差す月世界人に従い、こんなにまだ距離があったのかと思いながら美術館にたどりついた。

無口なデューラーは、すぐに帰ってしまった。

帰り際、「帰り道はショーンが知っている」と言ったようだが、「帰り道くらいわかる!」とは自信がないので言い返せもせず、ひきつった笑顔で見送った。


美術館は常設展と特別展に分れていて、私は目当てだった特別展を先に見たかったのだが、ショーンはどんどん常設展示場に入っていってしまった。

そこは美術館というより郷土歴史博物館のような趣で、入場も無料だった。ゆっくり見ればおもしろいものもありそうだけど、私は勝手に走り回るショーンの姿を追いかけるのが精一杯で、鑑賞どころではない。

さんざん引き回された後、たぶん太古の壁画かなんかが描かれているのであろう、洞窟を模した迷路のような通路でとうとうショーンを見失ってしまった。とても慌てたし、理不尽な思いに泣きそうになりながら探した。

遠くでおじさんが何か怒っている声がしたので、もしやと思い声のした方へ行ってみると、案の定ショーンが警備員につかまっていた。

どうやら”触れてはいけない”と書いてある展示物で遊んでいたらしい。私が飛んでいくと、「あんたが保護者かね?気をつけてもらわないと困る」などと叱られてしまった。

「こどもは字が読めないんだから気をつけなくちゃならないのは警備員でしょ!」と言ってやりたかったが、とっさにそんなことが言えるくらいなら、たぶん私はショーンとここには来ていなかったのだろう。


ショーンは自分の見たいものを見てしまうと、すぐに帰りたがった。ぐずる子供を連れてマグナムの写真展を観るなど、どう考えてもふさわしくないし、不可能である。私はすっかりあきらめてショーンを連れて・・・というよりショーンに引っ張られるようにしてデリアのギャラリーに戻った。



つづく

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