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20代最後の春、私は東アメリカを列車で旅していた。
その時、少しの間滞在したニューオリンズの小さなホテルに、住み込みで働いていたのがキャシーだ。
宿泊の手続きをしている最中に、私の靴を見て「可愛い!」と言い、にこにこ笑って自己紹介を始める。
屈託の無い、派手な雰囲気の女の人。そんなふうに思った。
ある時、廊下でキャシーと出会った。とりあえず用事もないので笑って通りすぎようとしたら、
彼女はいかにも大事な話がありそうな身振りで壁際に手招きする。
「連れの男性は夫なの?」と小声で聞かれた。
「彼はとても古い友達。一緒に旅してるだけ。」と、つられて小声で答えたが、彼女は私の返事など
どうでもよかったようで、
「私の部屋に来ない?いろいろ見せてあげたいものがあるし。私、友だちを 部屋に呼ぶのって
大好きなの。来て、来て!」と誘う。
・・・友だち?。はぁ?と思ったが、彼女の無邪気で強引な調子におされて多少ビクビクしながらも
ついていった。
彼女の部屋は、客室に通じる階段の踊り場にある扉の奥、そこからさらに数段さがった中二階と
いえる所にあった。
日本風に言えば六畳くらいの部屋で、キャビネットや小さなソファー、ベッド、テーブル、化粧台
などが所狭しと詰めこまれ、ありとあらゆる空間や壁面は安っぽいオブジェで飾られている。
まるで余白恐怖症である。
それは、「沈黙は敵!」と言わんばかりのキャシーそのものといっていい部屋に思えた。
香りはいいけどとても美味しいとは言えないハーブティーを出され、
私は化粧台の前の椅子に座り、それを飲むというよりは、そのカップで手を温めていた。
「ねえ、見て。」と彼女がさしだした写真には、子供が写っていた。
「私の子よ、可愛いでしょ?。今はね、西海岸の方にいるの。この子の父親と一緒にね。」
・・・こういう心情がからんだ話になると、たとえ母国語でも気のきいたことを言うのは難しい。
まして不自由な英語である。話を中断しないためだけに、ついバカなことを聞いてしまう。
「どうして離れて暮らしているの?」と。
「どうして?・・・そりゃ男と女にはいろいろと問題があるのよ。あなただってわかるでしょ?
ただ、子供は別なのね。本当は会いたいけど。これが私の生活だから、私はここにいるだけ・・・。」
やっと理解できた。
こういうことを誰かに聞いてほしくて、キャシーは”友だち”を部屋に呼ぶのだと。
自分の生き方を声に出し、自分であらためて納得するために。
もし彼女に本当の友だちというものがいたなら、こんな話はその友だちには、たぶんしない。
そんな気がした。
キャシーは、信仰に熱心というタイプではないけれど、ある意味でとても信心深かった。
驚くほどの数の”お守り”を持っているのだ。
彼女の話を聞いているうちに、私が安っぽいオブジェだと思っていたものが、実はそのほとんどが
何か意味のある”お守り”なのだということがわかってきた。
鏡にかけられたガラスのネックレス、棚の中小枝、壁の小さな人形etc・・・。それらはみんな
キャシーを何かの災厄から守ってくれているのだという。
ハーブティーも彼女にとっては「安らかに眠れるための」お守りらしい。
実際に信じているのかどうかなど疑う余地のないほど、彼女の口ぶりはまじめで、お守りは本当に
効きそうな気がした。
そのホテルの一階には薄暗いカウンター・バーがあって、キャシーはホテルの雑用とともに
その店も手伝っているようだった。
あまり流行っているとはいえないホテルである上に、まともな泊り客は昼夜を問わずバーボン・
ストリートに行ってしまうため、正直言ってそのバーは常に暇だった。
時々近所の常連が立ち寄り、恰幅のいいマスターやキャシーと世間話をしていくといった様子。
たぶん、あまりまともではない泊り客の私と友人は、その陰気くさいバーが気に入り、かなりの
時間をそこで過ごした。
キャシーは気に入った客、つまり”友だち”には「どうぞどうぞ、飲んでよ!」という調子で
コーラやビールを気安く振舞ってしまう。
それでマスターと揉めそうになるのだが、だいたいにおいて彼女の明るいおしゃべりと笑顔で
うやむやになり、たいていの客は出された物の代金を支払ってしまうから、商売にはなっている
のである。
いつでもキャシーはとてもにぎやかで、話好きだった。
早口になると私はほとんど何も聞き取れなかったし、彼女は相手がどんな返事をするかなんて
気にしないから、会話といえるものはあまり成り立たなかったのだけど、
キャシーがいると、楽しかった。
私たちがホテルを離れる日、キャシーは私に”お守り”をくれた。
水晶のような石と、小さな木片、ビーズのネックレス、そしてハーブのティーバッグ。
こんなにたくさんお守りはいらないと言っても、そんなことは彼女の耳には入らなくて。
ただ、「もしカメラをもっているなら写真を撮ってほしい」と。
「子供に送ってあげたいから。」
そう言って、働いているホテルの前でポーズをとった彼女は、悲しいくらいまじめな顔をしていた。
帰国後、写真と手紙を送ったけれど、予想した通り返事は来なかった。
・・・
「キャシーにどうか安らかな眠りを・・・」と、
今でも私はまずいハーブティーを飲むたびに、つい願ってしまうのである。
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これは10年くらい前に書いて、7年くらい前にHPにアップしていたものの再録です。
周知の通り、2005年のハリケーンによってバーボン・ストリートもニューオリンズそのものも
壊滅的な被害を受け、たくさんの犠牲者が出ました。
その際に、キャシーがどうしていたのかは知る由もないし、滞在していた古いホテルが
どうなったのかもわかりません。
たくさんのお守りが、彼女や彼女をとりまいていたすべてを守ってくれたはず・・・と、
ずっと、信じています。
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