| 明日はヒロシマ一色なんだろうなぁ〜 |
| いいかげん厭きた。 |
| 歴史を語る時、オジサンは『if』による分岐可能な世界を認めている。 この考え方はヒロシマ・ナガサキの原爆云々を考える時、 非情な意味のある分岐点がいくつも見えてくる。 |
| 同じことを繰り返さないためにどのようにすればよいか? |
| それを考える上で有効な思考実験ができるからだ。 しかし、 日本は『歴史にもしも(if)はない確定された過去』と言う考え方も肯定する。 最近は近代日本史に因果律無視の分岐が存在し得ない事象を 歴史的事実として認めさせようと蠢く連中がいるだけに 史実物証のない捏造された歴史の書き換えを 歴史の歪曲を弾き返すため必要なことである。 |
| 原爆投下から66年の歳月が過ぎ、 今や真偽未確認な主観的感情論で 反核運動の象徴と化して 実態を失っていないか? |
| オジサンより若い者達のツッコミは鋭い。 |
| 『ヒロシマ・ナガサキの悲劇で国に責任を採れと言うが訴える相手は原爆を落としたアメリカだろw』 |
| 至言であり、 これを正しく『間違え』と説明できる者がどれほどいるだろうか? この問題を難しくしている点は、 こうした暴論に真正面から向き合うことなく、 ただ感情に任せた勢いで運動を続けて有志を募っていること。 その感情は『復讐心』に因るものでしかなく、 あえて不都合な事実から目をそむけているに過ぎない。 確かに訴えるべきは原爆を投下したアメリカにあり、 サンフランシスコ講和条約が成立するまで続いた戦争を振り返って 日本政府に責任を採れと訴える行為は別の意味を持つことになる。 |
| 仕返しの核攻撃をしろ! |
| と。 学校では教えてくれない近代史で積み重ねられた『現代の基礎』を その時の社会環境を背景とした感情論で無視した主張は 時として意図せぬ正反対の意味を持つことになる。 その最たるものが現在の反核運動に象徴される。 |
| 平和を謳って日本の核使用の肯定に聞こえるのは オジサンの気のせいであってほしいものだ。 (反語) |
破線以下はオジサンの関知しないSoftbankの広告:
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