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歳を取ったものだ… 意味がわからない略語、若者用語ランキング「チョーLL」「ラビィ〜」この言葉の意味わかりますか?
若い世代を中心に日々生み出される新しい言葉の中には、その時代を象徴するような流行語に発展するものまであり、その威力に圧倒されることも。 若者の間で交わされる会話などを通して生み出される略語たち、みなさんはどれくらい理解していますか? そこで「意味がわからない略語、若者用語」について聞いてみました。 1位にランク・インしたのは《ハムト》でした。 これは「公」という漢字を分解しカタカナに読み替え、さらに「トイレ」のトを付け加えた略語で、公衆トイレを指す言葉なのだそう。 厠(かわや)やご不浄、はばかりに雪隠(せっちん)など様々な呼び名を持つトイレですが、《ハムト》もその一つとして残っていくのでしょうか。 続いて2位には《ATM》が入っています。 一般的には金融機関のキャッシュディスペンサーを想像してしまいそうですが、若者の間ではちょっと違うよう。 「あなたの便りを待っている」の略語として使われているのだとか。 また3位《NHK》は日本放送協会のことではなく「何か変な感じ」、4位《NSX》は「何をしても×(ダメ)」の略なのだそう。 さあこれらの略語、若者言葉みなさんはどれくらい理解できましたか? 一見すると意味の全くわからない略語も、成り立ちが分かってしまえば「なるほど〜」とその言い回しの妙に感心する言葉も。 意味を間違えて覚えていたり、知ったかぶりをしたりする前にランキングで意味をチェックしてみてくださいね。 http://news.ameba.jp/gooranking/2009/08/43202.html 1位・ハムト…公衆トイレ(ハム=公)
2位・ATM…あなたの便りを待っている 3位・NHK…何か変な感じ 4位・NSX…何をしても×(ダメ) 5位・ブンブン…セブンイレブン 6位・定金(さだきん)…定額給付金 7位・チョーLL…大変ラブラブ 8位・IK…イラットくる 9位・KH…これはひどい 10位・ラビィ?…かわいい、好き http://ranking.goo.ne.jp/ranking/999/young_abbreviation/ 本当にこんな言葉を使っているのか?(笑)
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雑記
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世界で初めて原爆が投下された日と言うことで 毎年この季節になるとブンブンうるさい薮蚊の羽音のように聞こえてくる感情的な報道は見たくない。 戦争に関わる感情的な話は亡き祖母が母に語った話だけで充分だ。 オジサンは戦後第二世代、 オジサンの両親も戦後第一世代で当然戦争の経験はなく、 戦争に関わる話は祖母から聞いた母が話してくれた話が唯一だが、 どれほど多く語られようとも肉親の語った数少ない話に勝るものはない。 戦争に関わる話はゴロゴロとあるが、 付け合せてみれば多くの矛盾が出てくる。 8月6日「原爆の日」とされて反核反戦一色になるが、 正直そんなものはどうでもいい。 「原爆被害について語り継ぐ」と言っているが、 修学旅行で押し付けがましく聞かされた話から何も変わらない感情論から全然変わっていない。 始めて聞かされた時の記憶が後々にまで影響を及ぼすとすれば オジサンにとって押し付けがましい話でしかなく、 広島に落とされた原爆について一歩踏み込んで知る障害でしかない。 当時を知りたいと思い、その調査の妨げとしかならなかった感情論にどれほどの価値もない。 必要なのは感情論でなく感情で動いた当時の社会の実態であり、 主観を抜いた情報である。 母に話してオジサンが子供の頃に聞いた話は極めて単純だ。
祖母の話は多分に感情的なものであっただろう。 しかし、戦後生まれの母から聞かされた段階で「〜と、おばあちゃんが怒っていた。」と、 母の主観で祖母の感情的話から感情の部分は抜け落ち、 重要な情報と教訓に変わった。 そう、当時まだ子供ながらに思ったね、
そして、この考え方のお陰で苦労させられることとなった。 歴史を調べるとき「歴史に if はない」とされるが、 歴史に対する興味の原点が「ボクが生まれることはなかった」とifに始まるため、 歴史を学ぶ姿勢そのものが矛盾の上に成り立つこととなった。 歴史の授業とは、 その時代に生きた人間が存在しない年号と出来事の羅列を丸暗記させられること ばかりを強要され、 最後の最後に太平洋戦争があって
毎年同じことが繰り返し憶えこませようとする歴史の授業は嫌で仕方なかった。 その時代に生きた人々を描いた歴史物が好きな一方で歴史が嫌いと矛盾した状態を取り払ってくれたのが学生時代最後の年に「社会」を受け持った先生の授業だったかな? '''歴史は全てが関連付けられた出来事の中で説明でき、 前後の出来事が判っていれば空白となって抜けている部分も判る。''' 確かそんな感じで日本史と世界史を結び付けたスタイルの授業だった気がする。 日本では教えていない「地政学」のさわりの部分だったのではないかと今では思い、 この先生のお陰で歴史が好きになったと言っても過言ではなく、 学業としてではなく趣味として歴史を調べられるようになった。 オジサンは趣味として鉄道と言うジャンルに大きな比重を持つが、 日本における鉄道史は必ず密接に戦争が関わってくるため、 交通史や郷土史で資料と共に正しく伝えられているものでさえ 戦争に関わるすべてを否定する勢力の妨害で 実態から歪められたものとなっていることが少なくない。 前後の歴史につながらない事象が忽然と存在しているのだ。 8月6日の原爆の被害に始まる太平洋戦争関連の反戦運動と呼ばれる活動はその象徴であり、 戦後第二世代のオジサンにとって最も身近な戦争体験を否定する運動でしかなく、 いつまでもつまらない狂言イベントを続ける気だ?と、迷惑に思っている。 主観的には正しくとも資料漁りを行なう者にとって「嘘」となる宣伝広報は積み重なるほどに 真実さえ嘘臭く聞こえてしまい、 原爆投下の正当化する対として毎年数字が増える資料なき南京虐殺があることからも、
オジサンはぼやきが漏れる。 どんなに悲惨さを叫ぶ戦災経験でも直接戦火を経験したというだけで ズルをした結果、被害者となった者もいる我が身に関わる身近な戦争体験も存在し、 それを「歴史にifはない」と否定された気分へ貶められるイベントなんて 被災者当人までも同情する気になれなくする愚かな行為だ。 まぁ、そうした他人の不幸を飯のタネにしている連中がでっちあげた幻想ってメッキは剥げているけど。
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選挙日をカレンダーのアラーム機能を使って自分宛にメールを出そう! うっかり選挙日を忘れていても思い出させてくれるぞ!! 過去の投票率の低さは浮動票の大きさを意味している。 ひとりひとりが投票することで浮動票は大きく動く。 衆議院選挙を占う前哨戦と謳われた東京都議選では 前回の当選票数を越えた得票で落選した議員がいる。 これは安定得票を上回る浮動票が流れたからだ。 過去に例を見ないほど浮動票が与える投票の影響力は大きくなり、 一票が活きるためにも浮動票を握る有権者は投票で意思を示せるときではないか!?
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斜め読みしてうつ病患者に対する接し方に思えた。 上司の激励に「意味が分かりません」!? “ゆとり世代”に覇気がない理由とは 現在、多くの職場では、経済のグローバル化や女性の社会進出により、様々なタイプの人々が存在するようになりました。また、後輩や部下を持つようになってきた皆さんは、世代間や部門間の「ギャップ」にも悩まされているのではないでしょうか。
こうした様々な考えを持つ人々とは、自分と同じ価値観で仕事をすることはできません。ですが、違う価値観の人と一緒にしていくことで新たな発想が生まれ、とても大きな相乗効果をもたらすといったこともあるのです。 この連載では、イマドキの職場で生まれている「ギャップ」にいかに対処していくべきか、そしてどうやって上手く付き合っていくとよいか紹介していきます。 第1回は、「ダメ世代」とも揶揄され、多くの管理職たちの悩みの種となっている「ゆとり教育世代」とのギャップについて取り上げます。 ゆとり教育世代は「覇気がない」 私がいろいろな管理職やトレーナーの方とお話をしていると、ゆとり教育世代の若者に対して「覇気がない」という印象を持つ方が多いように思います。先日、お目にかかった大手事務機メーカーに勤める新入社員研修トレーナーは、ゆとり教育世代ついて ◆何を聞いても反応がない ◆言われたことしかやらない ◆物事を前向きに考えない など「やる気が足りないようだ」とおっしゃっていました。 更に、 「昔から最近の若者は・・・と言うが、話しても反応がないから距離が埋められない」 と、社会人として自分達の流儀を理解させることに苦労している、教育担当の先輩社員の悩みもよく耳にします。ただ、考えてみれば教育担当の先輩社員の多くは20代の後半です。果たして、「ゆとり教育世代」と「その他世代」にあるギャップはそれ程大きいのでしょうか? 「詰め込み教育」を反面教師に育った「ゆとり教育世代」 「ゆとり教育」とは、1980年代までの「詰め込み教育」で発生した受験戦争や登校拒否、落ちこぼれ等の社会問題に対処するために教育方針を転換するべく取り組まれた施策でした。「生きる力」の育成を目指して「週休2日制の導入」「総合的な学習の時間」「学習内容3割減」など過去を反面教師にした目玉方針を次々と教育現場に導入されました。 (マスコミなどでは一般的に「ゆとり第1世代」とは、1987年度生まれの人たちを指します。つまり、大卒の「ゆとり第1世代」が社会人になるのは、来年度の採用からです。しかし、1992年から1、2年生の理科・社会が生活科になるなど小学校の学習指導要領が改正され、第2土曜日が休日になりました。ですので、1984年度生まれの人たちから、ゆとり教育の考え方で育ってきた世代と言えるでしょう。) そして現在、「その他世代」からみれば、受けた教育環境が大幅に違う社会人がみなさんと職場で対峙する時代になりました。考えてみればゆとり教育の考え方自体が過去の教育を(一部でも)否定しているものです。そんな教育方針の全く違った環境で学んだ世代が職場で机を並べて仕事すれば、様々な場面でギャップを感じるのは当然かもしれません。 上司の激励に「意味がわかりません」と応える新入社員 ゆとり教育世代が「覇気がない」とその他世代がギャップを感じる原因の1つとして、学校で学んだ「競争意識」に対する価値観の違いが挙げられます。我々のような「その他世代」は、学校で何事も競争が当たり前と教えられました。例えば「期末テストでAクンに負けるな」と担任の先生が勝手にライバル選定して競争を煽っていましたし、更に「運動会のリレーは絶対1番よ!」と家族も巻き込んで何事も「競争に勝つ」大切さを教育現場で学んできました。 ところが、ゆとり教育がスタートすると「ゆとり=競争がない」ことが望ましいと考えられるようになり、学校も家庭も、周囲との競争を避けるようになりました。こうした教育環境で学んだ学生は「他人と比較される」ことを当然、嫌がります。ところが就職活動から始まり、社会人になれば他人との比較を避けられなくなるのです。 ここで大きなギャップが生じます。1つ例をあげてみましょう。大手金融機関に勤める知人が支店に配属されてきたゆとり教育世代に接したときの話です。彼は新入社員の頃は毎日のように先輩社員から「同期のAに負けるな」「職場で目立つ行動をしなさい」と檄を飛ばされ「はい、頑張ります」と元気よく返事をする日々を送っていました。それが当たり前の流儀と勘違いして新入社員に同じように接したところ、返ってきた返事は小さな声で「意味わかりません」でした。この態度に彼は「何だ!お前の態度は」と怒りがこみ上げてきたのを耐えて、翌日に私のところへ相談にやってきました。 「俺の接し方に問題があったとは思えないのだが、まったくイマドキの奴らは何を考えているんだか。とは言え、明日からどのように接していいのかわからなくなった」と不満をぶつけてきました。ここで私はこのように言いました。「ここは冷静になってくれ。気持ちはわかるが、そもそもお互いに大きな価値観のギャップがあるのだから檄の飛ばし方が間違っていたんじゃないか?」 自分にとって目的意識が明確になれば頑張れる 「ゆとり教育世代は何事も自分軸で考える傾向がある。他人との比較より、来年の今頃までに1人で外交に出るようになれ……などと檄を飛ばしてみたらどうだろうか?」と、ゆとり教育世代の価値観に対応するコミュニケーションのヒントを提供してみました。すると知人も反省したのでしょうか。翌日から競争を煽るようなコミュニケーションを避けて後輩の成長を期待するような会話を心がけたそうです。すると「驚くほど」素直で元気な返事が返ってくるようになり、職場のコミュニケーションも円滑になったようです。 更に知人からきたお礼のメールには「ゆとり教育世代の新入社員は仕事に対してネガティブな訳ではなかった。むしろ真面目、真剣に取り組んでいます」と書かれていました。社会人になったのだから社会の流儀に合わせるのが常ではありますが、職場の戦力である社員のモチベーションを高めるために違った価値観を押し付けるのは、よいことではありません。 「なりたい自分」を共有してその気にさせる 「ゆとり教育世代」は他人と比較されること、他人と競争することに価値を感じません。職場で他人と比較をされ、競争を煽られることに嫌悪感を感じて「覇気のない態度=世代のギャップ」を示してはいないでしょうか? このギャップを埋める方法があります。他人との比較ではなく、なりたい自分の実現のためにお互いの接点をつくってみるのです。「3年後になりたい自分を教えてくれるか? スキルアップしてプロジェクトを仕切りたいのだな。プロジェクトを仕切りたいだったら、もっと元気に仕事しようよ。それが君のためになるから」となりたい自分の実現のために激を飛ばしてみると覇気のない態度が一気に変わったりします。 更に言うと、ゆとり教育世代は自分なりの目的意識が持てれば徹底してやり切れるねばり強さがあります。私が知っている入社1年目の社員も社内の導入研修でテスト成績順に叱咤激励されたときは「やる気が失せた」と嘆いていました。しかし、職場に配属されて先輩から取引先への提案書の作成を「お前に任せたい」と言われると、意気に燃えて働いています。 ゆとり教育世代に価値観を合わせるのは、「面倒な話だ」と感じる方もおいでかもしれません。ですが、「その他世代」が流儀に合わない部分を少々歩み寄るだけでお互いのギャップは一気に埋まります。ゆとり教育世代は「覇気がない」と決め付けるのは拙速すぎるかもしれません。 http://diamond.jp/series/imadoki/10001/ http://diamond.jp/series/imadoki/10001/?page=2 http://diamond.jp/series/imadoki/10001/?page=3 世代によって価値観が異なるのは当たり前のことなんだけど、 一歩踏み誤るとガラガラと崩れ落ちそうな危うさが同じ? なんだかねぇ〜… それにしても「なりたい自分」ってフレーズ、 どこかで聞いたことがあるなぁとくぐってみたら… なりたい自分 の検索結果 約 6,270,000 件
http://www.google.co.jp/search?hl=ja&q=%E3%81%AA%E3%82%8A%E3%81%9F%E3%81%84%E8%87%AA%E5%88%86&lr=&aq=f&oq= こんなにヒットするほど使われていたのか!
似たようなことをいろんな方向から悩む類例がこれほどあろうとは、 集合知から得られるものは相変わらず多い。 |
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Date印の日付を変えていて平成も21年になるのだなぁ〜っと… で、不意につながってしまったことが
何が似ているかと言えばいろんな事象。 もちろん全く同じではないが、なんとなく似た事象が多い。 頭の回転が狂っているときに思い浮かぶ妄言かもしれないが、 思い浮かんでしまった以上、自分なりの答えを導き出したい。 類似性の一番大きなところは
砲火を交える昭和の戦争と異なり、 平成の戦争は「金融」がキーワード。 ついこの間まで耳にしていた「マネーゲーム」が「投機的金融経済」となり、 今や「アメリカ型経営の破綻」とまで言われているが、 これって 「外征侵略」を行い「植民地化競争」が繰り広げられた終局である第二次世界大戦後、 「白欧植民地経営の破綻」とダブって見える。 どちらも拡張主義の産物であって限界に達したところで後発のアメリカが介入して破綻するパターン。
平成は金融の面から経済的に、 破綻する以前の社会が崩壊した。 国土が焦土と化した結果から遡って見れば、 世界の常識だったことが何か、 その時代を象徴する言葉が必ずある。 昭和が「帝国主義」であり、 平成は「グローバルスタンダード」と…
頭の中だけで考えているとよくわからない事もこうして文章に起こしてみると見えてくるものがある。 オジサンの中では今過去形になった「グローバルスタンダード」を標榜して資本主義の凶暴さが全面に広がった世界経済の一体化は日本経済が世界へ出て行ったときに「新植民地主義」と叩かれた言葉の中に含まれていた実態を焙り出していたのかもしれない。 そう、叩いた側の主観では日本の国境を越えた経済進出が新しい形の「植民地支配」と映り、 日本を叩いた後に果実を持ち去るパターンは
明治の日清戦争から昭和の大東亜戦争へ至る時代には軍艦の舳先に、 昭和の戦後復興から世界金融危機へ至る時代にはパスポートの表に、
強引にこじつけてみると、 日清戦争に相当するもが「アジア貿易」 日露戦争に相当するものに「日米貿易摩擦」 大東亜戦争に相当するものが「ボーダーレス化した経済」 アメリカが介入した太平洋戦争が「アメリカ流資本主義経済」で、 差し詰めソ連参戦が「ウォール街による金融市場のマネーゲーム化」ってところか。 恣意的こじつけにしてもここまで知られた言葉がそれぞれに当てはまると言うのは出来すぎた偶然。 昭和は物理的に、 平成は経済的に、 日本本土に直接攻撃を受けて国土は焦土と化した。 悲観的な見方というよりは
これまで本当に正しいのか首を傾げながらも一応はうまくいっていたアメリカ流資本主義経済の破綻は 昭和の日本が終止符を打った「白人至上主義」に基く世界の価値観を一変させたように、 新しい価値観の時代が始まることを意味していると思ったからだ。 …などと、精神面で不安定になっている時は 関連性のないような無意味な事柄をゴッチャ混ぜにして とりとめもないことを考えてしまう。 今年、平成21年、平成を昭和へ置き換えて 昭和21年の日本の状況に比べたら 今は遥かにいい状態にある。 もっとも「戦後の混乱期」に相当するかもしれないが、 本当の意味で21世紀型社会はこれから始まり、 創るのはオジサン達現役世代の役割と希望を抱ける。 前世紀の過去の遺物と化した思想を振りかざしているへんな人達を排除しないといけないな。 オジサンの観じたとおりなら 環境の変化に適用しきれず機能不全を起こしている自民党政権を責めることは それ自体が鏡を見て悪態をつくようなもの、 旧態依然とした責め方しかできない野党も環境の変化に対応できていないと行動で示している!? 実態が変化する中で既得権を守ろうとする動きは「植民地独立運動を弾圧しようとする勢力」そのもの、 これまた歴史は繰り返すとばかりに大きな変化に機敏な政治家が出てきてもおかしくないのだが… よく判らん。
おそらく細々とした断片は現れているのだろうが… (意味不明) |




