日々悠々

今は昔、あの頃のあつい志が懐かしい(ブログ放置中)

日本航空

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JALに関わる書庫です。

再建を果たしてもらいたいですね。
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羽田国際線出発

こんなことに力を入れて何になる・・・

「1番機」で火花=ANAとJAL−羽田国際化

 1番機はANAかJALか−。31日の羽田空港の本格国際化。最初の出発便をめぐり、全日本空輸と日本航空は火花を散らした。
 時刻表ではもともと、全日空のロサンゼルス便と日航のサンフランシスコ便がともに午前0時5分の出発だった。
 先に仕掛けたのは全日空。事前に0時ちょうどへの変更を国土交通省に申請し、26日に正式な許可を得た。日航は30日夕になり、羽田空港内の案内板に表示する出発時刻を0時に変え、乗客に早めの搭乗を呼び掛けた。
 日航担当者は「1番機を取りたいのが本音」。全日空担当者が「当日の変更なんてあり得ない」と言えば、日航側も「先に変えたのは全日空」と譲らない。
 客を乗せ終え、搭乗口を離れる許可を管制塔から早く得るのはどちらか。結局、日航便が0時4分に離陸、3分差で勝負を制した。不毛にも見える争いだったが、安全だけはお互い譲らずに−。
(2010/10/31-00:30)

http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&rel=j7&k=2010103100005

1番機競争、日航制す 全日空出発は3分後 羽田国際定期便

 羽田国際定期便の1番機はどっちか−。日航と全日空が30日から31日にかけ、歴史に残る初便の座をめぐり火花を散らし、両社が激しい争いを繰り広げた。最終的には日航が勝利、社員らは満面の笑みを浮かべた。

イメージ 1
羽田空港から出発するJALのサンフランシスコ行きの便を見送る職員ら
=30日午後11時42分、東京・羽田空港(荻窪佳撮影)

イメージ 2
ロサンゼルス線初便を見送る全日空のスタッフ
=30日午後11時52分、羽田空港

 両社の定刻出発時間はもともと、ともに31日午前0時5分。日航がサンフランシスコ行き、全日空がロサンゼルス行きだった。

 ところが、全日空が午前0時発に繰り上げ。後れを取った日航が1954年、国内航空会社として初めて国際線を就航させたのは同じサンフランシスコ便。プライドをかけ、譲れない日航は30日午後11時42分に駐機場を出る離れ業を繰り出し、31日0時4分には離陸した。全日空も遅れじと午後11時51分に動きだしたが、離陸は0時7分。3分で涙をのんだ。

2010.10.31 14:37

http://sankei.jp.msn.com/economy/business/101031/biz1010311439005-n1.htm

あまりにもバカバカしい争いだと思った。

そして成田空港で出発時に見られる グランドクルーの見送りの数と比べて なんと多いことか・・・ 出発準備の多くはグランドクルーの力、 こんな不健全な自己満足を満たすため 無理を強いられる下請け会社も不憫だ。

成田空港の日常的な見送り光景
イメージ 3


そして始まりと共に終わることもある。

日本航空:貨物専用機、最終出発便離陸 半世紀の歴史に幕 /千葉

◇物流支えた「縁の下の力持ち」
 50年以上にわたり世界を飛び続けた日本航空の貨物専用機が今月で姿を消す。最後の出発便6便が30日、成田国際空港から各地へ向け飛び立った。競走馬、F1カー、絵画、被災地への救援物資……。さまざまな貨物を運んで物流を支えた“縁の下の力持ち”としての歴史に終止符を打つ。【山田泰正、斎川瞳】

 午前と午後の2回、貨物地区の駐機場で行われた記念行事では、社員らが「今までありがとう」と書かれた横断幕を掲げ、機体をバックに記念撮影をして別れを惜しんだ。大雨にもかかわらず、大勢の社員が整列して出発機を見送った。

 入社以来、17年間貨物一筋というJALカーゴサービスの江見浩丈さん(40)は「いつか来るはずの貨物便再開の日までノウハウやスキルを伝承したい。貨物機は当たり前のようにそばにいて、仕事のいろはを教えてくれた仲間。『ありがとう』って伝えたい」。

 最終便は午後10時半発のアンカレジ経由シカゴ行き。櫛野圭司機長(43)は「高級車や精密機器など、搭載物で世界の動きが分かる貨物は、時代を映す鏡。物流の一端を担っているという意識で飛んできた」と振り返り、「フライト前にはいつもエンジンに触れ、『今日も頼むぞ』って話しかけた。自分の子供のようで、エンジンの音一つで機嫌が分かった。これで最後かと思うとやるせない」と残念そう。

 同社の貨物専用機の歴史は古く1959年、サンフランシスコ線に4発プロペラ機のダグラスDC4を投入したのが始まり。翌年には米国の航空会社との競争に備えてジェット機も導入し、ピーク時の07年には26都市に週77便を運航した。

 72年に上野動物園で公開されたパンダの「カンカン」「ランラン」や無敗の3冠馬として有名な競走馬「ディープインパクト」の輸送も請け負った。78年の成田空港の開港時、到着第1便の大役を務めたのも同社の貨物機だった。

 86年にはフランスワインを満載したパリ発成田行きのボーイング747がアンカレジ上空を飛行中、「UFO(未確認飛行物体)と遭遇、50分にわたり追尾された」と管制機関に報告していたことが明らかになり、米国連邦航空局(FAA)が調査に乗り出すなど話題を呼んだ。

 同社は航空貨物事業を分社化し、日本郵船子会社の日本貨物航空(NCA)との統合を目指していたが、3月に統合断念を発表。専用機による貨物輸送を取りやめる方針を明らかにしていた。すべての貨物機が帰着する11月1日には成田空港で記念行事を開き、社員が機内を清掃するなどして長年の活躍をねぎらう。

10月31日朝刊

http://mainichi.jp/area/chiba/news/20101031ddlk12020117000c.html

日航:専用機の貨物事業撤退 各地へラストフライト出発

イメージ 4
貨物専用機の前で記念撮影する日本航空グループの社員たち
=成田国際空港で2010年10月30日、長谷川直亮撮影

 経営再建中の日本航空が専用機を使った貨物事業から撤退することになり、各地への最後の便が30日、相次いで成田国際空港を出発した。今後は旅客便の貨物室を利用する形で事業を継続するが、保有する9機は売却やリース解除を進める。

 朝からジャカルタやフランクフルトなどへの計6便が社員に見送られて離陸。最終便は午後10時半発の米アンカレジ経由シカゴ行きのボーイング747貨物機で、櫛野圭司機長(43)は「何とも言えない寂しさがある。専用機はなくなっても、貨物を安全に運ぶノウハウは引き継いでいきたい」と話した。

 日航の貨物専用機は1959年、羽田−サンフランシスコ線を開設したのが始まり。ピーク時の07年は14機体制で26都市に荷を運んだ。【山田泰正、斎川瞳】

毎日新聞 10月31日(日)11時56分配信

http://mainichi.jp/select/biz/news/20101031k0000m020020000c.html

日本航空が輸送する貨物の総量は 日本航空が提供する貨物輸送量の 7割ほどに過ぎないと聞いた記憶がある。 その数字から貨物専用機の廃止を決めたとも。  しかし、貨物機でなければ運べない貨物がある。 そうした従来の顧客と縁を切る決断が正しかったか、 機会逸失の結果は時間が証明するだろう。


http://www.tokyovalley.com/yahoo_blog/article/article.php


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これまで注視してきたけど、
管財人と会長から未だどういう方向で再生を進めるのか
向かう方向性が見えない。

日航の人員削減、11月中にめど

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会見する日本航空の稲盛和夫会長(手前)。

同席した管財人の企業再生支援機構の瀬戸英雄委員長は希望退職で削減目標を達成できない場合、「整理解雇も覚悟しなければいけない」と強調した(29日午後、同社本社) 【時事通信社】

http://www.jiji.com/jc/p?id=20100929220045-9915351&n=1

整理解雇も「想定せざるを得ない」 日航社長、希望退職低調なら

 会社更生手続き中の日本航空の大西賢社長は29日の定例会見で、人員削減について「希望退職で目標を達するのが最大のターゲットだが、達しなかった場合も想定せざるを得ない」と述べ、応募期限である10月22日までに目標の1500人に達しない場合は、整理解雇もやむを得ないとの考えを示した。

 日航は、2010年度中にグループ全体で1万6000人削減する計画で、特別早期退職や事業譲渡、自然減などですでに約1万人の削減にメドが立っている。労働組合との話し合いを進め、ギリギリまで希望退職での達成に全力をあげる。

 同社はまた、部門ごとに収支を把握する部門別採算システムの導入を正式に決定した。稲盛和夫会長の出身母体である京セラの子会社、京セラコミュニケーションシステムの協力でシステムを構築し、来年4月から導入する。稲盛会長は、「できあがれば1便ごとの採算が出せるようなシステムになる」と、収益改善への期待を示した。

2010.9.29 19:21

http://sankei.jp.msn.com/economy/business/100929/biz1009291924032-n1.htm

日航管財人「整理解雇も覚悟」 希望退職の未達なら

 会社更生手続き中の日本航空は29日、定例記者会見を開いた。同社の管財人である企業再生支援機構の瀬戸英雄委員長はグループの人員削減について「過剰な人員が発生する場合には、整理解雇も覚悟しなければならない」と述べ、現在募集している希望退職への応募が計画に満たない場合は強制解雇に踏み切る方針を示した。

イメージ 1
記者会見する日本航空の稲盛会長(右端)ら(29日午後、東京都品川区)

 日航の稲盛和夫会長は「二次破綻すると国民の税金の負担になる。公的資金などを健全に返すのが大きな責任だ。何とか日航の現状を理解していただきご協力を願いたい」と述べた。

 管財人の瀬戸委員長は「整理解雇も覚悟しなければならない」と話した(29日)

 更生計画案では2010年度中にグループ全従業員の3分の1にあたる1万6000人を削減するとしている。大西賢社長は「現在約8000人はメドをつけた。残りは定年退職などの自然減で約2000人、非関連化(グループ切り離しなど)で約3000人、希望退職で約3000人(を削減する計画)」という。〔NQN〕

2010/9/29 18:13

http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A9C9381949EE0EBE2EBE18DE0EBE2EBE0E2E3E2E2E2E2E2E2E2

二次破綻、してもいいんじゃない?

今のトップに決定的に欠けているのが
目標を指し示す経営努力
ではないかと。

考えなしにグループ企業を切り売りして今年度の決算は上向くかもしれないが、
そのしっぺ返しは来年度以降へ先送りされるから
売れるものがなくなった後にどんな再生の画を描いているのかよく判らない。


http://www.tokyovalley.com/yahoo_blog/article/article.php


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グラハンに続いて通関も切り捨てる日本航空は本気で貨物事業を放棄する気らしい。

日航、物流子会社をハマキョウレックスに売却

 会社更生手続き中の日本航空は13日、物流子会社のJALロジスティクス(東京・大田)を同業中堅のハマキョウレックスに売却すると発表した。売却額は数億円のもよう。経営再建に向けたコスト削減と組織スリム化の一環で、123人の従業員をグループから切り離す。

 JALロジスティクスは、主力運航会社の日本航空インターナショナルが72%、双日が筆頭株主のJALUXが28%を出資。10月1日付で日航インターの保有株式をハマキョウが買い取る。

 日航は2010年度中にグループで1万6000人の人員削減の実施を更生計画案に盛り込んでおり、組織縮小を急いでいる。既に関西国際空港の地上支援子会社群を鴻池運輸(大阪市)に、中部国際空港の同業子会社群は鈴与(静岡市)に売却することを決定。今後も機内食など非中核事業の売却を加速する。

2010/9/13 19:04

http://www.nikkei.com/news/category/article/g=96958A9C93819696E3E1E2EA868DE3E1E2EBE0E2E3E2E2E2E2E2E2E2;at=ALL

日航、物流子会社をハマキョウレックスに売却

 会社更生手続き中の日本航空は13日、総合物流子会社のJALロジスティクスを、システム物流のハマキョウレックス(本社・浜松市)に売却することで合意したと発表した。グループ会社の整理の一環。

 売却するのは、主力運航子会社の日航インターナショナルが保有するJALロジスティクスの全株式(発行済み株式の72%)。売却予定日は10月1日。譲渡金額は未定。

 ハマキョウレックスは貨物自動車運送事業で、JALロジスティクスの顧客基盤を活用し、主に首都圏で規模拡大を図ることができると判断した。

2010.9.13 18:56

http://www.sankeibiz.jp/business/news/100913/bsd1009131857010-n1.htm

JALロジスティクスを売却 日本航空

JALロジスティクスを売却 日本航空
 会社更生手続き中の日本航空は13日、物流子会社の「JALロジスティクス」(東京)を、物流業のハマキョウレックス(浜松市)に売却すると発表した。保有する全株式(発行済み株式の72%)を10月1日に譲渡する。売却金額は非公表。

 グループの従業員数の削減とリストラ費用を賄うのが狙い。今回の売却で日航は連結ベースの従業員数が約120人減る。ハマキョウレックスは、首都圏での事業拡大を目指す。

 JALロジスティクスは、トラックによる運送事業や倉庫業などを手掛けている。2010年3月期の売上高(単体ベース)は40億円。日航は、株式売却後も業務委託を続ける予定。

2010/09/13 19:06 【共同通信】

http://www.47news.jp/CN/201009/CN2010091301000752.html

(;゚д゚)・・・
中核事業を支えている裾野を削る棒倒し?

ブランドで繋がれていたグループ企業を切り売りして
ホームグランドでビジター扱いされるような体制へ
進めて本当に大丈夫なのか!?

まぁ、貨物機がなくなって利用航空会社を変えざるを得なくなったオジサンの立場ではもう他人事と見物するだけなんだけどね。


http://www.tokyovalley.com/yahoo_blog/article/article.php


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日本航空、再建問題

なぜか薄っぺらに感じる珍しい産経の主張

【主張】日航更生計画 公的資金の重み忘れるな

 今年1月に経営破綻(はたん)した日本航空の更生計画が今月末にもようやく裁判所に提出される見通しになった。当初6月末に提出の予定だったが、債権放棄などをめぐる銀行団との交渉が難航し、大幅に遅れてしまった。

 更生計画のこれ以上の遅れは許されない。忘れてならないのは日航の再建には巨額の公的資金が使われることだ。再建の目的はあくまで日航という会社の救済ではなく、顧客に必要な「空の足」を守ることにある。全日空の一社独占になって顧客の選択の幅が狭まることの弊害も指摘された。

 それにしても一民間企業の存続に国民負担を求めるというのは極めて異例の措置である。日航と同様に公的資金を注入した米ゼネラル・モーターズ(GM)は破綻後わずか1年余で株式の再上場をめざすまでに復活した。GMと比較すれば、これまでの債権者との交渉は真剣さが足らないと指摘されてもやむを得まい。公的資金を使うことを決断した民主党政権の責任も問われる。

 更生計画には総額約5200億円の債権放棄と3500億円の公的資金注入が盛り込まれている。日航と管財人の企業再生支援機構は11月までに裁判所の認可を得て、更生計画に基づいて再建を本格化させ、平成23年3月期に債務超過の解消をめざすという。

 日航はこれまで企業年金を削減し、賃金削減や早期退職によるリストラにも取り組んできた。燃費の悪い航空機の退役も進めた。そうしたリストラの効果も上がり、経営効率の改善につながっている点は否定しない。

 だが更生計画の中身は心もとない。赤字であっても国際線をできるだけ残そうとする姿勢は再建への不安を募らせる。運転資金を含めた今後の融資についても銀行団との交渉を9月以降に先送りする。これでは国民は更生計画に信頼を寄せることはできまい。

 政府の対応も不十分だ。政策課題として指摘されている着陸料の引き下げや格安航空会社の参入条件の緩和、ハブ空港の整備をはじめとした空港の統廃合などやるべきことは山積している。

 世界の航空業界は路線設定を自由にするオープンスカイや格安航空会社の台頭で競争が激化している。日航再建も航空政策の見直しもそうした厳しい状況の中にあることを肝に銘じてほしい。

2010.8.22 03:33

http://sankei.jp.msn.com/economy/business/100822/biz1008220334000-n1.htm

公的資金が撤退する地方空港へ手切れ金に使われているように思えてならないオジサンには・・・
あまりにも焦点の定まらない薄っぺらな主張だなぁ〜っと。


http://www.tokyovalley.com/yahoo_blog/article/article.php


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欠番、日航123便

これも夏の風物詩、いい加減、飽きてきた。

日航ジャンボ機墜落25年 次世代に継ぐ思いと空の安全

 520人の犠牲者を出した昭和60年の日航ジャンボ機墜落事故は12日で発生から25年を迎える。今年も遺族や関係者らが墜落現場の「御(お)巣(す)鷹(たか)の尾根」に慰霊登山し、犠牲者の冥(めい)福(ふく)と空の安全を祈る。単独機として世界最大となった惨事も四半世紀がたち、風化の危機に揺れる。関係者たちは事故の教訓を次世代に引き継ごうとしている。

 昭和60年8月12日、日航123便は約30分の迷走の後、午後6時56分、墜落した。現場となった御巣鷹の尾根がある群馬県上野村で民宿を営む飯出八(や)紘(ひろ)さん(68)は事故直後を除き、尾根には決して足を踏み入れず、記憶を封印しようとしてきた。

 機体の残(ざん)骸(がい)や、引き裂かれた遺体が散乱する現場で、地元消防団員として生存者の捜索に加わったが「生き地獄」を目の当たりにした衝撃はあまりにも大きかった。

 心境に変化が生じたのは、宿泊客との何気ない会話がきっかけだった。「日航機の事故って…。何ですかそれは」。若い宿泊客の反応にがく然とした。「私たちにとっては、忘れたくても忘れられない出来事なのに、風化しつつある」と危機感を抱いた。

 最近では、宿泊客に、ビデオテープのニュース映像を見せるなどし、当時の話を聞かせている。「二度と事故を繰り返してはいけない。そのためには忘れないことが大事だ」。

 ただ、心に刻まれた傷は深い。記憶の封印こそ解いて惨事を語るようになったが、御巣鷹の尾根にはまだ登ってはいない。

×××

 日航は事故後、遺族らが求め続けてきた、回収した機体の保存や展示を一貫して拒み続けてきた。「『忘れたい』というほどつらい経験だったかもしれない」。日航安全推進本部の鈴木海太グループ長(44)は振り返る。

 しかし、平成17年に相次ぐ運行トラブルで国土交通省から事業改善命令を受け、「空の安全を守る使命感」を示す必要に迫られ方針を転換。18年、羽田空港に「安全啓発センター」を開設し、残存機体や遺品の展示、公開に踏み切った。

 遺族らによる講演も随時行われ、他社からも見学に訪れるなど、現在では企業の安全意識向上の場として定着している。

 日航によると、事故当時在籍していた社員は全社員の約17%まで減少。今年1月には会社更生法の適用を申請するなど経営を取り巻く環境も厳しい。

 それでも、航空会社としての“原点”を引き継ぐ意思は育ち始めている。客室乗務員の山崎恵美さん(33)は「一人一人の人生を預かる重みは事故を知ることで培った。安全は事故を知ることから始まる」と語る。

2010.8.10 21:13

http://sankei.jp.msn.com/affairs/disaster/100810/dst1008102114011-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/affairs/disaster/100810/dst1008102114011-n2.htm

最近はもうお涙頂戴の遺族側視点でしか語られない。
この事故の詳細を調べようとすると遺族の主張が大き過ぎて障害にしかならない。
これって大東亜戦争の検証で調べようとすると立ちはだかる障害と同じ構造で
本当に失ってはならない教訓を学ぶ原資料はこうやって失われていくのだなぁ〜と。


http://www.tokyovalley.com/yahoo_blog/article/article.php


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