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Let Downは通勤の時によく聴いた。バスの座席に座って外の景色を眺めながら。 都市の朝。タバコ屋のシャッターを開くおばさん。 行き交う車。交差点で信号待ちをしている無機質な顔の人々。 そしてターミナル駅に着くと行き交う人々の波にもまれる。 駆け足の人、携帯電話でせわしげにしゃべる人、待ち合わせで時間を気にする人。 さあこれからいつもの一日が始まる。 こんな景色にLet Downはぴったりだ。 「失望」を唄うこの曲から私は希望を感じる。 失望して、辺りをぶらつく ムシケラみたいに踏み潰されて・・・ そんなにセンチメンタルになるなよ、いつだってたわごとに終わるんだから 自分がどこにいるか知ってるだろう でもいつか翼を生やすんだ 飛び立っていけるんだ、と。 大げさかもしれないがこの曲は人生そのものじゃないだろうか、と思う。 失望して、希望を持って、何かが達成できて、でもまた失望して・・・。人生ってこんなことの繰り返しだ。栄光の時が迎えられてもそれは長続きしないだろう。いい時があれば悪い時もある。 諦めて全てを受け入れて、それが人生。 先日の秋葉原の連続殺傷事件の犯人は、報道を見る限り、人生に絶望していたように見える。 彼の人生はどん底だったのだろうか。経歴を見ても、ありきたりの、よくある人生のように思う。彼だけが不遇だったとは到底思えない。 小中学生の頃の優等生だった栄光の時がずっと続く人生だったらよかったのか?仮にそうだったとしても、人は不安や失望から逃れることはできないのに。 彼の視野の狭さと想像力の欠如は返す返す残念だ。 Let Downを知っていたら、彼の人生は変わっていたかもしれない。 Radiohead - Let Down このPVは個人が作ったもののようだが通勤の様子を写しているところなど、私が思うLet Downをうまく表している気がしてお気に入り。
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こういう問題が起きる時いつも思うのは”想像力の欠如”なんだと思います。
いつもメディアが槍玉に挙げられますけど(音楽やら小説やら映画やら漫画やらゲームやらです)問題は受け取る側の想像力の欠如です。
残酷な言い方ですが事件の彼はおそらくLet Downを聴いても絶望し悲観するだけで何も受け止められなかったのではないでしょうか?
「Exit Music」が終わって「Let Down」のアルペジオが聴こえてくる・・・再生、開放のイメージは何度聴いても高揚します。歌そのものはやはりどこにも行けない絶望を歌ってるのだと私は思いますけど、えぴたふさんの受け取るイメージも間違ってないと思います。
残念ながら音楽が世の中を変える力は持ってないことをみんな今は知ってます。
がどこかの誰かに届くメッセージでそれが希望になりうることもまた真実に違いないと思います。
2008/6/18(水) 午前 11:25 [ ekimaejihen ]
えきまえさん
この歌詞の主人公は失望してるといいながら、いつか翼が生えたらなあという、現実にはあり得ないけどささやかな希望を持っているところが、一番私の心に響いてきます。なんというか、人生を達観している曲とでもいいましょうか。事実、この曲を聴くと会社に行く前の憂鬱さが晴れます。
ま、曲の解釈は人それぞれですな。
秋葉原事件の彼については、事件を起こすほどの絶望感を味わうまでに色んなものを見て聞いて触れて、少しづつでも人と交わって、世の中いやなことだらけだけどまあそう人生捨てたものじゃないかも、と思える想像力があったらこんな結果にならなかったかもと思います。
2008/6/18(水) 午後 0:43
りゅうどうです。
「失望して」なんて、直接的な言葉の曲なんですね。
希望があったから失望するんですよね。
希望がかなわなかった時にどうしたらいいかのノウハウがある人とない人で、アウトプットは変わってくると思います。
希望がかなう様に努力すること、それでも希望がかなわなかったらその時の耐性をつけること。
これが欠けている人が非常に増えている様に思います。
2008/6/22(日) 午後 6:20
りゅうどうさん
おっしゃるとおりですね。何でも思い通りに行くわけないのだから、そうならなかった時に踏ん張れるかというのは大事だと思います。
2008/6/23(月) 午後 6:21