一輪の花

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【苦しいときは声だそう!】
 『ふくしま便り〜原発訴訟団事務局長の思い』
(東京新聞 2/16)
http://photozou.jp/photo/show/159841/233476166 


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福島第一原発事故の被災者約4000人が国と東京電力に慰謝料などを求める「生業返せ、地域を返せ!」裁判で、原告団の事務局著を努めているのが服部浩幸さん。福島県二本松市のスーパーマーケットの経営者で三児の父。裁判に参加したのは、ウクライナで見た現実に言いしれぬ危機感を持ったからだという。「このままでは福島県民の苦しみは、放射能汚染のゴミと一緒に穴に埋められてしまう。声を出そう。そう思ったんですよ」


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実家は二本松市の東和地区で明治の頃から食料品店などを経営していました。人口6000人の小さな町です。私は大学を出てからよそで修行して30歳で後を継ぎました。地震の後は、地域の人に食べ物を届けなくちゃと無我夢中。テレビを見る余裕もなかったから、原発事故についても詳しく知らなかったほど。うちは原発から45キロほどで、放射線量も高くないと思っていた。

ところが翌年、小学校のPTA会長になったとたん、近所の奥さん達が店に押しかけてきたんですよ。「どうしたの」って聞いたら、事故後、給食は県外産の米を使っていました。それが県内産を使うように学校が切り替えたらしい。許せない。PTAでアンケートをしてくれというわけです。本当に驚いた。目からウロコです。みんながそれほどの不安を抱えていたなんてね。この問題は、給食のご飯がダメな人は弁当を持ってきていいとなり、ひとまず落ち着きましたが、弁当持参の子は30人以上いました。全校生徒の1割ぐらい。5年になる今でも10人以上いるそうです。

学校では、運動会を屋外で実施するかとか、長距離走大会に子供を出すかとか、そのたび、意見が分かれて騒然となりました。
「そんなに心配なら子供を連れて出ていけ」とみんなの前で言われて、町から引っ越した人もいるんですよ。昔から仲よく暮らしてきたのに、なぜ、いがみ合うことになるのか。すべて原発事故のせいでしょう。

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2013年、市がウクライナに視察団を出し、私も参加しました。チェルノブイリの事故から27年。首都のキエフは立派な大都会で繁栄していました。ところが郡部に行くと悲惨なんだ。貧しくて食べるものがないから、汚染されたキノコなども平気で食べている。そんな人たちは深刻な内部被爆をしていました。
福島の食材は管理が早かったので状況は違う。ただ都会と田舎の明暗という意味では、日本の未来を見ているのかなと思いました。
原発事故が起きたって都会は復興するんです。汚染されたものは田舎に運んで穴を掘って埋めてしまうからですよ。福島でも穴掘りが進んでいます。ここにあった人の生活や歴史などすべてをゴミと一緒に埋めて、「五輪」というアスファルトで固めるつもりでしょう。


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だから、裁判に参加したんです。裁判でいろいろな人と出会い、視野が広がりました。以前は県外避難した人がいれば、なんだ俺達を見捨てて逃げるのか、と不満を持ったこともあったんですよ。でも今は、人それぞれに悩みや苦しみがあるんだなと心の底から思えます。
福島の人は辛抱強くて不平や不満をいわない人が多い。
そんな人が原告団に4000人も集まったんですから、どれほどの怒りがたまっているのかわかるでしょう。
このまま生き埋めにされてたまるかって気持ちです。
ブルドーザーに竹槍で挑むようなものかもしれないが、声を上げなきゃいけないんです。



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