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今現在、週に3校の学校にボランティアに行っている。
小学校、中学校、高校の1つずつである。

ボランティアを続けてもうすぐ3年になるが、最近ようやくボランティアをしている目的が明確になってきた。
「大学では教えてもらわないことを知るため」

「子どもへの対応を学ぶため」

大学では、子どもへの対応を学びにくい。

・子どもが席につかない時どうしますか?
・4月から教壇に立ちます。担任も決まりました。どうしますか?
・子どもが遅刻しました。どうしますか?


授業の理論を学ぶこと、実践をかじることも大事。
でも、やっぱり子どもの対応ありきだと最近思う。

授業も、子どもへの対応でがらりと変わる。

私は、TOSS授業技量検定のD表項目を意識して、子どもと対応している。
・授業はじまり15秒のつかみ
・子どもへの目線
・暖かな表情対応
・明確な発問指示
・心地よいリズム


これを3年間続けてきた。
周囲の学生よりかは、自信がある。

しかし、まだまだプロにはなれていない。

卒業ギリギリまでボランティアを続ける。

今年7月の教員採用試験に合格したら、
来年4月から教壇に立つ。

そのときに、

・新卒だからできません
・今から学びます
・子どもたちが手加減しないんです
・まだ初心者ですから

こんなこと、言えますか?

4月から授業ができないといけないのだ。
その授業は、その子たちにとって一生に一回。

この責任の重さを感じる必要がある。

ある人は言っていた
「教師が授業できないのは罪である」

新卒の90%以上が授業できない状態に陥っている日本の教育。

大学だけでは足りないのだ。

だからこそ私は学ぶ。

現場で学ぶ。

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五色百人一首沖縄県大会の運営に参加した。

参加者
児童:87名
保護者(参観):約80名

TOSSのサークル員6名で運営した。

とても充実したサークルだった。

五色百人一首とは、東京教育技術研究所の教材であり、
1試合に5分もかからない。

・男女ペアになって対戦できる
・時間をとらない
・普段目立たない子も、活躍できる
・負けを受け入れることができる

という理由でクラスをまとめる教材として注目されている。

もっと普及させようと、沖縄では県大会を4回行ってきた。
多い時には100名を超える参加者である。

今回は、参加すれば最低6回試合ができる仕組みにした。
1試合1色、合計5色あるので、全部の色で勝負ができるわけだ

今回の優勝は久米島の小学6年生
   準優勝はなんと小学2年生!!!

私は、今回初参加であったが、こどもの記憶力に圧倒された。

上の句の最初の2文字ぐらいで
「はい!」
と札をとってしまうのだ。
もちろん札には下の句が書かれている。
もう覚えているのだ。

非常に生き生きしていた。

保護者もびっくりしたようだ。


以下が感想である

〆Fは、おしくも4勝だったので、来年は優勝したいです。
楽しかったです。(児童)
>
∩管瑤泙韻燭韻鼻楽しかった。(児童)

子どもたちの真剣なまなざしは、見る者を感動させる力がありますね。
本当にいい大会でした。次回もぜひトライさせたいです。
ご指導してくださった米須先生に感謝でいっぱいです。
ありがとうございました。(保護者)

「楽しかった」という前向きな感想がほとんどでした。

もっと大大的に宣伝すべきとの意見も頂きました。

地方新聞に載せ、沖縄県内の全小学校に案内も送りました。

本番はTV局や、地元広報担当さんもきていました。

TOSSを知ってもらういい機会、また子どもたちにとっても、他の小学校の子と本気で対戦することに、大きな刺激を感じたと思います。

私も、読み手をさせていただきましたが、とても良い緊張が伝わってきました。

この、緊張感は学級運営に必要な緊張感だと感じました。

将来のために五色百人一首をもっと自分のものにしていきたいです

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もしチャンスがあるなら、教師を目指している方、教師をされている方にゴスペルディレクターを経験してほしい。


ゴスペルでは指揮する人のことを「ディレクター」という。
オーケストラは「コンダクター」という。

なぜ違うのだろう?

音楽だけでなく、もっと幅広い指揮をするからだとネイティブが教えてくれた。

今日、初めて「ディレクター」を経験した。


12月に私の指導している聖歌隊がゴスペルを歌うことになったのだ。
それで、ゴスペルシンガーの方から、ディレクターを教わった。


私は、「コンダクター」は何度も経験したことがある。
コンダクターは楽譜がある。
演奏者も決められた通りに弾け(歌え)ばいい。
次に何を歌うか、弾くか予想が簡単にできる。
楽譜があるから当たり前だ。

    しかし、ディレクターはそういうわけにはいかない。

まずゴスペルには楽譜がない。
歌詞はあるが、単に歌詞を読むようにに歌うというわけではない。
ディレクターがその都度アレンジして、同じ歌詞を繰り返したり、一部の歌詞を歌ったりする。
ディレクターが瞬時に判断して、リピートをしたり、パートずつ歌ったり、部分的に歌ったり、戻って歌ったりetc...
その曲のアレンジがディレクターに任せられる。
ディレクターが合図したとおりにみんなが歌う。
ディレクターでその曲の特徴がちがってくる。
ゴスペルは自由なのだ。

メロディもある程度きまっているが、自分が感じたようにメロディをアレンジしてよい(これを、ゴスペルのプロである黒人は「聖霊がそうさせている」と表現する。)
だから、次になにが出てくるかわからないのだ。
そこに自由があり、ほどよい緊張があり、一体感を味わえる。






実は、TOSS音楽(というよりTOSS全般?)の指導法に非常に似たものがある。

だから、この記事の書庫はTOSSにした。

☆先生がまずやっていって児童生徒を巻き込む。
ゴスペルのディレクターも歌いながらクワイヤー(歌い手)を巻き込む。

☆また、TOSS音楽には(TOSS全体的に)、「変化のある繰り返し」というのがある。
ゴスペルも同じ部分を違うパートで歌ったり、ことなるパートの組み合わせで歌ったりする。
ゴスペルの場合、この判断は瞬時にやらなければならない。最初から決まっていない。その時その時に合わせてアドリブでアレンジしていくのだ。

☆TOSS音楽の授業はコマがある。
ゴスペルにも1つの曲の中にコマがある。コマごとに変化のある繰り返しをつけたり、コマからコマへ飛んだりする。
だから、ゴスペルは飽きない。楽しい。


だから、ゴスペルディレクターの仕事は教師の仕事に似ているのだ。
今日、実際ディレクターを経験して深く感じたことである。

とくに、「変化のある繰り返し」を鍛えたいならゴスペルはお勧めである。
瞬時に「変化のある繰り返し」を考えなければならない。
頭が柔らかくなりそうだ。

「変化のある繰り返し」がある授業は、飽きない。集中できる。繰り返すから、できない子ができるようになる。
ぜひ、身につけたい力だ。

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#16 涙の再会

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体育館で行われた「ありがとう集会」に参加した。
勤労感謝の日をテーマにした集会だ。

私は、この小学校で、1学期に学習支援(大学の教職体験という授業で)をしていた。

1学期が終わると、大学側の約束で行けないことになっていたので、今回、5か月ぶりの再会。

集会が終わった後、児童玄関で児童が来るのを待っていた。

すると。
「eri先生〜〜〜〜〜!!!!」

と3年A組やB組の児童が寄ってくる。

懐かしい。

悔しいことに、みんなの名前をすっかり忘れていた。
みんなは私の名前を覚えてくれているのに・・・。
情けない。

あまりの懐かしさに、私は児童玄関で泣いてしまった。

児童は泣いてるふりかと思ったらしい、しかし、本当に泣いていたので、周囲の児童は笑っていた。

A組の担任の先生がきた。

1学期すごくお世話になった先生だ。私に授業のチャンスをたびたびくれた。

先生も元気そうで良かった。


1時間目と2時間目、A組にお邪魔することになった。

1時間目は漢字テスト。

私は赤ペンを持って、当たっているところに丸をつけていった。
その際、名前の欄をチラッとみて名前を思い出していた。

テスト時間なのにもう採点もしてしまうというA組オリジナルのシステムだ。

1時間目が終わると、「先生〜わたし、eri先生に丸もらってないーーーーー!」
と言い出す子がでてきた。嬉しかった。
私はその子にも丸をつけてあげた。


2時間目は算数の授業。

なんと、担任の先生が私に授業をしてくれと頼んできた。

「え!?・・・わたし、今入ってきたばっかりなんですけど・・・。」

まさに飛び込み授業w

しかし、思ったほど、授業がつまずかなかった。

「教科書26ページを開けます。あけた人!」
挙手をさせて確認をする。

「3番に指を置きます。お隣同士確認。」
この指示がスラッと出てきたのはびっくりした。
「指を置いてお隣同士確認」という指示は、何回もきいてきたが、自分の口からでたのは、
この時が初めてだった。
TOSSが活かされている。

そのあと、問題文を読んだ。
「〜〜〜省略〜〜〜〜〜〜〜を書きなさい。」(みんなで)


「何をかきますか?○○君!1つだけ言いましょう。」

○○君「え・・・!?」

「教科書に書いてありますよ。」

○○君「あ!直角三角形!!!」

「そう!他には〜?」

児童「正方形!!長方形!!!」

「そうだね!じゃぁ、教科書に書いてごらんなさい。」


少し意味は違うかもしれないが、「教科書から見つけだす」という作業をさせてみた。
向山型算数のカケラである。

このあと、男子女子1人ずつ前にださせて、どういう図形を書いたのか発表させた。

このとき、二人とも緊張して声が小さかったのが反省点である。

もっと堂々と発表できるようなクラスにしたい。


算数の授業はここまでであった。


やっぱりA組はのびのびとしている。
非常に居心地がよい。

今度からまた、個人的なボランティアとして、毎週月曜日か火曜日にA組でお勉強できる許可を頂いた。

楽しみである。

A組との出会いは、私の教師修行の中に大きな足跡を残してくれる。

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先週から地元の小学校へ学習支援ボランティアとして、
毎週水曜日に伺っている。

1Fのミーティングルームが毎週水曜日14:00〜16:30まで
「おさらい教室」になり、私が先生をすることになっている。

今日は、1年生〜5年生まで社会科見学で外にいたので、6年生とすることになった。
大学生になって6年生と関わるのは初めてである。

6年生の6時間目に参加した。

体育館でドッジボールをした。

私にとっては、久しぶりの体育館でのドッジボールである。

初めてその学校の体育館に入った。
造りは、私の母校とまったく一緒でさすが同じ市内の学校だと思った。
あの不思議な屋根のパチパチという音も変わらない。

体育着の6年生が体育館に入ってきた。

「あ!あの人がR大学の人じゃない??」
女子が話をする。

私は緊張してしまった。

今まで関わってきた3年生とは比べ物にならないほど、6年生は大きく見える。


チャイムが鳴った。

と同時に1組が体操を始めた。
体育のはじめに体操をすることが、きちんと習慣になっているんだな〜と感心した。

2組も遅れて体操を始めていたが、列の綺麗さが1組と違っていた。

担任の先生の腕が少しわかったような気がした。

先生が入ってきた。

1組のショートヘアで体育が得意そうな先生と、
2組のおしゃれで、声に落ち着きがある先生だ。
二人とも女性である。

この小学校の6年生は女教師がまとめているのか。

しかし、2組の先生の行動に私はとまどった。

児童が整列して、体育座りをしていたとき、
前の列の男の子の座り方がよくなかった。
それを、先生は、
「だから足はこんなふうにして座るの!」
と先生の足で男の子の足を動かそうとしているのだ。

児童に足を向けていいのだろうか?
先生に足を向けられた児童の気持ちはどうだっただろうか?

この行為は数回みられた。

ドッジボールが始まった。
男子と女子に分かれた。
7月に、教職体験としてお世話になったK小学校でドッジボールをしたことがあるが、その時は3年生とだった。
6年生はさすがである。

自分たちでチームをきめる。
ボールが当たっても泣かない。
ムキにならない。
私が私がと欲をはらず、作戦をたててチームと協力している。


同じスポーツでも学年でこんなにちがうんだと考えさせられた。

一番印象にのこったのは、
じゃんけんでチーム分けをするとき、

「じゃんけんしてない人〜この子まだなんだけど、じゃんけんまだな人〜」

と呼びかけていたことだ。
この積極性には驚かされた。
仲間を思う優しい気持ちがこの児童から感じることができた。

教師はこういうところを見逃さずに誉めなければならないと思う。

ドッジボールが終わったあと、また1組と2組で整列して座った。

6時間目終了のチャイムがなった。

しかしまだ授業が終わらない。

どうやら、指名なしで立たせ、今日の感想を5人いったら教室に帰れるらしい。

沈黙が続いた。
「どうせ誰かがやるだろう。」
という雰囲気を感じた。

どうして授業を延長してまで。感想をいわせようとするのか。
授業を延長するほど感想は大切なことだったのか。

疑問である。

感想を発表したとしても、拍手はあるが、先生からの激励は1度もなかった。

「はい。あと3人」

といった調子だ。
「よく言えたね〜」「そうだね〜楽しかったよね〜」など言ってあげれば児童もやる気が
出るだろうに・・・。

高学年の実態をすこし感じ取ることができた一日であった。

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