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ここ2,3か月の間、英字新聞や簡単なペーパーバックを読んでいました。
大意はとれますが、これを日本語に訳してみると、ずいぶん雑な読み方をしていることに気が付きます。
そこで、伊藤和夫の『英文解釈教室』をきちんと読むことにしました。
これまで、伊藤和夫の著書との相性があまり良くなかったため、いつも投げ出して終わっていました。
受験勉強のためにというなら、旺文社のものが嗜好にあっていたので、そちらを繰り返し読んでいました。
しかしここでもう一度、ロングセラーである『英文解釈教室』にトライしてみるのも良いかと思い、手に取ってみたのです。

今どきの英語の参考書は、短時間で大学受験に対応する力をつけるために進化したものらしく、『英文解釈教室』や昔からある旺文社の参考書とはちょっと違っています。
大学受験のためならこういうものの方が良いかもしれませんが、私のように試験対策ではなく、英文を読むために勉強しなおすなら、昔の参考書は有益だと思いました。

読み始めて数日ですが、面白いには面白いです。
よくもまあ、こんなに読みづらい英文を集めたものだと思いました。
過去、旺文社の参考書を選んだ背景には英文の選択の仕方がありました。
旺文社の参考書にある英文は、所謂名文です。
文学や哲学の香りのするような、そんな文章です。
読んでいて気持ちが良いのです。
学生用参考書の日本語訳なので、翻訳にようなテクニカルな訳文でないのがちょっと残念でしたが、それでも楽しく読むことができるものです。
一方で『英文解釈教室』の英文は、本当に読みづらいのです。
正直、日本語でこんな調子の文章を読めと言われたら、辟易とするでしょう。
このようなわかりづらい文章を書いて出版してしまうのはどうなのだろう、と思います。
個人的な日記やメモなどの文章が崩れているのは構いません。
自分がわかればよいのですから。
出版物は、きちんと推敲して、読みやすい文章にすべきだと思います。
そう考えると、英文解釈教室で取り上げている英文は、必ずしも良いとはいえないようなものがある気がします。
あるいは、文章全体を読んでいればわかるところを、一部抜粋しているからわからなくなってしまっているのか・・・・・。
私の力では判断しきれませんが、何度も読み返したいと思うような名文ではない気がします。

では、なぜ面白いと思ったのか。
現実には、母国語であっても上手に文章を書ける人はごく一握りで、たいていは上手く文章が書けないものなのではないかと思ったからです。
つまり、よくわからないような文章でも、読む側が意味を酌んでいかなければならないことなど多々あるのです。
私にとって外国語である英語でそれをやるのは、とても大変なことです。
でも、構文や文法、あるいは人生経験を頼りに読むことは可能だと思うのです。
そのテクニックを身に着けるために『英文解釈教室』を見通すのは悪くないと思いました。
分かりづらい英文をテクニックで読み解く、そんな力をつけるための参考書であれば、悪文と思われるような文章が載っていても不思議はありません。
おまけに、この本にある英文の内容が抽象的なのも読みづらくなる原因です。
40歳を超えたおばさんだから読む気になりますが、若かったらまず読みません。
抽象概念というものは、年を経ると受け入れられるようになる気がしますが、若いうちはなかなか難しいと思います。
時に、とても受け入れられないような個人の思い込みを綴ったものまであるのが困ったものです。
これは、本当に大学受験をする高校生のための物なのだろうか、と疑問に感じます。
著者がもともと哲学で身をたてようとしていたということも無関係ではないでしょう。
まあ、とにかく読みづらいです。
でも、こういうことは、母国語の雑誌などでもよくあることです。
現実は所詮こんなものだと思えば、この本は面白いと思えます。

悪文(!?)の解釈をするのは良いとして、著者の訳文が読みづらいのは如何ともしがたいところです。
どうにかならないものかとネットを散策していたら、『英文解釈教室』の訳文を訂正しているページを見つけました。
柴田幸太郎主催【英文教室】英文解釈教室批評というページです。
http://www.wayaku.jp/study/study03.html
これを参考にしながら、自分なりに読んでみようと思います。

さらに、翻訳ということも意識してみたいと思います。
英語と日本語が必ずしも対応している必要はありませんが、内容を正しくとりながら、日本語として不自然にならないことを意識して日本語を作ることにも挑戦してみたいと思っています。
英語と日本語はあまりに違うので、本当の意味で訳すということは不可能なのではないかと思います。
内容を正しくとるというのも、不可能なのかもしれません。
究極的にはどこまで許容されるかという問題になるでしょうが、私の読解力のお粗末さを考えれば、参考書にある程度のことはわかっているという状態にし、あとはひたすら読んでいくという作業を繰り返すことで、少しずつでも力がつくと思われます。
読む作業は、英語に限らず日本語も含めてのことです。
日本語は、なるべく良質なものを選びたいと思います。

このようなことをするに至った経緯には、村上春樹や行方昭夫の著書に触れたことがあったのですが、その話はまた別の機会に。
ある程度作業が進んだところで、村上春樹訳と原文を読み比べていこうと考えています。
翻訳とはなんぞや、というテーマでしばらく勉強してみるのは面白そうです。
大学生だったら、もっとのめりこんでやれるのでしょうが、お金にも時間にも余裕がないので、自己満足のためにだけやることにします。
若い頃、『英標』や『英文解釈教室』を大学受験用の参考書としか思っていなかったのですが、今見返してみると印象が違います。
受験用の参考書であることには間違いありません。
しかし、受験用の参考書にしかならないものではないと思いました。
原仙作氏や伊藤和夫氏の英語や英語教育に対する思いやこだわりが感じられます。
年をとったせいでしょうか。
感動すらしてしまいます。

正直、大学受験だけを見ると、『英標』は古臭くて今の出題傾向に合っていないと言われるのもわからないではありません。
一方で、『英文解釈教室』の方が有用だと言われるのもまたわかるような気がします。
『英文解釈教室』は、日本人が正しく英語を理解するための術をうまく説明しているので、いつの時代も支持されるのだと思います。
『英標』は、英語の名文を題材にしているのが特徴で、そこが一部で好まれるところですが、今時の受検テクという発想には合わないでしょう。
今も昔も、英語そのものが好きで学習している人には好まれるでしょうが、受検テクを身に着けたい人には支持されないかもしれません。

どちらが良くてどちらが悪いというのでもありませんが、どちらも名著だと思います。
私は、今時の英語の予備校講師が書いた英語の参考書を読んで感動することはありません。
英語教育を通して伝わってくる思想とか哲学が違うのだと思います。
こだわりの差とでも言うのでしょうか。
単純に英語を見ているのではなく、英語という言語で伝えられる思想や美しさや、それを正しく理解するための術を伝えたいという強い思いが、『英標』や『英文解釈教室』から感じられるのです。
だから、大人が読み返して面白いと感じるのだと思います。

実用性を考えると、今時の参考書や試験問題で扱うようなものが英語学習の素材の主流になるのはわかります。
試験勉強に特化して参考書を選ぶなら、あえて『英標』は勧めません。
教養として身につけたいという発想で英語を学習しているなら、『英標』は素晴らしい本です。

昔の人の学問に対する姿勢は、今よりひたむきなものだったんだなぁ、としみじみ感じました。
学ぶことに飢えていたのでしょうし、だからこそ知る喜びを伝えたいと思えたのでしょう。
学びたいという欲求をもつには、豊かになりすぎたのかもしれません。

私のようなおばさんの呆け防止に読むにはもったいない本です。



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