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≪新緑の京都嵐山≫
GW明けに念願の保津川舟下りを楽しむ為に京都に行きました。
保津川は京都府の中央部丹波高地に源を発して亀岡市に至り、
山間の峡谷16kmを流れて嵐山につき、鴨川と合流して淀川に入ります。
この川の亀岡から嵯峨嵐山までが峡谷の美と舟下りで有名な名勝です。 亀岡から30人乗りの舟に乗船。船頭さんは3人、前方に2名、後方に1名。
背中に「船士魂」と書いてあるTシャツが日本男児って感じで素敵
保津川下りHP:http://www.hozugawakudari.jp/
保津川下りは400年の昔、保津川の水流を利用して
下流にある京都・大阪に物資を輸送することに始まりました。
木材だけでなく、慶長11年、川大名といわれた京都の豪商角倉了以によって
水路が開かれ、米・麦・薪炭なども高瀬舟で輸送されるようになりました。
山陰線の開通(明治32年)により、また戦後のトラック輸送の発達によって、
筏と荷船による水運利用は次第に姿を消していきました。
明治の28年頃から、遊船として観光客を乗せた川下りが始まりました。
筏や荷船が姿を消した今では、専らこの観光の舟下りとなったのです。
藤も満開でとても綺麗
保津川峡谷の自然美は四季を通じて素晴らしく、
巨岩をはじめ、囲繞する山々と、しぶきをあげて落流する水、
神秘をたたえた鏡のような渕など、変化に富んだ景観は、
まさに人の目をとらえて離しません。
トロッコ列車がやって来ました
トロッコ列車HP
秋のトロッコ列車の車窓からの風景
≪かなりおすすめの映像です≫クリック↓
嵯峨野観光鉄道は山陰線の複線電化によって廃線となった
嵯峨嵐山・馬堀駅間の旧ルートを再利用した観光路線です。
開業前の廃線はレールはサビつき、草は生い茂り、路肩は崩れ、
枕木は腐食し、とても列車を走らせるような状況ではありませんでした。
「とりあえず3年。それでダメなら撤退」
たった9名の社員が自分たちの手で保線作業を行い、
沿線に桜を植え、今では大人気のトロッコ列車を作り上げました。
そこには男たちの熱い物語がありました。
野生のお猿さんが水を飲みに川へ降りて来ています。
2匹いるけどわかるかな〜?
途中、赤ちゃんを抱いたお母さん猿にも出会いました。
自然豊かな風景に心が和みホッコリ
そろ〜り そろそろ(^^;) 湯かげんは・・・?
この日は水量は少なかったのですが、
それでもアップダウンがあって結構スリル満点、ワクワク〜♪
向こうから小さな屋根付きの舟が近づいて来ました。あれは何?
2時間近い長い舟下り。。。そろそろ小腹が空いてきた頃。
ジャストタイミングで舟上茶店?が横付けされました
お連れ様のリクエストでイカ焼きと飲み物を買いましたが、
ナンサは本当はみたらし団子が食べたかった
何となく言い出せなかったのを今でも後悔・・・
この後、嵐山と嵯峨野をそぞろ歩きしていたら、
16:07嵯峨野発最終のトロッコ列車に乗り遅れ、
ごく普通のJRの電車で亀岡駅まで行きました
トロッコ列車に乗るのも1つの楽しみだった。。。
ぐずぐず後で言うくらいなら自己主張すればいいのにね
花の湯温泉のお宿はデッキに信楽焼の露天風呂がついていました
写真で見ると小さく見えますが、3人くらいは入れそうな大きさです。
素敵なお部屋で今夜はゆっくり〜ルン
・・・と思っていたのに。。。
夕食時に美味しい地酒を飲んだら酔っぱらってしまい、
不覚にもそのまま朝までガーガーガー
メインの露天風呂にも入れず夜の語らいも出来ず終い(笑)
皆さまもコレには気を付けましょう(^^;)
次の日は、神戸の異人館通りでランチ&ショッピング。
そして梅田でアフタヌーンティーをして、2日間の旅を終えました。
当初の計画通りにはいかない事もあったけど、
それも又、旅の醍醐味ですよね?
新緑の中、楽しくて幸せな思い出ができました
大震災があって、何となく様々な事を控えていたのですが、
こうして旅に出る事も復興に役立つのですよね。。。
「風が吹いたら桶屋が儲かる」 ナンサ
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2011年05月20日
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