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山津波事故きょうで半世紀
【乙部】町内で1962年に発生した豊浜トンネル山津波事故から17日、半世紀を迎える。死者・行方不明者14人の犠牲者慰霊碑前では16日、遺族らが訪れ、「50年前の大惨事を忘れずに防災の心構えにしなければ」と手を合わせた。
乙部町史によると、山津波は同年10月17日午前10時45分ごろに発生。乙部と熊石側を結ぶトンネル間で約600メートルにわたって大規模な地滑りが起き、通りかかった函館バス車両と現場作業員を土砂が襲った。6歳の女児を含む乗客11人が遺体で見つかり、函館開建職員ら3人が行方不明、重軽傷者14人の大惨事となった。 当時の新聞は「地すべりバスをのむ」「とまどう救助隊 余りに大きい地すべり」の見出しで事故の状況を伝えている。 慰霊碑は新・豊浜トンネルの乙部側にあり、遺族らが毎年この時期に供養をしている。夫(当時40代)が行方不明の町内の浅野トシヨさん(88)は16日、家族5人と足を運び「どこかで生きていてほしいという思いで、大好きなたばこと甘いどら焼きをここに持ってきた」。事故発生翌年から慰霊碑で供養を続ける、龍宝寺の伊藤泰修さん(68)は14人の名前を読み上げて読経し「自分が18歳のときの山津波で、あの日も今日と同じく午後から風が吹いて海が荒れたのを覚えている。犠牲者の冥福を祈り、大惨事を風化させずに防災の備えにしなければ」と話していた。 当時30歳の父親がこのバスに乗車し、海中に投げ出されながらも助かった町内の男性(45)は「山津波の日はいつも感慨深く、命のつながりや自分の存在を見つめ直している」と語る。町では広報誌で山津波など地域の災害を振り返り「災害は忘れたころにやってくるので日ごろの備えを」としている。 |
乙部
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国道229号には2つの豊浜トンネル(とよはまトンネル)が存在する
不幸なことにどちらのトンネルも痛ましい事故に見舞われた
積丹半島の豊浜トンネルは1996年に岩盤崩落事故が発生し、多くの死者を出した
1996年2月10日午前8時10分頃、古平町側の坑口付近において岩盤(最大高さ70m・最大幅50m・最大厚さ13m・体積11,000m3・重さ27,000tと推計)が崩落
トンネル内を走行中だった北海道中央バス(乗客18名、運転手1名)と、後続の乗用車(1名乗車)の2台が直撃を受け、20名全員が死亡した
その日 札幌から函館に結婚式に出席するためJRに乗っていた
衝撃的な報道に心を痛めていた
豊浜トンネルといえば、江差の隣町の乙部町との八雲町熊石を結ぶトンネルも崩落事故があった
1962年10月17日、乙部町豊浜において山津波(土石流)が発生。国道走行中の路線バスが海中に押し出されるなど17名が死亡・行方不明
その日、朝から落石や路面のひび割れが発生しており、函館開発建設部の職員数名が警戒に当たっていた。
警戒中、4号隧道の山腹で地割れが発見されたため、通行止めの措置をとろうとした矢先、図左の4号隧道を抜けて図右の3号隧道へと入ろうとするバスがあった。 3号隧道付近で警戒していた職員がバスを止め、さらにバックさせていたところ、10メートルほども戻ったところで大音響とともに地滑りが発生。 今だ バスは発見されぬまま土砂とともに海底にあるのだろう
痛ましい事故は忘れさられてしまうものだが、関係者にとっては無念極まりないだろう
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悲恋の碑(悲恋塚)
天保元年(1830年)、「館の岬」近くに与作と呼ばれる漁師が住んでいました。与作は親方のもとに奉公するお岩という美しく心やさしい女性と知り合い、恋が芽生えました。 しかし、親方の息子がお岩との結婚を望み、与作につらく当たるようになり、お岩も心を痛めるようになったのです。
とうとう2人はこの世でかなわぬ恋と、冥土で結ばれることを願って館の岬から身を投げてしまいました。館の岬に立つこの碑は2人の悲しい恋をしのぶために建てられました。 |
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船のロープを産廃業者に運んでいる途中
名馬「越の浦」の碑を見つけて写真をとってきました
名馬「越の浦」(めいば「こしのうら」)
1881(明治14)年、明治天皇が北海道行幸の際に馬車を引いたのが「越の浦」です。その後越の浦は、七飯町の勧業試験所で飼われ、明治30年代に品川子爵(品川彌一)の手に渡り、1904(明治37)年に29歳で亡くなりました。
子爵が乙部で乗馬を楽しんだことなどを記念して、千岱野牧場の見晴らしのよい所に埋めて石碑を建立しました。 |
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江差の隣町 乙部町は箱館戦争官軍上陸の地です
箱館戦争(戊辰戦争の最終局面)において、榎本軍(旧幕府軍)に占拠されていた蝦夷地を奪還すべく、新政府軍(官軍)が軍艦「甲鉄」などで上陸した最初の地
乙部の観光地には岬があります
岬と書いて さき と呼びます
乙部の町民でも 若い人は みさき と読んでます。
※以下 乙部町のHPより引用
北海道自然百選:鮪の岬(しびのさき) 小高い丘から海になだれ込むこの優美な自然の造形は1972年、北海道天然記念物に指定されました。遠目には岬の形がマグロの背、岩肌がウロコのように見えることから鮪の岬(しびのさき)と呼ばれています。道内でも貴重な柱状節理です。ほとんど垂直に断崖が海へ達しています。国道からの眺めはまさに絶景!撮影ポイントが国道沿いにあり、すぐにお分かりいただけると思いますよ。
館の岬(たてのさき) 鮪の岬(しびのさき)に比べると荒々しさが際立つこの白亜の断崖は太古からの波が刻んだ芸術作品です。夕日に映える様は息を呑む美しさ!自然の驚異をご体感いただけますよ。悲恋伝説が彩を添える館の岬(たてのさき)、その右側, 中腹をよくご覧下さい。乙部町のシンボルでもあります、「おとべ」の白い文字にお気づきですか?遊び心あふれるアクセントですね。
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